中庭にて。
「勉強会? 俺達でか?」
翌日、日向は授業の合間、休み時間を使って秀平へと教室内で声を掛けた。目的は昨日のメッセージでやり取りした内容を実行する為だ。
「うん、実は夏休み前の中間でもやってたんだけど、今回もそれをやろうって事になって」
「面白そうだな、いいぞ。だが俺ははっきり言って頭が悪い、それでもいいのか?」
スッパリと自分の不勉強を宣言する秀平に、日向は思わず笑いを漏らす。
「いいよ、皆で集まって教え合えばいいし、どっちかと言うと試験までの息抜きみたいな感じになっちゃうかもしれないから、むしろ思いっきり勉強するつもりなら逆効果かも……」
前回の事を思い出しながら日向が秀平へと告げると、秀平はむしろ面白そうに顔を綻ばせた。
「勉強会なんてそんなもんだろ、本気で勉強したかったら一人でやる。まぁそれでも、本当に分からん所は誰か教えてくれるんだろ、頼りにしてるからな」
「うん、分かる範囲でなら。それなりに皆勉強は出来ると思うから……」
嫌味にならない様に気を付けながら言う日向に、秀平は頷いた。
「で、他に誰が居るんだ? 今言ってたお前等五人と……俺と、それだけか?」
「いや、悠里達が鹿島さんや仁科さんを誘う予定だよ。後は……俺の妹が、こういう事があると一緒に参加したがるんだけど、いいかな……?」
参加予定者の名前が日向の口から出ると、秀平が目線を軽く動かして教室の一角を見る。
そこには、悠里達と談笑する麗美や沙希の姿があった。
「また珍しいメンバーになるな。他には?」
「それ以外は特に、あんまり大所帯になるのもね」
日向の返答に、再び秀平は頷いたものの何か引っ掛かるのか、少しだけ考え込む姿勢を見せてから口を開く。
「新垣、俺達はそれでも構わんが。その中に一人だけ例の後輩ちゃんも居るんだろ、それはいいのか?」
秀平の一言に、日向は一瞬思考が止まる。
「後から参加させて貰う立場の俺が言うのも変だけどな、普通……先輩が六人も居て、その中の三人が知らない相手とか恐縮するっていうか、居心地悪い気がするんだよ。お前等だけならそういうのが無いかもしれないけどな」
昨日のメッセージのやり取りを日向は頭の中で回想する。そこでの日和の反応はどうだったろうか?
日向の発言の後、あの場は何となしにその方向に決まってしまった。では、そもそも勉強会の事が話題になったのは何故だろう……日和が、発言したからだ。恐らくは開催を期待して。
日向の表情を見て何かを感じたのか、柳は軽く笑ってから首を横に振った。
「その辺り、もっかい確認した方がいいと思うぞ。無理させるのも可哀想だ……って、ほんと俺が言う事じゃねーけどな。そこが決まってから、もっかい声掛けてくれや」
休み時間が終わる寸前になり、自分の席へ戻って行く秀平の背中を日向は見送った。
昼休み、日向が後ろを振り返ると、唯が弁当を広げようとしている所だった。
「ん、どったの?」
突然振り返った日向に、唯が驚いて声を上げる。その後ろからは悠里が手に弁当の包みを持って寄ってくる所だった。悠里が近くに来た頃を見計らい、日向は口を開く
「恵那さん、悠里。もう仁科さんと鹿島さんの二人には話をしちゃった?」
「……勉強会の事? いや、あたしは別にー。悠里は?」
「あたしもまだだけど……いざ言い出そうとすると、どう言えばいいか分からなくなって」
二人の返事を聞いて、日向は弁当ではなくスマートフォンを取り出す。
「御免、その話……一旦置いて貰っていいかな。先にしなくちゃいけない事が出来た」
「いいけど、何かあったの?」
悠里から出た疑問の声に、日向は秀平の言葉を心の中で反芻しながら答える。
「うん……柳にさ、知らない先輩が三人も居て、日和は平気なのか、って聞かれた」
日向の言葉に、悠里は思い当たる事があったのか頷いてみせた。
「日和ちゃん、昨日は特に何も言ってなかったけど……うん、そうだよね」
そして一度言葉を区切ると、昨日の事を思い出す様にしながら続きを口にする。
「私もね、ちょっと気になってた。気になってたけど……考え過ぎかなとも思ってた。けどそれが考え過ぎじゃなかったら、日和ちゃんは肩身狭いまま参加しちゃう事になるよね。それだと……」
悠里の言葉は其処で途切れたが、その先は日向にも分かる。
「日和ちゃん、私達と最初に会った時も、少し緊張してたよ。日向君と成瀬君が居たから、少しは肩の力抜けたと思うんだけど、それでも今にして思えば、蕾ちゃん以外、他は全部年上の人達が居る中に飛び込むって勇気……要るよ」
それでも日和は、あのキャンプの時、日向の提案に対して一緒に行く事を選んだ。何故だろうかと理由を考えれば、それは一つしかない。
