表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
95/172

また、来週。

 階段を上がり、日向達が二階へと向かうと既に廊下に先行した友人達の姿は無く、進行方向の左手にあるドアが一つ開け放たれている。

 中を覗くと、蕾と悠里が並んでベッドに腰掛け、他の四人が部屋の中を物珍しそうに眺めている光景があった。


「……ね、特に面白い物も無い普通の部屋でしょ」

「あ、御免なさい私勝手に……」

「いいよいいよ、座ってて」


 声を掛けると、ベッドに座っていた悠里が慌てて立ち上がろうとするので、日向はやんわりとそれを制する。


「んー、普通の部屋だけど、普通過ぎて逆に違和感が……新垣君の事だから、もっと何かこう、面白い物がありそうだったのに」


 沙希が顎に手を当てて難しそうな表情を見せる。そんな事を言われても、日向は自身の部屋を何かのアトラクションにした覚えも無いので、普通なものは普通なのだ。


「漫画のラインナップも至って普通……っていうかスポーツものばかりだね」

「俺はそれより、雑誌の中にレシピ本と子供教育に関する本がある事が気になるんだが、これはこれで普通じゃないな……高校生の本棚とは縁遠い気がするんだが」


 麗美が秀平と並んで本棚を観察している。その手には日向がまだ家事に不慣れな頃に母親から借り受けたレシピ本や、テレビの御意見番として登場している教育評論家が著した育児に関する書籍が携えられていた。


「っち……見られて困る様な物が何も無さそうな部屋だね……。あれ、これ……」


 つまらなそうに唇を尖らせていた唯が、部屋の一角にあるラックに目を向ける。


「なんだろ、これ……トロフィー? へぇ、新垣君って確かテニスしてたんだよね、其の時の――」

「それはダメです!」


 唯がトロフィーに手を伸ばし掛けた時、日向の後ろから日和が身体を割り込ませて唯の元へ向かい、トロフィーを胸に抱き締める様に抱え込む。


「へ? いやあの、日和ちゃん?」

「御免なさい……これ、大事なものなので……壊れたら、駄目なんです、だから」


 突然の日和の行動に、唯がバツの悪そうな顔をして頭を掻く。


「あ、いや、あたしこそ御免ね。何だろうなぁって気になっただけで、手荒く扱う予定は無かったんだよ、うん」


 いつになく真剣な日和に、唯も茶化さずに日和を宥める様な口振りで応じると、日和は首を横に振って「いえ、私こそ御免なさい」と頭を下げる。そのまま、トロフィーを元の場所に戻した。


