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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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それぞれの立ち位置

 日向と悠里がスーパーで時間を過ごした、その日の夜。

 成瀬雅は、自室でバックライトが点灯し続けるスマートフォンを操作して、表示されたメッセージを読む。

 その内容に、雅は一つ大きく息を吐いた。


 微かに笑みを浮かべながら、そのメッセージが表示されたグループラインへと返信を打つ。

 そして、もう一度一連のやり取りを上から順番に眺めた。



 送信者:新垣日向

『夜にごめん。明日とか明後日でもいいんだけど、皆でどこかに行きたいなって思うんだけど……どうかな?』


 送信者:恵那唯

『おおお……新垣君から誘ってくれるのって珍しくない? どうしたの、蕾ちゃんにせがまれた?』


 送信者:新垣日向

『違うよ(笑) あ、でも蕾も一緒に連れて行ってやりたいんだけど、いいかな。折角の夏休みだから、色んな所に行ってみたくて……』


 送信者:上月日和

『行きます! どこへでも行きます!』


 送信者:恵那唯

『忠犬が居る……。蕾ちゃんも一緒で勿論OKだよん! それにしたってほんと珍しいよね? 急にどうしたの?』


 送信者:新垣日向

『悠里にも同じ事言われたんだけど、ほんと特別何も無いよ。ただ、もうちょっと自分のやりたい事を積極的にやっていこう、って思ったんだ』


 送信者:恵那唯

『いいねいいね、そういうのをあたしは待ってたよ! ひと夏の経験が新垣君を変えたね!』


 送信者:上月日和

『え、日向先輩、芹沢先輩と何かあったんですか! ひと夏の経験があったんですか?!?!』


 送信者:芹沢悠里

『お風呂入ってて見るの遅くなっちゃった、って二人とも何言ってるの!? 何も無いよ! あ、私も行けます、大丈夫!』


 送信者:成瀬雅

『俺も午後からなら明日でも明後日でも行ける』


 送信者:恵那唯

『悠里のシャワーシーンと聞いて成瀬が飛んできた』


 送信者:上月日和

『成瀬先輩……』


 送信者:成瀬雅

『風評被害過ぎる……』



 メッセージだけでも騒がしい面々に、雅は顔を顰めつつも笑いが込み上げる。

 その後、明日の午後からカラオケに向かうという予定を全員で詰める。


 チャットがとりあえず落ち着いたので、雅はスマートフォンをベッドに放り投げ、自身もベッドへ背中から倒れ込み、天井を見上げる。


「………やっとか、日向」


 二年前から、どこか日常と離れた場所で生きて来た親友が、こちらへ歩み寄ろうとしている。

 それでも雅自身の日常に変わりは無い。

 ただ、二年前から今も続く、日向の傍で変わらずに過ごす……そのいつも通りを、普段通りに繰り返すだけだ。

 彼に何の変化が起きたのか、雅は知る由も無い。

 何人もの友人が、今は日向とは疎遠になってしまった。雅だけが、今も日向の親友として近くに居る。

 ただ、いつも通りそうして日向の傍で変わらぬ存在として過ごすだけだ。




 一方で、チャットメッセージのやり取りを一旦終えた時間帯に、唯は悠里へと電話を掛けていた。

 メッセージの最中にあった、悠里と日向の事で幾つか気になる所があったのだ。

 この場合、面白そうな匂いを感じ取った、というべきだろうか。


 唯は自室のベッドに雑誌を広げ、シャツにホットパンツという真夏のパジャマ姿で横になっている。

 スマートフォンはスピーカーモードにして悠里と繋がっていた。


「んでー、何があったのよ。新垣君の性格からして、あんな事言うタイプじゃなかったでしょ。悠里にも同じ事言われたって言ってたし……あんた等何時の間に二人で会ってたの?」


 雑誌を読みながらちらちらとスマートフォンへ視線を動かしながら話すのは、別に映像会話で相手の表情が見えるから、という訳では無かった。

 それでも聞こえてくる声から、なんとなく悠里の顔が見える気がして、ついつい目線をやってしまうのだ。


『別に……こっそり会ってたとか、そういうんじゃないよ。ただお菓子を買いに行こうとしたら……その、ばったり会っちゃったから……』


 尻すぼみになる悠里の言葉は、段々と後に続かなくなる。


(……なんかおかしい)


