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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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続・友人達と過ごす時間

 体育祭が終わり、週も明けた月曜日。いつも通りに学校の準備をしている日向の後ろを、蕾が追い駆ける様にしてくっついて歩く。


 病み上がりという理由で両親からはまだ外出を止められ、蕾は今日一日は幼稚園では無く家で過ごすのだそうだ。医師からは悪化ないし症状が継続して出る場合にはもう一度、という指示を受けているそうで、現状はまだ様子見の段階だった。


 幸いにして昨日の夜からは食欲も少しずつ戻っており、母親が作ったうどんと大根サラダをモグモグと咀嚼している場面も日向はしっかりと観察していた。

 当の本人は二日も連続で家の中に居る事がそろそろ耐えられないらしく、少し前まで見せていた青白い顔もすっかり元通りになって暇だ暇だと騒いでいる始末だった。


「おにーちゃん……つぼみ、おそとでたいよ……」


 日向のズボンを引っ張る様にしながら見上げてくる蕾の顔は何とも悲壮なもので、出来る事なら何とかしてあげたいと思う日向だったが、今回ばかりは頷いてあげる事が出来なかった。


「今日一日、何とも無かったら明日からは幼稚園行けるからさ。もうちょっとだけ頑張ろうな」


 丁度腰のあたりにある妹の頭に手を置いて、宥める様に声を掛けるが蕾の顔は晴れない。

 子供にとって、暇な時間とは一番の天敵であり、それは蕾でも例外ではない。ましてや一日二日では無く、三日目ともなると……だろう。


「うん、いってらっしゃい……」


 そんな悲壮感漂う蕾に思いっきり後ろ髪を引っ張られながら、日向は家を出た。




 変化らしい変化、というのかは分からないが、教室に着いた時点で既に日向の身辺では目新しい出来事が続いた。

 先ず、周りの視線が妙に優しい。


(……妙に見られてる、なんだろう)


 これまでも邪険にされていた訳ではないが、日向自身の生活習慣と相まって周囲との関係は冷えていただろう。今に比べると、なのだが、それを差し引いてもこの視線の意味は不可解だった。

 なんだか自分が知らない場所に紛れ込んだ様な錯覚を覚えながら、日向がドアを開けて自分の席へ向かう途中、付近で談笑していた女子生徒達から声を掛けられる。


「あ、お早う新垣君。妹さん元気だった?」

「あー、チャットの子! 私も見たよ見たよー、可愛いかったよねー」


 仁科麗美にしな れみ鹿島沙希かしま さき、先日の二人三脚での練習へ来ていた二人組だ。普段から仲が良いのだろうか、こうして二人ないし他の女子生徒も交えて複数で談笑する場面をよく見掛ける気がする。

 麗美は練習の時には見なかった眼鏡を掛けており、髪型も運動時以外はストレートなのだろう。ややウェーブ掛かった髪が特徴的な女子生徒だ。

 一方で沙希は、少し大人しそうな麗美とは違って今風の女子というか、髪を少し染めてスカートが短い。カーディガンの様なものを着ているのは肌寒い季節になってきたからだろうか。

