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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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線香花火と帰り道

 日和がライトを取りに行って少し、唯が落し物を見つけようと懸命に草むらの中へ目を凝らすが、やはり暗闇ではその奥までは見通せず、唯はがっかりと肩を落とした。


「唯、日和ちゃんが戻ってくるまで待ったら?」

「うーん……そうねー……」


 傍で覗き込む悠里へ生返事の様に返す唯だったが、視線は変わらず足元にある。

 日向は蕾、雅と共に、最後の線香花火前にと周囲のゴミを片付けていたが、ふと視線を上げる。


「バッグの場所、分かり辛い所にあったかなぁ……」


 少しだけ遅い日和の事が気掛かりになり、日向がリビングの奥に見える階段を見やる。


「俺が取りに行った方が良かったかね、見てくるか?」


 雅がそう提案してくるが、その言葉を言い終えた辺りでリビングへ日和が入ってくるのが窓越しに見えた。

 手には棒状のフラッシュライトを携えている。


「すみません、遅くなりました!」


 大窓から身体を出し、サンダルを履きながら言う日和の背後へ日向が声を掛ける。


「ごめん、デスクの横にバッグあったんだけど、入ってる所が分かり辛かったかな」

「あ、いえ、見つけられたので大丈夫です。これで合ってますよね?」


 返事をしながら日和が翳すフラッシュライトに、日向は頷いて答える。

 そのまま日和は唯の元へ行き、彼女へそれを手渡した。


「お! 日和ちゃんあーりがとー!」


 意気揚々とライトを点灯し、足元を再び探し始める唯を日向が遠目に見ていると、ふと唯の隣に居た日和と目が合う。

 一瞬だけ見えた瞳には、ほんの少しだけ憂いを帯びたものだった。

 けれど、その視線はすぐに外れて唯と一緒に落し物を探す姿勢に戻ってしまう。


 何かあったかと問い掛けたかったが、それよりも先に蕾が日向の服を引っ張り始めた。


「おにーちゃん、さいごにせんこーはなびやろー?」

「……うん、そうだね。やっちゃおっか」


 蕾の手に握られた二本の線香花火を一本引き抜くと、蕾が嬉しそうに笑って屈みこんだので、日向も寄り添う様に屈む。

 日和の事が少し気掛かりになり目をやると、そこでは唯がイヤリングを見つけたのか「あったー!」と片手を高く掲げている姿と、それをほっとした表情で見守る悠里と日和の姿があった。

