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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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知らぬは本人ばかりなり。

 転倒した悠里と唯に近寄ると、二人は呻き声を上げて身体を起こす所だった。唯の近くに居た女子生徒が唯に手を差し伸べているのを見て、日向も悠里へと手を差し出す。


「あ、ありがとう……」

「怪我はない?」

「うん、平気だと思う。……大丈夫みたい」


 日向の手をおずおずと握り返しながら立ち上がる悠里の動作を、日向は一度確認するが動きに不自然な所は無い。捻挫等も無さそうだった。

 それでもやはりショックはあるらしく、悠里はガックリと肩を落してしまう。


「調子が良いと何歩かは進めるんだけど、今みたいに転んじゃう事がほとんどで……」

「まぁあれだけ歩幅が合わないとね……!」


 あの歩調で二人がゴールする事は奇跡に近いだろう、一度見ただけで理解出来る程に明快な理由だった。


「歩幅が合わないだけで、多分ペースが分かれば二人とも普通にいけると思うよ、恵那さんは抑え気味に、悠里はもっと大胆にする方がいいと思う」


 日向がそう二人に言った瞬間、周囲の女子生徒達が少しざわついた。何事かと周りを見てみるが、不自然な程に日向から視線を逸らしている気がする。


(………なんだろう?)


 気付かずに彼女達に不快な事をしてしまったのだろうか、と今の自分の発言を振り返るが特に不自然な所は見当たらない。

 自分の思い過ごしかと思って日向は注意深く雰囲気を探ってみるが、やはりそういう空気でも無い。どちらかと言えば、好奇心でチラチラと覗き見られている様な、そんな状態だ。

 日向の意識がそちらに向いていると、唯が溜息交じりに呟く。


「あたし、熱くなると周り見えなくなるからなぁ……大きい歩幅でガンガン進みたくなっちゃうんだよー。悠里、御免ねー、あたしが思いっきり脚引っ張っちゃうから……」

「ううん、私も少し怖気付き過ぎて歩幅が狭くなってたりするのかも。……でも、こんな調子だと本番がおっかないね……」


 何となく二人の息が消沈していると、日向まで気分が沈んでくる気がして、何か声を掛けなければと思う。本質的にお祭りの様な行事なのだ、大して気にはしなくていいと思うが、人前で派手に転倒するのを避けたいという気持ちは良く分かる。

 その様子を見ていた秀平が片手を挙げて声を発した。


「多分、二人とも失敗に変に慣れちゃってるんじゃないかな。何度も失敗すると、その事を気にし過ぎて逆に動きが鈍くなったり早くなったりするから。一旦他の人とやってみて、ペースを掴んでみたら?」


 秀平の提案に、悠里と唯は顔を見合わせて視線で会話をした後に、こくりと一度頷いた。


「うん、いいと思う。確かに……必ず失敗する、っていうのが分かっていると怖いっていうか」

「あたしもあたしもー!」


 二人の同意が得られた事で、では誰と練習するのか、という問題が次に挙がってくる。やはり女子同士で組むのがいいかな、と日向が考えていると。


「ま、一番上手くやれてた新垣君達が適任じゃないかな。言い出しっぺだし。悠里、新垣君と一回走ってみなよ」


 手を頭の後ろで組んだ状態で唯が悠里へ言った。


「え!? わ、私が新垣君と走るの?!」

「嫌なの?」


 唯の言葉に動揺してあたふたとする悠里に、唯は更に畳み掛ける。日向としては、自分が居る目の前で嫌なのかどうか、とか聞かれても悠里本人は答えようがないし、嫌と言われたらそれはそれで傷付くので出来ればもう少しオブラートに包んだ聞き方をして欲しいと率直に思う。


「そ、そんな事は……えっと、ひ…日向君、お願いしてもいい……?」

「うん、悠里さえ良ければ、勿論」


 唯の言葉にどういうリアクションを取ればいいか迷っていた日向に、悠里は自分から言い出してくれたので、日向としても安心して返事をする事が出来た。


「それじゃ……脚、結ぶね……?」


 おずおずと悠里が日向の足元に屈みこみ、悠里自身と日向の脚をタオルで縛る。

 しっかりと脚が縛られる感触を覚えた後、立ち上がった悠里と肩が触れ合う程に寄り添う形になった。

 二の腕同士が触れた途端、悠里の身体が一瞬だけ跳ねた様に離れる。


「あ……!」

「っと……ご、ごめん」

「う、ううん、気にしないでね。こうしないと走れないし……ひ、日向君、肩掴んでもいい?」

「うん、がっちり掴んでも大丈夫だよ。えっと……俺も悠里の肩掴まないといけないんだけど、いいかな」

「う、うんうん!」


 等と二人であたふたと走る準備をしていると、その光景を見ていた唯がぼそっと呟いた。


「……なーんか却って失敗しそうというか、余計ぎこちなくなってどうすんのよ」

「あの二人っていつもあんな感じなのか?」

「あんな感じの時もあるというか、そうじゃない時もあるというか……」


 何事かと首を傾げて様子を見ていた秀平の疑問に唯が答える。

 その間に準備が整った様で、二人はスタートラインからゆっくりと歩く様にして進み始めた。

 先程の様に危なっかしい感じではなく、一歩一歩確かめる様に前に進んでいる。


「そうそう、いち、にー、いち、にーの感じで……一旦止まろうか」

「う、うん! ……はー! すんなり行けた、日向君凄い……!」

「いや……俺が凄いというより、一歩も進めない悠里と恵那さんが凄いんだけど」

「言わないでよぉ……」


 何歩か連続で進めた事で少し精神的に余裕が産まれたのか、悠里が軽く笑う。


「それじゃ、もう少し早めに行こうか。いっちにー、いっちにー、ぐらいで」

「はい!」


 悠里の返事を合図にして、二人は寄り添う様に更に速く脚を進める。時折悠里のバランスが崩れそうになると、日向が肩を支える様にしっかりと寄せ付ける。


「う、うぅ……」


 日向は転ばぬ様に目の前と足元をずっと見ていた為に気付いていなかったが、日向が悠里の肩を寄せる度に悠里は身体から出た熱が日向に伝わらないか、ずっと顔を赤くしながら考えて、思わず呻き声が漏れる。

