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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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リトルクイーンの一撃

 雅が怯え、唯が動揺し、そして日向が日和に圧倒されてしどろもどろになっている状況の中、悠里の隣に座る蕾はぱっちりと開いた瞳で周りを見渡している。

 蕾にとっては混沌としたこの場すら、大きなお兄さんお姉さんが一緒に遊んでくれる、ただそれだけの場に過ぎない。

 その中で、一番の友達である悠里が何やら悩んだり怒ったり、ちょっとだけ辛そうなのはかろうじて分かった。

 そして悠里からそんな感情を感じるのは、決まって目の前に居る兄と日和が仲良くする時だったのだ。


 自分自身も二人のやり取りを見て面白くて笑ってしまったが、もしかしたら笑ってはいけなかったのかもしれない。

 そう思うと、悠里に対して『ごめんなさい』の気持ちが沸き上がってくる。でも、なんで悠里が悲しい顔をするのか、そこだけが分からない。

 男女間の好意は、五歳である蕾にはまだ理解出来ない感情なのだ。

 だから、蕾はこう考えてしまう。


 悠里が悲しいのは、きっと自分よりも日和の方が兄と仲良しで、一番の仲良しじゃないと思ってしまったからだ、と。

 ならば、いつも優しくしてくれる悠里に少しでも恩返し出来る様に、自分が沢山慰めてあげようと。


「むん!」


 突然蕾は立ち上がると、テーブルにあったお菓子を一つ掴み取り、包装を外すと中から出てきたチョコを掴み、悠里へと突き出した。


「蕾ちゃん?」


 もうすぐ感情が爆発し、今にも机に拳を叩き付けんばかりだった悠里は、蕾の行動に目を白黒させる。


「食べて!」

「え、あ、はい。ありがとう……?」


 受け取ろうと手を伸ばす悠里に、蕾は首を横にふるふると振った。


「あーん!」

「え、あ、あーん? ……はむ」


 蕾の一言に、反射的に口を開いてしまった悠里は、そのまま蕾に口内へチョコを放り込まれる。

 甘さと匂いで、逆立っていた感情が沈下していくのが分かる。咀嚼しながら真意を確かめる様に蕾を見ていると、蕾が悠里の頭を撫で始めた。


「ど、どうしたの? 蕾ちゃん、何かあった……?」

「だいじょーぶだよ!」


 なでなでなで……と髪の毛を小さな掌が擦る感触に悠里は微笑ましさ半分、戸惑い半分という気持ちだったが、何やら自分の事を心配してくれている様なので好きにさせる事にする。


「蕾……?」


 自分の目の前で繰り広げられる、妹と悠里のやり取りに日向も何事かと蕾に声を掛けるが、蕾は悠里を撫で続けた。


「ゆーりちゃんとつぼみ、なかよしだもん!」

「……蕾ちゃん?」

「ね!」


 蕾から急にそう言われ悠里は益々混乱するが、元気付けようとしてくれる気持ちが凄く伝わってくるので、悠里は微笑みと共に頷いた。


「うん、そうね。私と蕾ちゃんは仲良しだね」

「うん!」


 悠里が両手を肩の位置まで上げると、蕾もその手に小さな手を合わせてくる。温かくて柔らかい、子供の掌が心地良い安心感を与えてくれる。


「あのね、ゆうりちゃんが、おにーちゃんとなかよしになってくれたから、おうちにいっぱいひとがきてくれて、たのしいの!」


 ぎゅっと小さい拳を握った蕾の瞳が、真っ直ぐに悠里を捉える。


「つぼみね、おにいちゃんのおともだち、みやびくんだけだとさみしいっておもってたの!」

「………蕾」


 蕾の精一杯の独白に、日向は胸の奥が詰まる想いがして、ぐっと息を呑んだ。

 飾らない言葉だからこそ、真っ直ぐに届く。小さな妹に心配されるのは少し恥ずかしい事だとも思うが、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。


