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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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会場にて、試合前のやり取り。

 夏休みの日々が過ぎて行く中、日和の試合当日が来た。

 朝方に両親を見送った日向は大きめのショルダーに、脱水予防の塩タブレット、ペットボトルの保冷カバー、ストロー付きキャップ、保険証と万全の状態を整える。


「蕾、帽子ちゃんと被っててね」

「はーい! ばっちり!」


 蕾には直射日光対策でクリームと、折り畳みの日傘も準備してある。

 天候は快晴と言える程の空模様だけれど、今日の気温は少しだけ抑えられている。

 真夏日である事には変わりないので、脱水や熱射病対策は万全にして越した事は無い。


「現地まではバスで行こうか。歩ける距離だけど……流石にこの日差しの中は避けたいね」


 時刻はまだ十時十五分を過ぎた頃合だけれど、既に日差しは段々と強くなっている。

 試合のあるテニスコートは森林公園の近くで、日向の家からは学校を挟んで逆方向にあるので、歩くとなると三十分弱は掛かるだろう。


「ばーす、ばーすでおでかけ、ひさしぶりだねー」


 大きな車はテンションが上がるのか、蕾の発音が昔の野球選手みたいなものになっている。

 そのまま二人で玄関を出ようとした所で、ふっと日向はラケットの存在を思い出す。


「あー………」

「おにーちゃん?」


 テニスコートに行くのに、自分のラケットを持っていかない、そんな事は初めてだったので違和感があるが、今日は日和の試合だ。

 結城が居ると言っても運営で忙しいだろうし、全試合が終わる頃には夕方に差し掛かる。

 考えた後、日向は首を振った。


「何でもないよ、行こうか」

「あーい」


 ぴょん、と立ち上がった蕾が日向の手を握り、二人は家を出た。



 近所のバス停からバスへと乗り込み、二人掛けの席に座って窓を見ているとアナウンスが流れてくる。

 バス車内は普段より人が多く、同じ様に森林公園前で降車する人が多いのは、参加選手の身内や友人達が混じっているからかもしれない。


「もうすぐだねー。ねー、もうゆーりちゃんいるかなぁ?」

「うん、会場に入ったら離れない様に。とりあえずは悠里を探そうか、合流しないとね」


 日和は恐らくこの時間なら空いたコートでアップか、他の試合を見学している頃だろう。

 やがてバスが現地バス亭に到着すると、二人はバスから降りて会場の入り口を目指した。



 この地区の大会に参加する学校は二桁になるかならないか、と言った所だろう。

 学校所属の部活で団体戦、翌日に個人戦を行って全国大会へと進む。

 二年前の夏、日向はこうした大会に、結城が率いるスクールの選抜として団体、個人の両方へと参加していた。

 懐かしい雰囲気に、心が少しだけ高揚するのが分かる。


「あ、日向君! 蕾ちゃーん!」


 会場の入り口付近では先程メッセージで到着を伝えた悠里が待っていてくれたのか、日向達を見て手を振って近寄る。


「凄い人だねー! こんなに人が多いとは思って無かったから、驚いたよー……これ学生って全部が選手なの?」


 周りをきょろきょろしながら悠里が圧巻された様に日向に尋ねる。


「今日の団体に出るのは一部だけど、基本的に所属部員は全員が応援に来るからね。選手の父母や関係者なんかも居るからだと思う」


 周りを見てみると大会の販促グッズのブースや、スポーツ飲料関係の試飲ブースも出来てちょっとしたお祭り騒ぎを呈している。


「一先ずは日和の所に寄ってみようか、遠目からでも来た事を伝えておかないと」

「うん、そうだね。蕾ちゃん、はぐれないように、ちゃんと手を繋いでてね」

「はーい!」


 いつの間にか蕾は悠里の手をしっかりと握り、ぴったりと寄り添っている。

 本当にこの三ヶ月足らずで随分と懐いたな……と日向は感心しながら歩き出した。



 森林公園のテニスコートは中央にレストハウスがあり、そこから左右に四面ずつのオムニコートが展開される。

 奥に行けばハードコートも二面あるが、そちらはソフトテニスとの併用になるし、今回の試合では使用されない空きコートなので練習に使われているぐらいだろう。


 日向達は中央のレストハウス付近まで移動して、そこから周囲を見渡す。

 するとそこから見えるハードコート寄りの一面に自分達の学校指定ジャージを見付けた。


「あ、あれそうじゃない? ウチの学校ジャージ!」


 悠里も気付いた様で、日向と同じ方向を向いている。

 三人でそちらに歩き出そうとした時、背後から日向の背後から声が掛けられた。


「おぉ、日向、来てたか」


 日向が声に振り向くと、籠の中に未開封のボールや記録紙を大量に抱えた慎吾が立っていた。


「結城コーチ、お疲れ様です。……凄い荷物ですね」

「本当だよ、男手だからってお構いなしに使いやがる……まぁ学生達の為だからなぁ、愚痴も言ってられないんだよな」


 苦笑いしながら話す慎吾の視線が、一度悠里に止まると、少しにやついた口元で日向を見た。


「彼女か?……修羅場だけはしてくれるなよ」


