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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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今、そこにある温度

 雅と日和が新垣家に戻り、三十分後。リビングでは生地の焼ける香りが立ち込めていた。


「おー……おおー……やけたかなっ、やーけたーかなー?」

「蕾、そこに居たら顔が熱くなっちゃうよ。……もうちょい、かな」

「はーやーくーたーべーたーいー!」


 ホットプレートを前にした蕾が、子供用の小さいフォークを片手にテーブルへ身を乗り出している。

 リビングに居る人数が多い為、ダイニングテーブルではなくリビングのテーブルに置かれたホットプレートには、円形に整えられたお好み焼きのタネがゆらゆらと熱気を上げながら焼かれていた。

 蕾は一度、身体を戻して定位置へと座り込む。


「おっとぉ……ふふ、お腹すいたね、早く食べたいねー」


 先程から蕾のソファーとなっているのは悠里で、揃えて左方へ流しているその脚の太腿の上に、ポスンと収まる蕾を後ろから抱きしめる様にして仲良く座っている。


「お好み焼きといえばさ、縁日では『広島風』ってあるけど、あれって普通のとどう違うんだろ?」


 沙希が日向の持つヘラを見ながら疑問を呈する。その横で、麗美が「んー……」と言いながらスマートフォンを操作し始めると、目当てのページを見付けたのか、画面を先に見せる。


「………麺を入れるかどうか、なのかな? ウィキペディア先生にはそう書いてるよ」

「流石先生、物知りだなぁ……。でも私は、麺食べるならヤキソバの方がいいかも」


 沙希も空腹を訴える様にして、割り箸を右手で握りながらホットプレートを見詰めている。

 既に時間は一時を過ぎているので、思春期の高校生達には少々お預けが辛い状況だ。


「中華麺も雅が買ってきてくれたみたいだから、一緒に焼いちゃおうか。ソース系の食べ物ばっかりになるけど」

「いいのいいの、ソースの味は学祭の味、お祭りの味なんだから」


 にっ、と八重歯を見せる様にして沙希の横顔を見て、隣に居る麗美が慌ててポケットを探る。


「沙希……涎出てる……」

「おっと失敬失敬……」


 麗美がそっと渡すティッシュを受け取り、沙希が口元を隠す様にして拭き取る。その光景に、日向は少しだけ安堵した。二人とも、あと加えて秀平も、大分リラックスしている節が見えて来たからだ。家に来たばかりの頃の堅さが、先程と比べて落ち着いている。

 其の時、丁度日向の隣に居る秀平がおもむろに口を開いた。


「……学校祭、本番だと焼き要員と接客要員、会計とかに人員割り振るんだろ。ウチのクラスに調理やれる奴ってどのぐらい居るんだ?」

「別に適当でもいいんじゃないの? ホットプレート使うにしても、何台もある訳じゃないんだし。この総大将に調理関係任せて、どんどん焼かせて、少し冷めちゃったものはレンジでチーン! で」

「まぁ、そこまで本格的なのが求められる訳じゃないだろうし……家庭科室もキャパがあるからな。全クラスが入れる訳もないし、教室の一角でやるとなれば、あまり人員置けないか。まぁ、そこは委員達のお手並み拝見だな」


 鼻息を洩らしながらぼやく秀平が日向を見る。具体的な話が出てしまうと、もう少しで学校祭があるのだ、という実感が湧いてきて、日向は少しお腹の辺りがムズムズする感じがした。


「……頑張ります」

「おっ、頑張れクラス委員! 実行本部長! いや、我がクラスの隠れた最終兵器!」


 気弱とも取れる日向の言葉に、沙希が笑いながら応じてくれる。その隣では麗美と秀平も同じ様に頷いてくれている。その心遣いが、日向には照れ臭くて、咄嗟に彼等から顔を逸らして前を向いてしまう。

 正面を向くと、日向達のやり取りを見て笑みを浮かべている悠里と目が合った。嬉しそうに顔を綻ばせる悠里の、優しげな瞳が日向を捉えるが、ふと何かに気付いたかの様に、ふいっと顔を背けてしまう。

 今日は何故か悠里と直接話す機会が少なく、先程からこうして目線が合っても若干避けられているというか、そんな感じなのだ。けれども、そんな状況を打破すべくお腹に力を入れて日向は悠里へと声を掛けた。


