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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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学校祭について

 その後、体育祭の種目集計は滞りなく行われ、日向達はそれぞれ指定の種目へと割り振られた。リレーの出走順についても体育の授業で計測したタイムを元に、速い者とそうでもない者を交互に置く、取り立てて安全な策を取る事で波乱も無く終える事が出来た。

 日向の二人三脚相手は委員長の秀平で、本人が集計に奔走していた為、結果的に人数が足りていない二人三脚へ割り振られる事となったのだ。


「それじゃ新垣、練習の時は宜しく。それとこっからの進行もな。頑張れよ」


 議題の変更に伴い、ここから先は学級委員長から学校祭のクラス委員へと進行役がバトンタッチされる為、前に出て来た日向に秀平が一つ頷いてから軽く肩を叩く。


「あ、うん……参ったな、こういう人前に出る事無いから、緊張してきたよ」

「慣れるよ、いつも見てる顔が多いだろ。知らない顔じゃないんだ、気楽にいけや」


 秀平の言葉に檀上でクラスメイト達の方を振り向くと、雅と唯、そして悠里が立ち上がって日向の元へと歩いてくる所だった。

 三人は自然な形で日向の周りに集まると、一緒になってクラスメイト達と正面から向き合う。


「……私達も手伝うから、ね」


 日向の隣に立った悠里が、日向にだけ聞こえる声でそっと呟く。周りを見ると、唯も雅も既にクラスメイト達の方を見ている。

 黒板へ悠里が綺麗な字で『学校祭の出し物 案』とタイトルを書き、日向に頷いて見せる。


「……それでは、学校祭でこのクラスで行うものを本日は決めて行きたいと思います」


 日向は前を向き、クラスメイト達に向かって第一声を放った。



 案の定というか、日向からの問い掛けがあってもすぐに誰かの返答がある訳でも無く、生徒達は近くの席の級友達と顔を見合わせて「何がいい?」「どういうのだといいんだろうね」とお互いに探り合う状況が続いた。

