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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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日和のお願い。

 カラオケで騒ぐ事、きっちり二時間。日向達はレジで会計を行った後、入口付近のロビーに居た。


「いやー歌ったねー! 日和ちゃんは声可愛いし、新垣君も普通に歌えるし、普通過ぎて逆につまんなーい! お、蕾ちゃんも良かったよー、あたしが姉だったら速攻でアイドル事務所連れて行くのに!」


 唯が両手を組んで身体を真上に伸ばしながら言った後、蕾へピースを送る。

 誉められた日和は、何とも言えない顔で照れながら、少し身体を縮こまらせた。


「あ、ありがとう御座います……でも楽しかったです、人前で歌うなんて、車の時も恥ずかしかったですけど……マイク使って声が出ると、爽快でした!」


 日和の感想を聞いて、悠里もうんうんと頷いた。


「これ慣れちゃうと、ちょっと病みつきになるんだよね……私達なんて、試験終わった後とか煮詰まった時に直行しちゃうもん。私も男の子の前で歌う事ってないから、恥ずかしかったけど……蕾ちゃんも、上手だったねー! あーもう、歌ってる所を写真か動画撮っておけば良かったよ……あんなに可愛いの、記録しておかないなんて……」

「えへへ……ほんとー? でもね、つぼみはまいにち、おうたうたってるよ。ようちえんで、みんなで!」


 女性陣が三者三様の感想を漏らす中、日向の傍へ雅が来る。


「まさか、こんなタイミングで、しかも日向とこういう所に来るとは思ってなかったけどさ、どうだった?」


 感慨深そうに尋ねて来る雅へ、日向は「うん」と一言返した後、悠里達の元で楽しそうにしている蕾を見た。


「楽しかったよ。凄く楽しかった」


 簡素な返事だと日向は自分でも思ったが、それ以外に言葉が出てこない。

 クラスメイトと一緒に、しかも年少の蕾まで一緒に居させてくれて。

 本当は、何処か申し訳ない気持ちもあったのだ。


 歳が離れている弟妹がいつまでも兄や姉の遊びを一緒にする機会が無くなるのは、周りの人間関係の影響が大きい。

 男兄弟なら、離れた歳の弟は運動系の遊びに付いて行けなくなるし、妹はやがて街中へショッピングやお茶をしに行く姉に付いて行けなくなる。異性の兄妹なら尚更だ。

 そうして、各々の交友関係を築くのが普通だろう。


 それでもこの友人達は、自分と蕾を受け入れて、自分達の友人同然に蕾を扱ってくれる。

 多分これは凄く幸運な事なのだと日向は思っている。


「難しく考えるのもいいんだけどよ、日向はもうちょっと、肩の力抜いてもいいと思うんだよな」


 雅が日向の表情を見て苦笑いしながら言う。


「お前が色々気を遣う性格なのは分かってるし、人一倍責任感が強いのも知ってる。だからよ、まぁ本当に誰にでもお願い出来る事じゃなくても、俺には言えよ。俺に出来ない事なら一緒に方法考えるし、出来る事ならまぁ、何とかやるよ」

「頼り甲斐がありそうで無さそうな言葉が雅らしいね」


 珍しく雅の真剣な言葉に、日向は少し茶化して返事をすると「うるせぇよ」と笑いながら雅が答えた。

 男同士というのは、どちらも素直になったら恥ずかしさだけが残るので、このぐらいのやり取りが心地良いのだ。



「さて、それじゃ、そろそろ帰ろっか? 何処かに寄ってく……にも微妙な時間だよね」


 悠里が時計を見ながら言うので、皆もそれぞれ時計を確認すると時刻は四時過ぎを指している。


「うん、この後は俺も買い物して、夕飯の支度しないとだ」


 日向の返答に、他の三名も異論は無いようで、同じ様に頷く。

 と、そこで日和が「あっ……」と何かに気付いた様に顔を上げた。


「あの……日向先輩、来週の金曜、試合があるんです…地区大会の予選で、うちの部は強くないから勝ち抜けるか分からないんですけど……それで」


 日和は一度言葉を区切って、ぐっ、と自分の服の裾を掴んだ。


「それで、もしも予定が無ければ、応援に来てくれませんか?」


 若干震えた声で、でも視線だけは真っ直ぐに日向を見て日和は言い切った。

 それは、単なる応援の要請だけではない。

 日和にとって、最も大事な事は応援される事ではなかった


(日向先輩を、テニスコートの風景に戻したい)


