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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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陽がある所に、陰があるとして

 悠里が教室で唯と昼食を摂り終えて談笑している頃、会話の拍子に動かした視線の先で日向が教室に入ってくる姿を見付けた。


「あ、日向君、おかえりなさい。どうだった? ……あら?」


 自分の席へと戻る日向へと声を掛けようとして、ドアの付近……丁度入口に佇んでいる日和の姿を見付ける。

 日和もまた悠里達に気付いた様子で、手に持っているポーチを掴んだまま両手を重ねて礼儀正しくお辞儀をした。


「うん、ただいま……」


 どこか上の空の日向は、そのまま机に掛けてある鞄から弁当の包みを取り出し、もう一度日和の元へと向かってそれを手渡している。


「あれ、日向君……お弁当食べてないよね、どうしたのかな」

「日和ちゃんに取り上げられた?」


 悠里はその光景に疑問を抱くと、唯も「はて?」とばかりに首を傾げて観察している。

 日和はそのまま弁当を日向から受け取り、一言二言やり取りをすると廊下の先へと消えてしまう。日向はその姿を見届けた後、自分の席へと戻って腰を降ろした。


 二人のやり取りを遠目から見た唯が、人差し指を口元に添えて眉を顰めた。


「……今の日和ちゃんの表情、妙に……」


 ―――色っぽいというか、女の子の顔をしてたなぁ。

 唯は直観的に浮かんだその言葉を口にはせず、自分の中に仕舞い込む。あくまで主観での事で、言い触らすべきではないとの判断だった。


「それで、日向君。勉強会のお話はどうだったの?」


 唯の言葉は日向にも悠里にも幸いにして届いておらず、傍に居た悠里が着席した日向に問い掛ける。

 日向はハッとした感じで、一度周囲と……それから悠里へと視線を向けた。


「……えっと、それは大丈夫だってさ。問題無いから、楽しんじゃおうって……前向きな発言を貰いました」


 どこからどこまでを話せばいいのか、勿論話せない内容の方が多い出来事だったが、その中から最終的な結論を掻い摘んで悠里達へと告げる。


「そっか、良かった。それじゃ、授業始まっちゃうから……後の事は、また夜にメッセージでやり取りしましょ。とりあえず大丈夫そうなら、私から沙希達に声を掛けるね」

「うん、こっちも柳に声を掛けておくよ」


 日向の返答を聞いた悠里は、片手を振って自分の席へと戻った。

 入れ違いになる様に、雅もまた何処からか戻って来て着席するのを日向が横目で確認する。


「おう、戻ってたか。……どうした?」

「あ、え……? 何が?」

「いや、ぼーっとしてるっつーか。熱でもあるか?」


 教科書と筆記用具を机に置きながら、雅が訝しげな視線を日向に送る。


「ううん、平気だよ。ちょっと考え事してて。集中しなきゃね」


 そして日向もまた、苦笑いを浮かべながら机の中に手を入れた。



 授業が終わって放課後、日向は蕾と一緒に家までの道を歩いている。


 その日の午後の授業、日向は入学して以来初めて、社会科の学科担任から回答を指名され答える事が出来ないという珍事を起こした。


「分かりません。すみません、聞いてませんでした……」


 席を立ち上がり、素直にそう答えた日向に対し、学科担任の教師は非難する事も叱る事もしなかったのは、普段の行いが良かったからだろうか。

 むしろ教師側が、まさか日向からその様な言葉を聞く事を想定していなかったのか。


「え? あ、うん。じゃあ、ここからはちゃんと集中していてね……えーっと、では後ろの席の恵那さん。代わりに回答お願いね」

「ぎゃー! あたしかよ!!」


 一連のやり取りに教室の中ではむしろ笑いが取れて、変な空気にならなかったのが救いだが、申し訳無さそうに振り向いた日向の視界には肩を落として立ち上がる唯と、その後方で心配そうに日向を見詰める悠里の顔があった。



 そのまま授業後のショートホームルームを終えて今に至るのだが、日向は昼休みの出来事以降、周囲で起こる事にまるで意識を割けていなかった。考える事は、あの時の日和との事ばかりだ。

 日和の気持ちに全く気付いていなかった訳ではない、むしろ分かり易くはあったのだが、日和本人から以前に『告白の取り消し』を受けている以上、日向側から何か確認する事も出来ずの状況だった。


