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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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恩師とラケットとの再会

 カラオケで友人達と過ごした日から二日が経ち、日向は蕾を連れて商店街のスポーツ用品店を訪れていた。

 目的はガットを張ったラケットの受け取りだ。


「ここなんのおみせー?」


 店の外に向けられたショーウィンドウの中にある、サッカーシューズや野球のグローブを見て蕾が首を傾げる。


「ここはね、運動で使う物を売ってるお店だよ。野球とかサッカーとか。見た事あるだろ?」

「さっかーはあるよー! ようちえんでね、きっずさっかー、やるの」


 キッズサッカーという単語に、日向は小さい子供達がボールを追い駆けて団子の様に走る姿を想像する。

 微笑ましいというか、物凄く平和なサッカーが頭に浮かんだ。


 二人で連れ立って店内に入ると、店長の進藤が接客中の様で、傍らに居る人物へと商品の説明をしている。

 どうやら接客相手は後姿から察するに三十代かその辺りだろうか。


(うん……? 誰だろ、なんか見覚えあるな)


 男性の背中に何か懐かしさがあったが、邪魔をするのも悪いと思い少し遠目から様子を伺っていた時、進藤店長が日向を見た。


「ああ! 日向君、丁度いい、そろそろ来る頃合いだと思ってたけど、ほんといいタイミングだね!」

「すみません、出来上がった頃合いかと思って……丁度いい、ですか?」


 何事かと日向が思っていると、進藤店長が接客していた人物が日向の方を向く。

 その顔に、日向は思いがけず声を漏らしそうになった。


「おお、日向か……久し振りだな、元気だったか?」

「結城さん!? なんで此処に……っていえ、別に変じゃないか……」


 突然の邂逅に日向が幾らか冷静さを失って一人慌てる。

 何故此処に、という言葉はこの場合、日向にこそ問われるべき質問だ。


 身長が180cmを超える長身、三十を過ぎて尚その身体は日向の記憶にある頃よりも、一回り鍛えられている気がする、その人。


結城慎吾(ゆうき しんご)


 この人物こそが、日向を幼少期よりテニスプレーヤーとして育て上げ、そして日和と日向を競い合わせた張本人で、二人が通っていたテニススクールの現ヘッドコーチだ。


「スクール入門者用ラケットの調達だよ。前のがもう古くてなぁ。そしたら進藤から、お前が復帰したみたいだ、そろそろラケットを取りに来る頃合いじゃないか……って話しててな。そしたら本当に来たから、俺の方が驚いたよ」


 鷹揚に笑ってみせる慎吾だが、その目は日向の姿を見て心から喜んでいる様子だった。

 ふと、彼の目が日向の腰元で自分を見つめる視線に気付いた。


「お、この子は蕾ちゃんか。うっわ大きくなったな……前にお母さんが試合に連れてきた時は、ベビーカーに乗って小さかったのに……」

「こ、こんにちわ……つぼみです……ごさいです……」


 大柄な慎吾に真上から見据えられ、蕾が戸惑う様に日向の服を掴みながら挨拶をする。


「はは、そりゃ覚えてないか、こんな小さい頃に一回抱っこしてあげたぐらいだもんなぁ」


 そう言って慎吾が肩幅ぐらいに手を広げて笑う。それは少し小さ過ぎじゃないか、とも日向は思ったが野暮な事は言わずにいた。

 懐かしさも一段落した頃、一旦カウンターの奥に引っ込んでいた進藤店長が日向のラケットを二本とも持ってやって来た。


「ほら、日向君。出来てるよ」

「店長……ありがとう御座います、お手数をお掛けしました」


 日向がラケットを受け取り、片方ずつガットを確かめる様に掌を当てて感触を試す。


「……いい感じです。助かります」

「いいよいいよ、それで結城にしごかれて来るといい」


 進藤がそう言いながら視線を慎吾に向けると、当の本人は蕾の両脇に手を入れて、高く持ち上げている。


「あははは! たかいー! すごーい!」

「高いかー! あっはっは! 蕾ちゃんまだまだ軽いなぁ、もっと食って寝て大きくならないとなぁ!」


 日向ですら以前と比べて重くなった蕾を抱えて歩くのは少々辛いのだが、慎吾にとっては然程重さを感じないレベルらしく、言葉の通り軽々と蕾が抱え上げられていた。


 慎吾は少しの間そうしていたが、流石に腕が疲れてきたのか、地面にそっと蕾を降ろして日向に向き合う。


「お前の引退前に、御両親と少し話をしててな。……当時はまぁ、俺も何て理由で引退するんだ、と思ったもんだが……」


 慎吾は一旦言葉を区切ると、日向の頭を少しだけ乱暴に手を置く。


「けど、実際にこうして蕾ちゃんをしっかり見れてるんだもんなぁ。あの小さかった日向がなぁ……。よく、やったな」

「結城さん……」


 突然掛けられた温かい言葉に、日向は鼻の奥がツンとした。

 幼い頃から自分を見てくれる人に、たった一言、認められたというだけで十分だった。


「一応訊いておくが、戻っては来ないんだろ?」


 訪ねてくる慎吾の表情は、それでもどこか期待している物を含んでいたが、日向ははっきりと頷いた。


「はい、今は同じぐらい大事にしたいものがあるから、戻りません」

「……そっか、それじゃあプライベートで鍛え直してやるから、ちゃんと連絡して来いよ。……進藤! ラケット代の会計、領収書出してくれ」


 日向の答えを聞き、慎吾はそれ以上は催促する真似をせず、奥に引っ込んだ進藤店長を呼び付けた。

 そのまま領収書を受け取り、商品のラケットと共に店を出ようとする、その直前にもう一度だけ振り返った。


「日向、来週に高体連の地区大会があるぞ。上月も出てくる筈なんだが、観に来ないか?」


 思わぬ所からのお誘いに、日向は首肯しながら既に行くつもりの旨を伝える。


「知ってます、本人から誘われたので、応援に行きますよ。結城さんは運営委員ですか?」


 都市対抗選手に登録され、かつスクールの運営等、様々なテニス事業に関わる慎吾は協会側も放ってはおかない筈だ。


「あぁ、運営と準決勝以上の主審でな。ならまた現地で会えるか」

「はい。俺が言うのはおかしいんですけど、大会の運営宜しくお願いします、結城さん」

「さん付けとか要らんから、前と同じでいいよ。お前ほんっと余計な所まで気を回すよな……」


 今はもう日向はスクール生徒では無いので、コーチを付ける事を無礼かと思っていたが、当の本人としてはその方がお気に召さないらしい。

 日向は「すみません、結城コーチ」と笑いながら返事をした。

書いてて何か違和感あると思ったら、この回に女の子が蕾以外出て来てない……

むさ苦しい回ですみません。でもこうして日向が一つ一つ、離れていった縁を取り戻すので必要回でした。


あ、音声コミュニケーションアプリのリスポンさんにて、作品が音声化される事になりました。

自分の初めての作品が、誰かに声を吹き込んで貰えるなんて想像もしてなかったので……

ほんといい環境で書かせて貰ってるなぁ、としみじみ思います。完成したらこっそり聴こう……。


評価、ブックマーク共にありがとう御座います。

時折作品を書く時に覗くと、さっきよりも一件増えてる! という喜びに震えます。

幾ら数字が大きくなろうとも、読んで下さる一人一人に届ける様に、また自分の身になる様に文章を紡いで行こうと思いますので、宜しくお願い致します。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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