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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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夕暮れ帰り道、挟み撃ち。

 ホームルームが終わると雅と唯は部活へ赴き、日向と悠里は小野寺教諭と少しだけ学校祭の決定事項について話し合いをした後に二人揃って教室を出る。

 生徒用玄関から出ると九月も半ばに差し掛かる頃合だが、まだまだ残暑の熱気は続いており身体が汗ばむ様で、日向は少しだけシャツの胸元をパタパタと扇いだ。


「今日はちゃんと待ってくれるんだ?」


 日向の後から玄関を出て来た悠里が、顔を綻ばせながら日向へと声を掛けた。

 思わず周囲を見回してしまう日向だが、狼狽してばかりでは格好が付かないと少しだけ余裕を持った表情で悠里に笑い返す。


「俺が巻き込まれて遅くなってる悠里を放って帰る様な薄情に見える?」

「……その答え方はちょっとマイナスだなー」


 ペロッと舌を出して日向の先を歩き出した悠里の後を、日向が追う様に歩き出す。

 段々と夕暮れに近づく陽射しが作る二人の影が少しだけ長く伸びていた。


「本当、三人には助けて貰ってばかりだったなぁ……人前に出る事なんて無かったから、ああいう時ってどうすればいいのか全然分からなかった…ありがとう」


 先程の出来事を思い出して日向が若干肩を下げて言うと、悠里は日向を振り返って少しだけ歩く速度を落とすと、日向と肩を並ぶ位置に来る。


「私は書記と助手をしてただけなんだけどね、唯と成瀬君のフォローが良かったんだよ。それに、日向君も最後は良かったじゃない、ちゃんと皆の意見を取り纏めて……あれが日向君の良さなんだよね」

「そうなのかな……誰でも出来る気がするけど、でもそう言ってくれると少しは報われる気がする……」

「自分の良い所は自分じゃなかなか気付かないものだからねー」


 首を傾げて日向を覗き込みながら言う悠里に、日向はほんの少し恥ずかしくなって視線を横に向けた。

 すると、その先に見覚えのある後ろ姿を見付ける。


「あれ……もしかして」

「ん? どうかしたの?」

「日和じゃないかな、あれ。今日は敷地内のロードワークかぁ」


 二人は校庭の横を通って校門へ向かう途中で、日向の視線の先にはロードワークに励んでいる部活中の生徒達が居て、その中で練習している生徒の姿に見覚えのある者が交じっているのに気付いた。


「本当だ、日和ちゃんだね。偉いなぁ、ああいうの見ると帰宅部の自分が何もしてないダメな人間に思えてくるよ……」

「その発言は全国のプロ帰宅部を敵に回すね……勉強や趣味、バイトをするのも帰宅部の活動の一つだよ。何もしない、っていうのも立派な活動の一つでもあるけど……」

「なにそれ……。ほら、日和ちゃんに声掛けてあげたら?」

「そうだね、邪魔にならない程度に……」


 悠里に促され、やがて校門の傍に来ると、走り終わった生徒達が休憩がてらアスファルトに腰を降ろし、それぞれが呼吸を整えている最中だった。

 その中の一人に日向と悠里は近寄って声を掛ける。


「日和、お疲れ様」

「日和ちゃん、お疲れ様ー!」


 不意に掛けられた声に学校指定のジャージを着ていた日和が肩をビクッとさせて振り返る。


「日向先輩、芹沢先輩! お疲れ様です、今帰りなんですか?」


 二人の顔を見てホッとした表情の日和が、軽く首元をタオルで拭きながら挨拶を返す。

 今まで走っていたのか、日和の身体からは熱気が感じられるが、呼吸は然程には乱れていない。


「ホームルームの後に担任と話しててね。ほら、前に話したクラス委員」

「あ、電話で話した時の……それで芹沢先輩も一緒だったんですか」


 日向の言葉に納得した様な顔の日和は、うんうんと頷いた後に日向を見て目を細めた。


「日向先輩……可愛い同級生の方と一緒に帰れて嬉しそうですね?」

「日和、その言葉は肯定も否定もし辛いよ……!」


 何となく重圧を感じる瞳に、日向は思わずどう答えるべきか迷ってしまい、両手で降参のポーズを取る。

 その反応に満足したのか、日和は「ふふ……まぁ、いいでしょう」と笑って部員達の方を一度ちらりと見た。


「私も御一緒したかったんですが、まだ部活があるので……それでは、お二人とも、またです」

「うん、日和も頑張ってね。まだ暑いから熱射病にも気を付けて」

「日和ちゃん、頑張ってね!」


 手を振って歩き去る日和に、日向と悠里は手を振った後に校門から外に出る。

 思わぬ日和からの釘刺しに日向は背中が先程より汗ばんでいる感触を覚える。

 そんな日向の懸念を他所に、隣では悠里が観察する様な視線を日向に向けていた。


「……悠里、どうしたの?」


 思わず悠里へそう尋ねる日向に、悠里が先程の日和みたいな細目で日向をじっと見た。


「日和ちゃんと電話とかしてるんだ?」

「あぁ、この前に一度ね。夏休み後から一度も話して無かったから、寂しくなったーって。確かに俺達は同じクラスだから顔を合わせたりするけど、日和とは学校でもなかなか会えないからね」