 一部始終を見て呆気に取られていた一同だが、その中でマイペースを崩さない秀平がトロフィーに近付いて行き、触れない様にしてその台座を覗き込む。


「………あぁ、成程。これ新垣と日和ちゃんがペア組んで取った賞なのか。凄いな、準優勝だって。中学の頃のか?」

「っ……」


 秀平の放った一言に、悠里が息を詰まらせ身体を硬くする。まただ、また自分の知らない日向が出てきた、その事実に。


「うん。日和と一回だけ大会でペアを組んだ事があって。運良く勝てちゃったんだよ、決勝の相手は流石に強かったから負けちゃったけど」


 朗らかに笑う日向の顔に過去を悔やむ影は見えない。むしろ、準優勝という結果に対しては誇らしさすら感じている節がある。

 ただ一つだけ、今の中の言葉を訂正させたい部分があるとしたら、それは恐らく。


「運良く、なんかじゃ、ないよ。そんな訳、無いよ……」

「………んー?」


 悠里の口から、ぽつりと零れた声を拾い上げたのは、隣に座る小さな少女だけだった。

 その呟きをかき消す様に、沙希がパンッ! と手を打って顔を輝かせる。


「新垣君! テニスラケットってあるの?! 私、ちょっとやってみたい!」


 と、再び突拍子も無い事を言い始める。


「え、あるけど……勉強会はどうするの?」

「合計で三時間ぐらいはやった気がするから平気じゃん! そんなに沢山やっても、もー頭に入らないよ! ねぇねぇ、ラケットどこどこ?」


 言うが早いか、沙希は部屋の中を物色し始める。何となく流れ的に自分達も探さないと、と思ったのか、秀平や麗美、唯までもが一緒になって辺りを見回す。

 部屋の入口で中を眺める様にして佇んでいた雅が、ドアの丁度陰になっている部分にあったラケットバッグを目敏く見付けた。


「ん、これじゃねぇのか、日向」

「あぁ、それ。だけど、本当にやるの……?」

「この雰囲気でもっかい勉強会しましょう、なんてもう無理だろ、諦めて身体動かして、スッキリしようや」


 戸惑いながらも答える日向に、雅がいつもの快活な笑いを見せながらラケットバッグを渡す。

 日向が時計を見ると、時間は午後三時。まだ外は明るいが、秋の只中であるこの季節、もうじき夕暮れになるだろう。


「本格的なコートは協会員じゃないと入れないし、そもそも一般開放で入るにしても遠いですからね……壁打ち、のコートもちょっと遠いですから……公園ですか?」


 提案に乗って来たのは、意外な事に日和だった。日向としては、日和は恐らく真面目に勉強会をしましょう、と言い出すのかと思って居たが、何故かその表情は少しワクワクしている。


「お、いいね公園でテニス! あたしそういうのアニメで見た事ある!」

「いや、公園でテニスするアニメなんて無いだろ……普通、バドミントンとか、野球とかサッカーじゃないか……?」

「栁は細かいなー、いいのいいの、全部球技だし」


 唯の大雑把な一言にも柳は冷静にコメントを返すけれど、唯は気にせずに白い歯を見せて笑う。


「こうえん! こうえんにいくの?! いきたいいきたい、いきたーい!」

「………あー」


 そして一番その単語に反応したのはやはり五歳児で、もうこうなっては引き返せない。対幼児NGワードの一つ、公園。アイス、ジュース、ケーキ等と並び、聞かせたが最後……訂正するには大騒ぎを覚悟しなくてはいけない禁句なのだ。


「分かった、行こうか。すぐ傍だし……」

「やった、新垣君話が分かる! へっへー、それじゃあ全員、次は外に出ろーい!」


 諦めた様な日向の声が洩れると同時、唯が片手を挙げて号令を轟かせる。この光景も、最早何度目だろうと思ったが、最近はこの掛け声で自分も突き動かされる様になって来たと思うと、日向もあまり悪い気はしなかった。

 次々に部屋の外に出る友人達を横目に、最後に部屋に残ったのは日向と悠里だ。

 悠里はベッドから立ち上がり、部屋の入口に立つとその脇にあるトロフィーをじっと見て、それから寂しそうに眼を伏せた。


「……悠里?」


 ドアを閉める為に待機していた日向が、その姿に目を留める。なんだかんだで今日は一日、あまり悠里と直接会話をしていない。その為か、こうして声を掛けるにも少しだけ距離を感じてしまう。


「ん……」


 相槌にしては少しか細い、けれどこちらの言っている事はちゃんと聴こえている様な返事だった。

 少しだけ近付いて、手の届く距離になった辺りで、ようやく悠里は顔を上げて日向を見た。


「どうかしたの、今日は……なんか、いつもの悠里らしくないよ」


 出来るだけ柔らかい声で日向が言うと、悠里は何も言わずに日向の上着の、裾をちょんと掴んだ。


「悠里……?」


 もう一度、日向が名前を呼ぶが、悠里はそのまま伏し目がち俯いて、日向を見上げた。


「……なんか、日向君が」

「うん、俺が?」

「…………遠くなっちゃった気がして」


 精一杯の勇気でそれだけを呟いた悠里の首筋はほんのりと赤く、もう既に日向と目を合わせられないのか、再び俯く。

 何を以て彼女がそう感じたのか、日向には分からない。けれど、こんなにも弱っている悠里を見るのは初めてだった。

 日向にとっての悠里は、いつの間にか自分達の傍に居る事が当たり前になっていて、そして時々……この可憐な見た目からは程遠いと思える様なエネルギーで、自分を温かい輪の中に戻してくれる。そんな存在だった。


