表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
98/172

親友として。

 五十分間のホームルームを時間一杯まで使用し、模擬店の題材である『ミステリーホラー喫茶』(店名は未定)の台座が整った。


 帰り支度を行い校舎の外に出ると、本格的な冬場の到来が迫りつつある事を実感する。

 それを裏付けるかの様に外の景色は既に薄暗く、以前の様に上着無しで出歩くのもそろそろ限界が近い。


「この組み合わせで帰るのも、何故か珍しいよね」

「そりゃ、こういう時期じゃないと出来ない事だからな」


 日向は雅と二人、校舎を背中にして帰路を歩いていた。

 悠里達は仲良しの女子グループに拉致されるかの如く手を引っ張られて行ったので、気が付けば残っているのはこの二人だけだった。

 彼女達が教室を出て行く傍ら、女子の一団が「そろそろ新垣君との真相を話して貰いましょうか」と息巻いてたのは聞かなかった事にしておきたい。


「部活は楽しい?」

「なんでお前はそう、時折俺に対して母ちゃんみたいな言動をするんだよ」

「そこは何故に父親じゃないのか問い詰めたい」

「自分自身の母性に訊いてみろ、無駄だろうけど」


 毎日見る景色を、毎日顔を合わせる親友と共に遠慮のないやり取りで進む。


「日向ぁ」

「………?」


 目線だけで雅に返事をする。何かを言う前に、自分の名前を先に呼ぶ時は大抵、雅にとって少々後ろめたい話をする時だ。


「悪い、日和ちゃんに、ちょっとだけ話しちまった」


 はぁ、と溜息を一つ吐いた雅は、片手で側頭部を抑えて申し訳無さそうに日向を見る。


「話した、って……?」

「ん………」


 雅が言い淀む。皮肉にも、それだけで日向は内容を察する事が出来た。

 日向と日和に関係する事で、雅がこんな顔をする話題なんて一つしかないのだ。

 詰まる所、それはあの日の事。日和と離れる事になった出来事だろう。


「あぁ、うん。そっか……気にしなくていいのに、というか……逆に、損な役回りさせたかも」


 必要だと思ったから、話したのだろう。そう思える程には、日向はこの親友を信頼している。


「いや、だってよ。こういうのは、当人同士がって相場が決まってるだろ」

「腰が引けてたのは事実なんだ、だから逆に雅にさせてしまって申し訳ない気持ちが強い」

「そうか……まぁ、全部じゃないんだけどな。触り程度だ」

「そっか」


 お互いに考え込む隙間も無く、ポンポンと会話が繋がる。

 本心を明け透けに出来る男友達の重要性を日向は改めて痛感した。お蔭で日向にとっては少しだけ胃の辺りが重くなる内容でも、割とすんなりと話せる。


「日和は、納得していないだろうね、きっと」


 雅がどの程度日和に話したのか、その事を確かめる事には大して意味が無かった。

 触りを話したとは言え、その場で日和に説明するにはそれなりの内容を話す必要がある。

 そして雅から話を聞いた日和が、まだ日向の元へと真相を聞き出しに来ない、来れないのだとしたら。


「……責任感の強い子だから。いや、責任感とは少し違うのかな」


 上を向いて朱色と群青が混じり合う空を見ながら言う日向に、雅が笑った。


「そりゃお前、人の事言えねぇってか、お前の影響だろ」

「いやいや、俺はそういうのはあんまり……むしろ自分勝手な部類だから」

「そうやって自覚が薄い所も、お前らはそっくりだよ」


 日向の言葉を悉く打ち返してくる雅だが、客観的に自分を見る事が必要な今、それは無視出来ない言葉だった。


「近々、俺からも話そうと思ってるんだ」

「そうか。良かったよ、続きは本編で……みたいなノリで、日和ちゃんにも後は本人に聞け、って言っちまったからな」


 夏から冬へと移る季節の中で、日向は日和と再びの時間を動かし始めた。

 けれど、肝心の絡まり合った部分はまだ解けてはいない。お互いに、何となくその部分を避けて通ってきた。

 伝えきる自信と、受け止める自信が無かったから。


