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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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チャット会議と次なる一手。

 唯による爆弾発言も昼休みが終わった事で有耶無耶になり、午後の授業を終えてショートホームルームになる。

 小野寺教諭が教室に入って来ると、帰り支度を行っていた生徒も一時中断し、担任の言葉に耳を傾ける。


「来週明けから中間考査に入る。既に一部部活では活動を休止している様だが、だからと言って変な寄り道をせずに真っ直ぐ帰るつもりで。大学受験を今後に控える君達にとっては大事な時期になって来る。くれぐれも気を引き締めておきなさい。……机に向かうだけが、学ぶという事でも無いがな」


 大学受験、という言葉に教室内で軽く溜息を洩らす生徒が何名か出たが、元々は進学校に通っている生徒達だ。その辺りはある程度覚悟しているのだろう。

 小野寺教諭の言葉の最後、あまり普段の担任らしかぬ優しめの言葉が出た事に日向が「おや?」と思って居ると、一瞬だけ小野寺教諭と目が合った気がした。

 机に向かうだけが学ぶという事ではない……日向は今は何となく、その意味に触れていられている気がする。


 そのまま小野寺教諭は「以上」とだけ残して教室を出て行き、生徒達は腕を伸ばしたり欠伸を噛み殺して、本日の学業から解放された。

 日向は何ともなしに雅の席へと身体を向けると、声を掛ける。


「雅は部活、もう無いの?」

「俺か? いや、今日はまだあるな。ミーティングして終わり」


 雅との会話の最中、大きめのスポーツバッグをドスンと机の上に置いた唯も身体を乗り出して日向に声を掛けてきた。


「あたしも今日のミーティングで終わりー!」

「恵那さんも、部活動組は大変だね」

「うんうん、それで明日からはフリーになるんだよ! 遊べるんだよ!」


 明日から部活が無い、という事はつまり、それは中間考査の為に学業優先で


「先生の話、聞いてたよね」

「一瞬で私の意図を理解してくれるのはさっすが新垣君! そしてその塩対応もさっすがー新垣君!」


 日向が唯の意味ありげな視線を躱しながら身支度を整えていると、悠里が沙希達に囲まれたまま教室の外へ連れ出されていく光景が見えた。


「や、ちょっと、私今日は真っ直ぐ帰ろうと思ってたんだけど……!」

「いいじゃんいいじゃん、今日は女子の交友も深めようじゃない。……この前聞けなかった事とかもあるしね……」

「は、話す事なんて何も無いわよぅ……本当よぉ……」


 腕をしっかりと沙希にホールドされ、背後を麗美が固めている。

 先導しているのは別の女子で、偶に悠里と話すのを見掛ける事もあるクラスメイトだ。

 教室を出て行く寸前、首だけで振り返った悠里が日向と、そして唯を見たが、ここで下手に手助けしても余計に勘繰られるだけだろうと日向は何とも言えない笑みを浮かべてその背中を見送る。

 唯と言えば、ただその光景を口を開けてポカンと見ているだけだった。


「悠里が拉致されてる……」

「いや、お前のせいだろ……あれは……」


 緊張感の無い唯の一言に、思わずと言った風に雅から突っ込みが入るが、唯は特に気にした風も無く自分のスポーツバッグを持って立ち上がった。


「まぁ、何とかするっしょー! 別にねぇ、一緒にキャンプ行ったぐらい気にする事無いのにねー。小学校とか中学でもあったじゃん、林間学校? 宿泊研修、とか」


 のほほんと言い放つ唯だったが、日向自身もそこまで大事に捉えられるとは思わなかった、というか蕾が喜んでくれるなら、という思いで一杯だった為に気が回らなかったというのが正しい。


「あたしは、そんな事よりさ。こういう事が切欠で……あたし達の仲が遠くなる方が、ヤだな。だからさ、堂々としてようよ。あたし達が今までやってきた事で、後ろめたい事なんて無いんだしさ」

