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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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引っ付き虫と帰り道。

 スコアボードに記載された団体戦の表記、それを見ながら誰も何も言えずに居ると、ミーティングを終えたのか日和がラケットバッグを片手に持ちながら日向達に元へとやって来る。

 その表情は敗北に打ちひしがれている訳でも無く、どこかスッキリとした様な、爽やかな顔だった。


「皆さん、今日は応援ありがとう御座いました。結果は負けちゃったので、あんまり恰好良くはないんですけど……」


 頭を掻きながら舌をぺろりと出して笑う日和に、悠里と唯が駆け寄る。


「そんな事無いよ日和ちゃん! 私、テニスの試合って見る事今まで無かったけど、今日のは凄かったもん! ほんと、こんな事しか言えないけど……日和ちゃんは凄かった!」


 悠里がもどかしそうに伝える中、唯も日和を後ろから抱き締める様にしながら、日和を労う。


「そうそう、あんだけ動いて活躍して……あんたみたいに小さい子が、上級生相手によくやったよぉ……」


 そんな唯からの言葉に日和はいよいよ照れて俯いてしまうが、何とか視線を持ち上げると、その先に居る日向へと恐る恐ると言った風に問い掛けた。


「日向……先輩、どう……でしたか、その……」


 日和は最後まで言えず、口籠る。


(言えないぃぃ……一緒にプレーしたかった一心で真似しちゃったとか……伝わりましたか、なんてえぇぇ……ほとんど告白だよそれは……!)