「つっつ………」


 日和も思う所があるのか、蕾の表情を見て、言葉を聞いて、俯いてしまう。

 一度、日向の元から去った自分がもしあのまま日向の傍に居続ける事が出来ていたら、という思いと、小さな蕾には過去の自分の記憶が無い事が少し寂しかったのだ。


「でもね、ゆーりちゃんがきてくれてから、いっぱいおにーちゃんのおともだちふえたんだよ!」


両手を広げて輝いた瞳で、蕾は精一杯に悠里にエールを送る。

小さな身体から沢山の元気を放つ様に、沈んでしまった悠里の表情がまた輝く様にと。


「だから、だいじょうぶだよ! おにーちゃんともゆーりちゃんはなかよしだから! おにーちゃんもきっと、ゆーりちゃんとなかよしだとおもってるよ!」

「つ、蕾ちゃん?! 日向君の事は今は別に……」


 唐突に日向の名前を出され、悠里が狼狽える。蕾の言葉は拙くて突発的で、理解するのにやや整理が必要な事もあるが、今の流れではまるで悠里が日向の事を考えていて、仲良くしたくて落ち込んでいる、という風に取れる。

 実際にはそれはほとんど真実なのだが、今はマズいのだ。周囲には秀平や麗美、沙希と言った面々が居る。物凄い誤解を生みかねない。果たしてそれが誤解なのかはさておき……。

 だが、そんな悠里の心配を他所に、蕾は自信に満ち溢れた瞳で、目一杯に悠里を励ますのだった。



「だって! おにーちゃんとゆーりちゃんとつぼみ、いっしょにでーとしたもんね!」

「つ、つぼ、ぐおっ……!」


 ゴンッ! とテーブルの下から振動と鈍い音が響き、日向が膝を抑えて蹲っている。蕾の言動に反射的に立ち上がろうとしてテーブルの端にしこたまぶつけてしまったのだ。


「デ……デート?!」

「や、やっぱり……悠里……」

「新垣……お前、割と手が早いんだな……」


 沙希がデートという単語に反応し、悠里と日向を交互に見る。麗美に至っては若干キラキラとした視線を悠里へ向けるが、彼女の場合は羨望の眼差しだろうか。

 秀平は秀平で、感心した様に日向を見ている。


「いっしょにごはんもたべたし、きゃんぷもしたし! おふろもはいったもんね! だから、なかよし!」

「す、ストォォップ! つ、つぼみちゃん、ストップストップ、ストップーーー!」

「ご飯……キャンプ?! お風呂って! ちょっと悠里、あんたどこまで進んじゃってるのよ! 全然聞いた事無い話ばっかりなんだけど!」

「ち、違うの!! あ……違ってはいないんだけど、とにかく細部が違うのよ! 細部がぁ!」


 突発的に投げ掛けられた単語の群れに、沙希が慄いて悠里に詰め寄る。蕾の言葉をそのまま捉えると、交際疑惑そのものを吹き飛ばしてお釣りが来るレベルの噂が飛び交いかねない。


「せ、先輩……芹沢先輩とデートした事あるんですか……?! ご飯……っていうのは、キャンプで食べた夕飯の事ですよね!? 違うんですか?! 先輩、答えて下さい!!」

「日和! く、苦しい……! 落ち着いて、蕾も……!」


 日和は日和で、自分も知らない情報が蕾からもたらされた事に動揺し、日向の襟元を掴んで詰め寄る。

 激しく動揺する人員の中、雅と唯はお互いに頭を抱えてこっそりと部屋の隅に移動し、事の成り行きを見守るスタンスを取った。


「………どういう状況なの、これ」


 唯が珍しく本気で辟易とした顔をして、雅へと問い掛ける。


「……蕾ちゃんへの事情説明をしていなかった、いや、でもなぁ……五歳児に対して『俺等のクラスで起きてる、お兄ちゃんの交際疑惑について払拭します』なんて説明は最初から出来ない相談なんだけどさ。それが第一ポイントで……次に、日和ちゃんが最近、以前にも増して近接戦闘に持ち込んだ高速戦を仕掛けてきた事が第二ポイントか……」

