剣と盾を置いた、小さな勇者。
霧子編エピローグ的なものです。
後書きで色々補足書いてるので、本編短め、後書き長めなので興味の無い方は飛ばしちゃって下さい。
空港の国際線ターミナル、その手荷物検査場の前にある広場で霧子は晴香、修二と出発前に最後の会話をしている。
「手荷物はこれだけ? 中に変なもの入ってない? 税関は大丈夫? 後はえっと……お金! お金ちゃんと持ってる?」
小さな背丈で、霧子の周囲をあちこちと見回る姉の晴香に、霧子は苦笑いで答える。
「大丈夫だよ姉さん、もう子供じゃないんだから……全部持ってる、家を出る前にチェックもした。言われた通りにチェックリスト作って全部オッケーでした、はい」
いつもなら少し鬱陶しいぐらいの姉の心配が、今の霧子にはとても恋しい。
「向こうに着いたら、メールでも何でもいいから、とりあえず連絡する事……後は、向こうの先生方には礼儀正しくだよ、言葉が通じないから余計に!」
「うん、大丈夫。通訳の人も居るし、他にも日本人は何人か居るみたいだから」
霧子が安心させようと言葉を紡ぐけれど、晴香の顔は不安に満ちている。
まだまだ姉の中では、自分は小さな子供のままなのかもしれないと思うと、なんだか懐かしい気持ちすら覚える。
霧子は姉の隣に居る修二を見る。
「しゅーにぃ、姉さんを宜しくね。……次に会う時には甥っ子か姪っ子の顔が見たいなぁ」
にやにやと笑いながら言う霧子に対し、修二の顔はピクリとも動かない。
「そう思うのなら、定期的に帰ってきて顔を見せてやりなさい。………息災でな」
「うん、そうする」
そうして再び目の前に居る姉に向かって、少しだけ背中を屈める。
姉妹は少しの間見つめ合い、どちらからともなく抱擁を交わした。
「霧ちゃん……」
「姉さん、今までありがとう、ずっとずっと……ありがとう」
両親を早くに亡くした二人は、それでもここまで幸せに生きて来れた。
父方の祖父母も引き取った二人に優しく、家族としての愛情をくれた。
それでもやっぱり、親の愛が恋しかった子供の霧子を一番に支えてくれたのは、この小さな姉だった。
幼稚園の参観日には、必ず祖父母と一緒に来てくれて。
学校の休みの日には、友達とも遊ばずに一緒に居てくれて。
頑張って母親が手料理として出す様なレシピを覚えてくれた。
身体の事で苛められていても、家では表に出さずに霧子に笑顔をくれた。
両親の遺産があったけど、それを将来の貯蓄と霧子の学費にする為に、アルバイトに明け暮れた。
全ての時間を霧子に費やして、それでもこの姉から笑顔が絶える事は無かった。
一体どれだけ、この小さな身体で頑張ってきたのだろう。
今の霧子がどれだけ願っても、あの時の晴香の時間は還ってこない。
この姉はきっと、その時間を惜しむ事すらしないのだろう。
(誇ろう、私は、姉さんの妹である事を)
「これから、沢山自分の時間を過ごして」
「霧ちゃん」
背中に回された姉の手が、ぎゅっと一際強く締め付けられる。
「今まで、ありがとう、姉さん」
「………うん」
伝わるだろうか、自分の気持ちは。どこまで伝わっているだろうか。
「遠い場所からでも、日本に届くように演奏するよ」
「……うん」
「ちゃんと此処に帰って来るから、それまで……待ってて」
「うん」
そうして二人は手を離す。
出発の時間を告げるアナウンスが流れる、もう乗り込まないとならない。
最後に見る姉の顔は、もうぼろぼろに崩れていた。
「姉さん、鼻水出てる」
笑って霧子はポケットからティッシュを取り出して、晴香の顔を拭いてあげた。
そうして、晴香と修二の顔を順番に見て、踵を返す。
「行ってきます」
手荷物検査を済ませ、ゲートから搭乗待合に入る。
待ち時間は僅かで、もう搭乗口には列が形成されている。