(だけど今日のアレは……)


 その後の日和が放った言葉と共に考えると、もう一度告白して来たと捉えるべきなのだろうけれど、今の段階で日和は日向の答えを聞く事をしなかった。


「おにーちゃん!」


 ふと、考え事をしていた日向の腕が強く引っ張られる。


「あ、ごめんごめん。どうした?」


 隣に視線を落とすと、そこには日向を見ながら頬を膨らませる蕾が居る。

 あまりにも日向の反応が鈍かったからか、多少ご機嫌斜めな様子で、日向の手を掴むというより腕にぶら下がっているに近い状態だ。


「ぐぁ……つ、蕾。重い……」

「おもくなーい! おにーちゃん、ぜんぜんおはなししてくれないー!」


 高校生男子と言えど、五歳児が片腕に全体重を掛けてくると流石に辛いものがある。

 一時、歩く足を止めてぶら下がる蕾が落ちない様にと足を踏ん張るが、蕾は逆に日向の腕にしがみ付く様にしてぶら下がり続ける。


「むー!」

「ご、ごめん、ごめんってば……!」


 これ以上、蕾を片手で抱えるのが難しいと判断した日向は、一度鞄を地面に置いて両腕で蕾を抱え上げる。

 すると、蕾は器用に身体を動かして、日向の背中へと移動し、がっちりと腕を日向の首元に回す。


「………んー!」


 そのままぐしぐしと顔を日向の背中に擦り付けるようにして、抗議の意志を伝えてくるが、やがて満足したのか大人しくなってくれた。

 日向は溜息を吐いて鞄を持ち直し、片手で蕾が落ちない様にお尻の辺りを支える。


「今日の晩御飯、どうしようか? 食べたいものある?」


 子供の機嫌が悪い時、食べ物でご機嫌を取るという安直な方法だが、幸いにして今回はそれで許して貰えるらしい。

 日向の言葉に蕾は顔をぐいっと前に出して、日向に頬を寄せた。


「おむらいす……」

「言うと思ったけど」


 案の定の言葉に、日向は軽く笑ってしまう。なんだかんだで、先程までの考え事で一杯だった頭の中が少しだけスッキリしてしまっている。

 と、そこで日向に頬を寄せている蕾が、くんくんと鼻を鳴らした。


「おにーちゃん、おけしょうのにおいするよ?」

「………え? あー、ああぁぁ………!」


 蕾の言葉の意味が一瞬分からなかった日向だが、すぐに思い至る。蕾が今、嗅いでいる場所は昼休みに日和の顔が最も近い位置にあった肩の部分だった。


「そうか、そうだよなぁ……日和も、化粧するよなぁ……」

「ひよりちゃん??」

「なんでもないよ……さ、スーパーに寄って帰ろう。玉葱切れてたから、買い足していかないと」


 一度身体を揺すり、蕾の身体を背負い直すと、再び日向は足を進めた。




 その夜、日向達は再びメッセージにて勉強会の事についての最終確認を行った。

 場所は変わらず新垣邸、後は参加する友人達についての確認だ。



 送信者:芹沢悠里

『それじゃ、私と唯は沙希と麗美に声を掛ければいいのね?』


 送信者:成瀬雅

『んで、俺等は栁と。総勢……八名と蕾ちゃんか。大所帯だな』


 送信者:上月日和

『でも大勢の方が楽しいですよ。って、気を遣わせてしまってた私が言うのも変ですけど、改めてすみません。そしてありがとう御座います。あ、でも先輩の家は平気なんですか?』


