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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【三章 稔る秋、夕映えを友の影と。】
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声をあげるもの

 休み明けの一日目という事もあり、その日は始業式とホームルームが主な日程になる。


 日向達が体育館へ集合し、校長からおよそ十五分間に渡る学生としての本分、将来についての事や受験の話を聞いた後、ぞろぞろと教室へと戻る最中の事だった。


 出席番号の関係で先頭付近を歩いていた日向は、後方から自分の隣へと誰かが歩いてくる気配を感じて視線を向けると、そこにはクラスメイトの寺本望が居た。


「おーう新垣、お疲れ!」


 気さくに挨拶をされ、日向は一瞬本当に自分に声を掛けたのか周りを見てしまったが、望の視線の先には日向しか居ない。


「寺本。お疲れ、体育館暑かったね……」

「それな。俺等は校長よりも代謝がいいんだから、もう少し話を短くするとか気を遣って欲しいよな」

「確かに……」


 静かに笑って同意する日向に対し、望は何か話題を探るように視線をきょろきょろと動かしている。

 日向自身も、彼が自分に何を訊きたいのかを既に何となく理解しているので、自分から話題を提供してあげる事にした。こういった事は迅速に、早い内から噂の芽を根絶する方が良いと判断したのだ。


「そういえば花火大会の日、神社に居たよね。誰かと来てたの?」


 望は日向からその話を振られると思って居なかったのか、一度驚いたように「え、あぁ!」と返答した後に周囲を探る。

 聞かれたら困る相手でも居るのか、周囲の生徒達が自分達の話に聞き耳を立てていない事を確認した後に、望は日向へと話し始めた。


「部活の友達とな、河川敷で見るより神社の方が見晴らしいいぞ、って聞いて……そしたら新垣が居たからさ、びっくりしたわ……」


 望からしてみれば、授業が終わると一瞬で消え、誰かと一緒に居るシーンですら稀という日向が花火大会で女子三名(加えて幼女一名)を連れているという状況なので、驚かない方がおかしいと言えばおかしい。


「や、やっぱりアレか。ああいう場所に一緒に行くって事は、付き合ったりとかしてるのか……?」


 さり気なさを装って核心部分を訊いてくる望だが、彼が話し掛けて来た時には既にこの流れになる事は目に見えていたので、日向は特に動揺せずに答える。


「いや、そんな事は無いよ。ほら、俺達って席が近いからさ、何となくそういう話になって……」


『席が近い』のも事実で、『何となくそういう話になった』のも、一方的に唯からのお誘いがあった事に目を瞑れば、恐らく悠里と唯が二人で話している時に『何となくそういう話になったと想像した』ので嘘ではない。


 苦しい言い訳だったのは自覚しているが、やはり望の顔から疑念が完全に払拭される事は無かった。


「そっか……でもよ、何となくで女子が男子を花火に誘うか……? せ、芹沢か恵那か、どっちかお前達の事好きだったりするんじゃないか……?」


 いよいよ望の訊き方がストレートになって来る。日向は表情から微笑みを消さないまま、内心で少しだけ焦りが生じていた。


(どうしよう、恵那さんから直接誘われた、ってのも妙な憶測を流す事になるし。妹が花火大会に行きたいって言い出したって事に………いやいや、蕾を嘘の言い訳に使うとか駄目だ……)


 このまま放置しておいても、どちらにしろ噂は拡大してしまうかもしれない。

 そうなると自分は兎も角として、悠里や唯に迷惑が掛かる。雅の事はこの際二の次だ、女子との浮いた話ならむしろ喜びそうでもある。


 さて、どうしたものか、と日向が視線を彷徨わせていると教室に辿り着いてしまった。


「まぁとりあえずさ、今度その辺りの詳しい話聞かせてくれな。い、色々と面白そうな話も聞けそうだからさ」


 恐らく望は悠里に関する事を主に訊きたいのだろうが、日向はいつもの朗らかな笑みで頷いて、それぞれの席に戻って行った。



 やがて生徒達が教室に揃うと、十分程の休憩時間を挟んですぐにホームルームが始まる。

 担当の小野寺教諭がいつものポーカーフェイスと謎の威圧感で、騒ぐ男子を鎮圧するのも久し振りに見る光景だった。


「休暇中、特に大きな事故が無くて幸いだった。これから体育祭、学校祭、修学旅行と二年には学校行事が続くが、中間考査試験も行われる。受験も大事だが、目の前の事を一つ一つクリアしていく事が受験自体にも良い影響を与える。騒ぐ時と集中する時のけじめをしっかりと付けるように」