 女生徒と一緒に居たら彼女、と思うのは皆一緒なのだろうか、日向が苦笑いで否定しようとすると。


「ち、違います違います! 私は付き添いというか、友達の応援で……!」


 悠里が酷く慌てた様な表情で首を左右に振る。その表情は耳まで真っ赤になっていた。

 あまりに必死な否定に慎吾は面食らった様だったが、あまりからかう場面じゃないと思ったのか「悪い悪い」と手で宥める様なポーズを取った後に自己紹介を始める。


「初めまして、日向の元コーチをしていた結城慎吾です。今日は運営委員もしているので、何かあれば俺の所まで申し付けて下さいね」


 落ち着いた大人の雰囲気の挨拶に、悠里も先程までの狼狽っぷりを打ち消して、恐る恐る頭を下げた。


「芹沢悠里です。日向君とはクラスメイトで……えっと、運営お疲れ様です、こう言うと変かもしれませんが、今日は楽しませて頂きます」


 礼儀正しい悠里に目を細めて朗らかに頷いた後、慎吾は「それじゃあ、俺は荷物届けてくるから。上月にちゃんと顔見せてやれよ」と残して去って行く。


「ねー、はやくひよりおねーちゃんのところいこー?」


 突然の訪問に一息吐こうとしていた二人だが、蕾に手を引っ張られると気を取り直して奥のコートへと歩き始めた。



 そうして三人は奥のコートへと歩いて行くと、次第にその姿が確認出来るぐらいまで近寄る事が出来た。

 日和達の居るコートを丁度見下ろせる場所、フェンス越しにベンチが空いていたのでそこに着席する。


 いつ声を掛けようかと日向が迷っていると、日和の方が日向達に気付いて練習待ちの輪からこちらへ走り寄ってきた。


「日向先輩! 芹沢先輩、つっつも! こんにちは、来てくれたんですね……」


 その日和の安堵した様な表情に、日向も悠里も笑顔で頷き、蕾も両手を高く挙げて答える。


「遅くならなくて良かった、この後に試合始まるの?」


 日向がコート脇の時計を見ながら日和に尋ねると、日和は頷いて「あと十分で練習切り上げて、試合開始です」と答えた。


「なら、俺達はこの辺りに居るよ。日和はシングルス? ダブルス?」


 言いながら日向は、一年の日和が団体選抜で出る事はあるのだろうかと疑問に思ったが、応援を要請されたという事実と、日和の中学時代の実力からして十分にありえると思い直す。


「私はダブルスです。二年の先輩と組ませて貰う事になって……あ、ひかりも居ますよ。ひかりは今日は補欠なんですけど、明日の個人戦には出場するんです」


 日和が一度振り向いて、同級生の牧瀬ひかりを呼び出すと、ひかりも日向に気付いたのか小走りで寄ってくる。


「日向先輩! 芹沢先輩も! お、お久し振りです、お元気でしたか……?」


 若干声を上擦らせながら日向達に挨拶をするひかりに、二人は手を振って答える。


「うん。練習中に御免ね、牧瀬さん……足はもうすっかり平気なの?」


 以前の松葉杖状態のひかりを思い出して、日向は自然とそちらへ目を向ける。

 ひかりは右足を前に突き出すと、トントン、と地面に衝いて笑顔を見せた。


「平気です、もうすっかり治って……その節はお世話になりました」

「いや、あのぐらい何でも無いよ。ただパン買うだけしか出来て無いし、お礼を言われる程でもないからさ。でも良かった、足をケガして試合が出来ないのって悔しいからね。また捻らない様に気を付けてね」


 故障で勝機を逃す、その事を現実として知る日向にとってひかりの怪我は決して他人事では無かった。

 そういった意味で心からの心配だったのだが……。


「………ひかりー! もう行こう! 試合前のミーティング始まるよ!」

「あ、日和ちゃん! 分かったよ、行くから行くから……」


 日和は少し不機嫌そうになった面持ちで、ひかりの手を引っ張って練習に戻ってしまう。

 その二人を見送りながら、日向は困った顔で悠里を見た。


「……なんかマズったかな、俺」

「知-らなーい。日和ちゃんの応援に来たのに、他の女の子を気に掛けてるから、ちょっとムスっとしちゃったんじゃない?」


 当の悠里も、何処か不機嫌そうに日向と目を合わせずに居た。


 二人の間で事の成り行きを見守っていた蕾と目を合わせるが、蕾も悠里の真似をしてそっぽを向いてしまう。


「つぼみも、しーらなーい!」

「えぇ………」


 日向としては、純粋にプレイヤーとしての立場からひかりを心配したのであって、下心は無い。

 だが恐らく、それとこれとは話が別なのだろう。



『女が怒った時はな、考えるな、謝れ。謝って謝って、そこがスタートラインだ』



 脳裏に神妙な面持ちの父が日向に語り掛けてくる幻想が見え、名言の様でその実、情けない言葉を放ち続けた。

※ちょっと改稿しました。(高体連っぽい雰囲気出すか、選手権みたいにするか迷ったんですが、スクール系と部活が混合の選手権では辻褄が合わない為)


真面目なのが取り柄の日向ですが、女心はまだ不勉強。

日向はまだラケット、使わないのかなぁ……早く日向のテニスシーン書きたいなぁ、って思った辺りで、いつから自分はスポコン書いてるんだと。


※明日明後日はちょっと更新鈍いかもです、今日中にもう一話いけたら書いちゃいたい、書きたい……

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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