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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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幼い祈り

 体育祭の当日、日向はいつも通りの早朝に目を醒ます。体育祭で身体を使うのでランニングはどうしようか一瞬考えたが、走らずに過ごすのも気持ちが悪いので結局は三十分程度、近所を軽く走る程度に抑えた。


 家に戻ってシャワーを浴び、朝のルーチンワークさながらに蕾の部屋へ妹を起こしに行くと意外な光景が待っていた。蕾が一人で起きて、ベッドに座っていたのだ。

 流石に着替えはまだだったのか、ただ座ってぼーっとしているぐらいだ。


「……蕾、起きてたのか」


 部屋の中に入りそっと蕾の傍に寄ると、そこでようやく蕾から反応が返って来る。


「おにーちゃん……」


 いつもより反応が鈍いのは寝起きだからだろうか、朝日の反射で蕾の顔が若干青白く見える。

 熱でもあるのかと日向が蕾に触れようとした瞬間、蕾はバッと立ち上がって笑顔を浮かべた。


「おはよー! ひとりでおきれたよ!」

「お……うん、おはよう。よく起きれたね、偉い偉い」


 唐突な蕾の動作に日向は思わず手を引っ込める。その間に蕾はドアの方に向かって歩いて行き、日向を振り返ると手招きをする。

 その一瞬だけ蕾とすれ違った際に、馴染みにある匂いが鼻についた。


(……ん?)


 日向が感じたその芳香は蕾が使っている歯磨き粉の匂いで、ほんの少しイチゴの香りがするものだ。

 だが、芳香を感じたのは一瞬だったので日向にはその香りを本当に自分が感じたのか、単に匂った様に錯覚したのかが判別出来なかった。寝起きの蕾とその匂いは状況が一致しない為だった。


「おにーちゃん、ほらほら、おでかけのじゅんびしよー?」

「………うん、行こうか。母さんが朝ご飯作って待ってるよ」


 そしてそんな日向の一瞬の逡巡は、蕾の笑顔によって塗り潰されてしまうのだった。



 その後、日向と蕾がリビングに行くと、両親は共に起床済で仁に至っては既に朝食も終えている様だった。

 母の明吏が朝食を運んでくると、日向の目の前にはベーコンエッグとトースト、カップスープが置かれる。一方で蕾にはシリアルに牛乳を掛けたものが一杯だけ置かれていた。


「……蕾、そんなぐらいで足りるの?」


 母と蕾、どちらともに問い掛ける日向に対して、蕾は何も答えずにおずおずとシリアルが入ったカップを手元に引き寄せてちびちびと口に運ぶ。


「昨日、お菓子食べ過ぎて今朝はあまり食欲が無いんですって。だから軽めなの」


 明吏が何でも無い様に答えるのを聞きながら、日向は「そっか……」と呟いて自身の朝食に手を付ける。

 横目で蕾を見ると、蕾も日向を見返してにっこりと笑顔を向けてくれる。


「まぁ、元気そうだから大丈夫か」


 いつにも増して笑顔の多い妹の頭を一度だけ撫でて、そのまま日向は朝食を続けた。



 体育祭なのでいつもの制服ではなく、学校のジャージに着替えてバッグを持った日向が玄関で靴を履くと蕾が玄関まで見送りに来る。


「おにーちゃん、がんばってねー! みんなといっしょにー!」


 後ろ手に組んで可愛らしく首を傾げる妹に、日向は笑顔で一度頷いて玄関のドアを開ける。


「うん、早目に帰って来るから、それまで爺ちゃんの家で待っててね」

「あ、ちょっと待ちなさい日向。今日は真っ直ぐ帰って来て良いわよ。私、今日は急に休みになったから、家に居て蕾と一緒に居られるから」


 奥のリビングから明吏が出て来ると、蕾の身体を支える様に後ろに立ってから日向に告げる。


「あれ、そうなのか。珍しいね……分かった、真っ直ぐ帰って来るよ」

「いってらっしゃーい!」


 母親に返事をしてから蕾の声を背中に受けて、日向は玄関のドアを閉じた。



 日向が玄関から出た後、足音と人影が消えた途端に、蕾はその場にしゃがみこんでしまう。

 その背中を明吏がそっと抱き締めた。


「……お兄ちゃん、行ったよ。よく頑張ったね、偉いね。……すぐ、病院行こうね」

「…………うん」


 先程の元気さは成りを顰め、浅く荒い息をする蕾の身体を抱き上げた明吏は、リビングへ車のキーを取りに向かった。


 その廊下の奥、脱衣所のドアの向こう……浴室の中に大量にある、吐しゃ物に塗れたシーツや衣類に日向が気付く事は、遂に無かった。

短めに幕間と続いての投稿ですが、幕間とこちら合わせて一話、ぐらいで考えて頂けたらと思います。

纏めても良かったのですが何となく一話ずつをシーン毎に考えて書く癖があるので、こうなりました。


※ちなみに蕾の幼稚園は土曜日のみ預かり保育的な感じです。両親共に土曜日も仕事が入るケースがあるので。

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