「………ぷっ、くっくく……」


 そんな考えに思い至った辺りで、日向はとある事を思い出し、つい笑ってしまった。


「な、なんで笑うのよ! わ……私は割と本気で落ち込んでたのに、酷いよぉ……」

「いや、ご、ごめん……だってさ、悠里がそんな事言い出すの、珍しいなって思ってたらさ」

「思ってたら?」

「最初の頃の……ほら、ウチに来て御飯食べてったりとか、休みの日に蕾ごと俺を公園に引っ張り出したりさ。あの時の悠里とは掛け離れてて……」

「そ、それは今は関係ないでしょー!?」


 日向が言う以前の事を悠里も思い出したのか、日向の上着を掴んでいた手をブンブンと上下に振って抗議する。


「あの時ってさ、多分……今ほど、距離を詰めれて無かったし。お互いにまだ遠慮が結構あったと思うんだ。芹沢さん、新垣君……って」

「う………そう、だけど」


 悠里が、何に対して悩んでいるのか日向にはまだ分からない。だから、日向は分かる事だけを悠里に教えようと思った。

 それは言葉にしなければ分からない事であり、伝えなければ伝わらない事でもあり。


「蕾が言ってたあれ、悠里が来てから俺の……俺と蕾しか居なかったこの家に、こうして皆が来てくれるって事。それだけじゃなくて、きっとあの時が今の全部に繋がってる」

「私は、そんな……何も出来て無くて」

「悠里」


 だから、言うべき時に言わなければ、機会を失って二度と言えなくなる事もある、そういう言葉だった。


「ありがとう、悠里」

「………っ」


 伏せられていた悠里の顔が、くしゃっと泣きそうな表情になる。でも、泣かせたくて言った言葉ではない、笑って欲しくて伝えた言葉なのだ。

 日向は自分の裾を掴んでいる悠里の手を、そっと覆う様に握った。


「ほら、行こう。皆が待ってる」

「………うん、うん」


 丁度その時、待ちかねたかの様に誰かが階段を昇ってくる音が聞こえて、声を掛けられた。聞こえてくるのは唯の声だ、階段の途中で声を張り上げているらしい。


「ちょぉっと二人とも、遅いよー! 何してんのー? やらしー事してんのー?」

「ち、違うわよ! 今行くからー!」


 聴こえて来た声に反応しながら、悠里が部屋の外へと歩き出す。手を離さずに歩き始めた為、日向も引っ張られたまま足を動かした。


「おっと………悠里、手、手!」

「……むぅ」


 悠里は何故か日向に抗議の視線を向け、握ったままの自分の手と階下を交互に見て、溜息と共に離した。



「ほーら二人とも! ハリー! ハリーアップだってのー!」

「あぁはいはい! 今行くよ! ほら悠里、行こう!」


 先導する様に、日向が階段を下り始める。少しだけ遅れて悠里も階段に足を掛ける。


「………その内、皆の前でも繋げるようにしてやるんだから」


 それから、ぐっ、と握った掌に決意を込めて、前に進み出た。




 そして時刻は、午後の四時過ぎ。

 新垣家の最寄に点在する公園にて、高校生達と五歳児が歓声を上げながら動き回る姿があった。


「そう、最初はラケットに当てるのすら難しいから。下から掬い上げる様にして、ポーンと軽く打つ感じでいいよ」

「えーっと………よいしょー!」


 日向のアドバイスを受けて沙希がラケットを軽く振ると、ボールが『ポン』と音を立てながら緩い弧を描く。


「では、仁科先輩も同じ様にです。はい……先にラケットは引いておいて、ボールが来てから引くのでは遅いんです。そう……はい、打って下さい」


 麗美が、こちらは日和に指導されながら向かってくるボールにラケットを振る。


「お、おー! 出来てる出来てる! 私達凄くない!」

「ふふ、テニス初めてやるけど、難しいねこれ……テレビで見るのと全然違う」


 沙希と麗美が、興奮した口振りで喋りながら、ゆったりとしたラリーを続ける。公園の面積は然程広くは無く、本格的なテニスのストロークラリーなんかは到底出来そうにないが、今はこれだけで十分楽しかった。


 そして次に秀平と雅がラケットを持ち、同じ様にボールを突き合う。意外にも、柳の飲み込みが早く、雅に至ってはラケットにボールが掠らないという結果が出た。


「な、何故だ……日向と日和ちゃんという、見取り稽古にはもってこいの二人を一番長く見て来た俺だというのに……」

「いや、だからじゃないですか。成瀬先輩、きっとイメージで経験者の動きをトレースし過ぎなんですよ……なんですか、その……無駄にスタンスがいいのに空振ってる状況。ふざけてるんですか?」

