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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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私は、一人じゃない。

 日和達の練習が終わり、ミーティングを終えた両校が整列してそれぞれの待機場所へと戻る。

 試合進行は二面のコートを使い、片方でシングルスを三つ、もう片方でダブルスを二つ行う。

 先ずはシングルス対戦者の二人、そして日和を含めた両校ダブルスの四人がそれぞれコートで向かい合う。

 控えのひかり達はコートの奥、フェンスの奥でベンチが並ぶ場所で待機している。


「うう……なんだろ、見てるだけで緊張するっていうか……」


 悠里がお互いに挨拶をし合う両名を見て、肩を抱き抱える様にして言った。


「日和側のダブルスが二年と一年ペアだとしたら、ダブルスⅡは三年ペアなのかな。それにしても……」


 層が薄い。日向は率直な感想を抱く。

 本来であれば、二年と三年のペアが主体で組まれるのだろうが、ダブルスに投入されるべき三年が少ない。

 恐らくは片方のコートで試合をするシングルス側に三年がエントリーされているのだろうが、それでも最大で五名だ。


 日和の実力を疑う日向ではないが、一抹の不安を覚えずには居られなかった。


「ひよりおねーちゃーん! がーんばーれー!」


 蕾が手を挙げて声を張る。

 その声が聞こえたのか、コートに居る日和がちらりとこちらを見て笑顔を浮かべた気がした。

 向こうの学校からも、チームメイトや応援席の父母が選手にエールを送っている。


「本当は試合中って静かにしないといけないんだけど……まぁ、このぐらいは許容範囲なのかな」


 周囲を見渡した日向が笑っていると、悠里が「始まったよ!」と声を挙げた。



 試合は先ず対戦相手がサーブ権を得たらしく、フォア側に位置する日和はサーブに対して構える様に腰を低くする。

 四人の中で一際小柄な日和は体格差でかなり不利かもしれない。


 サーブ権を持つ選手がトスを上げて、綺麗なフォームでサーブを放った。

 速度は決して速くは無いが、堅実にサービスエリアを捉えている。


 日和が慌てずにフォアハンドで深めにクロスでストロークすると、相手後衛がストレートに返す。

 日和のパートナーの二年選手が一度下がって同じ様にストレートに返す、ラリーになった。

 そしてその打球は、再び相手の後衛によって今度は中央……日和と二年女子の間を狙う様に打たれる。


 バック側に寄ったその打球を、()()が鋭いダブルハンドで相手の真ん中に通す。

 そのままボールは返される事無く、相手のコートをバウンドしてフェンスまで走って行った。


「やった! 日和ちゃんがポイント取れたよ! ……日向君?」

「…………うん、やったね」


 喜びに顔を明るくする悠里とは裏腹に、日向の顔は少し難しい表情をしている。


(……まだたったワンプレーだけど、今のは偶然かな)


 カウントは0-15(ラブ フィフティーン)となり、次は日和のパートナーである二年がリターンをする番になった。


 先程と同じく、サーブの選手は手堅くファーストからサーブを入れてくる。

 焼き直しの様にリターンの選手がクロスにボールを放ち、そのボールもまたクロスに打たれる。

 日和はじっとそのやり取りを細かく位置を調整しながらボレーに出るタイミングを見計らっているのだろうが、なかなか甘い球は飛んで来ない。


 やがて、相手のフォア側に構えた選手が日和とパートナーの間へとストロークを打った時。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 日向の内心が少し焦る。


「やったー! 日和ちゃん凄いよ、二連続ポイントだよ! あれで一年生って凄い凄い!」

「ひよりおねーちゃーん! がんばれー!」


 悠里の喜ぶ表情と、蕾が応援する声を聞きながら、日向は今のやり取りを冷静に見ていた。


(……フォアハンドに捉えられる側の二年が、バックハンドの日和にセンターを譲る?)


 通常、センターに飛んできた球はフォアハンドで捉えられる側が積極的に取るのが一般的だ。

 何故なら、バックハンドはフォアハンドと比べて難易度が高く、使いこなせるプレイヤーは相対的に少ない。


 なのに、今の二回のやり取りでセンターに飛んできた打球をどちらも日和がバックのダブルハンドで捉えていた、その理由は……。


(明らかに日和のカバー範囲が広い。バックハンド主体の日和がバック側にポジションを取るんじゃなく、フォア側に構えてる理由がそれか)


 バックハンドが得意なプレイヤーであれば、自陣コートの左側……バック側に構える事で、外に向かって逃げる打球をバックハンドのストレート等で打ち取る場面が増える。

 逆に苦手なプレイヤーがバック側にポジションを取れば、無理にボールを回り込んでフォアハンドで捉える逆クロスという状況か、スライス等の安定度の高い打ち方で返す事を強いられる。