「恵那さん……」


 唯の言葉は実際に日向も感じていた事の一つだった。今日を振り返っても、少しだけ悠里との距離がぎこちないものになってしまっている。

 心の中で反省を行う日向の隣で、雅が眉を寄せたまま唯を見た。


「良い事言って誤魔化そうとしているつもりかは知らんが、俺には芹沢が生贄として召された様にしか見えんかった」

「やー御免てー! アレはついうっかり、あはは!」


 頭に手をやる唯を見て、とりあえず色々と情報共有の必要性を強く感じる日向だった。



 その日の晩、夕飯を終えた後に日向は台所で食器を洗いながらテレビを眺めていた。

 蕾の付き添いで今日一日、仕事が休みだった母と蕾は入浴中で、この日の晩も夕飯は母が作っていてくれた為、日向は比較的ゆったりとした一日を過ごす事が出来た。


「おふろ、おわったー!」


 リビングのドアが開くと、バスタオルを羽織った状態の蕾が中へと転がり込んでくる。


「ちょっとちょっと……髪の毛もっと拭かないと。水が落ちてる。あー……ほら」

「あー……」


 ポタポタと床に滴る水滴を見て、日向を真似する様に声を洩らす蕾の頭を、日向はバスタオルで包んでゴシゴシと拭く。


「ばー!」

「遊ばない遊ばない……寒くなってきたんだから、早く服を着ないと風邪引いちゃうよ。そしたらまた家の中で留守番になっちゃうんだよ」


 タオルの合間から顔を出して……恐らくはお化けか何かの真似事なのだろう、口を大きく広げた蕾に日向は溜息を洩らしながらせっせと身体を拭く。

 そうしていると、母が寝間着に着替えた状態でリビングに入って来た。


「あ、食器洗ってくれてたのね、ありがと。蕾……あんたほら、パンツ」

「うん、もう終わるからやっちゃうね」


 脱衣場に用意していたであろう蕾の下着やパジャマを持って来た母親が蕾の身体を捕まえるのを見て、日向も台所へ戻る。

 そうして最後のコップを洗い終えた所で、スマートフォンに通知が出ている事に気付き、エプロンを外しながら片手で画面を操作する。

 どうやら通知を出していたのはメッセージアプリで、最新の更新が例のグループトークだった。



 送信者:芹沢悠里

『………言論統制が必要だわ』


 数分前に発言されたであろう悠里の一言を皮切りにして、雅と唯の発言も続いていた。


 送信者:成瀬雅

『芹沢、南無三………』


 送信者:芹沢悠里

『打ち上げ後よりこっぴどく根掘り葉掘り聞かれたわよ! もー、唯!』


 送信者:恵那唯

『おかけになった電話は ただいま通話に出る事が出来ません ピーっという発信音の後に』


 送信者:芹沢悠里

『こいつ………!』


 気の抜けたやり取りに、どこか緊張感が一気に置き去りにされるのはいつもの事だったが、悠里の疲労と怒りはそうそう収まってはくれないらしい。メッセージからでも、頭を抱えている悠里の姿が目に浮かぶ様だった。


 送信者:上月日和

『?? ……皆さん、どうしたんですか?』


 送信者:成瀬雅

『そういや日和ちゃんは事情知らないもんな。掻い摘んで話すとな、蕾ちゃんの事が芹沢を通じてクラスに知れ渡って、日向の速攻帰宅や普段の行動理由が認知された。そして色々あって、恵那がキャンプに行った事とかを教室のど真ん中でデカい声出して話したもんだから、周りの女子とかに騒がれた』