「悠里は……どっちやりたいとか、こういう風にしたいとか、ある?」

「え? あ、えーっと、そうね……わ、私は日向君が調理場でいいと思うよ、日向君の御飯、美味しいし……」


 軽く声を掛けても、悠里からはぼーっとした感じで声が返って来るだけだった。


「……御飯が美味しいって、さっき蕾ちゃんが言ってたアレ? 悠里、あんた新垣君の手料理でも食べさせて貰った事あんの? へ、へぇ……」


 蕾の発言以降、立て続けに晒される事実の連続に、沙希が引き攣った顔をする。このクラスで最も目立たなかった新垣日向という存在の周囲で、一体何が起こっているのか、聞けば聞く程に混乱するばかりだった。


「……?! ち、違うの、今のは違くて!」

「うんうん、今の発言は私の脳内議事録には記録されてるから、判決は後日ね」

「だからぁ……!」

「ゆーりちゃんはねー、いちばんさいしょに……むぐ?――」


 沙希との駆け引きの合間、再び爆弾を落とす気配のあった蕾の小さな口を素早く悠里が塞ぐ。蕾は悠里の手に自分の手を載せる様にしてフゴフゴ言いながら首を傾げている。恐らくは『言っちゃ駄目なの?』みたいな事を伝えているのだろう。しかしそのやり取り自体、沙希にとっては立証する為の証拠に他ならない。


「……いいけどさぁ、なんかもう今更になってきたし?」


 遂には沙希の方から折れる様な発言をしだした。

 というのも、此処に来てからの悠里の態度、そして先程までの日和と日向のやり取りと、第三者から見ると突っ込み所が多過ぎて、逆に迂闊なちょっかいを出せない雰囲気があるのだ。

 当の日向は悠里と沙希のやり取りに対し、どう反応すればいいのか分からず、ホットプレートの熱が原因なのかなんなのか分からない額の汗を拭う。

 考えてみれば、悠里に自分の作った食事を食べて貰うのは、これで何度目だろうか。

 蕾の言い掛けた、一番最初に、という言葉……それが指すのは、一つしかない。


(そういえば、そうか……悠里が初めて家に来て、一緒に御飯を食べて。帰ろうとしたら蕾が泣いて……あれから三ヶ月は経ったというべきか、三ヶ月しか経ってないと言うべきか。もうそんなになるんだな)


 日向の日常が一変する切欠ともいえるあの日の自分は、今日の風景を想像する事が出来ただろうか。

 こんな風に、友人達が居て、蕾が居て、そして日和が居る。何を置いてでも護ろうとしたもの、其の為に諦めざるを得なかったもの、そして自分の弱さが原因で離れて行ってしまったもの。全てが此処にある。

 今はクラス内の噂話や、日和の事、悠里の態度、それに学校祭の事など、分からない事やどうにかしないといけないであろう事が山積みになっている気がするけれど。


「む……日向君、なんでこんな状況でニヤニヤしてるのよ」

「え?! いや、これは……た、楽しいなぁって……」

「楽しいって……もう、日向君も何か言い返してくれないと、この子達すぐ助長するんだから……」


 感慨に浸っていた日向が悠里に凄まれて咄嗟に返すと、悠里が拗ねた様に言う。自然なやり取りが戻って来た感じに安堵感を覚えて、日向は思わず本音を語り出した。


「蕾もさっき言ってたけど……皆がこうしてウチに来てくれて、大勢で過ごすのって初めてだから。あ、前に四人は来てくれた事あるんだけどさ、それとは別に……そこからまだ増えるとは思って無かったし、だからこんな感じで、栁達とまで仲良くなれるのが、嬉しくてさ……」