列の最後尾に並ぶと、数分もしない内に列が動き始める。
霧子も前に進み、係員へ搭乗券を確認して貰う。
このゲートを潜れば、もう後は戻れない。少しだけ、足が竦む。
その背中に、大きな声が掛けられた。
「霧ちゃぁぁぁああん! 頑張れえええぇぇ!」
離れた場所から、ここまで届くぐらいの大声に、周りからざわめきが起きる。
声に振り向いて視線をやると、そこには修二に肩を支えられて泣き顔で叫ぶ晴香の姿がある。
今も昔も変わらない、小さな勇者の姿に霧子は精一杯の笑顔にピースサインを添えて向き合った。
物語の進行上、日向君の成長が必要不可欠となる訳ですが、それを考えている時の事でした。
不意に『果たしてRPGの勇者や、英雄達とは本当に幸せなのだろうか』なんて益体も無い事を考えたのです。
彼等は世界を救う、魔王を倒す、ヒロインを救い出すといった使命を作者に課せられている訳ですが
それじゃあ、そういう事をしないで平凡に暮らす事を彼等は望まなかったのか? なんて本当に益体も無い事を考えたのです。
これを新垣日向という主人公に当て嵌めて見た時、私は主人公たちが持つ別の願いを見てみたいと思いました。
そして日向が成長するには、その別の願いを自身に享受させる必要性を認識しました。
だけれどこの日向君、精神的にはどこか成熟しきっているし、今の状況に不満がある訳でもありません。もしそういうのがあるとしたら、相当根が深い部分、奥の奥に仕舞い込まれているものだよなぁ、なんて。
そして彼の心を暴く為のギミックキャラクターとして、初島霧子が生まれました。
なんでこういうキャラクターになったか、というと、日向君の行動や指針は霧子も言っている通り、誰からも非難されるべきものではなく、そんな彼に『実はお前はこんな事やりたいんだろ?』なんて正面切って言える人物が日向の周囲にはいないのです。
日向と近ければ近い程、時間を共有すれば共有する程に日向の決意や行動に対してストップを掛ける事が難しくなります。(RPGで王様や仲間達が『お前魔王なんて倒さないで平和に暮らさない?なんて言えない』)
これには両親は勿論、友人達もそうですし、前半に登場した小野寺先生こと、しゅーちゃんも当て嵌まりました(裏設定で、日向は小野寺教諭との進路希望面談において、進路についての相談をしています。小野寺先生は日向の行動に対して思う所がありますが、教育者としての立場もあって、日向の進路に一応の理解を示すほかありませんでした)
つまるところ、日向に自分自身を見つめ直させるには
・日向と時間をそれほど共有していないこと
・周囲の大人達とは明確に違う基準を持つこと
・そして相手に踏み込むだけの理由を持つこと
のどれもが必要になり、大いに頭を悩ませました。
そしてイメージとして出来たのが、日向とは全く正反対の人物……となり、今の霧子となります。
書き終えて驚いたのが、完成した霧子はある意味で『未来の蕾』とも言えるべき状況でした。
しかしなるほど、もし蕾が大きくなって、その時の心情と願いを日向に打ち明ける事が出来たのなら、これほど日向にとって耳を傾けない訳にはいかない相手に成りえるなぁ、と……
日向と背中合わせの存在で、唯一彼にのみ銀のナイフを突きつけられる人間です。
それ故に、普通に見たらただの厄介な登場人物ですが、日向にとってのみ、その言葉は強い拘束力を持って彼を捉えるが故に、私はこの霧子に『日向にとっての魔女』というタイトルを付けていました。
だけど、扱いが非常にナイーブな分、やはり問われるのは構成力と筆力なので……
この章に関してはかなり自分の未熟さを痛感し、もっと上手くやれたよな……ごめんなー、って心の中で霧子には謝ってます。
なので、このエピローグは私から霧子へのお礼、という事で一つ……。