 会話の内容自体は些細なものだ。しかし、とりあえず何かあったのか聞いてみようと思ったら、妙に悠里の声が弾んだり慌てたりしている気がする。


「………そっか、ふんふん。んじゃ、悠里は新垣君がいきなりあんな事言い出した理由については知らないんだ?」


 唯の予想としては、もしかしてこの二人は既に……と考えていて、遠回しに探るつもりで質問をぶつけている。


『う、うん。何かあった、っていうのはあったらしいんだけど、そこまでは聞いてなくて……でもね』


 突然、悠里の声が上擦った様に高くなる。

 そのトーンの変わり方に、唯は雑誌から目線を上げて、スマートフォンの画面を凝視した。


『なんかよく分からないけど、ありがとう……って言われたの。変わったとしたら、私の責任でもある、って……それでね、日向君の周りの空気がふわって温かくて……』


 おおっ……? と唯が目を開く、まさかこれは本当にそうなのだろうか。

 もうそこまで二人の仲が進展したのだろうか、と期待に胸を膨らませていたが。


『ゆ、唯……あのね、私』


「う、うん?!」



『私、日向君の事が、好き……なのかも』




「…………へぇ、そう」


 酷い棒読みが出た、と唯は自分でも思う。

 けれど仕方ない。余った白米でオムライスを作ろうとしたら、冷蔵庫から出てきたのが炊けてない玄米だった、そんな状況なのだ。

 そしてそんな唯に構わず、悠里はぼそぼそと話し続けた。


『なんかね、ありがとうって言われた時も、日向君が自分から遊びに行きたいって言った時も、嬉しくて……凄い切なくなって、嬉しさが溢れてくるみたいになって。それで、もしかしたら私は日向君が好きなのかな、って思ったの』


 聞くだけで恥ずかしい悠里の告白に、唯は恥ずかしさとは全く別の意味で頭を抱えた。


(そうかぁー! 私の親友はここまで初心(うぶ)だったかぁー! スタートラインにすら立ってなかったかー!)


 ダンダンッ! とベッドを拳で叩くが、返って来るのは虚しい弾力だけだった。


 思えば、以前に悠里と電話した際に日向の事をどう思うか、と質問をした事があるが、あの時はまだ「分からない」という答えが返ってきただけだった。

 けれど、その後の色んな出来事を重ねる度に、悠里が日向を目線で追う時間が増えているのを唯は知っている。

 なので何も言わずとも、とっくに悠里は自分の気持ちに気付いていると思っていたのだが……。


「そっかそっかー! 悠里にも遂に春かぁ! いやー頑張りなさいよー! 本当頑張りなさいよ……!」


 この速度で仲を進行すると、高校生活が終わってしまう懸念すらある。

 悠里と日向に脈が無い、とは唯は思っていないが、この場合は二重に相手が悪い。


 一つは、悠里の懸想する相手が日向だと言う事そのものだ。

 これまでの日向の普段の行動を振り返ると、こうして自分から遊びたいと要望を出してくれるぐらいには踏み込んでくれる様になったが、それでも彼の行動基準が大きく変わる事は無いだろう。

 そうなると、もし日向が悠里へ好意を持ったとしても、アプローチを仕掛けてくるまでに相当な時間が掛かる可能性がある。


 そして一方の悠里はこの有様である。

 夏休みに入る前は、唯から見て夫婦にしか見えない場面もあったというのに……。


「『スーパーで買い物籠をカートで押す同級生に恋心を自覚する』ってあんた等高校生なの……? 本当に高校生なの? あたしがドラマのディレクターだったら脚本家の首飛ばすわよ……?」


『いきなり不機嫌にならないでよ?! し、仕方無いじゃない……いきなりばったり会って、あんな事言われたら……動揺しちゃうよ……』


 はぁ……と二人で揃って溜息を吐いた。


 唯は、二つ目の懸念事項を悠里へ言うべきか迷った。

 だが結局、その事については口を閉ざす。

 それは言い辛かったのではなく、言っても言わなくても変わらないと思ったからだ。


(悠里、あんたは気付いてるのか気付いてないのか分かんないけど、日和ちゃんは相当手強いよぉ……)


 例え二人が、お互いにお互いの想い人を知り合ったとしても、これまで通りに仲良く過ごすだろう。

 悠里はそんな事で相手を避ける様な性格ではないと思うし、日和については断言出来ないが、悠里が気にしない以上は普通に接するだろう。


 詰まる所、この先に最も気苦労が多くなるのは、状況次第では他ならぬ日向だろう。


(まぁ、面白いからいいかぁ)


 あの日向が二人に綱引きされて、更に蕾にも気を配らないといけない状況を想像して唯は笑いを堪えた。

仕事が忙しくて昼間全然進められませんでした……。


私が言いたい事を唯が代弁してくれている様な回になりました。

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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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