 そしてその様子を、スタートラインに立っている唯はニヤニヤ顔で終始見守っていた。



「す、凄い凄い! 簡単に出来ちゃった! 日向君、ありがとう!」


 スタートラインに戻ってきた悠里が顔を輝かせて日向に礼を言うと、日向は笑いながら顔を横に振る。


「いや、お礼を言われる程の事でもないよ。……どう? いけそう?」

「うん! なんか今の感触ならやれる気がする!」

「良かった。それじゃ、後は恵那さんと練習するだけだね」


 日向が足元に屈み、二人を結んだタオルを解こうとする。


「あ……」

「ん……?」

「う、ううん。なんでもない……」


 一瞬だけ悠里の制止する声が聞こえて思わず日向は手を止めて悠里を見るが、悠里はただ首を横に振るだけだった。


「唯、もう一度やってみましょっか」

「へーい合点だい! 新垣君、合図宜しくー!」


 自信を取り戻した悠里と唯が、お互いの脚を結び、肩をがっちり掴んでスタートラインに着く。

 二人が頷くのを見て、日向が右腕を降ろしてスタートの合図を切ると、二人は一斉に脚を前に出した。今度は転倒せずに前に進む。悠里がしっかりと唯の歩幅に付いて行けてるのか、唯が歩幅を合わせているのかは分からないが、先程までの危うさが無い。


 と、そこまで考えて日向は気付いた。


「って、恵那さんは悠里以外の誰とも練習していないよね……」


 それなのに悠里だけが練習した結果、普通に動ける様になっている。という事は、悠里に何かしら問題があったのだろうかとも思うが、先程一緒に歩いた感じではそこまで何か問題がある感じでも無かった。

 何となく感じた違和感に日向が少し考え込んでいると、練習中だった他の二組の女子の内、一組の子達が日向の元へとやってくる。悠里とペアで二人三脚をやる前に何故か一瞬だけざわついた女子達だ。

 仁科麗美と鹿島沙希という名前で、苗字は覚えているが、下の名前まで日向は覚えて居なかった。失礼だとは思うが、今までクラスメイトと距離を保ってきた日向にとって接点の無い女子は名前が覚え辛いのだ。


「ねぇねぇ新垣君……新垣君って、悠里と付き合ってるの?」

「……え?」

「さっき名前で呼んでたし、最近一緒に居る事多いよね、って噂になってるんだよ……!」


 二人から交互に繰り出される質問に、日向は思わず面食らってしまう。始業式から今まで、確かに悠里と一緒に居る時間はあったけれど噂になるまで広まっているとは思わなかった。


「いや、そんな関係じゃないよ。なんていうか……恵那さんと俺の席が近かったり、そういうのが重なって話す機会が多くなったというか……」

「えー、でも、悠里は意外とある気がするなぁ。他の男子と新垣君に対する態度、結構違うし……」


 沙希が麗美に向かって言うと、麗美もまた「うんうん、ありそう!」と同意して強く頷く。


「そ、そうなの……かな?」


 女子特有の恋愛に対するエネルギーは凄まじく、日向は気圧されて相槌を打つ事しか出来ない。


「あーでも、もしそうだとすると、寺本が可哀想だよね……あいつ一年の時から悠里狙ってるって噂だし」


 沙希がそんな事を言ってる間に、悠里と唯がゴール地点から引き返して来るのが見えた。

 日向がそちらに目を向けると、悠里とばっちり目が合ってしまう。今の会話の影響だろうか、悠里が自分を見る視線から日向も目を逸らせない。


「……日向君、どうかした?」


 気付けば先程の二人は既に日向から離れていて、そっとこちらを伺っている。逃げ足の速さに日向は戦慄する。


「いや、何でも無いよ。もう平気そう?」

「うん、多分大丈夫。なんであんなに出来なかったんだろ? すっごい普通に進めたよ!」

「そっか……良かった、本番は大丈夫そうだね」


 両手を顔の前で合わせて笑顔になる悠里の顔を、何故か真っ直ぐに見られずに日向は何と無しに学校の時計を見た。時刻は五時を過ぎてしまっている。


「あ……御免、ちょっと遅くなり過ぎたかも……俺、もう帰らないとだ。……栁、悪い! 俺はもう帰るね!」

「お? おー、了解ー。俺等ももうそろそろ帰るかー」


 そうして慌てた様に傍に置いていた鞄を掴み、秀平の返事を背中に受けてそのまま校庭の出口まで向かう。


「日向君ー! また明日ねー!」


 聞こえて来た悠里の声に、日向は一度振り返って手を挙げて答える。その奥で先程の女子達が自分と悠里の動作を観察している様に思えて思わず歩調を速めてしまう。


「参ったな……」


 漏れ出す声は噂に対しての事なのか、それとも帰宅に対して遅くなった事なのか……日向には判断出来なかった。




 十数分後、祖父母宅の家に着いた日向を待っていたのは、玄関で後ろ向きに座って背中で怒りを表す蕾で、その日は家に着くまで日向は蕾に謝罪し続けるのだった。

家事スキルや育児スキルは同学年でもトップクラス、だけど恋愛経験に関しては二年分ぐらい遅れてる。

そんな日向です。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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