 小野寺教諭はそう言うと、窓際の最前列の生徒から廊下側の最前列の生徒、一人一人にプリントの束を配り始めた。


「今後の行事についての詳細を配布する。体育祭関連はいいが、学校祭と修学旅行については保護者にしっかりと見せる様に。そのプリントが配布され終わり次第、次の議題に移る」


 壇上に立つ担任の言葉を聞きながら、日向は前の席から回されたプリントから自分の分を抜き取り、後ろに居る唯へと回す。

 後ろを振り向いた日向が唯と目が合った瞬間、唯が笑いを堪えきれてない口元で、妙に艶っぽい言葉を囁いて来た。


「イベント盛り沢山だね……二人の想い出、一杯作ろうね……」

「そうだね、皆で楽しめるといいね」


 その視線と言葉を日向は平らな心でやり過ごした。面白い反応するのが一番良くない。


「ちぃ……ひと夏の経験を積んだ新垣君は手強くなったね……」


 ブツブツと呟きながら日向の手からプリントを受け取り、後ろの席に回す。

 その様子を見届けてから元の姿勢に戻ろうとして、不意に唯の斜め後方に座る悠里と一瞬だけ目が合った。

 悠里がすぐに目を逸らしたので、彼女が何を思って自分を見ていたのか日向は窺い知る事は出来なかった。



 プリントが全生徒に行き渡るのを確認してから、小野寺教諭はチョークで黒板に何かを書き始める。

 何事かと生徒が成り行きを見守る中、白い文字と白い点が幾つか打たれて、小野寺教諭は前を向いた。


「体育祭については、競技が例年で同じ物が適用される。参加振り分けについては後日のホームルームで行う。本日は学校祭のクラス委員を選出する。クラス委員はクラスの進行を取り仕切り、生徒会と共同で定期連絡会に参加する事となる。教員も補佐するのでそこまで難しい事は無いと思うが、出来る限り生徒主導で学校祭を運営するのが目的となる。代表者が一名、補佐が数名居る事が望ましいが、可能なら有志で選出したい」


 担任の言葉で、教室に軽くざわめきが起こった。

 生徒達がお互いに顔を見合わせ、探り合う様な視線を向け合ったり、冗談半分で友人に薦めたりと反応は様々だった。

 けれど、その反応も少しすると段々と収まり、残ったのは誰も手を挙げない状況だった。


 帰宅時間も遅くなれば、面倒事が増える。責任を持つという事実は高校生にはまだ少しだけハードルが高い。


「最低でも代表者は一名選出しなければならない、候補が出ない場合は止むを得ずランダムなやり方で選出する事になるので、そこは理解しておいて欲しい」


 担任が付け加えた言葉に、更にざわめきが大きくなる。

 明らかな不満を訴える者、誰か挙手してくれないかと周りを探る者……教室の空気が徐々に重たいものに変化するのを日向は感じていた。


 このまま、ランダムな選出になれば代表者となった生徒がまるで人身御供の様な状態になる。

 それだけではなく、進んで前に出た者じゃない生徒に、他の生徒は活動の中で反発する事もあるだろう。

 心の底では、誰もが学校祭を楽しみたい、良い思い出にしたいと望んでいる筈なのに、そこにある責任に手を伸ばす勇気が出ないのだ。


 そこまで想像して日向は、いつもと同じく目立たぬ様に視線を下げる。

 自分はやるべき事がある、蕾を迎えに行って、ご飯を作って、両親に代わり一緒に時間を過ごす。

 最も自分が大事にしていた、あるべき姿だ。


 身を小さくして、これが終わったらすぐに帰ろう。

 いつもの様に、誰にも気にされる事が無い速度で、真っ直ぐ帰ろう。


 だから、これは自分には関係無いのだ―――




『そうだよ。日向君が学校を楽しく過ごさないと、蕾ちゃんに学校が楽しくない所だ、って思われちゃうでしょ』



 夏の最後、皆で窓の外を見た日の事が思い出された。




『君だけは知ってる筈なんだ、本当は自分にもやりたい事があった筈だって。でも言えなかった、言い出せなかった。もしそれを認めてしまえば、君は蕾ちゃんよりも自分を優先した自分に、深く失望するから』