「大真面目なんだけど?!」


 必死にボールを返そうとする雅に対して、日和からの容赦ない叱責が続く。

 一方で、ほぼ確実にボールを返す事の出来ている秀平は、ボールこそ完璧に返っているが……。


「だ、ダサい……栁、あんたの場合は逆に……ちゃんと打ててるけどダサい……」


 唯が苦いものを食べた様な表情で秀平を見る。


「い、いいんだよ……こういう球技ってのはな、感覚を覚えて徐々にスタンスを修正していく方がいいんだ、多分……」

「あははははは! しゅーへいくんださーい!」

「ほら、蕾ちゃんには受けてるだろ! もうこれこの場に於いては満点もいい所だろ!」

「今日一日で、この男も随分と新垣君に感化されたもんねぇ……新たなロリコンの誕生かな」


 蕾から笑顔を貰えた秀平が、今日イチの笑顔で振り返って同意を求めてくる姿を、沙希が一蹴する。


 秀平と雅のペアが何とかラリーの様なものを出来た辺りで、次は悠里と蕾がラケットを持つ。

 日向のラケットは蕾には少々大き過ぎるので、日向が背中側から手を携えて、一緒にラケットを振る。


「はーい、それじゃいくよー蕾ちゃん、はーい!」

「蕾、来たぞ。……いよっと」

「えーい! えいえい!」


 ちょん、と高めに放たれたボールを、日向と蕾の二人の持つラケットが追い駆ける。

 ポン、というよりボヨン、に近い音を立てて、蕾の背丈よりも高い弧を描いたボールが悠里へと返る。


「あ、凄い凄い、蕾ちゃん上手ね! ………それっ」

「おにーちゃん、またきたー!」


 夕暮れの陽光が広がる空の中を、見慣れたボールが漂う。先程の様に、蕾の小さな掌に自分の掌を乗せて、ラケットを振る。

 ………ただ、それだけで楽しかった。




「さて、それでは……最後は、やっぱり」

「だな」


 その後、組み合わせを変えたりしながらラケットとボールで遊び、もう少しで帰宅時間という頃合で、唯と雅が示し合わせたかの様に頷き合う。

 そして、それぞれが持っていたラケットを、日向と日和へと渡す。

 この二人だけが、先程から全員のフォローに入っていた為に同時にラケットを持った事が無かった組み合わせだった。


 日向は受け取ったラケットのグリップを細かくチェンジしながら、左手でボールの感触を確かめる。

 顔を正面に向けると、そこには自分のセカンドラケットを持った日和が居て、じっと日向を見詰めていた。


「………まさか、日和と久し振りにやるテニスが、公園になるとは思って無かった」

「ふふ……私も、です」


 日和が手に持っているラケットに視線を向けて、それを愛おしそうに撫でた。


「もう一度、このラケットを持つ日向先輩が見たかったんです。……だから場所なんて、何処でもいいんです」

「えーっと……お待たせ?」

「もー、なんですかソレ……折角、感動のシーンなのに」

「いやぁ、改めて言われるとさ……なんか恥ずかしくて、それに」


 指先で額の部分をポリポリと掻いて、日向は一度、深く呼吸する。


「いざ、こうして目の前にラケット持った日和が居ると、どうにもね」

「あ、やっぱり先輩もですか。……私も、こんな場面になったら感動で泣いちゃうんだろうな、って思ってたんですけど、そうでもなかったみたいです」


 そして、お互いに軽く笑い合う。

 だって、どうしたって笑ってしまうのだ。


「それじゃ、皆みたいに軽いラリーでもする?」

「冗談でしょ?」


 あの日……テニスコートの中で、必死にボールを追う日和を見てから。そして今、目の前にその日和が立った瞬間から。


「ボレーボレーにしようか」

「それが妥当ですかね。………久し振りなんですから、無理しないで下さいね。手、攣っても知りませんよ。あ、先輩が負けたら、罰ゲームとして一週間、売店のジュースでも買って貰っちゃおうかな」