 送信者:恵那唯

『新垣君ち、築年数的にはまだまだ潰れないと思うけど』


 送信者:上月日和

『誰も耐久性の話はしてませんから! そうじゃなくて、御家族の都合とか』


 送信者:芹沢悠里

『唯のそれ、わざとだから。いい反応すると楽しんで続行してくるから気を付けてね、日和ちゃん』


 送信者:上月日和

『はい……ここ数か月の付き合いで段々と分かってきました……』


 送信者:新垣日向

『あ、ウチは平気だと思うけど……一応後で両親にお伺い立てておく、かな』


「よし……蕾、歯磨きしちゃおうか」


 流れるログを見ながら、日向はタイミングを見計らって自分の発言を投稿すると、パジャマ姿でテレビを見ている蕾に声を掛ける。


「はーい。おはなし、おわったの?」

「終わったよ。土曜日にウチで皆集まる予定だから、久し振りに皆と会えるんじゃないかな」

「やったー! またみんなでごはん、たべるの?」


 蕾の疑問に、日向は一度首を捻る。


「んー……今回は人数多いから、全員分用意するとかは難しいかな」

「そっかー……ざんねんだねー。でもねー、ゆうりちゃんたちくるだけで、つぼみうれしいよー」


 一瞬肩を落としたものの、すぐに笑顔になって洗面台に向かった蕾の背中を微笑ましく眺めてから、自身も歯ブラシを取りに蕾の後を追う。


 洗面台では蕾が踏み台の上に乗っかり、棚から自分の歯ブラシを取って歯磨き粉を絞り出している所だった。


 その後ろ姿に、日向は少しだけ感慨深い物を感じる。二年前には、蕾は自分の手で棚にある歯ブラシを取る事すら出来なかった。

 今の様に言葉のやり取りもスムーズには出来ず、四苦八苦する毎日の中を進んで来た。

 時間が過ぎれば、周囲はどんどん変化していくのだ。自分自身も、遅れない様に変化していかなければならない。


「つけたー!」

「よし、じゃあ歯磨きスタート」


 満足気に笑顔を向けてくれる蕾の頭をひと撫でして、二人で揃って洗面台の鏡に向かった。




 同時刻、悠里は自宅で就寝前に軽く自習を行う為に机に向かっている。

 悠里自身も学校では優等生の部類に入るのだが、だからと言って手を抜ける程に成績に余裕がある訳でも無い。

 それに最近は、日向と唯という学力二大巨頭が傍に居る事が多いのだ。あの二人を見ていると、どうしても自分はもう少し頑張らなければ、という気持ちに駆られるのだ。


(日向君は兎も角……唯の頭脳明晰っぷりは本当に謎なのよね……)


 飄々としている風に見えて、唯は時折驚く程の鋭さと異質な雰囲気を纏う事がある。妙に大人びていると思えば、次の瞬間にはただの手の掛かる親友に戻っていたり。


(そういう意味では、日向君も似ている……のかな。大人びてるけど、妙に抜けてる所があったり。慌てる所が面白かったり……)


 手元のノートに年表を書き込みながら、日向の事を考える。


(日向君にも、こういう歴史みたいのがあるんだよね。中学時代の日向君って、どんなだったんだろう)


 時折、悠里は日和の事が羨ましく感じる事がある。自分の知らない日向を知っている日和。二人の間に流れる、他の人間では立ち入る事が出来ない不思議な空気。

 悠里が知っている日向の歴史は、日向の口から語られた事のみだ。蕾の事に関して、その後の生活に関して。


 知りたいと思う。もっと日向の事を知って、もっと近付いて行きたい。

 そんな事を考えて、いつの間にか持っていたスマートフォンの画面を見る。

 電話を掛けてみようか、でもこんな時間に電話をしたら迷惑だろう。蕾の事も起こしてしまうかもしれない、でも声を聴きたくなってしまった。ぐるぐると考え出してしまい、勉強所では無くなってしまう。


『新垣 日向』


 気付けば、ブラウザの検索エンジンにその名前を入力してしまう。


「うわぁ……何してるんだろ、恥ずかしい……」


 好きな人の名前を無意識に入力してしまうなんて、既に末期症状に近い。ついこの前に恋心を自覚してしまったばかりなのに、自分は自分で思って居るよりも彼の事を考えてしまっているのだと突き付けられている様で、物凄く恥ずかしい。


「……………」


 その名前を見ながら、検索ボタンを押してしまった。

 もしかしたら、過去の大会なんかに日向の名前があるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。


「………………………え?」



 だから、その検索見出しが出てきた時は、心臓が止まるかと思った。

 何か記事がヒットするなんて、思いもしていなかった。

 それが、たったの数件だけだったとしても。


「なに………これ」



『新垣日向 ジュニアテニス、若き天才の失墜』

『失われた栄冠 痛恨の怪我により敗退』

『消えた全国王者の夢』



 呼吸をする事を止めて、その中の一つを閲覧する。

 心臓がバクバクと音を立てている。なんでこんな場所に、彼の記事があるんだろう。同姓同名だろうか、しかし名前と苗字の一致で、しかもテニスに関する記事が並んでいるのは、到底偶然とは思えなかった。