 表情こそ儚げな装いだが、日和の内心は頭を抱えて悶える状態になっている。

 そんな日和の内心を知らず、日向はいつも通りの穏やかな表情で彼女に頷いた。


「凄かったよ、日和。良い試合だった……」


 その言葉と共に日向に見詰められ、日和はいよいよ地面しか見られなくなってしまう。

 それ程までに顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。

 しかしそんな恥ずかしさと共に、試合の合間の一瞬を思い出して、日和は顔をバッと上げた。


 あの時、試合中に日向と目が合った瞬間の、あの声。



「ひ、日向先輩……! あれ、本当なんですか……? もう一度、テニス始めるって……」


 その言葉に、周りも驚くが日和は気にせずに日向を真っ直ぐに見詰める。


「うん、もうガットも張ってて、朝方に軽くランニングも始めたんだ。基礎体力だけでも底上げしておかないと、練習にもならな―――」


 日向は全てを言い終える前に、身体に衝撃を感じて後ろによろける。

 身体に感じる柔らかい感触と共に、陽だまりの匂いが鼻腔をくすぐった。


 日和が日向に抱き着くようにしがみついて、顔を胸元に埋めている。



「………よかった……よか……った………ほん……に……」



 細かく震える日和の身体が、酷く弱々しく見える。

 先程の試合中と同じ人物とは思えないぐらい、日向から見る今の日和は普通の女の子だった。


「………練習とかさ、身体動かしたくなったら、付き合ってくれないかな」


 震える日和の肩に、そっと手を置いて言うと、日和は無言で何度も頷いてくれる。

 自分の胸元が少しずつ涙に濡れている事に気付くと、頭を擦り付ける様にする日和を離そうとは思えなくなる。



「おにーちゃん、ひよりおねーちゃんなかせたーー……」


 その光景を見た蕾が日向を指差して、頬をぷくーっと膨らませて抗議する。

 周りを見ると、悠里が顔を赤くして引っ付く二人を凝視し、唯に至っては「ほぅほぅ……」と興味深そうに二人を観察している。


「まぁ日和ちゃんの気持ちも分からんでも無いんだけどさ……ちょっと此処目立つから、移動しようや?」


 雅が困った様に笑いながら日向に言うと、日向も頷く。


「そうだね。日和、この後はまだ他所の試合とか見ていく? それとももう帰るかい?」


 日向が日和の背中を軽く叩きながら言うが、日和は首を横に振って離れようとはしなかった。

 小さな子供の様にただ日向から離れまいとしているのか、それとも泣き顔を見せる事が恥ずかしいのか、日向は判断に迷う。


 それでも、少し時間が経つと一度身体を離して「……帰ります、もう今日の予定は無いので……」とだけ呟いて、そのまま日向の左腕に引っ付いた。

 ちなみに右手は蕾に握られているので、予想外に両手に華の状態となる。



「それじゃ、帰りは歩くかぁ。俺も恵那も自転車だし、予定より大分早く終わったしなぁ」


 雅がその光景に笑いながら一同を見る。


「私もバスで来たから、それもいいかもね。暫くこの状態から動きそうにないし……」


 身動きが取れない日向を見て、悠里が笑いながら同意する。

 そして顔を朗らかに笑わせながら、そっと日向の背後に回るとその背中を指でグリグリと突いてみせた。


「い、いや……このまま歩くの、ちょっと目立つんだけどさ……」

「知らなーい、日和ちゃん泣かせちゃった責任はちゃんと取らないと、男の子でしょー」


 日向から少しだけ困った顔をされると、ぷいっと顔を背けてそのまま蕾の隣へ移動する。


「蕾ちゃん、お兄ちゃんは日和お姉ちゃんに謝るので大変だから、私と一緒に歩きましょ?」

「はーい! おにーちゃん、ちゃんとごめんなさいしないとだめよー」


 そうして蕾も悠里と手を繋いで先に歩き出してしまった。


「ほっほっほ……お若いの、頑張りんさいな……」


 唯もまた、その二人を追って駆け出してしまう。顔が思いっきりにやけているのは、状況を一番楽しんでいる証拠だろう。

 そして機先を逃して残された雅が歩き出そうとすると、日向がグッとその腕を掴んだ。


「み、雅はちょっと待っててくれるよね……!」

「離せ日向……! 泣いてる子を男が二人で囲むとか事案以外何物でもない!」

「腕に泣いてる女の子引っ提げて歩く方が事案だよ!」


 そんな風に二人で喚いていると、日和がぐしぐしと顔を拭って、赤くなった瞳で雅と日向を睨みつけた。


「歩けますから……それより成瀬先輩、バッグ持って下さい。歩くのに邪魔だから……」


 そう言ってグイっと雅へとラケットバッグを押し付けると、また日向の腕にしがみ付いてしまった。


「ひ、日和……ほら、俺は別に逃げたりしないし、普通に並んで歩けば歩き辛くないんじゃ…うわっ…!」


 言ってる途中で、二の腕あたりをガブッと日和が噛みついたのが分かった。

 余計な事は口走るな、という無言の圧に負け、結局日向は森林公園を出るまではその体勢で居るしか無かった。




 森林公園を出て暫くすると、周囲がようやく住宅街の様相を取り戻した。

 時計を見ると午後の二時前、なんだか思ったよりも短時間で戻って来てしまい、時間も中途半端となってしまう。


「腹減ったなぁ、俺部活の後から直行してきて何も食ってねーや。メシ喰いに行くか?」

「あーいいねぇ……あたしもこのまま夕飯まで何も無しってのはキツいかも……」


 雅の言葉に唯と、部活帰りの二名が空腹を訴え始める。

 そう言われれば、日向達もしっかり昼食を食べた訳では無かった。

 途中で軽く摘む為に作った俵型おにぎりを一つ二つ、蕾に食べさせてあげたので完全に空腹ではないが、皆が何処かに行くのなら乗っかるのも有りだと考える。


「蕾、お腹空いてる? 皆と何処か寄ってくか?」

「いいのー!?」


 思わぬ展開に、蕾が目をキラキラさせて日向を振り返る。

 反応の速さに日向が思わず笑い声を漏らすと、隣を歩く日和もお腹を抑えて声を漏らす。


「……私も、なんかすっごいお腹空きました……」


 言った直後、示し合わせたかのように日和のお腹が『ぐぅ』と鳴る音が微かに聞こえた。

 そしてハッとなってお腹をガバッと抱える様にした後、先程の様にまた顔を赤らめて、今度はちょっとだけ日向と距離を空けて歩き出す。


「ふふ、それじゃ皆で何処か行きましょ! 学校越えたらファミレスあるよね、そこにしよっか」

「つ、つぼみはまっぴーせっと!」


 振り向いた悠里が日和をフォローする様に宣言すると、蕾はファミレスという単語に再び素早く反応して日向に真剣な瞳を向ける。


「はいはい……今日は俺の予定に付き合ってくれたし、そのぐらいはいいよ……」


 前方を悠里と手を繋いで歩く蕾に苦笑いで返事をしながら、日向が頷く。


「よっしゃー、それじゃー総員、食料に向かって転身だー!」


 最後にはすっかりお馴染みとなった、唯の号砲で一同は涼しい店内を目指して歩き出した。

更新速度が遅くなってます……。コードギアスの劇場版が嬉しくて、ついつい一話からぶっ通しで観てたのが原因です。


テニスシーンも楽しかったけど、この六人がこうしてのんびりする状況を書くと、何というかほっとする感じがします。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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