 送信者:上月日和

『全く意味が分かりませんが……それの何が問題なんですか? 別に悪い事してる訳じゃないし、堂々としていればいいじゃないですか?』


「流石日和……ここ一番の度胸が凄いな」


 思わず感嘆としてしまう。言っている内容は昼間の唯と同じだが、何故だろうか唯とは違い日和が言うと、より説得力と正当性を感じる。

 この冷静さと判断力で、年下とは思えない程に落ち着いている日和が今は頼もしい。


 送信者:芹沢悠里

『な、何が問題かっていうと、えーっと……つまりね、そういう事を唯が考えなしに話すと……』


 送信者:恵那唯

『悠里と新垣君が付き合ってる、って事になってんだよね? 別にそれだけじゃん。事実じゃないなら否定してれば済むんじゃない?』


 送信者:上月日和

『大問題じゃないですか!!! 何を馬鹿な事をしてるんですか恵那先輩! そんな噂を蔓延させて黙って突っ立ってたんですか成瀬先輩! 案山子程にも役に立ちませんね!』


「急にキレた!?」

「日向……あんた立ったまま何やってんの」

「おにーちゃん、なにみてるのー?」

「い、いや………」


 リビングに立ち尽くしたままメッセージを見て、時々声を出す日向に明吏は眉を顰め、蕾は好奇心から日向の腰にしがみ付いて来る。



 送信者:成瀬雅

『俺のディスり方だけ、妙に気合入ってるのが気になる』


 送信者:恵那唯

『日和ちゃんが先輩に向かってバカって言ったー! 下剋上、下剋上だ!』


 送信者:上月日和

『はぁ……もう、体育祭の後にそんな事あったなんて……私はてっきり、夏休み前みたいに勉強会でもやる話し合いかなーとか思っちゃってましたよ……試験前だから』


 送信者:恵那唯

『お、お、勉強会かー。今回もやりたいなー。今度は日和ちゃんも交えてさー!』


 送信者:芹沢悠里

『勉強会ね……あれ結局、あまり意味が無かったのよね。普通に集まってお喋りしただけの様な……』


 送信者:成瀬雅

『あの時の徒労感は時間の貴重さを教えてくれるよな。いい教訓になった』


 送信者:上月日和

『でもやってみたい感じはあります、私も久しく皆さんと御一緒してませんし……でも、今やっちゃうと周りに余計な噂を生み出しかねない、ですよね』


 送信者:成瀬雅

『そうだなぁ、俺もなんだかんだで日向に教えて欲しい科目とかあるし、やるならやるでいいんだが。この状況下じゃなぁ』


 次々と流れるメッセージを見ると、日向はいつ自分が会話に入っていいのか分からずに、ついつい傍観してしまう。


「ねーおにーちゃん、なにしてるのー? みーせーてー!」

「皆と手紙でやり取りしてるんだよ……別に見ても面白くも何とも無いけど……」


 腕にぶら下がってくる蕾の体重に負けて、日向は手を降ろして画面を蕾に見せてやる。

 しかし蕾には漢字が混ざった友人達のチャットは理解が難しいらしく「おー」と声を出すだけで首を傾げた。


「なんていってるの?」

「んー……今は、皆で勉強会をしたいかどうか、かな」

「したーい!」


 日向の言葉を聞いた途端、蕾が万歳して大きく跳ねた。


「とは言っても……今はちょっと、色々と都合がね」


 この状況下で、雅の言う通りに果たして皆で集まって平穏に過ごせるのだろうかという疑問が日向の頭を過る。

 同時に、唯や日和が言っている通り、特に後ろめたい事も無いから堂々としていればいいのも事実なのだ。

 事実なのだが、それでも周囲と自分達の認識が食い違っている以上、そこを是正しなければ小さな波紋でも後々に大きな問題となる可能性もある。


「周囲と自分達の認識……か」


 一点だけ、可能性を思い付く。実行可能かどうかで言えば、可能だ。



 送信者:新垣日向

『解決策、あるかも』


 送信者:恵那唯

『おおっと新垣君が生きてた!』


 送信者:上月日和

『死んでたみたいに言わないで下さいよ! 先輩、なんです?』


 自分の腰元にしがみつく蕾を見る。

 これから先、日向が今まで通り蕾と過ごしていく上で今は欠かせない要素がある。それは学校生活に日向自身が向き合うという姿勢だ。蕾に心配を掛けて、無理をされているのはもう御免だった。

 そして蕾と学校……この二つを両立するには、何が一番適当かを考えると、答えは一つに絞られた。

 即ち。


 送信者:新垣日向

『栁を、出来るなら仁科さんや鹿島さんを巻き込んでやればいいと思う』



 内情を知らないから憶測が産まれるというのなら、内情を教えてあげればいい。教えてあげるだけでは信じられないというのなら、自分達と同じ輪の中を味わって貰うのが手っ取り早い。

 日向は本気でそう考えての発言だったのだが、その行動原理が全て元を辿れば蕾に行き着くという結果を見越せたのが、このメンバーの中に果たして何人居たのか、日向は知らない。

あぁぁ難産でした……。

書きたいネタが無いんじゃなくて、色々と問題を乗り越えて来た日向の成長と、増えた人員により書ける事の幅が非常に広がってしまって

あれも書きたい、これも書きたい、こういうのもありそう、となってしまってました……。

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