 今は遠い場所に居る筈の、魔女の言葉が思い出された。






「……え?」



 後ろから、驚いた様な声が聞こえた。

 心臓が早鐘を打つ様に響いて、全身が軽く汗ばむのを、日向は感じる。

 周囲が再びざわめきだした。隣から『はっ……』と聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる。




「新垣。いいのか?」



 小野寺教諭が、視線に色々な意味を持たせて日向を見据えた。

 肯定も否定もしない、ただ真っ直ぐに日向の真意を確かめる様な言葉だった。



 日向は、自然と挙がってしまった自分の右腕を横目で見た。

 何故上げてしまったのだろう、上げられない理由なら幾らでもあった筈なのに、そればかりが頭の中をグルグルと巡る。

 考えて考えて、手を挙げてから考えるなんて、順序がおかしい、矛盾している。

 だが思ってしまった、考えてしまったのだ。


 皆と楽しく過ごす筈の学校祭が、少しでも楽しくなくなる可能性が残る事を、自分は嫌ったのだ。

 たったそれだけの理由で、こうして右手を挙げてしまった。



「いいのか?」



 小野寺教諭の声が再び日向に掛けられる。それは彼が日向の事情を知っている故の質問だ、以前の進路相談で全て担任には話してある。


 いいのか、という言葉は、日向が日向自身に向ける言葉でもある。

 迎えはどうする? 遅くなってしまうとして、それがずっと続くと蕾が寂しがるのでは?

 毎日会議がある訳じゃない、なら数日間なら問題無いのか、そもそもその頻度さえまだ未確定な情報なのだ。

 期間中に蕾が体調を壊す、病気になったらどうする? 人任せにしてしまうのか?

 あれほど恐れた事態を、そうならない様にしてきた今までを、自分で放棄する事になるのか?


 自分は―――



「先生」



 一瞬だけ思考の迷路に没入し掛けた日向の隣で、聞き慣れた声がする。



「補佐の人間は、()()()()()()()()()()()()()()()等は、連絡会への出席は認められますか?」



 隣を見ると、頬杖を突いて挑戦的に担任へと微笑む雅が、その右手を挙げている。

 口調こそ飄々としているが、その言葉には異様な鋭さがある。



「基本的には代表者となるが、やむを得ない場合については考慮しよう」


「それは病欠に限らず、その他の理由についてもですか?」


「それについても、担任の了解があれば問題無いと考える」


「そうですか………なら、まぁ、やります」




 一瞬だけちらりと日向を見た雅の目は『仕方ねぇわな』とでも言いそうに笑っている。


 驚いた日向が固まっていると、今度は後ろの方で声が挙がった。



「では、代表と補佐が男子では女子側の意見を取り纏めが難しいと思いますので、補佐に立候補します」


 後ろを見ると、悠里が毅然とした態度で右手を挙げている。


 心なしか彼女の頬は上気した様に赤くなり、黒板の前に居る担任と日向を交互に見ている。




「まぁそうなるよねぇ、じゃあ男女比率を平等にする為、あたしもやっりまーす! もち補佐で! 責任はー新垣くーん!」



 後ろの席で、唯の明るい声が響く。



 そんな、只の一瞬のやり取りが、日向には嬉しかった。

 無鉄砲に突っ込んでしまった自分を諌めるでもなく、一緒に歩いてくれる友人達が居る事が、嬉しかった。

 挙げた右手が、間違いじゃなかったと思える様にする事が、今の日向に出来る唯一の事だった。

 だから。



「やります」



 今日、この時が初めて、本当の意味で日向がこのクラスと関わろうとした一日目だったのだ。

最近更新ペース遅くなってます、申し訳ありません……

リアル仕事とサガ・スカーレットグレイスのせいです。

でもやっぱり書くのは楽しいので、ぼちぼち書いてます。


ブックマーク、ポイント入れて下さった方、共にありがとう御座います。

少しでも何かを感じて貰えるものをお送り出来る様に、日々少しずつ成長していきます、たぶん……。

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