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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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蕾と浴衣。

 唯から連絡を貰った翌日、日向は朝から浴衣の洗濯方法を祖母に聞き、手洗いで行えば問題無いとの返答を貰うと、今は自宅庭で子供用のビニールプールに水を入れて洗濯に励んでいる。


「おにーちゃん、ほらー!」


 両親を見送った後、蕾も日向と一緒に庭に出て今はシャボン玉で遊んでいる。

 辺りに漂う虹色に手元は洗剤の虹色と、日向の周りは現在カラフルに彩られている。


「うん。これ終わったら少し中で休んでお昼にしようか。もうちょっと遊んでてね」


 シャボン玉を作っては追い駆けてを蕾が繰り返す。

 その光景を微笑ましく見ながらも、日向の手はしっかりと浴衣を洗っている。


「よし、こんなもんか……後は脱水して、伸ばしてだ……」


 軽く浴衣の水気を絞り、残りは洗濯機の脱水機能で絞り取る為、今はこれ以上必要無いと判断して浴衣を持ち上げる。

 水気を含んだ浴衣はずっしり重く、今の天候で問題無く乾いてくれるだろうか不安だった。


「つーぼーみー、中に入るぞー。まだ遊んでる?」

「ううん、はいるー」


 日向がリビングの大窓を開けて中に入ると蕾も後ろから付いてくる。


「手、洗ってな。その手が口に入ると苦いぞー」

「にがいのやーだー」


 そう言って浴衣を運んでいる日向を追い抜いて洗面所へ走っていく。

 蕾が一生懸命に手を洗う横で、浴衣を洗濯機に入れて脱水ボタンを押すと、洗濯機が唸りを上げて振動を始めた。


「おにーちゃん、しゃぼんだま、ってせっけんでしょ?」

「ん? んー……まぁそうだなぁ、石鹸だったり液体洗剤だったり……」

「じゃあ、せっけんつけてあらわなくてもいいよね?」

「……あー、確かに。いや、そうでもないのか……? 石鹸といっても用途が違うから……」


 五歳児からの質問としては、なかなか考えさせられる質問に日向が頭を悩ませていると、スマートフォンが着信音を響かせた。


 発信者は悠里だ。

 日向は画面をスワイプさせて着信状態にし、耳に当てる。


「……はい、もしもし、悠里?」

『日向君、突然ごめんね! あの、明日の事なんだけど』


 キャンプからほんの数日しか経っていないが、悠里の声を聴くのが随分と久し振りに思える。


「……悠里お姉ちゃんだよ、ちょっと待ってな」


 日向は電話口に手を添えてから、蕾へそっと教えてやると、蕾は顔をパッと輝かせて寄ってきた。


「あ、ごめんね、明日ね。なんかあった?」

『うん…蕾ちゃんも来れるのよね? それでもし浴衣が無かったら、私のお古使わないかなーって』


 その提案を受けて、日向は蕾を見る。一応浴衣はある、今現在洗っている物が。


「あー、浴衣はあるにはあるんだ。婆ちゃん家にあったものなんだけど、でもあれば助かるかも……今、洗濯中なんだよね。乾くとは思うんだけど……」

『そうなんだ? じゃあ…い、今から持って行ってもいい? 実際に合うか見てみないとだから……蕾ちゃん、夏休みで家にいるんだよね?』


 日向は一度電話から耳を話すと、蕾にスマートフォンを差し出した。


「悠里お姉ちゃんが、蕾ちゃん居ますか? って。お返事してご覧」


 そう言って頷くと蕾は顔を綻ばせ、慌てた様に顔を寄せてくる。


「ゆーりちゃん、つぼみです、います! きてくれますか?」


 日向は電話口だと何故か少し丁寧語になる蕾の言葉遣いに、今頃電話の向こうでは悠里の腰がまた砕けているのかと想像してみる。


「うん……うん、はい! つぼみも、ゆーりちゃんのゆかたみたいよー! はーい!」


 笑顔で応答する蕾が、一際大きな返事をした後に顔をそっと離す。

 日向が再び電話を耳に当てると、案の定の満足気な声が返ってきた。


『ふふ、という訳で日向君、蕾ちゃんにもお呼ばれしちゃったから、ちょっとお邪魔するね。お昼ご飯食べたら行くから、正午過ぎると思う』


 明らかに先程より声のオクターブが高いが、悠里が蕾に甘々なのは今更なので余計な事は突っ込まないでおいた。


「分かった。迎えに行った方がいい? 道順分かるかな」

『大丈夫だよ、もう覚えてるから。……それじゃ後で、家を出る時に連絡するね』


 通話が切れると、蕾が「やったー!」と万歳している。

 幼稚園が休みの間は友達と会えないので、少し寂しかったのかもしれない、と日向は内心で反省した。


「悠里お姉ちゃんはお昼ご飯食べてから来るそうだから、俺達も先にご飯食べちゃおうか。何がいい?」

「んー、おむらいす」

「好きだなぁ、オムライス……手軽だからいいけどね」


 果たして夏休みの間に、自分は何回オムライスを作るのかと思い、笑いながら蕾とリビングへ戻った。



 昼食を終えて、部屋を軽く片付け、二人でテレビを見ていると来客を知らせるベルが鳴った。


「ゆーりちゃんきたかな?!」


 そわそわとした面持ちで蕾が訊いてくるので、二人で一緒に玄関へ行く。

