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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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夜空の華:後編

 ゆっくりと歩み寄ってくる霧子に、日向は軽く会釈して挨拶した。


「霧子さん?」

「こんばんは、日向君。珍しい所で会うね……まぁ今日は花火大会だから、そういう事もあるか」


 そう話す霧子の表情は、以前見せた無邪気で奔放なものではなく、今は少し雰囲気が落ち着いている。

 神様の前だからだろうか? なんて事を日向は考えたが、この霧子という女性は何を軸に行動するのか、いまいち読めないのだ。


「君の友達?」


 霧子は微笑みながら、雅やその後ろに居る悠里達を見渡した。

 彼女等も今は突然現れた大人の女性に、探る様な視線を送り、視線で日向へ問い掛けている。


「はい。今日は皆で花火を観に来てて……霧子さんも、花火ですか?」


 日向は一同を紹介しようとして、少し迷う。自分にはあれだけ好き勝手してきた霧子が、もし彼女達や(雅はともかく)蕾にちょっかいを出すのなら、少し看過出来ないと判断したからだ。


 だが、今日の霧子は本当に大人しいというか、少しだけ感傷的な雰囲気を醸し出している。

 これが彼女の素なのか、以前が本当の彼女なのか、日向には全く分からない。それだけの時間を共有もしていない。


「うん。この街で見る花火も最後になるかもしれないし。向こうに行く前に、ちょっと神様に頼み事をしておこうと思ってね」


 そう言って目を細めて笑う顔は、懐かしむようで、惜しむようで、日向にはそれが旅立ちを決意している人の顔なんだな、とそれだけは分かった。


「日向、この人は?」


 隣に居る雅が日向に問い掛ける。後ろの女性陣も日向の返答に注目しているのが分かる。

 蕾が「おんがくのおねえさんだー」と霧子を見て指差す。

 霧子はそんな蕾に、軽く手を振って笑い掛け、それから日向の代わりに雅へ返答する。


「初めまして、初島霧子です。日向君とは前に偶然縁があってね、宜しくね」

「あ、成瀬雅って言います、日向と同じ高二です」


 そう言って右手を出す霧子に、雅はしどろもどろになりながら握手を返す。年上の美人を相手に会話するのに慣れておらず、距離を掴み兼ねている風だ。

 それでなくても霧子は距離感と言うものが非常に掴み辛い相手だった。


「あー、前に新垣君が言ってた女性(ひと)かぁ! 初めましてー! 恵那唯です!」


 びっ、と振り返りながら右手を伸ばして唯が先んじて挨拶をすると、悠里と日和も続いて挨拶をする。


「芹沢悠里です、初めまして」

「上月日和と言います、皆さんよりは一つ下になります、宜しくお願いします……」


 日和だけは立ち上がって一礼を交えて挨拶を入れる。目上の人には礼儀正しくを徹底されているテニススクール出身の日和らしい挨拶だった。


 霧子は一人一人に「宜しくねー」と軽めの挨拶を返して、溜息を吐いた。


「すんごい、皆綺麗どころだね……浴衣が映える映える。で、どの子が日向君の彼女? それとも成瀬君の彼女も居るのかな?」


 いきなり爆弾を突っ込んでくるあたりで、日向は先程感じた大人しさは認識違いだったのかと考える。


「いやいや、誰も違いますよ……皆友達です、クラスメイトと後輩です」

「そっか、そりゃゴメン。ま、私はそこら辺で適当に見てるから、皆も花火楽しんでねー」


 それだけ言って、霧子は手の平を振りながら離れた場所へ行ってしまった。


 知らず張りつめていた息を一つ吐くと、日和がじっと日向を見ている事に気付いた。


「あの人が、前に言ってた演奏と書店と、喫茶店の人ですか? なんか聞いてたよりよっぽど普通というか、普通にいい人って感じでしたけど……」


 今日の霧子だけを見ていたらそう思うんだろうな、と日向は思ったが、あえて口にはしない。

 霧子は苦手だが、あまり悪し様に人の事を言う性格でもないし、自分の印象が正しいとも限らない。


「すげー美人だったね、なにあれ……女優か何かやってる人? パリコレに出てても不思議じゃないっていうか、いや私がパリコレの何を知ってんだって話だけど」


 霧子が去って行った方向を見ながら唯が呟く。


「俺も特に何をしてる人ってのは知らないんだけど、とりあえずギター弾いてるのは見た事がある」


 そう日向が返事をした直後、空気を震わせるドンッ、という音が響いた。


「あ、はなびのおとー!」

「始まったかな、とりあえず見物しようや」


 蕾が空を指差し、雅の言葉に続いて全員が空を見上げる形になる。