 この場合は、日和をフォア側に据える事で、日和のバックハンドを活用する機会を増やす目的が明白だ。


「………カバー範囲を無理やりコートの半分以上に広げるのか、無茶だ」


 既にこの段階で、二年と日和の間にかなりの実力差がある事は分かる。

 対戦相手のモーションや打球を見ても、あの中で最も技術が優れているのが日和だろう。


 だけれど、人にはスタミナがある。

 長期戦になれば、あのカバー範囲を走り続けると綻びが生まれる。


「悪い、遅れた! もう始まってるか!」

「ぎりぎりセーフッ!」


 日向が思考に没頭していると、後ろの席に誰かが座る。

 振り返ると雅と唯が、息を切らしながらドサッと、荷物を置いていた。


「二人とも、ちゃんと来れたんだ、良かった! 今ね、日和ちゃんが連続でポイント取ってるの、凄いよ!」


 悠里が顔を綻ばせながら二人に経過を報告する。


「おにーちゃん、のどかわいたー」

「あぁ、ほら……あんまり一気に飲み過ぎるとお腹冷えるから、ちょっとずつね」


 難しい顔をしていた日向の服を蕾が引っ張り、飲み物をせがんでくるので日向は鞄からストロー付のキャップを装着したペットボトルを渡す。


 蕾の一言で、ふっと一度肩の力が抜ける。

 まだ試合は始まったばかりだ、数度見ただけのプレーで何を分かった気になっているのかと日向は自分を戒めた。


(ここで必要なのは、分析じゃない応援だ)




 けれど、日向の疑念を嘲笑うかの様に、試合は進行していく。

 内容はほぼワンサイドゲームと言っても過言では無かった。


「ひ、日和ちゃん、滅茶苦茶上手くない……? ほとんど得点上げてるんだけど……」


 唯の呟きを裏付けるかの様に、日和はコートの中を走り続けた。


 甘い球は加速して前方でボレーで叩き落し、フォアハンドに来る打球はストレートで相手のバックハンド側へと打ち込み、返ってきた打球を仕留める。

 センター側に入れば、得意のダブルハンドで球威のある一撃で相手の速度を落とす。


 そして、ゲームカウントは0-3……日和達が先行しての、日和のサーブになる。


 今、日和は丁度日向達が座るベンチの下方……そこで静かにボールをバウンドさせ、サーブの姿勢を取る。


 トスを投げて、軽く跳ぶ様にラケットを振り絞る。


「速っや!!」


 打球が放たれた瞬間、唯が再び声を漏らす。

 日和のサーブは相手コートのサービスラインど真ん中……最短距離のコースを高速で駆け抜けて行った。


「あの女の子凄いな、ほとんど別次元じゃん……」

「あんな子、あの学校に居たんだ……」


 日向達の周囲、ギャラリーからも段々と日和の異質さが理解されてきた様で、軽くざわめきが起こる。


 日和が放ったサーブは、無回転のフラットサービス。

 身長が低めの日和が打つには、打点を稼ぐ必要があり……恐らくはその為に跳んだ。


 日向の内心が更に焦りを増していく。


(気付いてるんだ、長期戦が不利なのを……最短で決めに行くつもりか、日和……)


「日向君……日和ちゃん、大丈夫なの? さっきから一人だけ、凄い沢山動いてるけど……」


 流石に悠里も、日和の運動量の多さに気付いたのだろう、不安そうな目で日向に問い掛けてくる。


「うん……ワンセット通しでやるぐらいのスタミナは十分にあると思う、けど」

「あの運動量、ちょっとペース早くないか?」


 後ろから雅も静かな声を出す。


 スタミナは十分にある、だがそれはあくまでシングルスと正常なダブルスに限った話だ。

 ダブルスで通常よりも広い範囲を、打球が来ない状況でも細かく動いてスペースを消し、必要なら加速してエースを奪うなんて、そんな状況は想定されていない。


 言い換えれば、平時のテニスがマラソンならば、日和は今は短距離走の速度でマラソンを走っているに近い。

 その証拠に、既に若干だが日和の息が乱れて来ている。



 次のサーブはファーストがフォルトとなり、セカンドはフラットではなくスライスで相手コートに落とす様に打たれる。


 リターンの選手が日和の側へとクロスで返そうとする打球に対し、日和は前方へ詰めた。


「ここで前に出る?!」


 驚愕する日向の言葉を裏付けるかの様に、日和は相手の打球をバウンドした直後、ライジングの状態で強烈なスピンを掛けて相手に返す。


 相手のセンターを食い破る様に打ち付けられた打球を、日和の対面選手がかろうじて触るが、ほとんどブロックの状態で返す状況になった。


 自然とボールは、日和に向かって右側、日和のバックハンドのやや高い位置まで打ち上げられ。


「ふっ……!」


 焦る事無く、その打球を見据えた日和がボールの高度を見極めて、落下地点に移動して、ラケットを叩き付けた。


「ひよりおねーちゃんかっこいいーー!」

「日和ちゃんかっくいー!」


 蕾と唯が二人揃って歓声を上げる。


「凄い凄い! 今の完全に日和ちゃんのペースだったよね!」


 悠里も先程の表情とは打って変わって、日和の一連のプレーに見惚れていた。


「おいおい……今のプレーって……」


 雅が、顔を引き攣らせながら日向を見る。

 日向が呆然と、コートに立つ日和を見た。


 日和が、サービスラインに戻る為に振り返る。


 その視線は、じっと日向を見ていた。



 息が上がって、肩が激しく上下する、その姿は見ていて痛々しい。

 それでも日和は、自分がサーブを打つその場所に移動する最中、ずっと日向を見て。



 一度だけ、太陽の様な笑顔を浮かべて、笑った。

最後の日向の模倣は、完全に日和が独り歩きした結果ですが、こういうシーンが自然と出てくる時……キャラクターの息遣いを強く感じます。


強烈な日和からのラブレター。

日和が出した、一つの答えでした。



※テニスの内容に関しては完全に私見が入ります。実際のプレーは個人差がありますのでご了承ください。

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