 緑の芝と、木々に囲まれたあの風景の中に。

 応援だけどはいえ、一度ラケットを置いた日向がどんな想いを抱えているかは分からない。

 もしかしたら日和のエゴが日向を傷付ける事になるかもしれない。


 それでも、今日の日向を見ていたら、歩き出そうとしている日向を見たら思ってしまうのだ。

 もしかしたら、もう一度戻って来てくれるかもしれないと。


 その言葉の裏に隠された真意とは裏腹に、日向はすぐには返答せずに少し考える。


 日和の応援には行ってあげたい、しかし日程が金曜となれば、両親は不在になる。

 蕾を祖父母に預けるか、一緒に連れて行くか……その場合、天候が炎天下になれば、長時間の滞在は蕾にとって負担となる。

 テニスコートにはハウスが併設されているから、そこで避暑すれば問題が無いだろうか。


 そこまで考えていた時、スパーンと後頭部を叩かれた。

 何事かと日向が振り向くと、そこには仏頂面の雅が居た。


「今さっき言った事をもう忘れてるみたいな面してるからな、これで思い出したか?」


 雅の言葉の後に、悠里が日和の方を向いた。


「日和ちゃん、それって私達も行っていいかな?」

「あ、はい! 勿論、来て頂けたらとても心強いんですけど……いいんですか……?」


 日和の返事に、悠里は「うん!」と頷いた後、今度は日向の方を向いた。


「行ってあげて、日向君。蕾ちゃんなら平気、私達が一緒に見るから。トイレでもご飯でも、一人より二人、三人の方が安心でしょ?」

「そういう事だな、お前が何に悩むかなんて、今更過ぎてダダ漏れなんだよ」


 悠里の言葉に雅が補足を加える。


「ちょっとーあたしも! あたしも行くってばー! 硬式のテニス部っしょ? 友達も居るし、可愛い後輩ちゃんの応援とか先輩の義務じゃん!」


 唯もまた、慌てた様に手を挙げた。


「い、いいの? 雅も恵那さんも……部活とか無いの?」


 このメンバーで帰宅部なのは日向と悠里だけだ。自由に動けるという意味で、雅と唯は制限がある。


「んなの、午前中で昼前には終わるよ。日和ちゃん、試合開始は何時だ?」

「えっと……私達は女子の部で第五試合なので、確か十一時ぐらいからです……」


 スケジュールを思い出しながら日和が言うと、唯が「ならおっけー! 部活終わる時間だし、ダッシュすれば間に合う!」と意気込む。


「俺もギリギリになるかもしれないけど、行ける。これで三人追加だ、どうだ?」


 ん? と雅が日向に向けて顎をしゃくる様に聞いてくる。


「……十分だよ、三人とも、ありがとう。って、俺の都合だけで決めちゃってるけど……蕾」


 日向は蕾と目線を合わせる様に屈む。

 蕾は今の話に付いて行けなかったのか、口をぽかんと開けて日向を見ている。


「えっとな、日和お姉ちゃん、今度テニスの試合があって。それで兄ちゃん、応援に行ってやりたいんだけど、蕾も付いて来てくれるか? 爺ちゃん達の家で待ってる事も出来るけど……」


 日向の申し訳無さそうな顔に、蕾は少しだけ拗ねた様な顔で答えた。


「つぼみもいくー! ひよりおねーちゃんおうえんしたいもん! おにーちゃんは、しんぱいしょーすぎる、っておかーさんいってたよ!」


 珍しく日向に対して少し怒りを剥き出しにする蕾を見て、雅が少し噴き出して笑った。


「妹にまで言われてちゃ世話ねぇよ……まぁ、これで心配事は大体解決だろ。後はお前がどうしたいかってだけで」


 何も言い返せない日向は、苦笑いしながら蕾の頭を撫でてから、日和に視線を向けた。


「そういう訳だから、大所帯で応援に行くね。……騒がしくなるかもしれないけど」

「は、はいっ! 先輩方、不甲斐ないプレーをお見せする事の無い様にしますので、どうか宜しくお願いします!」


 最初のお願いが予想以上に大きくなり、日和は申し訳無さそうにしながら、それでも安堵した表情で一礼する。


 こうして、次のイベントが日和の試合観戦と応援に決まったのだった。

試合の開催時期とか、色んな所で「現実と矛盾が無いか」を考え過ぎて筆が進まなくなった辺りで

脳内に上遠野大先生の『そもそも現実ではないことを、現実にありますよというような態度で表明すること自体が自己矛盾を抱えることになる』というお言葉が響きました(都合の良い解釈)


な……くはない! ならおっけー! と自分にゴーサインを出せる、大事ですね。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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