夏の終わり、これからの事。
それから日向達が歩く事、およそ十五分後。慣れ親しんだ道に出ると学校傍の道を超えて商店街に入る。
見えてくるのはいつぞやのファミレスで、中に入るとお昼時を少し過ぎた事もあって店内は比較的穏やかに見えた。
冷房の効いた店内が、汗ばんだ身体に心地良い冷気を送ってくれる。
「うあぁぁ涼じぃぃぃ……」
席に案内され、おしぼりで軽く首元を拭いた唯がテーブルに突っ伏す様にして声を漏らした。
「唯、もう少し女子の自覚持ってね……」
唯の隣に座った悠里が残念そうな顔で唯を見やるが、本人は手をひらひらとさせて聞く耳を持たない。
一方、その対面では悠里と同じく窓際に座った蕾がメニュー表を開いて顔を綻ばせている。
日和が日向の隣にぴったりと貼り付いたままだったので、日向達の側は日向を真ん中として通路側に日和、窓際に蕾が座っている。
日向に寄り添って歩く日和の姿は、最初こそ一同は好奇心やら諸々を含めた視線を送っていたものの、ここまでの道中ですっかり慣れてしまった。
「とりあえず注文して、ドリンクだけ取りに行こうや。お冷もいいけど俺の身体が糖分を欲している……」
「賛成……朝ご飯からもう六時間も経ってるぅ……お腹が捩れる……」
「まっぴーせっと!」
雅の提案に唯が突っ伏したまま片手を挙げて、そこに蕾がこれでもかと注文を主張する。
そうしてそのまま店員を呼び、全員分のオーダーを入れてドリンクを取りに行こうと雅が立ち上がると、すかさず唯と日和が雅に声を掛ける。
「あたしめろんそーだー」
「私はアイスティーをお願いします。ミルク入りで」
「………君等立つ気無いの?」
後ろを振り返ってげんなりした雅に、二人はすかさず首を横に振る。
「部活後で疲れてるし」
「試合後なんで足が痛いんです」
「いや俺も部活して来たんだけどなあ?!」
三人が茶番の様なやり取りを始めたので、日向が雅に付いて行こうとするも、日向が通路に出るには日和の前を通らなくてはいけない。
テーブルの椅子は建て付けのソファー型なので、後ろにずらしてスペースを空ける事が難しいのだった。
「あ、日和……俺も一緒に行くから、ちょっと前いいかな」
日向がそう言うと、日和は少しだけ考える素振りを見せて立ち上がる。
「もう……私が取ってきます、先輩達は何がいいですか?」
「いや、悪いよ。日和は本当に疲れてると思うし、休んでても……」
「すぐ傍のドリンクバーに行けない程、柔な鍛え方はしてませんから。ウーロン茶でいいですか? つっつと、芹沢先輩は何がいいです?」
日和が苦笑いしながら悠里と蕾に目線を向ける。
「わ、私も行くよ! 唯、ほら動かないなら退けて!」
「えー……動きたくないぃー」
実際に運動して体力を消耗させている者にお使いを頼む事に気が引けたのか、悠里が焦って立ち上がろうとするが、進路に居る唯がテーブルにぐったり突っ伏して動かない。
「芹沢先輩も、大丈夫ですから。二人はつっつの事を見ててあげて下さい。ほんとすぐ傍なんだから、こうしてる方が時間掛かりますよ!」
「あ、は、はい! えっとじゃあ、私もウーロン茶を……」
「おれんじー!」
悠里と蕾がそれぞれオーダーを伝え、日和がドリンクバーに向かおうとすると、いつの間にか雅が両手でコップを四つ、落とさない様に上手く両手を使って運んできた。
「君等の決議が決まる前に持って来ちまったよ……ウーロン三つとメロンソーダ。後は蕾ちゃんのオレンジと、もう一つウーロン茶持ってくるからな。他の飲みたい奴はそれを飲み干してから自分で行けよ……」
はぁ、と溜息を吐いた雅が席に座ると、日和も何事も無かったかの様に席に座る。
「……日本人あるあるよね」
「それは立ち上がろうとした人間が言える言葉よ、唯」
程なくしてオーダーが運ばれてくると、一同は軽く今日の事や夏休み中の事を雑談しながら食事を摂る。
空腹が強かったのか、会話をしながらでも食事の手がストップする事は無く、ものの十五分で蕾を除く全員の皿は空になった。
「急いで食べなくていいから、ゆっくりな」
日向が蕾の口元に付いたケチャップを備え付けの紙ナプキンで拭き取る。
「日向君のそういう所って、ほんといつ見ても堂に入ってるわよね……なんか最近、ちょっと変わってきたなって思ってたけど、そういうの見ると安心する」
悠里が薄く笑いながら日向を見ていると、唯も頬杖を突きながら笑った。
「確かにね、ほんの数か月なのに、教室で見てた新垣君と今の新垣君が同一人物って、今でもあたしは不思議だわ…最近はちょっと高校デビュー少年みたいになっちゃってさぁー」
「日向先輩って、学校で地味なんですか?」
唯のぼやきに反応した日和が、雅から唯、悠里へと視線を順番に移動させて首を傾げた。
「地味って言うか……ひたすら目立たないっていうか、悪目立ちしてる訳じゃ無いよね? 気付いたら居ない、っていう感じだったかも……あ」
天井を見ながら思い出す様に悠里は言って、悪い事を言ったかもと口元を引き攣らせて日向を見る。
日向自身は先程も自分で言った様に、気にしていないという事を示す様に笑って見せた。
「あんまり誰かと話す話題も無かったし、帰りは話してたら遅くなるし、話し込んで何か約束事とか誘いとかあっても断り続けなくちゃいけないかったからね。地味という認識は俺にとっては好都合だったかな」
「忍びの者か君は……」
唯が呆れて、じっとりとした目を日向に向ける。
隣で日向の返事を聞いていた日和も、若干顔が引き攣っていた。
「でも」
日向は蕾を見る。
蕾も何事かと思ったのか、一度スプーンを置いて日向を見上げた。
「これからは、もう少し学校に馴染んでいかないとね」
日向の瞳をじっと見ていた蕾が、にっ、と笑う。
自分がもう少し肩の力を抜いても、この笑顔が曇る訳では無い。
魔女が教えてくれた。
『君が、君のやりたい事を望んだとしても、それは君が蕾ちゃんに与える愛情を疑うものにはならないんだよ』
蕾は段々と成長していく。
身体も大きくなって、心も強くなっていく。
以前の様にただ小さいだけの子供では無くなって来ている。
「そうだよ。日向君が学校を楽しく過ごさないと、蕾ちゃんに学校が楽しくない所だ、って思われちゃうでしょ」
悠里が日向を見て言ったその言葉は、いつか悠里が唯に語った何気ない一言だった。
「もうすぐ夏休みも終わるね……でも、学校もちょっと楽しみになってきたかも」
窓の外を見て呟いた悠里の一言に、他の皆は思い思いの感想を心の中で書き留めた。
こうして、日向にとって様々な転機が訪れた夏休みのイベント達は終わりを告げた。
という訳で、リアルに八月も終わりなので、夏休みエピソードは終了です。
ここからは再び学校編を書いていきます。
夏休み終わったら雰囲気変わる男子とか、日向君がよく見るモブキャラの挙動になるのか……