「ふー……ん」


 日向の答えに何か思う所があるのか、悠里が少しだけ拗ねた様な顔を見せる。

 彼女がそんな表情をするのが珍しくて、日向は少しだけ困惑してしまった。


「ど、どうしたの……?」

「なーんでーもなーい。まぁ、日向君はー日和ちゃんの憧れの先輩だもんねー。可愛い後輩が居て良かったねー!」


 そう言って悠里は歩調を早め、最初と同じ様に先を歩いてしまう。

 少しの間その距離で歩いていた二人だが、やがて日向が悠里に追いつくと、その横顔をちらりと盗み見た。


 整った顔立ちは夕陽に照らされて、可愛いというよりは綺麗な印象が強い。

 そんな彼女が先程の様に子供みたいに拗ねる姿が、なんだか少しだけこそばゆい。


「悠里ってさ、皆の前だともうちょっと大人みたいだけど、ウチに来た時とか……蕾関係の事になると結構子供っぽくなるよね」


 照れ隠し混じりに言った日向の言葉に、悠里はギクッとした様に肩を跳ね上げた。


「……そ、そんな風に見えるの? 私……」


 そんな風、が果たして大人っぽいのと子供っぽいのと、どちらを指すのか判断が付かない日向だったが、どちらにしろ素直な気持ちだったので頷いておく事にした。


「あ、でも蕾関係の事で子供っぽくなる、っていうのは少し違うのかな……なんか、良い意味で相手を子供だからって済ませないで、ちゃんと寄り添ってくれる感じがする。最初の時も、その後も……だから蕾は悠里にあんなに懐くんじゃないかな」

「や、ヤメてヤメて……私そうやって褒められるの苦手なのよ、そんなに深く考えてた訳じゃないし……。って、それだとやっぱり蕾ちゃん以外の時は子供っぽく見える時もあるって事よね?」


 顔を赤くして手をブンブンと振る悠里だったが、日向の言葉に気になる部分を見付けてピタッと動きが止まる。そのまま一度だけ息を吐き出すと、じっとりとした視線で日向を見た。


「そりゃまぁ……日向君みたいにさ、年齢に不相応な性格はしてませんから。っていうか日向君がそもそも変なの。普通の高校生はね、子供らしい面があるのが普通なんだから!」


 その言葉は裏返せば日向が普通の高校生ではない、と言っている様なものだが、本人も一般的では無いと自覚しているのでそこは何も言い返さない。

 ただ笑って聞き流す日向に呆れた様に笑った悠里は、道の先に続く影法師を見詰めてから呟いた。


「でも、世の中にはアルバイトで学費作ったり、親の手伝いでご飯作ったり……兄弟姉妹の面倒を見る事があったり、そういうのは普通に溢れてるんだよね。そういうのを想像すると、私は部活も何もしてないで、他の人達より時間があるのに……呑気だなぁ、って思う時があるよ。……あ、でも日向君は別枠よ。貴方は普通と比べてもやり過ぎだから」


 最後に付け加えられた一言を笑いながら言う悠里だったが、言い出した時に見せた悩んだ様子の表情が日向には気掛かりだった。

 だけど、今の日向には彼女を諭すだけの人生経験も無ければ、彼女の悩みがどういう物に起因しているのかすらも分かっていない。


「……悠里は、やりたい事とかあるの?」


 気付けばそう口にしてしまっていた日向に、悠里は「ん?」と首を傾げて向き直る。


「んー……うん。目指してるものならあるんだけど、その為に帰宅部……っていうのも、言い訳みたいな気がして、ね。あーダメだね、悪いループに入って行きそう!」


 悠里は自分の額を二度ほど自分の拳で小突き、息を整えた。


「今はとりあえず、体育祭を乗り切って試験を終えて、学校祭だね! 頑張ろうね、日向君!」

「……うん、そうだね。今は目の前の事をやらないと」


 そう言って明るく振舞う悠里を見て、日向は今更ながらに、自分が彼女について知っている事があまりにも少ない事に気付いた。

ちょっとした牽制試合みたいになりました。


余談ですが、裏でこっそり全く正反対のラブコメストーリーを書いています。

割と現実的に現実的にと寄せている子守りシリーズですが、作風の幅を広げたいなぁ、と思って自分の好きな物をとことん詰め込んでごっちゃごっちゃに混ぜて常識とかそんなの関係無い状態で書いたストレス発散みたいなものです。第一章分が書き終わったら投稿するかもしれません(たぶん)

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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