 ジャージ姿では特徴が消える二人だが、それでも練習を一緒にした事で接点が増えて、日向の記憶にもしっかりと印象が残っている。

 それでも、こうして改めて教室で話すと新鮮な感じがした。


「うん、お蔭様で。心配してくれてありがとう、家で元気にしてたよ、平気そうだった」


 まさか自分の周囲、雅などの友人以外から蕾の件で話題を出されるとは思わずに居た日向だったが、何とか平静を装って返事をする。


「私達と練習した時も急いで帰ってたよね。いいお兄ちゃんだねぇ、新垣君」

「ほんとねー、私の弟なんて、風邪で学校休む時は大体なんか強請ってくるよ?」


 沙希が日向の顔を見ながら、朗らかに笑う横で麗美が呆れた様な口調で肩を落とす。

 日向側としては、直接こうして話す機会など無かった二人から交互に話し掛けられ、笑顔と頷きでひたすら聞き役に徹する以外に打てる手段が見付からずにやり過ごす他ない。


 やがて二人は日向をそっちのけで会話に没頭し始めた為、日向は「それじゃ……」と言ってこっそりと自分の席へと向かう。

 そこには、口元をニヤニヤさせた状態の唯と、何故だか少しだけつまらなそうな表情の悠里が居た。


「やー、新垣君がクラスの話題の中心になる時が来るなんてねぇ、あたしゃ一番弟子として嬉しいよ……」

「その設定まだ活きてたんだね……そして台詞と立場が一致してないけど」


 少なくとも一番弟子は師匠に対してこんな口の利き方はしない。

 心の中で唯へ突っ込んでいると、悠里がぼやく様に口を開いた。


「私、電話の後で皆に凄い詰め寄られたよ……なんで私があんなに日向君の妹と親しいのか、って」


 その言葉に反応したのは唯で、呆れた表情をしている。


「そりゃそうでしょうよ、成瀬がフォローに入ったけど、あんな堂々と新垣家の内情を話しちゃったんだから。普通の人からすりゃ、成瀬は兎も角なんで悠里? ってなるのが普通よ。んで、あんたは何をそんなに不貞腐れてる訳?」

「ふ、不貞腐れてなんて居ないわよ! た、ただほら……私がこんなに苦労してるのに、日向君は普通の態度っていうか、女子に話し掛けられても普段通りだったし……」

「いや、俺も大分困惑して……」


 内心は戸惑いだらけだった日向は、悠里から水を向けられると咄嗟に弁解しようとしたが、タイミング悪く小野寺教諭が教室へ入って来てしまい、悠里が慌てて席に戻った為にその機会は与えられなかった。



 体育祭での一幕に関しては、日向は家で蕾と居た為に実際の所どうなっているのかは分からない。

 悠里を通じて日向の事情……蕾の事をクラスメイト達に知られてしまった事で、却って今までよりもずっと同級生達の誘いなんかをスムーズに断る事が出来るかもしれない、程度の認識だ。

 だが、日向の認識よりも数倍の大きさで周囲の日向への印象は変化していた。


 昼休みに雅と二人、自分達の席で弁当を広げていた時の事。秀平が日向達の元へとやってくると、右手に持った弁当箱を軽く持ち上げた。


「いいか?」


 秀平とは体育祭で親交を深めたものの、一緒に昼食を摂った経験も勿論無く。唐突な申し出に日向は雅と一度視線を合わせ『別に、構わない』とでも言いそうな雅の顔を見た後に、秀平へ向かって頷いた。


「栁がこっちに来るのは珍しいね」


 前にある席の椅子を横に向け、片手で弁当箱を持つ秀平に日向から言葉を掛ける。


「そりゃ新垣って近寄り難いっていうか、そういう雰囲気出してたからな、今までは」

「自分ではそのつもりは無かったんだけど……まぁでも確かに、そう言われるとそうかも……」

「でもまぁ、何となくその理由も分かったし、体育祭で色々話してみたら案外話し易いって事も分かったしなぁ」


 日向としては単に早く帰りたい等の理由から、クラスメイトと会話する機会が無かっただけなのだが、周囲からはそう映らなかったという話だ。

 誰でもそうだが、相手が自分に興味を持ってくれなければ、自分からその相手に接点を持ちに行こうとする人間は先ず居ないだろう。


「流石にシスコンが理由で帰宅が早いとは思わなかったが」

「…ンゴッフ……!」


 不意に放たれた秀平の一言に、隣で弁当を頬張っていた雅が顔を真っ赤にして咳き込み、急いでペットボトルのお茶を傾ける。


「はぁー!」


 口内の食糧を飲み込み、緑茶の芳醇な香りで心が落ち着いたのか、盛大に一息を吐くと目を開いた。


「死ぬかと思ったわ」

「俺も思わず死にそうになったけど、雅のリアクションが大き過ぎて却って冷静になれたよ」


 日向が虚空を見詰めてぼそりと呟くのを、柳は笑って眺めている。


「冗談だよ。それにしても、すげーいい妹ちゃんだよな。兄が心配で自分の体調を隠すって、そんな話……弟や妹居る友達なら何人か知ってるけどさ。そんな感じの仲の奴等は居ないんだよなぁ」