 そこには先程の表情は無く、いつもの日和に見えた。


「お、遂に最後の砦か……。よし、蕾ちゃん、俺とどっちが長く保ってられるか勝負なー」


 日向と蕾の手元を見て、雅も一本の線香花火を取り出す。


「あー! あたし達もやるよやるよ! これやらないと最後って感じが無いよねぇ」


 イヤリングを見つけられて上機嫌になった唯も傍に寄ってくる。

 その背後で、悠里もその場から動こうとしたが。


「日和ちゃん、私達も行きましょ? ……日和ちゃん?」


 悠里が先程の場所から動かない日和に声を掛けると、日和がハッとした様に顔を上げた。


「平気? ……ちょっと疲れて来ちゃった?」

「あ……すみません。大丈夫です、行きましょう」


 心配そうに顔を覗き込む悠里へ、日和は微笑んで答える。

 悠里もその表情を見て安堵し、二人も揃って日向達の元へ向かった。



 皆で車座になり、蝋燭の火へそれぞれの線香花火を近付ける。

 日向も自分の花火を寄せて先端に火を付けると、僅かな火の玉が産まれた。


「……きれーい……」


 蕾は手元の光を眺めながら、うっとりとした様に呟く。

 ジジジ……と僅かな振動が指先へ伝わり、静かに火花を散らせてゆく。


「一番最初の、火が産まれたばかりの状態をね、蕾……って言うんだってさ」


 日向は、いつか祖父から聞いた話を思い出す。

 まだ蕾が産まれていない頃、祖父の家で夏休みに花火をした事があった。


「ここから牡丹、松葉、柳……って、花や植物の名前にどんどん変わっていくんだ」


 そう話す日向を、蕾の真ん丸の瞳がじっと見ている。

 いつか、蕾も大きくなって、兄の手を借りずとも何でも出来る様になっていくのかもしれない。

 そう思うと、妹の成長を楽しみに思うと同時に寂しさも覚えた。


「つぼみも、はやくおおきくなりたいなー……」


 にっ、と笑って手元の花火を愛おしそうに見る蕾を見ると、日向は心の中で、まだもう少しだけ手の掛かる子供のままで居て欲しいと、そう思う。


 線香花火がその情景を映し出す時間も、やがて尽きて。


「あー落ちちゃった……」

「あ、落ちた」


 唯と雅が同時に言うと、悠里が笑う。


「そそっかしい人から落ちていくなんて、正直な花火ね」

「おい芹沢……恵那はともかく、俺は割と慎重派なんだけど……」


 雅が心外だと訴える目で悠里を見るが、悠里は「はいはい」と相手にしていない。

 そんな光景を向かい側から日向が笑って見ていると、日向の手元からも花火が落ちる。

 そして悠里、蕾と順番に花火は地面に落ちて、日和の花火だけが最後まで残った。


「ひよりおねーちゃんのがいちばんながいね!」

「ね、頑張ってるね」


 蕾が笑って日和に言うと、日和も蕾に微笑み返す。

 そうして最後まで輝き続けた花火も、ゆっくりと火花を鎮めながら、やがて地面に落ちる。

 日和は地面に落ちてゆっくりと消える輝きを、ただじっと見詰めていた。


「……さって、これで今日のイベントも全部お終いね」


 唯が立ち上がり、身体を伸ばしながら言った。

 他の面々も順々に立ち上がって同じ様に身体を伸ばす。


「結構遊んだかな、と思ったけど、まだ九時を少し過ぎてるぐらいなんだね」


 悠里がスマートフォンの画面を見ながら言うのに釣られ、日向もリビングの時計を確認すると時刻は午後九時十五分を指していた。


「流石に蕾はもうそろそろ眠くなって来たかな」


 日向が目を擦る蕾を見て言うと、蕾はぼんやりとした顔で答える。


「うん……ちょっと……」

「後でシャワーだけして身体洗おうな、そのままだと匂いが布団に付いちゃうから」

「うん……」


 少しうつらうつらする蕾を起こす様に、頭に手を載せる。


「それじゃ、私達もお暇しますかー。夜更けだし、パパに迎えに来てもらおーっと。二人とも乗っていくといいよー」


 唯がスマートフォンを出しながら悠里と日和へ告げると、二人とも素直に頷いた。


「ありがとう、お言葉に甘えさせて貰うね」

「恵那先輩、ありがとう御座います、宜しくお願いします」

「え、俺は?」


 女子達三人が纏まってリビングへ入って行く背中に、雅が唖然とした面持ちで呟く。


「運動部男子なら体力余ってるし、夜にランニングする人だって居るっしょ? 走れば?」

「おいおい……! くっそ、純基おじさんに直談判してやる……」


 雅をからかいながら家に入る唯の背中に、雅の悲壮な声が掛かる。

 日向もその彼らの背中を追って、眠気で瞼を擦る蕾をそっと抱き上げて家の中に入った。



 そして少しの間、明吏が淹れてくれたアイスコーヒーを呑みながら純基の到着を待っていると、唯のスマートフォンが震えた。


「あ、パパ来たみたい。家の正確な場所分からないから、近くのコンビニに停めてるってさ」


 画面を見ながら唯が言って立ち上がると、それに続く様に悠里、日和、雅も立ち上がる。

 連れ立って玄関に行き、帰り支度を整える。


「それじゃあ日向君、蕾ちゃん、今日はお邪魔しました。また皆で遊ぼうね」


 悠里が日向に寄り掛かる様に立っている蕾の頭を撫でる。


「みんな、また、あそんでね……はなびしてくれて、ありがとう……」


 眠気の為に、いつもある帰り際のイヤイヤも無く素直な蕾が手を振ると、日和達も手を振って答える。

 そうして三人が玄関を出て行くと、蕾は日向の脚に抱き着いてくる、皆が帰った事で気が抜けて眠気が強くなったのだろう。


「蕾、もうちょっと頑張ろうか。ぱっとシャワーだけ済ませて、歯を磨いて寝よう」

「うん……」


 そうして日向と蕾も、そのまま浴室へと向かって行った。




 一方で帰り道の車内、純基の運転するミニバンに四人は乗り込み、帰路を辿っている。

 その中で、俯いて少し元気がない日和の事が悠里には気掛かりだった。


「日和ちゃん……どうかした? 具合、悪い?」


 最後尾座席で隣り合わせで座る悠里が、日和の肩を触りながら問い掛ける。


「芹沢先輩……すみません、なんでもないんです。ちょっと考え事しちゃってて」


 弱々しく微笑みを返す日和に、悠里の目にある心配の色は少しだけ強くなる。

 何か悩み事があるのだろうかと思うけれど、本人がなんでもないと主張するので強く聞き出す事も出来ない。


「成瀬が何か変な事でもしたんじゃないの? あんた何時の間に犯罪を犯したのよ」

「しねぇよ! 疑問が一瞬で断定に切り替わってるじゃねーか!」


 中央部座席で唯が雅へ詰問すると、雅が慌てて反応する。

 そのやり取りに、日和は「ふふっ……」と笑った。


「ごめんなさい皆さん。ほんと、大丈夫ですから。でも成瀬先輩に変な事されたら言うので、其の時は恵那先輩、制裁をお願いしますね」

「合点だい!」


 浴衣の袖から細い二の腕を出して返事をする唯に、日和はもう一度笑った。


 その横顔を、悠里がまだ少し心配そうな視線でじっと見ていた。

お仕事が忙しく、昨日は投稿出来ずでした……。

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