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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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舞台袖の独白

「なんつー顔してるんだよお前は」


 無表情で、虚ろに雅を見詰める唯へ、雅は変わらぬ飄々とした声を投げ掛ける。

 ハッとした唯が息を吸い込むと、それまで時間が止まっていた錯覚すら覚えた。


「成瀬がいきなり変な事言うからさ、思わず息止まっちゃったじゃん!」


 先程の表情を見ていなければ、雅はその言葉は信じてしまっただろう。

 自然で、教室の中で見る唯と変わらぬ姿、言動。

 一瞬でも崩せたのは、恐らくは不意打ちだったから。

 別にここで唯の本心を引き摺り出す事に関して、雅に益は無い。本人がそれで良しと思うのなら、暴く必要などどこにもない。成瀬雅のスタンスはそこに集約されている。

 かつて、彼が日向相手にそうした様に。


「そうか、んじゃ俺の勘違いか。いやいや悪い、変な事言った、さっきも言ったけど気を付けて帰れよ」


「待って」


 そう言って踵を返そうとした雅に、唯は一瞬だけ眉を顰めて何かに耐える様な顔をした。

 その仕草一つで、雅もまた足を止める。

 本人が暴かれたいと何処かで望んでいるのなら、今度こそはそれを見過ごす事はしない。

 それは新しく形成された雅のスタンスだ。


「恵那、言いたい事があるなら、聞く。聞いて欲しいだけなら、聞いておくだけにする」


 深く追求する訳でも無く、雅はあくまでも唯の自主性を重んじた。

 多分これは、本来なら必要のない事なのだ。放っておけば勝手に消滅する。

 そんな他愛も無い一幕。

 溜息を吐くと、唯は夕陽が沈む空と家までの道を眺めた。


「……途中まで送ってよ。暗くなって来たし、女の子一人に歩かせるのは危ないでしょ?」


 酷く弱々しい声が、唯の声と頭の中で一致させるのに数秒掛かる。こんなにも細い彼女の声を雅は聴いた事が無かった。



 街灯が一つ、また一つと道を照らしてゆく中を二人は歩いた。

 あれから唯は何も語らぬまま、景色だけが二人を追い抜いて行く。

 唯が再び口を開いたのは、夕焼けが完全な夜に入れ替わった後だった。


「それにしても成瀬、あんたほんと変な所ばっかり気が付くよね」

「褒め言葉として受け取っていいのかよ、そりゃ」

「どうかなー、今日のはちょっと余計かもしれないし、グッドタイミングだったかもしれないねぇ」


 本題から微妙に逸れた部分を話すのは、唯もまだ決心が付かないからだろうか。


「いつからなんだ?」

「……もうちょい覚悟を決めさせて欲しかったんだけど」


 ぶー、と頬を膨らませて雅を睨む唯の顔は、どこか芝居がかった感じがした。


「ちょっといいな、って思っただけなの。最初はさ、悠里が新垣君と話してて、何か面白い事になってきたかな、ぐらいで」

「ん……」


 雅は一言だけ返す。聞く事が、今の役目だと言外に伝える様に。


「悠里さ、すっごく一生懸命に話すんだよ。あたしに、新垣君の事を。それでさ、なんだかんだで、あたしも新垣君と話すようになって。……新垣君さ、人良過ぎてあたしの馬鹿な発言、いちいち反応してくれて。あたしも面白くなっちゃって、偶にヒートアップしちゃったりさ。ちゃんと自覚したのは、最初の勉強会の時……なのかな」


 後ろ手に組みながら歩く唯の背中を眺めつつ、雅は閉口する。


「その時も、最初はいつも通りにさ、悠里の背中を押してあげるつもりだったんだよ、ほんと。でもさ……単純だよね、あたしって男子と一緒に遊んだ事あんまり無くて、なのに新垣君とは一緒に御飯作ったり。悠里が新垣君と居る時間が増えるとさ、あたしとも増えちゃうんだよ。情が湧いちゃったっていうのかな、あはは」


 乾いた笑いが響く。

 唯の口から出る出来事の連続は、雅も傍で見ていた事とほとんど変わりは無い。


「覚えてる? キャンプは、あたしから誘ったんだよ。悠里の為だと思った。新垣君の為だとも。でも……きっと違った、あたしが自分が新垣君と想い出を作りたかったのもあるんだよね。そしてそのキャンプで、あたしは自分の身の程を知ったんだよ」


 振り返る唯に答える様に、雅は口を開いた。


「日和ちゃんか」

「さすが、鋭いね。あの真っ直ぐな目を見た時、敵わないって思った。想いの丈が違い過ぎるよ。あたしのはね、本当に、ちょっといいな……っていう、そのぐらいの気持ち。悠里みたいに寄り添う訳でも無い、日和ちゃんみたいに追い駆けるでもない……そんなちっぽけな、恋にも満たない気持ちだったんだよ」


「それでも、そういう気持ちから全部始まってるんじゃないのか?」

「そうだねぇ、だから、そこを否定しちゃったら全部お終いなんだけどね」


 街灯の下でステップを踏むように前と後ろを交互に振り向く唯は、まるで踊っている様だった。


「自分でも分かった、日に日に気持ちが強くなってくの。近くで声を聴きたい、もっとからかってみたい。悠里が一緒に居る所を見ると、嫉妬しちゃう時もあった、日和ちゃんとの間にある不思議な空気が、凄く気になった。笑った顔が、優しい。あたしも……あたしの事も、名前で呼んで欲しかった」