 その記事は、地元の新聞社が発行しているブログ形式のもので、日付は……


「二年前の……八月」


 ふと、キャンプの時に夜空の下で話した時の事を思い出す。


『いい所まで行ったんだけど、最後に足を捻ってね、それで何とか試合は続行したんだけど、結局負けちゃった』


 少しだけ震える指先を画面にくっつけて、スライドさせる。


「地元のテニススクール所属、中学三年の新垣日向選手が……八月二十日、全国の中学生が集うジュニア選抜において、ベスト4に進出するという快挙を成し遂げた………」


 時間も、地元の名前も、日付も、全てが一致している。

 悠里は画面を更にスライドさせ、次々と文面に目を通した。


『新垣選手はその鋭いサービスと、類稀な反射神経を武器に現在まで数多くの大会にて好成績を収めており……同スクールでは始まって以来の天才との呼び声が高く、ジュニアテニス界では将来的にプロ入りすらも可能なのでは無いかと呼ばれる程の逸材だった。それ故に、今回のベスト4進出時点では優勝すらも有望視されていたが、結果は準決勝惜敗という結果に終わってしまった。3セット先取の本戦において、セットカウント2-1(カウントは全て新垣選手-相手選手と表記)のゲームカウント5-3、更に新垣選手の得意とするサービスゲームという事もあり、決勝進出が期待出来る場面で悲劇が新垣選手を襲う』


 文章に目を通しながら、悠里は目の前にある文の意味を全て理解出来ていない。分からないのではなく、混乱してしまっているのだ。


(日向君が……全国……? プロ入りって、え……?)


『新垣選手はファーストサーブを渾身のリターンで返球されたものの、即座にその打球に反応。両者共に前方へと切り込むボレー戦となったが、相手の不意を衝いた新垣選手のハイボレーにより相手選手はミスショットとなるロブを打ってしまう。絶好球となった打球に対し、新垣選手はスマッシュの体勢になるが』


「………後方へ下がる途中、新垣選手が体勢を崩してしまい右の足関節を負傷。その後、新垣選手はプレーに支障は無いと訴えた為、試合は続行されたが……結果は無念の逆転負け。新垣選手は右足の靭帯部分断裂を診断された……」


 だから、いつも笑顔でのんびりとしている日向にそんな過去があるなんて事は、悠里には想像もつかなかったのだ。


『相手の選手はその後、決勝まで勝ち進み見事優勝』


 後半にある文章が、酷く悲しく響く。


 悠里が知っている日向は、いつも蕾に対しても、自分達に対しても穏やかで、優しくて。自分が出会った日向は、そういう男子だった。

 だから、この時の日向が一体どういう顔をしていたのか、どんな心境だったのかを悠里は推し量る術を持たない。


 いつか、日向は言っていた。

 過去にそういう自分も居たのだと、だけれど蕾の為に、蕾と一緒に居る時間を作る為に。


『中学の頃はさ、俺も部活やってて、家にはほとんど遅くに帰って来る生活だったんだ。遅くまで部活して、その後に友達と話して帰って来る、そういう生活』


 日向と一緒に日和のテニスを見た時の事を思い出す。日向がもう一度テニスをするんだと言った時の、日和の笑顔と態度を思い出す。


 重かった、それは悠里自身が思っていたよりも、余程重いものだったのだ。

 彼の力に成りたいと思った言葉に嘘は無かった、けれど、どうだろう。


「わたし………なにも」


 悔しくて、目尻に涙が滲む。

 悲しいのではなく、悔しさの涙だ。


「なにもしてない、何も出来て無い、私は………まだ日向君の事を、何も知らないんだ」

焦らず書こう、と思ったらまた日が空いておりました。

段々と繊細になっていくキャラクター達に、筆者の技量が追い付いていない……。

(もしかしたら、ですが後から矛盾点発覚等で書き直す可能性も御座います。ミスも自分の歴史、で極力書き直す事はしていませんが、致命的なものだとしたら別ですね……)


記事についての部分等、細かい書き方等はあまり気にせずにやっちゃっております。

あぁ、こういう事があったんだなぁ、と受け取って貰えれば。



※ブックマーク、評価等ありがとう御座います。

応援して下さいとは言いません、応援したいと思ってくれる様な小説を書ける様に精進致します。

(Mリーグ園田選手の言葉を借りました)

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