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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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試合よりも緊張する場所

 翌日、日向は蕾と共に集合場所であるカラオケ店の前に佇んでいた。

 カラオケ店はインターネットカフェ等と一緒の建物に入っており、夏休みシーズンの為か多くの人で賑わっている。


「おおきいねー……からおけはじめてだねー」


 蕾が日向と手を繋ぎながら、建物を見上げて口を広げている。

 一方の日向もまた、建物に圧倒される様に若干の緊張を隠せないでいた。


「うん、なんか俺も勢いで言っちゃったけど、そういえばカラオケなんていつ振りだろう……」


 記憶を探っても一度か二度、中学一年の時に同級生達に誘われて来た事がある程度だろうか。

 当時のカラオケ店は煙草の匂いや騒音で、自然の中にあるテニスコートに逃げたくなった想い出がある。

 そして何より、日向はあまり流行りの歌に詳しくは無い。


 一応この店は最近新しく出来た場所で、禁煙ルームと喫煙ルームで完全分煙されている為、内装は新しかったりキッズルームがあったりするのは既に調べてある。

 音量に関しても、当時行った同級生達が爆音で歌っていただけで、今回のメンバーなら大丈夫だろう。


 日向がそんな風にカラオケの中での事をゲームメイクしていると、雅がやって来た。


「日向、早いな」

「雅……さっき着いたばかりだけどね」


 片手を上げて挨拶し、そのまま蕾とハイタッチする雅に日向はぎこちない笑顔で答える。

 その表情を見て、雅が少しだけニヤニヤと笑う。


「なんだよ、いつもより余裕が無いな」

「……慣れてないからね、今になって運動系か、映画とかにしておけば良かったかな、って少し」


 苦笑いする日向に、雅はもう一度笑って、それ以上は変にからかう事無く返した。


「まあ、いいんじゃないか? そういう事したかったんだろ、日向は。なら、何処に行っても同じだよ」


 雅の言葉に日向もまた考えを改めた。

 そう、何処に行くかは問題じゃない、誰と行くかだ。


「お、居た居た! やっはーい!」


 そこに一際明るい声が掛けられる、唯だ。

 後ろには悠里と日和も一緒なのを見ると、女子陣はどこかで合流してから来たのかもしれない。


「こんにちは、皆。ちょっと遅れちゃったかな、ごめんね」

「先輩方、お早う御座います。つっつもおはようね!」


 悠里が、そして日和が日向達三人への挨拶を済ませると、六人は連れ立って建物の中へと入って行く。

 想い出を共有出来る、この友人達となら例え苦手なカラオケでも、楽しい想い出になる。

 もしここが何処か別の場所でも、別の事をしていても、恐らくそれは変わらない。


 雅の言いたかったのは、つまりそういう事で……日向も同感だった。




 悠里と唯が受付カウンターで手早く受付を済ませている。

 手馴れているのは、二人ともよく来るからだろうか。教室の中でも授業後に、カラオケの提案をする女子を何度も見た事があるのを思い出し、日向は遠巻きに二人を見ていたが、その隣では日和が肩身を狭そうにしながら日向に寄り添っていた。