 先程の様に考える時間を作らせた方がいいだろうか、と思っていた所へ唯が軽く手を挙げた。


「はーいはい! あたしあれがいい! コスプレ喫茶!」


 壇上に居ながら一番に発言し、しかも内容がコスプレ喫茶という際どいラインを攻めてくる唯に、クラスの女子達から悲鳴が上がる。


「ちょっと唯! 喫茶店はいいけどなんでコスプレなのさー! ハズいって!」

「……いいね、凄くいい」


 一人の女子から笑い声交じりの反論が上がると、逆にどこかから男子の肯定的な意見が飛んでくる。


「えー! いいじゃんいいじゃん、普通の喫茶店なんて地味じゃんー! 可愛いの着ようよー」


 そんな声にもめげず、唯は反論があった女子の方を向いて口を尖らせて更に意見を押し通そうとする。


「一人でやれー!」「あ、でも私もちょっと着てみたいかも……」「撮影会はありますか」


 今度は先程より多くの生徒が反応した。やはり肯定と否定が様々だが、それでも先程の静けさよりは余程議論の場になっている。


「はーいはい、恵那の意見も一つの意見だ。でも代案出さないとコレになるぞ。実行可能かどうか、ってなると可能は可能だからな」


 場を諫める様に雅が手を軽く叩き周りを見渡すと、生徒達はガヤガヤと周りの友人達と本格的に相談し始めた。

 状況に取り残されてしまった日向が唯と雅を見やると、唯が得意気に日向へウィンクを飛ばし、雅は何食わぬ顔で目の前に座る男子生徒達の話し合いに混ざってしまう。

 見事なまでの手腕に内心で感心していた日向へ、今度は悠里がちょんちょんと背中を突いてきた。


「日向君、あっち……さっきのコスプレ喫茶で、やってみたいって言ってた子。三島さんね、こっち見てるから訊きたい事あるんじゃないかな。声を掛けてみたら?」

「あ、うん、ありがとう。………えっと、三島さん? 気になる事でもある?」


 悠里の指摘に日向は先程、コスプレを着てみたいという風な発言をしていた女子へ話し掛けた。

 日向から声を掛けられた三島柚香みしま ゆずかは、突然の事に驚いたのか、あたふたと周りを見渡してから日向の方を向く。


「あ、え!? 私? え、えっと……具体的に、どんなの着るのかなぁ…って。ちょっと興味あるけど、あんまり恥ずかしいのは嫌だなぁって思うし……」


 段々と尻すぼみになってしまう柚香の声だが、彼女が掛けている眼鏡の奥から覗く視線は、しっかりと日向達を見ていた。割と本気で気になってるのだろう。


「成程……恵那さん、具体的にどういうのをイメージしてた、とかある?」

「んー? えーっと、魔法少女とか。後はゆるキャラとか……?」

「魔法少女は兎も角、ゆるキャラはコスプレって言うのかな……着ぐるみだよね、それじゃ」

「えー、とりあえず何でも好きなもんになればいいじゃーん、細かい事は気にしない!」


 両手を頭の後ろに組んであっけらかんと答える唯に、日向は苦笑いをしてから柚香へと向き直った。


「っていう事らしいです、要するに自分で決めてもいいみたい」

「……うん、分かりました。ありがとう。そういう事なら気が楽かな」


 肩を竦めて答える日向に、柚香は軽く笑って答えた。

 そうしていると、今度は別の場所から男子の声が聞こえてきた。


「新垣ー、脱出ゲーム作ってみたいー!」

「あれって作れるん?」

「ヒントとか配置すればいいだけなんじゃない? 暗号とか……」

「えーでもやっぱり学校祭だし、なんか模擬店したいよー、美味しいもの食べたくない?」


 誰かが案を出すと、他の人間が更に便乗して提案したり、出た案に対して疑問をぶつけたり、場が徐々に温まってきている。


「えっと、案としては十分有りだと思う。内容については今出たみたいに、室内を区切って暗号とかそういうのを配置するみたいなものかな?」

「そうそう! 時間制限作ってさ、それだと回転も大丈夫じゃん?」


 その言葉に、日向は一度首肯してから悠里へと視線を送る。悠里は黒板に今の内容を次々と書き加えていく。


「日向、こっちからも追加だ。クイズ王選手権」


 雅が先程まで居た男子生徒達の席から離れ、日向へと言伝る。


「あ、うん。クイズ王選手権ね……これはどういう感じになるのかな、宮野。早押しとか?」

「でもいいと思う、あーでも味気無いかなぁ……脱出ゲームと若干被るよなぁ」


 提案の具体的な内容が想像出来ず、雅と話していた男子生徒達の方に日向が向き直ると、その中の一人が片手を挙げて答えてくれる。彼の名前は宮野恵太みやの けいたといった。

 そうして徐々に集まる案を精査していると、段々と黒板には書き加えられる項目が増えていく。

 最終的に黒板には定番のお化け屋敷、そしてお好み焼き、タコ焼きと言った粉物料理、ケーキ販売店、焼きそば店などの項目の他に『お見合い会場』と言った到底実現しそうに無いものまで羅列されていった。


 チョークで手を白くした悠里が、軽く指を払いながら黒板を眺めて一息吐いた後に日向へと振り向く。


「結構集まったね……どうしよっか、これ多数決かな?」

「うん、それがいいとは思うんだけど……」


 この場合の最も簡単な方法は確かに多数決だ。教室は一つしかないので、複数の催しを同時にする事は出来ない。けれど、出来るだけ皆の意見を反映させてあげるのが自分の行うべき事だと日向は思う。


