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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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試合終了

 日和の執念が届かせたその一手が、決め手となった。

 40-15 とポイントを一つ返し、その次は日和のリターンエースで40-30。

 次のポイントも、ペアのリターンから相手の返球をネット際で叩く教科書通りに綺麗なダブルスを行うと、デュースとなった瞬間に日和のリターンからの速攻で、瞬く間にアドバンテージを取る。


 実にセットポイントを三度凌ぎ、逆にマッチポイントに届かせるという、彼我の力量差をはっきりと示す形になった。


 先程までの失速が嘘の様な光景に、初めて日和の試合を見る悠里と唯はただ目を見張るばかりだった。


「ひ、日和ちゃんって……ひょっとしなくても、凄い子だった?」


 悠里が横目で日向に問い掛けると、日向は試合から目を離さずに答える。


「……うん。プレイヤーとしては、同世代ではかなり強いと思うよ」

「なんでウチの学校選んだんだろ、進学率?」


 日向の発言に後ろから唯が疑問を呈すが、その隣で事情を知る雅がそっぽを向いて冷や汗を流していた。

 そして日向自身も、先程の日和のプレーを見て……送られたメッセージについて、考える必要があった。

 仮説として一つ可能性が急浮上したものがあるが、それを第一候補とする程、日向はナルシストでは無かった。


 それでも、もし……日和がこの自分達の学校に入学してきた目的が、そうなのだとしたら。


「日和が自分で選んで来た、って言ってたから……それもあるんじゃないかな」


(俺は、今の俺なら……どういう答えを返すんだろう)


 唯に当たり障りのない返事をしながら、日向は内心で自分に問い掛ける。

 先程から腰にしがみ付いて離れない蕾の背中をゆっくりと撫でながら、前よりは幾らか開けた視界で。



「…………」


 その日向の横顔を、悠里がじっと見詰めていた。



 そんな一同のやり取りとは関係なく、コートでは相手の選手がラストプレーになるかもしれないトスを上げた。

 振り下ろされるラケットから、渾身の打球が放たれる。万が一にもダブルフォルト出来ない場面での、スライスサーブ。


 堅実な選択は、その裏に込められた一縷の望みをまだ信じている証拠だ。


(ヤケを起こしてエース狙いに来ない。いいプレイヤーだ、やっぱり相手も決して弱い所じゃない)


 日向は思考を一時中断して試合に集中する。


 日和のペアがサービスをリターンした瞬間、揃って前に詰めてプレッシャーを賭けに出る。

 打球が返ってきた相手の後衛は、その状況を見てすぐにロブを上げて日和達をベースラインへと戻そうとする。


 高く上げられた打球は、通常のロブよりも落下速度が速い気がした。



「トップスピンロブだ」


 日向が打球の変化にいち早く気付き、独り言の様に呟いた。

 通常のロブよりも落下速度が速く、追い付くのがより困難になるロブだ。

 特に二人とも、今の様に前衛に出た状態では、本来は追い付く事さえ難しい、のだが。


(タイミングは良かった。でも、打った相手がちょっと悪い)


 相手がロブを打った瞬間、正確にはそのモーションに入る直前に、日和は既に身体を反転させている。



「日和ちゃん速ぁっ!?」


 何度目か分からない唯の驚きの声が聞こえてくる。

 恐らく、その言葉は相手の選手が心の中で叫んだ言葉と同じだろう。


 十分な加速で、ロブの落下点より少し下がった位置まで戻った日和は、既に得意のバックハンドを後方へ、弓を絞る様に引き付けている。


 相手の選手はどちらも後方に下がったまま、まだ上がりきっていない。

 ボールが日和の目前でバウンドする。

 打点は十分、位置はベースラインより前方、サービスラインの手前。


「相手の選手、二人も前に構えちゃった……!」


 悠里が焦った声で言うが、日向は裏腹に落ち着いている。


「大丈夫だよ。()()()()

「え?」


 その言葉が聞こえるとほぼ同時、日向の言葉を裏付けるかの様に、日和の身体がふわっと浮く。

 左脚を振り子の様に前へ、そして力強く後方を減り出すと同時に両手持ちのラケットが一気に振り抜かれた。



「フッ!」


 鋭い呼気と共に放たれた打球は、日和の前方に居る選手の横……アレイゾーンに鋭く刺さり、誰にも触れられぬままにフェンスへと衝突した。


「うん、ナイスゲーム!」


 日向の安堵した声が響き、コートの奥……ひかり達が観戦しているであろうスペースからも黄色い歓声が上がる。


 ふっと日向が肩の力を抜くと、他の面々も同じ様なもので、一様にほっとした顔をしていた。


「日和ちゃん、良かったぁ……大きな怪我も無さそうで、勝てて……」



 悠里が胸に手を当てて、コートの中で礼をする日和を見ながら言うと、唯も頷きながら同意した。


「すっげーね最後のアレ……なにあの素早さと威力、必殺技? 日和ちゃんかっくいーぃ……」

「日向。なんで最後のが取れないって分かったんだ?」


 雅が首をコキコキ鳴らしながら日向に問い掛けると、日向は少しだけ苦笑いしながらタネを明かす。


「いや……トップスピンロブって、俺が日和対策にガンガン使ってて、お蔭で日和が慣れ切っちゃってさ。いつの間にか、日和の得意パターンになっちゃって、カウンター貰っちゃうんだよ。そして最後の……あれダブルスのゾーンまで範囲広がると、分かってても取れないんだよ……」


 日向が答えると、雅も「そういう事かよ……」と言いながら苦笑いを零した。



 その後、日和達が部員達の集う控えの場所まで戻るのを見届けると同時に、隣のシングルスも終了したのか、選手が引き上げていく。

 スコアボードには3-6の文字。大きな数字の上には、相手の学校名が書いてある。


「あっちは……負けちゃったか」


 シングルスの選手が控え場所に戻ると、片方では歓声が上がり、片方では慰めの言葉が掛けられている様に見えた。


「これで1-1だよね……残りのシングルス二つと、ダブルス一つ……?」


 悠里からの問いかけに、日向は頷いてから蕾を見た。


「どっちにしろ、日和は暫く出ないし、俺達も一旦レストハウスで涼もうか。……蕾、お腹は空いてきた?」

「んー……ちょっとだけー?」


 先程から細かく水分を摂らせているからか、然程に空腹を訴える事無い蕾だが、時間は既に正午を過ぎている。

 うん、と日向は一度頷くと、蕾を抱き上げる様にして立ち上がった。


「それじゃ、移動しよっか。今日中に次の試合あるなら、今の内に少し休んでおいた方がいいしね」

「んだな」


 雅も同意して、悠里と唯も立ち上がり、一同はレストハウスへと足を向ける。



 けれどこの日、もう日和が試合をする事は無かった。

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