「まぁ、それはそれでいいとして、だ」


 思考に没頭しそうになる日向を宥めるよう、雅が場を仕切り直す。


「今日は良かったな。俺はもっとこう、日向がオドオドして……その内こっちに情けない姿で助けを乞う姿を想像してたんだけども」

「その方が良かった?」

「そうしてくれてたら、俺が颯爽と間に入って解決して、女子からの好感度爆上げだったんだけどなぁ」


 本気なのか冗談なのか判断は付かなかったが、恐らくは半々だろう。

 もしその状況になれば、雅は本気で助けに来てくれて、本気で女子からの好感度を上げようと目論むに違いなかった。

 そんな雅だからこそ、日向はこうして気軽に相談を受けて貰う事が多いのだ。


「手が、震えてたよ」

「そうだな。見えてた」

「最初の声は上手く出るか不安だった」

「一瞬だけソプラノボイスになってたな」


 弱音も、本音も。そのどちらを曝け出しても雅はいつも凪いでいる。


「ここからが、大変だよな」


 日向へと掛けられる雅の言葉は、感想というよりも予知に近い響きを持っていたが、間違いではないだろう。

 四十人という人数が一つの目標に向かって進む。トラブル無しでは渡り切れない。


「それも、いい思い出になるかな」

「俺達次第なのもあるが、まぁ……連中次第でもあるな」


 蕾と二人で居た世界には、家族間で起きるトラブルしか存在しなかった。

 閉鎖されていた日向の学校生活において、他人と生じるトラブルというものは根本的には存在していなかった。

 あるとすれば、それはある種の未知であった日向に対する、未知ゆえの嫌悪感による迫害だっただろうが、幸いにも日向のクラスメイト達はそんな事を実行する程、精神的に未熟では無かった。


「今更になって、怖くなってきた気がする……」


 もしも自分に向けられていた視線が冷たいものであったとしたら。

 あんな風に温かく迎え入れて貰えなかったら、そう思うだけで心が竦む。


「それでも、お前は多分やり遂げるさ」


 俯いた日向の頭上から、雅の声が聞こえてきた。顔を上げると、雅は真っ直ぐ前だけを見据えている。


「持ち上げられても、俺のやる事なんていっつも一人よがりで――」

「やり遂げるさ」


 雅の声質が変わる。


「一度決めた後の日向は絶対にやり遂げるっていうのを、俺は知ってる。……でなけりゃ、蕾ちゃんがあんな良い子に育ってくれる訳ねぇだろ」


 日向は、不覚にもその言葉に目頭が熱くなるのを感じる。


「日和ちゃんも、芹沢も、恵那も……お前がこうして俺達と一緒に居る時間を、ちゃんと考えてくれるようになって、凄ぇ嬉しいだろうよ。けどな。ここでもう一度、誰かがちゃんと言ってやんなきゃいけねぇ事もあるだろうから、俺が言ってやるよ」


 雅が急に立ち止まり、日向は雅の数歩前で振り返った。


「お前は本当によくやったよ、凄ぇよ。掛け値なしに賞賛出来るよ。五歳児だぞ、二歳が三歳になって、そこまで大きくなったんだ。全力でやり切っただろ。俺達が、ただ自分達が楽しむだけに遊んでる間、勉強なんて面倒だなぁ、って思ってる間、ずっとだ。お前はずっと蕾ちゃんだけを考えて、俺はずっとそれを見てきた。俺が自分の事で弱気になった時とか、ダラけた時とかよ、お前を見てると励まされたよ。ちゃんとしなきゃ……って思ったよ」


 全てを言い切る雅の迫力に、日向は圧倒される。

 それは紛れも無く、親友の初めて見る一面でもあった。


「ずっと考えてたよ、俺はお前を止めるべきだったのかって。蕾ちゃんは可愛いよな、俺でもそう思うよ。でもよ、俺達はまだ子供だった、小さい子の世話なんて親に任せておけばいいだろ、って。日和ちゃんの時だってよ、いいじゃねぇか、お互いに好きあってんならそのまま幸せになっちまえ、って。お前等二人なら離れる事もねぇだろうし。でも蓋を開けてみたら、お前は日和ちゃんと離れちまって、蕾ちゃんの為だけに生きる様になった。訳わかんねぇと思ったよ、なんでそんな死にそうな顔して、打ちのめされてまで必死にやるんだよ、って。でもなぁ……」