「生意気言う様になっちゃったなぁ」


 身体の奥から、湧き上がる疼きが、止まらないのだ。


「それじゃ……」

「はい」


 数メートル離れた位置で、構える。左手のボールを落とすと同時に、ラケットでその芯を圧縮する。


 スパンッ! と小気味良い音を立てたボールが日和へと迫り……次の瞬間には、同じ音を立てたボールが日向の胸元へと返ってくる。


「は、速っ!」

「え、え、え??」


 唯か、悠里か、誰かの声が聞こえる。けど、そんな声に耳を立てている場合ではない。


「ふっ………!」


 右のローボレー、左のボディ、右のハイボレー。

 次々と足の位置を変え、打った瞬間には日和を見る。返した球は、僅か一秒に満たない間に自分の元へと戻ってくる。

 集中が増す。打球を捉える度に、懐かしい感触が次々と掌に蘇ってくる。


「割とっ! 動けますね! 空振りぐらいは笑わないでおいてあげようと思ってたんですけどっ!」

「練習……してたからね! か、壁相手にだけどっ……」


 日和が執拗に足元へ落とす球を、打ち上げない様に全てローボレーで返す。頭の中で描いているネットと、そのセンターベルトが作る高さを意識しながら。

 長く感じられた時間は、しかしラリーとしては二十に満たない数字だっただろうか。


「うおっ……と!」


 ボディへと放たれた打球を、上手く返せずにバックハンドのブロックで不用意に打ち上げてしまう。

 咄嗟に構えを直して、直ぐに来るであろう日和からのハイボレーに備えるが。





「………っ……うえっ……えっ……」




 嗚咽と共に返ってきたのは、緩い弧を描くボールで……日向はそれを、同じく緩い速度で返した。


「日和……?」

「なんでも……ないですっ……つ、唾が気道に入っちゃって……っ、く……う、うぅ……」


 そして遂に、ボールは打ち返される事無く、地面へと落下した。


「ちょ、新垣君本気出し過ぎだって! 女の子相手にひっどいなー!」

「日和ちゃん、大丈夫? 咽ちゃったのかな、背中叩いてあげるね」


 事情を知らない沙希と麗美が、日和に駆け寄って、ハンカチで涙を拭いたり背中をポンポンと叩く。


「大丈夫……です、もう、平気れすから……」

「うお……泣いてる日和ちゃん可愛い……私、なんかドキドキしてきた」

「ちょ、沙希! ふざけてないで!」


 麗美が沙希へと叱責を飛ばす。その間も、日和はずっと日向の姿を視界に収めていた。まるで、目を離したら居なくなる事を怖がる様に。


 そして、場が一旦収まった頃に、唯が空を見上げる。

 公園に備え付けられた時計は既に五時半近くを指しており、空はうっすらと青と黒が入り混じった夜明けの様な色合いを見せ始めていた。


「さって、なんか、えらい濃い一日だったけど」


 唯の一言に、皆も揃って一度空を見上げた。気の早い星々が見えるけど、それが何の星なのかは分からない。


「帰ろうか」


 唯に続く様に、日向が声を漏らす。空を見上げたままでも、周りの皆が頷くのが分かる。

 この時間が終わるのが、惜しいとは思うけど、寂しいとはもう思わない。


「帰ったらまた勉強しなきゃだなぁ、週明けから試験だしね」

「ちょっと麗美……そうやって現実に戻すの止めてよ……」

「俺は鹿島と違って割と集中したから、今日はもう平気だな」

「あ、栁。なら過去問貸してくれ、必要なら明日返すから!」

「悠里、明日どっか遊びに行こうよぉー」

「唯……今の皆の話聞いてたの……?」

「………っく、ひっく」


 言葉の一つ、声色の一つ、言葉遣い……その全部を肌で感じる事が出来る。


 日向の掌に、もうすっかり慣れてしまった感触が戻ってくる。


 そちらに目を向けると、蕾が両手で日向の手を包む様にして、握っていた。


「おにーちゃん、帰ろう?」

「……うん」


 そうして日向達は、公園を出た。

 いつも二人だけで遊んでいた公園を、今日は友人達と一緒に、出る事が出来たのだった。

勉強会編Ⅱは、これで終了になります。

簡単に2~3話で終わると思ってたけど、予想というか想像よりも厚みが出たというか……キャラクター達の様々なターニングポイントになった(なってしまった)という印象があります……。


勿論……考えてやった事ではありません、いつも通り、キャラが奔り出した結果で御座います……

でもこの感覚は久しぶりなので、オーライという事で……

(そして後から見返すと、細かい荒に気付いて直す事になるんだなぁと)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

i353686/ i353686/
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