「わ、私……カラオケって来るの初めてで……」

「……日和も? 俺は来た事はあるけど、ほんの数回だからなぁ……気圧されるよね、この空気……」


 日和は中学から交友関係が改善したが、それでも日向と共にテニスコートに立つ事の方が多かった。

 休日や放課後等、ほとんどを練習に充てていた為に、こういった場所からは縁遠い存在だ。

 日向自身も、当時の級友達に誘われでもしない限り行く事は無かったので、日和の状況はよく分かる。


「慣れない場所に連れてきてゴメン……俺も慣れてないから、不慣れ同士上手くやろうな……」

「……は、はいっ」


 テニスコートの上では無類のメンタルを誇る二人も、ここではアウェーというか異種目戦だ。

 日向の言葉に、日和は安堵した様に頷いて、そっと肩を近付けてきた。


「おにーちゃん、これみてー! あいすあるーー!」


 横合いから蕾の声が聞こえてきたので、そちらを見やるとファミレスで見掛けるドリンクバーコーナーの隣にソフトクリームサーバーとでも呼べるものが鎮座していた。


「おぉ、凄いな最近のカラオケって……こんな物もあるんだ。使ってもいいのかな?」


 よく見るとその隣にはソフローズン、ポタージュスープ等の機材も置いてある。

 そっと寄せた肩が急に離れてしまって不満そうな顔をしていた日和だが、日向と同じ方向を向くと目を輝かせた。


「す、凄いですね……これがカラオケ……部屋使いながら飲み放題って……」


 受付のボードに書かれた、時間帯価格表の内容と機材を交互に見やりながら日和が呟く。

 そんなキョロキョロする三人を見ながら、雅は苦笑いを浮かべた。


「蕾ちゃんは仕方ないとして……お前ら二人揃って、どこから来た人間だよ」


 そうは言われても、普段来る事の無い人間にとっては未知の世界に等しいのだ。テニスコート設置にハウスにドリンクバーなんてものは存在しなかった。

 日向が過去に来た時は別の店だったが、そこは店員が部屋に注文を届けてくれるタイプだった筈で、突然部屋に入ってきた店員に酷く驚いたのを覚えている。


 そんな風に、個室へ入る前から騒がしくしていると、悠里と唯が受付を終えてリモコンを入れた籠を持ってきた。


「お待たせ、キッズルーム取れたよー! 小学生以下はドリンクも料金も無料だって、良かったね!」

「ドリンク、もう持ってっちゃう? キッズルーム一番遠いから、今の内持っていくと面倒無いよん」


 悠里に続いて、唯がドリンクバーを指しながらそう提案するのに全員が頷き、各々がいそいそと飲み物を調達する。


 蕾は勿論ソフトクリームを指差したので、日向はカップを機材に設置して蕾を抱き上げ、レバーを倒すのを手伝う。


「にゅるにゅるでてくる、すごいー!」


 カップに注がれるソフトクリームを見ながら蕾のテンションが上がって行くが、その度に足をバタバタと振るので日向の腹部が何度も蹴られる。


「つ、蕾……痛いから暴れないで……そろそろ止めないと溢れちゃうから、はい……離して」


 トン、とレバーが元の位置に戻ると同時に蕾は日向から降りてカップを取る。


「日向君達も大丈夫? それじゃ、行きましょっか!」


 悠里が唯と部屋まで先導する様に歩き出したので、ご満悦な表情の蕾と、自身のアイスコーヒーを手にして日向もその後ろを付いて行った。




 キッズルームの中は、日向の記憶にあるカラオケルームよりも広く、ちょっとした遊具も置かれていた。


「おーこれがキッズルームか、俺も入るの初めてだわ……」


 雅が中に入るなり呟くと、悠里や唯も同様らしく、頷きながら各々席に着く。

 席は円系になっており、雅が入口に一番近い位置、次いで日向、蕾、日和、悠里、唯と並ぶ。

 唯は機材に一番近い場所が好みの様で、既に機器の音量等を設定し始めていた。


「まいく……」


 蕾が目の前にあるマイクを持ち、とんとんと先端部分を叩いたりしていた。

 オモチャのマイクは家にもあるが、実物を触るのは初めてなのだ。


 そうしていると、何となく全員で目配せを始める。

『果たして誰が一番槍を持つのか』最初の問題はそこだった。


 タイミングを切り開くかの様に唯が……


「それじゃ日和ちゃ―――「私、唯先輩の歌が聞きたいです! 機械の使い方も分からないし!」――えっ!?」


 日和へキラーパスを投げようとしたが、日和のカットボレーが決まる。ここに下剋上が完成した。

 流石に過去に二度、キャンプの行き帰りでやられている分は対策を整えているらしい。


 唯はまさか投げ返されると思っていなかったのか、思わぬ状況にしどろもどろになる。

 あっさりと受けると思っていたので、日向は少し不思議に思っていたが、横から悠里が口を添える。


「唯って、こんな性格だけど最初に歌うとかはやりたがらないのよ、変な所で小心者なのよね……」


 はぁ、と溜息を吐きながら悠里が笑っていると、意外な人物が立ち上がった。


「これ、うたっていいのー?!」


 ソファーから立ち上がり、日向の肩に手を置きながら体を支えている蕾が、もう片方の手でマイクを持って画面を見ている。


「い、いいけど……蕾ちゃん、歌いたいの?」


 唯が唖然とした表情で蕾を見上げる。まさか五歳児が先鋒を切る事になるとは誰も想像していなかったので、その気持ちは日向にも分かる。


「うん! にらぷりうたうの!」


 マイクを持つ蕾の瞳は、心なしかキラキラと光っている。その顔を見て、日向は家での事を思い出した。


「そっか、にらぷり!」

「……日曜日の朝にやってるあれ?」


 日向の言葉に悠里が訊き返すと、日向はうんうんと頷いた。


「そうそう、女の子が歌って踊るアイドルになるアニメ。そういえばそうだ、朝になると偶にテレビの前で歌ってるもんな……」


 意外な所で蕾は鍛えられてたらしく、マイクを持つ手には微塵も気後れする気配が無い。

 雅がタッチパネル式のリモコンを操作し「どれだ?」と日向に寄せる。


「多分……これかな、タイトルに覚えがある、とりあえず入れてみようか」


 日向の言葉に、雅がパネルを操作して曲を送信すると、画面に大きくタイトルと共にアニメーションが流れ始めた。


「あらがきつぼみです、ごさいです! よろしくおねがいしまーす!」


 と、自己紹介まで初めてからソファーをステージにして歌い始めた。


「すげー、蕾ちゃんすげー……鋼メンタルだ……!」


 唯が蕾を見ながら慄く様に身体を仰け反らせる。

 画面に表示される歌詞は平仮名だが、時折分からない場所があったり、メロディを忘れてしまうのか、明らかに音程が変な個所があったけれど蕾は笑顔で歌い続けた。


「天使かな……」

「天使よね……」

「天使ですね……」

「これは大天使だわ……」

「エンジェル……」


 五者それぞれがほぼ同じ意味の感想を漏らしながら、カラオケの幕が切って落とされた。

気後れする日向も、ノリノリで歌う蕾も書いてて非常に楽しかった……。

そして無意識の時は攻め攻めなのに、意識するとぽんこつになりだす悠里。

カラオケは一話完結の予定だったのに、前半部分で既に二千文字を超えてて、あぁこれはダメだ……終わらない奴だ、と絶望しました。


ちなみに私の中では書く時に

悠里=戸松遥さん 唯=井口裕香さん 日和=水瀬いのりさん 蕾=門脇舞以さん

で勝手に脳内変換されています。男は何故か仁だけが藤原啓治さんに……

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