 堰を切った様に溢れ出す雅の言葉は、彼の二年分の積み重ねだった。

 最も長く日向を傍で見て来た存在の、積み重ねられた言葉だった。


「幸せそうな蕾ちゃんと、段々穏やかになっていく日向を見てたら、何も言えなくなったよ……」


 それは、かつて日向にとっての魔女が指摘した部分だ。

 歪であれど尊い。それ故に、日向に近しい者ほど触れられなくなる聖域。


「だから俺は決めたんだ、その時に。俺は黙ってお前のやる事を肯定する。そんで、やり切った事を一番最初に拍手で賞賛してやるのが、俺の役目なんだってな」


 雅が一度押し黙り、大きく息を吐いてから再び口を開いた。


「……あー、いや。結局何を言いたかったんだ、俺は」

「それを俺に訊かれても困るんだけど……でも、なんかありがとう」


 感謝の言葉しか出なかった。もし雅が居なければ、日向は本当の孤独と戦いながら学校生活を送っていたかもしれない。

 そのストレスが蕾へ影響しなかったとも限らない。可能性の話ではあるが、雅は確かに日向と蕾を遠くからでも護っていたのだ。


「はいこの話おしまい! はい終わり!」


 日向から出た感謝の言葉の直後、雅は頭をガシガシと掻きながら宣言した。


「え、この際だからもっと褒めてくれてもいいんだけど」

「なんかお前、最近妙に打たれ強くなったというか、図々しくなってきたな?」


 二人で揃って笑い合う。たった一言のやり取りだけで、先程までの空気は霧散するこの距離感は、何物にも替え難いものだった。

 やがて二人の帰路を分かつ交差点が来ると、雅は片手を挙げた。


「それじゃ、また明日な。頑張れよ代表」

「補佐も宜しく。忙しくなるね」


 日向もまた、雅へと片手を挙げて返す。そしてそのまま、祖父母の家へと向かって愛しい妹の元へと歩いて行った。






「さて……と」


 日向と別れた雅は、一息吐いた後に道を戻り始める。

 家路では無く、先程まで日向と歩いていた商店街の道へと。

 偶然見かけた見覚えのあるシルエットを探して。


 日向と共に歩いた道すがらにあるコンビニを見付けると、その中へと足を踏み入れる。

 ここを通ったのはほんの五分前程度だったので、目的の人物がまだその場に居る可能性は十分にあると思ってはいた。


「……本当に居たよ」

「……うげっ」


 雑誌コーナーでファッション雑誌を読み漁っていた女子生徒……唯が、背後から掛けられた声に驚いて身を竦ませる。


「お前、何してんの」

「いや、あたしは見ての通り立ち読みなんだけど」

「ここ学校からお前ん家までの通り道じゃねぇよな?」

「まぁそうだけど。悠里達と行ったのが商店街だったのよん。その帰り」


 受け答えの仕方も、理由も普通。いつも通りの恵那唯が其処に居る。


「暗くなる前に帰れよ」

「もち。じゃないとパパが心配して大騒ぎになるからねぇ」


 ペラペラとページを捲る音が聴こえる。唯は帰る素振りを見せず、雑誌のページに注目していた。


「芹沢、嬉しそうだったな」

「ん……そうだね、良かった。悠里、本当に新垣君の事が好きだからねぇ。見ててこっちが妬けるぐらいにさー!」

「あんな反応ばかりだと、栁達の疑惑が晴れる所か、増々深まるだろうな」

「日和ちゃんも積極的だしねぇ、流石の新垣君も気付いてくる頃合でしょ」


 ピロリロリロ……と入口から来客を告げるベルが鳴る。

 時間的に、段々と学生は減っているが、逆に会社帰りの人間が増えていく時間帯だろう。

 あまり、こういった話をするのには向かない場所だ。


「帰らないのか?」

「ん、そーだね。そろそろ帰ろうかな」


 唯が雑誌を棚に戻す。自由な気質を纏う唯にファッション雑誌というのが、今更だが意外だった。


 そのまま二人で揃ってコンビニの外へと出る。


「それじゃーね、成瀬。まった明日ー」


 ポケットに手を突っ込みながら片手を振る唯へと、雅は別れの挨拶をする代わりに一言、疑問に思ってた事をぶつけてみる事にした。


「恵那」

「ん?」

「日向はあまりコンビニ使わないから、スーパーに行く方が遭遇確率は上がるぞ」

 

 その言葉の意味か、それとも迷いの無い雅の表情故か。

 唯の表情が、凍った。

前半男臭くてすみません。個人的に、日向が孤独にならなかった一番の功労者の本音を描きたかった回です。

そして、もう一人の親友のお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

i353686/ i353686/
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