あの時の日向と日和は、二年もの歳月で広がってしまった溝を埋めようとしていた。日向が手を伸ばした様に、日和も日向に近付こうとしてくれた、その結果だ。
「あたし達は全員同級生だから気にしないけど、日和ちゃんの立場で考えたらそうだよねぇ」
唯が腕を組んで頷くのを横目で見ながら、日向は手に持ったスマートフォンを見た。
「……俺、ちょっと日和と話をしてくるよ」
日和がどんな事を考えているのかは分からない、もしかしたら杞憂かもしれないし、逆に日向達の懸念が合っているのなら尚更放っておく事は出来ない。
「うん、お願い。皆で聞くと日和ちゃんが気を遣っちゃうと思うし。日向君が相手なら、きっと本心で話してくれるだろうから」
手を後ろに組んで日向に告げる悠里の瞳は、何故か少しだけ寂しそうに日向には見えた。
日向の後ろ姿を見ながら、唯は悠里を横目で見る。
「……いいの?」
問い掛けられた悠里もまた、日向が出て行った教室のドアを見詰めていた。
「いいの。日和ちゃんも私の大事な後輩で、友達だもん。……でも、蕾ちゃんの事もだけど、日和ちゃんの事でも日向君って目の色変わるよね。ちょっと妬いちゃうかな……?」
「そこまで分かっていながらも背中を押してあげる、いい女だねぇ……」
冗談交じりの唯の言葉に、悠里は腰に手を当てて胸を張るポーズを取る。その姿は明らかに虚勢だったが、それを指摘する程、野暮な唯でも無かった。
「でっしょー? さ、お昼にしましょ。腹が減っては何とやら、よ」
廊下に出た日向は、スマートフォンで日和の連絡先を出しながらメッセージを送信する。別に今すぐに日和と話をしなければいけない事は無いが、それでも今この瞬間に日和の本心を聞きたかった。
(二度目だな……それも、ついこの間やったばかりの失敗だ)
相手に気を遣わせて、その人が自身を後回しにしてしまう状況を見逃すのは、先日の蕾の件を合わせて連続で二度目だ。
どうして自分は、こうもすぐに周りが見えなくなるのだろうと日向は自省する。
しかも相手は蕾と日和、妹と……そして兄妹の様に育った相手だ。その相手にこの体たらく……全く抜けている。と、そこまで考えた時にスマートフォンへ通知が入る。
軽くメッセージに目を通し、とりあえず今は手が空いているという旨を斜め読みで確認すると、すぐに通話モードに切り替えた。コール音が鳴ってすぐに通話状態となる。
『ひ、日向先輩……? どうしたんですか、お昼ですよ?』
少し潜めた日和の声と、後ろに聴こえる喧騒は教室のものだろうか。日和の声を聞いて安心したのか、日向もまた落ち着いて声を出す。
「うん、ごめんね。……昨日の勉強会の件で、少し話したいんだけど。今って出て来れるかな?」
『え、い……今からですか? 行けますけど……先輩、今何処ですか?』
日和の疑問を受けてから周りを確認する。先程教室を出て、今は階段を下がった所だ。
無意識に日和達、一年生の教室がある二階へと下がって居たらしい。
「三階と二階の踊り場かな。そういえば日和のクラスが何処か聞いてなかったかも、迎えに行けないや」
『い、いいですいいですっ……! 来なくて……! じゃ、じゃあ中庭で…其処なら最近は人もそんなに居ないと思うので……』
「中庭ね、分かった」
十月に入り、少し肌寒くなってきたお蔭で今の中庭は春先や夏場程の人気は無い。確かに会話をするには丁度良さそうだった。
通話を一度切り、階段を更に下がると日向は目的の場所へ向かった。
この学校の中庭は中央通路が石畳で出来ており、その左右に芝生と花壇、所々にベンチが置いてある。
ベンチは幾つかは生徒で埋まっていたが、半数以上は無人で会話も些細なものだった。それでも今日は天候に恵まれ、陽光が暖かい為か、肌寒さは然程感じはしなかった。
日向は少しだけ紅葉が混じった樹木の合間にあるベンチを目指して歩くと、そこに腰掛ける。眼前には街を一望出来る絶好のスポットが、こうして空いているのは珍しい。
そっとポケットからスマートフォンを取り出すと、自分の位置をメッセージで日和へ伝える。
それから程なくして、背後から誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた、
再びお待たせしました。ここ最近の筆の迷い方が、自分でも不思議な程です。
前回の日向の提案から先、やはり丸く収まる事なんて無くて、それをそのまま書き出す事にしました。
あちらを立てればこちらが立たず。でもそういうものかなぁ、と。
※評価者数500人と、気付けばブックマークも7000件と……感謝が絶えません。
今後も彼等の真っ直ぐで、少し懐かしい物語と、子育て要素がリミックスされた謎の物語をお楽しみ頂ければと思います。