 秀平は本心から感心している様で、その言葉にからかうような気配は感じられない。


「お蔭様で、良い子に育ったからね」

「その言葉を臆面も隠さず言い放つ新垣に改めて戦慄するわ」


 蕾を褒められた事に対しては自信をもって返答をする日向だが、隣では雅も頷いている。


「あの子は別格なんだよな、ああいう子なら俺も妹に欲しい」

「雅は反面教師として、蕾の兄貴分やって貰ってるからさ」

「いや、そういうんじゃなくてな……?」


 雅とのいつも通りのやり取りを日向がしていると、今度は秀平が笑い声を漏らす。


「あ、新垣……お前、ほんと妹大好きか。そこまで口が回る新垣を見るのも初めてだわ……」

「日向はな、蕾ちゃん関係になった時だけ本性出るんだよ……お前らが見てるのは氷山の一角だからな……」


 秀平の態度に雅が更に追い打ちを掛ける様に言葉を繋ぐ。

 そんな賑やかな一同に触発されたのか、少し離れた席に居る人物が声を掛けて来た。

 朝方に日向に声を掛けて来た、鹿島沙希だ。


「柳、あんた声大きいんだけどー、何の話?」

「声がでけぇからクラス委員長にされたんだろうが。新垣の事だよ、こいつ妹の事になると凄い態度変わるから、面白くてな……」


 柳から名指しされた日向は、何とも居た堪れない気持ちで沙希を見る。

 妹の事で態度が変わる男子と言われるのは、果たして日向にとっては名誉なのか不名誉なのか、本人が一番困惑する言われようなのである。


「いやぁ、でもあの子相手なら、私も甘々になっちゃう気がするわ……超可愛いもん。ってそうだ! そうそう、悠里だよ! 新垣君、悠里と付き合ってないって言ってなかった?! なんで妹ちゃんと悠里が繋がってんの?」

「あ、いや、付き合ったりとかはしてないよ。ちょっと前に妹と歩いてる時にばったり会って、その時から悠里には色々とお世話になってて……」

「へー、それはそれは……なんか掘れば色々と面白いネタがありそうじゃん……?」


 沙希からの怒涛の質問攻めに、日向がどう答えて良いものかと助けを求めて視線を雅に移す。

 雅はペットボトルのお茶を呑みながら、分かり易く視線を日向とは逆方向に逸らしていた。

『俺に振るなよ、絶対に振るなよ。自分で乗り切れよ』という意思が後頭部から立ち昇っている。


 そして「いやー……んー……」と珍しく狼狽した表情で沙希の質問を躱す日向にとって、更に悪い状況が迫っていた。


「おー、なんかあたしの席が賑わってる。柳と沙希じゃん、どったの」


 唯が昼食を摂り終えたのか、悠里と二人で連れ立って戻ってきたのだ。悠里の方は、何となく自分の事も話題にされているのを察したのか、唯と一緒に日向達の元へは来ないで自分の席へと弁当箱を仕舞いに行っている。


「唯ー! あんたも何か知ってない? 新垣君と悠里の事……って、そういやあんた等も妹ちゃんと面識ありそうだったよね」

「あー、そりゃ知ってるよん。だって一緒にキャンプ行ったし」

「ちょ……!」


 日向が止める間も無く、唯からの爆弾発言が飛び出す。

 同時に悠里の席からはガタンッ! と物音がして、何事かと日向が目線をやると、悠里が慌てた様な表情でこちらへ向かってくる所だった。


「ゆ、唯! あんたはちょっと黙りなさい!」

「えー! なんでなんでー!」

「キャ、キャンプって……え、えぇ……?」


 背後から唯を羽交い絞めにする様にして取り押さえた悠里と、その状況に困惑する唯、更に唯の発言と悠里の行動から、一連の言動が真実である事を不覚にも証明されて困惑する沙希がその場に居た。


「………新垣、何がどうなってんだ?」


 いつの間にか状況に取り残された秀平の一言に、日向は何も言える事が無く、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと待つのであった。

お待たせしました……子供寝る→寝室に連れて行かれる→一緒になって寝てしまう のコンボが常態化し、書く時間がほとんど取れてませんでした(言い訳)


体育祭その後、良い変化もあるけれど、それはあくまで日向達の中での話。

周りから見たら、こんな感じになるのかな、という一幕です。

今までよりも登場人物が増えて来たのも、日向にとって日常が拓けてきた証でしょうか。


次回あたり、日向一派の緊急会議が取り行われる予定です。

唯を何とかしておかないと、日向達の明日が危ない。

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