 既に唯は、雅に話し掛けているのでは無いのかもしれない。

 それはあまりにも、恋愛の甘さを語るには告罪に近い響きを孕んでいる。


「もう舞台には二人の主演女優が居るの、そしてあたしはその舞台に上がれても、今度は親友とも競い合わなきゃいけない。なんかそれって悲しいでしょ。恋愛感情なんてものに振り回されて、あたしと悠里は長い事親友だったのに、それだけで拗れちゃうかもしれないんだもん」


 だから、と唯は踊るのを止め、真っ直ぐに立ち尽くしたまま雅を見た。

 先程の凍てついた表情がそこにある。


「黙っていても、日増しに強くなる。いつか自分でも歯止めが利かなくなる時が来るかもしれない。……だから、あたしは新垣君を好きになる事を、止めた」


 心置きなく、芹沢悠里の親友である恵那唯で居る為に。

 理性という自分の中の心を全て賭け金にして、天秤へと載せた。二度と傾く事が無い様に。


「そして、今日はね、それを成し遂げた証となった日」

「……証? 今日が……」


 何故今日なのか、雅は考える。思い当たる節は一つしか無かった。


「日向が、輪に入る事が出来たから、か」

「そう、これで……あたしの役目は終わったの。賑やかしで、皆を巻き込んで、先頭でラッパを吹く……いやいや、この場合は笛吹きかな?」


 ぴー、と両手を重ねて縦笛を吹くジェスチャー。


「これから新垣君は、どんどん皆の中心になっていくよ。そして悠里は、それを傍で支え続ける。日和ちゃんは……分からないけど、黙ってないでしょ? むしろ新垣君と日和ちゃん、絶対何かあったっぽいし……悠里のセコンドとしては、ここからが勝負どころなんだよね」


 腕を組んでうんうんと頷く。


「ここまで来たらね、もう入り込む余地なんてどこにもないの。だから、あたしはここを終着点にしてた。ここまで頑張れば大丈夫、もしかしたら自分にも、なんて……そんな甘い見通しが立たないぐらい、遠くまで来たから」


 両手を空に伸ばして、天を仰ぐ。瞬く星々は、いつか見たキャンプの夜空よりも狭く、少ない。


「だから、さ」


 胸を張り、天を仰ぎ、やり切ったと言い張る少女の声は、震えている。


「褒めてよ、成瀬」


 気付けば周りに誰も居ない、車すらも通らない道の途中で。


「あたし、やり切ったんだよ。自分を騙して皆を騙して、誰にも分からないように、絶対にバレ無い様に、ここまでやり切ったんだよ」


 唯の頬から、星が落ちた。


「でもね、不思議なんだ。大きくならないようにって、上手くやったつもりだったんだけど。……凄く痛い」


 悠里の想いにも、日和の想いにも届かない小さな気持ち一つでも、それは弾丸の大きさを持っていた。


「馬鹿なんだよ。もしかしたら、あたしにも何処かで新垣君との偶然の時間が作れるんじゃないかって。偶にこうしてあの辺りを歩いてた。でも絶対に会いたくないから、近くまでは行かない。今日はね、最後だったから、いつもより近くの……新垣君が通りそうな道を選んだんだよ」


「もういいよ、それ以上は」


 だから今日は、よりによって今日のこの日に、雅が見付けてしまった。

 店の隅で雑誌を読みながら顔を隠し、日向へと一瞬だけ目を向けた唯の姿を。


「ありもしない可能性を自分で作って、それに期待しちゃうんだ。矛盾してるよね、自分で選んで、完璧にやるつもりなのに、自分からヘマする様な事をして」


「恵那」


「最後にこんな暴露話して、誰にも知られずに終わるのが寂しいのかなーなんて」


 静止しても終わらない唯の独白を遮る様に、雅は腕を引いた。

 反動で前を向いた唯の顔は、色んな感情でぐしゃぐしゃになっている。


「お前、頭いいのにやっぱりバカだよなぁ」

「バカとか……言うなぁ……」

「数学が苦手とか言ってたけど、まんまじゃねぇか。お前それ、計算間違えっつーんだよ」


 自分が思ったよりもずっと小さい数字を入れて計算してしまったから、齟齬が出た。

 計算式が間違ってても、答えだけが正確に導き出されてしまった。


「あた……し……きっと……ずっと……」

「おう」

「思ってた……より……好きに……なってたの、かな……」

「だろうなぁ」

「嬉しいんだ……ほんとだよ、嬉しいんだよ……悠里の願ってた……風景が……叶って……」


 唯が握る雅の肩口は、掌の力で皴が寄っている。

 力が入っているその手を、雅はそっと外した。

 そのまま、自分の手と繋ぎ合わせて、歩き始める。


「家に着くまでそうやって泣いてろ。近くなったら泣きやめよ。俺が純基さんに殴られかねん」


 肩を小さくして嗚咽で声が出ない唯を引っ張って、雅は歩いた。


「なんで……あんたが気付くかなぁ……こんな最後に……最後だったのに……」


 抗議なのか、諦めなのか判断し辛い声色だったが、この際どっちでも同じだった。


「そりゃ、俺が日向を一番傍で見てるからな。あいつの周りの変化には敏感なんだよ」

「………成瀬」

「あん?」

「………見付けてくれて、ありがとう」

「あぁ」


 ぎゅっと握られる手の力強さを感じながら、二人で帰路を往く。


「二度も見逃したんじゃ、俺はもう言い訳なんて、出来ないからな」



大変お待たせしました……入稿に追われる&風邪を引く、なんか作家みたいな状況を経験しました。

一段落したので、少し集中して連載行けそうです。

コメント返し遅くなってる方、すみません。

前の話に関するコメントは、この話を書いてからにしようと決めてました……そしたらここまで伸びてしまった……!


引き続き唯&雅の回でした。

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