「いや、別にあたしのコスプレ喫茶は考えなくていいんだよ? ほとんと適当に発言しちゃったし」


 真剣に考え始めてしまった日向に唯が若干慌てて止めようとするが、日向は軽く首を振った。


「適当に言い出した事でも、それをやりたい、興味あるって人も居るからさ。あれはあれで大事な案だよ」

「そ、そっか……なんかむしろゴメンね!」

「ううん、突破口、助かったよ」


 頭を掻いて謝る唯に、日向はもう一度首を振る。あれが無ければ場が停滞していた可能性もある。功績で言えば単に話を聞くだけの日向自身よりも余程貢献していると思えた。


「とは言っても……これをどうしようか……」


 日向は腕を組んで黒板を横目にして頭を回転させる。


「新垣ー、別に俺はクイズやらんくてもいいぞー? 多数決で決まった物に従うよ」

「そうそう、お好み焼きでもタコ焼きでもヤキソバでも大して変わらんし、そこは気にしなくてもいいよ」

「お見合い会場だけは却下だよな……」

「ケーキ食べたいけど、用意するのは難しいよねー……」


 クラスの中から思い思いの意見が出るが、そのどれもが日向に対して同情的な物が多かった。

 級友達の気遣いに、日向は議論が始まる前に感じていたプレッシャーから解放されていた事に気付く。


(せめて、一番良い形で皆の意見を汲み上げてあげたい……)


 掛けられた声に背中を押されて、最適解を見付ける為に黒板を凝視する。

 皆が日向の方を向いて、決定を待っている。そんな中で、悠里だけは日向と同じく黒板を見つめている事に気付いた。


「……これ、同時に出来ないなら、組み合わせたらどうかな」


 ぽつりと呟いた悠里の声が聞こえて、日向はハッと気付く。


「あ、そっか。基礎を一つ作って、そこに可能な限り他の要素を足していけば……」

「そうそう。喫茶店と食べ物系は混ぜられるよね。……喫茶店でタコ焼きとお好み焼き、焼きそばってどうなんだろうと思うけど、ケーキは間違いないし」


 喫茶店での軽食は大体がサンドイッチ等の軽めの物が主流だ、油が多く味が濃い食事は向かないかもしれない。でも、日向にはむしろそれが面白い事の様に思えた。


「いや、良いと思う。模擬店だし、お祭りなんだから……却ってそういう要素が強い方がウケるかもしれない。後は他の要素だけど……クイズ、脱出ゲーム、お化け屋敷……」


 お見合い会場の件は一度完全に放棄する、あれだけは誰かの私欲が入り過ぎて考察の余地が無い。

 入れようものなら女子から総スカンを喰らう事が確実である。

 現に発案者の寺本望は周囲の女子から軽く睨まれ、この議論における発言権を著しく失っていた。


「……そうか、コスプレ喫茶をホラーテイストというか、少しダークな感じにして……そこに脱出ゲームとクイズ……来店時の話題作りに、テーブルに暗号を置いておくのはどうだろう」

「暗号?」


 日向は思考が纏まったのか、一度顔を上げると悠里に頷く。

 そうして次はクラスメイト達の方に向き直り、説明を始めた。


「つまり、お化け屋敷の中で喫茶店をやるんだ。雰囲気を合わせる為に店員も衣装をそういうものにして、店内もそれをテーマにする。勿論、本当に怖いと落ち着けないから、何となく普通の喫茶店じゃないな、っていう雰囲気を出すぐらいで……。そして、テーブルには暗号や、ちょっと頭を使って解いてもらう仕掛けを用意する。その仕掛けを解いた人には、一口サイズのケーキなんかをプレゼント、とかね」


 そうすれば、万全な形ではないにしろ、ほぼ全ての要求を通す事が出来る。

 そして何より……


「そうした方が、面白そう……じゃない?」


 最後にそう締め括った日向に、クラスメイト達は一瞬だけポカンとしていたが、やがて……。


「いい、それいいー! ホラーコスプレ喫茶か、盲点だったわ」

「うん……喫茶店は他のクラスも出してくる所あると思うし、差を付けるならいいかも」

「子供は普通の所に行くだろうけどな、特殊需要を満たしてやろうか」


 聞こえてくる声の中に否定的な物は無く、日向はホッと安堵する。


「えっと、それじゃ……なんか俺の意見で申し訳ないけど、他に代案がある人は居ますか?」


「ねーよー、やれやれー」

「新垣君、もうそれに決めちゃおうよー」


 念を押した他の意見の挙手を求めるが、手を挙げるものは一人も居なかった。

 一人一人の顔を眺めていくと、ちゃんと納得してくれた顔になっていると、日向なりに感じる事が出来る。


「では……今年のウチのクラス、出し物は……『ホラーコスプレ喫茶』という事で行きます。……頑張ろう、皆」

日向は別にヒッキーじゃないのに、経緯が経緯だけに、いざ表舞台に立つとヒッキーの様な反応に…

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