 やがて、ヒュー……という甲高い音が鳴り、大きな炸裂音と共に空へ花火が舞い散った。


「はじまったー! きれーい!」

「ねー! 始まったね、これがあると夏って感じがするなぁ」


 蕾と悠里が仲良く並んで花火を見上げ、日和も口元を綻ばせて空の光景を見やる。

 唯は花火を観てテンションが上がったのか「いいぞー! もっとやれやれー!」と囃し立てる。


 日向は、ふと気になって後ろを振り返る。

 そこには、石畳の上で胡坐を掻きながら頬杖を突いて、ぼんやりと花火を観ている霧子が居た。

 花火を観ながら、その瞳が花火を観ていない様で、何故だかそれが無性に引っ掛かる。


 気が付くと、日向はそちらへ足を向けていた。

 女性陣は花火を見上げていて、その光景に夢中だった。雅だけが気付いて声を掛ける。


「……日向?」

「ごめん、ちょっとだけ離れるね」


 そう言い残し、日向は霧子の元へと近寄って行く。


 すぐ傍まで赴いても、霧子は日向を見ていなかった。視界には入っているので、気付いていない訳では無いだろう。

 果たして自分は何を言いに来たのだろう、と日向が考えていると、霧子から口を開いた、視線は空を捉えたままだ。


「イギリスの空と日本の空ってさ、繋がってると思う?」


 不意にそんな事を訊いてくる。


「………空は区切りが無いので、繋がってるんじゃないですか?」


 釣られて日向も空を見る。夜空には花火が咲かせる炎の華が散りばめられ、辺りを瞬間的に明るく照らしてくれている。


「見る方向は違うのに?」


 どういう事だろう……と考え、思い至る。地球を全体で見た時、日本とイギリスはかなり離れた位置にある。そうなると当然、真上を見上げると違う方向を見ている事になる。

 国によって見える星座が違うように、大気は繋がっていても空が繋がっている事にはならないのかもしれないと日向は思った。


「それが、どうかしたんですか?」


 質問の意図を計り兼ねている日向に、霧子は「ううん、なんて事は無いよ」と首を振る。

 そして頬杖を突いてた手を離し、後ろ手に回して身体を支えるように体勢を変える。


「皆とは、よく一緒に遊ぶのかい?」

「……さっきの友人達の事を指すのなら、最近はそうです」

「そっか。大事な友達なんだね」


 そう問い掛けられると、正直に答えるには恥ずかしいが、今となっては短い間に密度の高い思い出を共有した大切な友達と言える。


 日向の表情を見て察したのか、霧子が静かに微笑みを浮かべる。

 本当に、この女性は何を考えているのか分からない。

 だけど、一つだけ確信があった。



「霧子さんは……本当は、イギリスなんか、行きたくないんですね」



 それは直観と言っていい程の、なんの根拠も無い言葉だった。

 ただ日向にはなんとなく、霧子を見ているとそう思えてしまった。


 日向の言葉に、霧子が目を開いて止まる。それは日向が初めて見る、霧子の素顔の一端だった。

 そしてゆっくりと息を吐くと、困った顔をして微かに笑った。


「そうか……そうだよね、私と君はそういうものだ。なら、そう思うのが当然か」


 もう一度空を見上げた霧子の表情が、花火の光に照らされる。

 その表情はとても楽しそうで、同時に何処か寂しそうな、不思議な表情だった。


「イギリスには行きたいよ、私の夢はそこにある。私は何よりも夢を優先させて、これからも生きて行く。だけど、行きたくない。私には大事な…大切な姉さんが居るんだ。可愛くて、優しくて、私を凄く愛してくれる姉さんが……」


 霧子はそこで言葉を切って、お尻の砂を掃いながら立ち上がった。


「さて、これ以上は今は話せないか。後は私が発つまでの宿題をきっちり考えておいてね、日向君が何を考えるのか、私はちゃんと待ってるよ」


 そして石階段の方向へ歩き出す。

 日向が何を言えばいいのか分からず黙っていると、霧子は一度足を止めた。

 丁度、日向の背後で背中同士を向かい合わせる形で。


「向こうへ行く前に、君と出会えて本当に良かった。君にとってはどうか分からないけど、少なくとも私はそう思ってるよ」


 その言葉だけを残して、霧子の背中が遠ざかり、やがて石階段の下へと消えて行った。



 遠くに聴こえる花火の音を聴きながら、日向は友人達の元へと戻る。

皆に囲まれて見る花火に、何故か幼い頃に父と母と見た花火の光景が思い起こされた。

霧子の思考回路が独特過ぎて、相当難しい回となってしまいました……

今まではここまでトリッキーな言動をするキャラが居なかったので、私まで霧子から宿題を出されている気分です。

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