「あんたの説明、なんか微妙に分かるような分からないような……」

「んで、原因不明の不調により、こっちは逆に牽制すらも放てない程に弱った芹沢が居て……蕾ちゃんがその芹沢を元気づける為に身体を張って慰めたって感じか……」


 なんだか全部噛み合ってるのか噛み合ってないのか、激しく考察に困る状況ではある。


「単独での強襲、近接戦闘を得意とする日和ちゃんに対し、芹沢は小型自律兵器(蕾ちゃん)との三次元包囲かぁ、やるなぁ」


 あははは、と朗らかに笑う雅だが、一瞬にしてその笑みを消して真顔になると再び頭を抱えた。


「わ、笑えねぇ……」

「いやぁ、もう笑うしかない状況っていうか、だから最初から堂々としてれば良かったのにさー。まぁいいんじゃない、これも私達らしくてさ」


 対照的に唯は楽観的な態度になり、お腹を抱えてカラカラと笑う。


 二人の目の前では、日和に詰め寄られる日向と、沙希に問い詰められ、麗美から好奇心丸出しのギラギラした視線を浴びる悠里の姿があった。

 やがて沙希は悠里にこれ以上問い詰めても無駄だと悟ったのか、軽く傍観気味の態度を取っていた秀平へと言い放つ。


「栁! 蕾ちゃんを確保しなさい! その子が重要参考人よ! 保護者の居ない所で言質を取る事にするから!」

「は、はぁ!?」

「いいから早く! 麗美は悠里を取り押さえる!」


 しかし、沙希に促され渋々と蕾を捕捉しようと動く秀平を見て、蕾は素早く部屋の中を逃げ回る。


「おにごっこ、おにごっこだー!」


 小さな身体を駆使して、テーブルの下やソファーの周りを縦横無尽に駆け巡る蕾に対し、人様の家をあまり荒さない様に配慮して動く秀平は、全く蕾に追いつけない。


「つ、蕾ちゃん……速いな……」

「あはははー! おいでおいでー!」

「あぁでもいいなぁ……この感じ。俺もこんな可愛い妹欲しかったなぁ……」

「………事案ね」


 蕾を追い駆けながら、段々と秀平は楽しくなってしまい、本来の目的を見失いそうになる。だらけきった表情で蕾を追い駆ける秀平を、沙希が犯罪者を見る様な目で眺めていた。


 そして、いつの間に移動したのか和室では悠里が麗美によって背後から身体の自由を奪われ、身動きが取れない状況にされていた。


「こ、これ全然外れない……! 麗美、ちょっとー! あ……やだ、下着見えちゃう、待ってぇ!」

「ふふ、簡単には外れないよ……私、柔道習ってた事あるから……黒帯なんだ……」

「なんでよー! 眼鏡キャラは普通文系でしょう?! なんでもいいから早く解いてよ! スカート捲り上がっちゃうってばぁ!」


 麗美の両足が外から悠里の太腿に絡み付いている為、悠里が暴れるとその度に段々とロングスカートの裾が捲り上がってしまう。大人しくしていれば問題無いのだが、悠里は膝上まで捲れ上がったスカートを戻そうとパニックになってしまい、悪循環が起きている。


「ゆ、悠里?!」

「先輩!! 今そっち見ちゃダメですから、二重の意味で! 私の質問に答えて下さいよ!!」


 悠里の悲鳴を聞いて救援に向かおうかと考えた日向を、日和が後ろから抑えつける。最早至る所で起こった惨状に、雅と唯だけが冷静に状況を観察していた。


「め、滅茶苦茶過ぎる……」

「そう思うなら止めて来たら?」

「怖いから絶対嫌だ……」


 両手で顔を覆って崩れ落ちる雅を冷ややかな眼差しで見下ろし、唯はリビングの惨状に再び目を向けた。


「たった一人、蕾ちゃんっていうジョーカーが居ただけでこれかぁ……でもまぁ、これが悠里にとって良い発破になるといいんだけど」


 日和の猛攻も、悠里の失意も全て一撃の元に粉砕した小さな女王の言霊の威力を目の当たりにして、唯は苦笑いを零した。

業務の合間に改稿やって、改稿やる合間に連載書いて……た、楽しいです(必死)

沢山展開考えたけど、改稿やって最初から読み直して、気付いた事が

重過ぎても軽過ぎても、この物語には合わない、かなと。


電撃の対談インタビューで、SAOの川原先生が

『私はプロット書かないんです、ウェブ連載だと書いてる暇ないんで。大事なのはライブ感』

みたいな事言ってて、ですよね! 私も書いてないけどいいんですよね!! ってなりました(自己肯定)

興味のある方は一読してみるといいかもです(笑)

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