 突然の日向の言葉に、悠里達四人は無言で日向を見る。


「……なんか舞い上がってる気がするんだ、自分でも。……あ、焼けて来たね。もう一枚大きいの焼いておこうか」


 そこまで言ってしまった後に恥ずかしくなり、日向はテーブルにある大皿に焼けたお好み焼きを一枚載せ、新しい生地を焼き始める。

 その間、誰も一言も発しなかったので、そんなにおかしい事を言ってしまったかと周囲を見渡すと。


「……新垣。俺で良ければいつでも来るからな……学校でもガンガン話し掛けてくれ……」

「私も、なんか……ごめん、からかい過ぎたかも。っていうかちょっとこっちが恥ずかしいこれ……」


 眉間を抑えて難しい顔をする秀平と、仰け反って盛大に日向から顔を背ける沙希が居た。


「なんか、新垣君の人となりが分かった気がするよ、悠里」

「な、なにが?!」

「……口元、緩んでるよ」

「んー?!」


 麗美からの指摘を受けた悠里は、隠す様に蕾の背中へと顔を擦り付ける。蕾は突然の悠里の行動に、驚く訳でもなく面白がって身体を揺らした。



 一方、少し離れたダイニングテーブルの上に、食器棚から人数分の皿と割り箸が用意される。

 そちらの準備を行っているのが雅と唯、そして日和だった。


「……ねぇ成瀬、あんた、買い物途中で日和ちゃんに変な事したんじゃないでしょうね」

「あぁ? してねぇしてねぇ、ちょっと相談に乗っただけだよ……」

「ほんとにぃ? なんか日和ちゃん、さっきと雰囲気違うんだけど……あっちであんな会話してたら、さっきまでの日和ちゃんだと思いっきり割って入りそうなもんだけど」


 唯がちらりと日和を見ながら言うが、日和は黙々と先程お好み焼きの生地作りで使用したキャベツの切れ端を片付け、まな板を洗っていた。


「それにしても、案外似合うね……」


 唯が顎に手を当てて日和の姿をまじまじと見る。日和は先程、日向の手伝いとして台所に入っていた為、エプロンを着用している。


「ちょっと身長が足りてないけど、逆にそれが一生懸命さを醸し出しており、豊満とは言えなくとも健康的な色気があるその身体は、幼妻としての魅力を十分に兼ね備えており、何よりもてっきりジーンズかハーフパンツの類で来ると思ってた日和ちゃんが、今日はまさかのデニムスカート……しかも膝上。黄金の生足とエプロン……いいよ、いいよ日和ちゃん……その細い二の腕もすっごくいい」

「聴こえてますから恵那先輩……っ!」


 背後から呪詛の様に撒き散らされる唯の歯が浮く様な台詞に、いよいよ耐え切れなくなった日和は歯を剥き出しにして睨みつける。そのまま最後の洗い物を終え、包丁を綺麗に拭きとった後、鏡面の様に反射する刀身を見詰めながら深く溜息を吐いた。


「いや、その状況で溜息はヤバい。意味深過ぎてヤバい。日和ちゃん。一旦その得物を置くんだ……まだ、まだやり直せる……」


 雅がカウンターの陰に半身を隠しながら日和へと呼び掛ける。


「よくある勘違いパターンばかりしないで下さい。ちゃんと仕舞いますよ……」


 言い切ると、日和はカウンターの方は見ずに足元の戸棚を開けて包丁を仕舞い込む。戸棚がパタンと閉まる音を聴いてから、腰元の紐を解いてエプロンを脱いだ。


「えー脱いじゃうの? 可愛いのに、勿体ないなぁ」


 畳まれたエプロンを見て、唯が唇を尖らせる。女子が女子のエプロン姿を見て何を喜ぶ事があるのだろうと思ったが、唯に関しては常識が当て嵌まらないので、日和は疑問を疑問のままにしておく事にした。


「これ、私のなんですよ」

「え、マジで?! 新垣君のお母さん可愛い趣味してるなぁとは思ったけど……何でここに日和ちゃんのエプロンがあんの?」


 予想外の事実に驚愕する唯に、日和はエプロンを先程の買い物で出た余りの袋に入れながら答える。


「おばさんが私の誕生日に買ってくれたんです。前に、日向先輩にご飯作ってあげたいって言ったら喜んでくれて。……おばさん、ちゃんと取っておいてくれたんだ……」


 久し振りに使ったので一旦持ち帰って洗わなければいけないそれを、日和は大切そうに抱え込んだ。

 先の帰り道から今まで、考えなければならない事は多々、ある。

 雅からの話を聞いて、自分の中にある記憶と照らし合わせて、浮かんだ一つの事実は確かに日和を苦しめるものだった。だけど、それは日和の行動を留まらせる事には繋がらない、少なくとも今は。


「よし、こっちは終わりましたので、私達もご相伴に預かりに行きましょうか」

「んじゃ、食器類持って行くぞ」

「あ、私も持ってくよーん」


 雅と唯が、ダイニングテーブルから食器を持ってリビングへ向かう。その後を追う日和は、一度立ち止まってリビングの光景を眺める。

 日向が友人達と語り合い、蕾が笑い、皆で食事を囲む風景。あの中で自分は日向の隣を勝ち取ると決心したのだ。


「……上月日和を、舐めんな……っ!」


 両手で頬を軽く打ち、日和は立ち止まった足を再び前に蹴り出した。

※こっそりと1~2話あたりを改稿しております。改稿案に沿って書き直している時、こういうシーンがあった方がいいな、とか、この表現分かり辛いな……って所があって、流石にこれは看過出来ないと思った部分多過ぎて……(想い出として残しておくとは一体)

多分、今書いてる文章も後々で読み返すと、そういう所沢山出てくるんだろうなぁって思うと、最近投稿ボタンを押すのに腰が引けます……。


という訳で、改稿案第一弾は終わりました。再び却ってくるであろう原稿を待ちながら、その間もりもりと続きを書き始めます。



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