 日向がドアロックを外して押し開くと、悠里が手に荷物を抱えて立っていた。


「こんにちは、日向君、蕾ちゃん。キャンプぶりだね?」

「ゆーりちゃん! いらっしゃいませー! こっちこっちー!」


 蕾が靴につま先を引っ掛けるように履き、玄関外に居る悠里を中へ中へと引っ張る。


「うわ、蕾ちゃん待って待って、靴脱がせてね!」


 悠里が蕾の勢いある出迎えに面食らいながらも、靴を揃えて中に入る。

 日向も後ろから続いてリビングへと向かった。



「はー、ここに来ると勉強会を思い出すなぁ。ちょっと前なのに、なんか不思議」


 リビングのソファーに座り、部屋を見渡す悠里に日向は麦茶の入ったコップを渡した。


「勉強会ね……最初は恵那さんがいきなり教室で騒ぎ出すから驚いたよ……今回の招集も、何となくそろそろ何かあるな、って身構えてたけど……状況に慣れつつある自分が怖い」


 日向がそう言って神妙に頷くと、悠里も苦笑いを浮かべる。


「ふふ……日向君も、唯の暴走に慣れてきたって事だね。キャンプの後からは何してたの?……あ、これ浴衣ね、後で蕾ちゃんのサイズに合うか当ててみましょっか」


 手に持った紙袋を軽く叩きながら悠里が問い掛ける。

 日向はこの数日であった事を軽く思い出し……。


「……一昨日はキャンプに持って行った道具とか衣服を洗濯して、身体を休めて……昨日は、参考書を買いに行ったら喫茶店に連行されて、それが元で日和とお昼ご飯を食べた。外に出てやった事って言えばそのぐらいかな……」


 日向の返答に、悠里は目をぱちくりさせて、眉を寄せた。


「……何それ? 喫茶店に連行されて、それが原因で日和ちゃんとお昼……?? 全く意味が分からないよ…?」


 首を傾げる悠里に、日向は昨日あった事を掻い摘んで話す。

 すると、段々と悠里の視線がじっとりとしたものになっていく。

 昨日の日和の時と同じ雰囲気に、日向は少しだけ怖気づいた。


「ふーー……ん。日向君、一日に二人の女性と…それも別々に、お茶と食事に行ったんだ? へぇーモテるわねぇ……」

「いや、あれは――」

「おにーちゃん、わたしもゆーりちゃんとおはなししたいー!」


 悠里の言葉に何か弁解しなければと思っていると、蕾が痺れを切らせて声を上げた。


「あ、そうだね。うんうん、蕾ちゃんは私とお話しよっか! キャンプの後にひとっつも連絡くれないで、自分は女の子と会ってたお兄ちゃんは置いておいてねー!」


 蕾を笑顔で撫でながら、悠里は横目を日向に向ける。顔は笑ってるが目が笑っていない。

 仕方がないので、日向は暫く物言わぬ案山子となって、二人の会話を聞き続けた。



 そうして十五分程、悠里は蕾が話すキャンプの時の出来事や、幼稚園での事を笑顔で聞いていた。


「さて、それじゃ浴衣を当ててみましょうか。蕾ちゃん、そこに立って貰える?」

「はーい」


 悠里が隣に座る蕾を抱き上げて床に立たせると、紙袋の中から畳まれた浴衣を出して、広げて見せた。


「青だー!」


 蕾が浴衣を見て歓喜の声を上げる。浴衣は紺色をベースに、薄いピンクの花弁が散りばめられたデザインだった。

 少しだけ大人っぽいデザインに見えるその浴衣を、幼い悠里が着ていたと思うと日向は何故か妙に納得してしまう。


「これは確かに……悠里らしい」

「誉め言葉だよね? そうだよね?」


 僅かに悠里が拳を握っている。今日は発言する言葉が全て裏を覗かれそうで、日向は言葉選びを慎重にしようと決めた。


「これ、着てみてもいいの?」


 興味津々といった面持ちで蕾が悠里を見上げる。


「今日は当てるだけにしておいて、と思ったけど……やっぱり袖を通した方がいいよね、背丈に合わせて直さないといけない所もあるし……」


 悠里がそう言うと、蕾はまた両手を挙げて万歳のポーズを取る。


「やってやって! あした、これきていきたい!」


 そうして、おねだりするように悠里の腕を掴んで引っ張る。

 その様子に悠里は完全に頬が緩み切っていた、何を言われても「いいよ」と言いそうな顔だ。


「はいはい、それじゃどこか着付け出来る場所は……和室かな? 借りてもいい?」

「うん、俺は流石に浴衣のは着せられないから、宜しく……」

「浴衣を着付け出来る男子高校生なんて珍し過ぎるわよ…任せておいて」


 そうして悠里が蕾を和室へ連れて行くのを見届けると、日向はソファーに座りながら着付けが終わるのを待った。



 十五分程で着付けは終わり、二人が和室から出てくる。

 袖を摘むようにして歩く蕾は浴衣のデザインもあり、いつもよりも少しだけ大人に近付いた感じだった。


「うん、似合ってる。良いもの貸して貰えたな」


 日向が蕾に微笑むと、本人は少し恥ずかしがる素振りを見せた。

 悠里がやり切った顔をしながら、ソファーに座って蕾を眺める。


「採寸は終わってるから……私が手直しして、明日また持って来たらいいのかな?」

「うん、手間掛けちゃうけど、お願いしていいかな……」


 明日の集合場所は日向の家からは遠く無いので、徒歩で十分もすれば着いてしまう。


「はいはい、任せて。それじゃ、蕾ちゃん……これはまた明日着ようね、皺になる前に畳んじゃいましょ?」

「はーい、またあしたね……」


 そうして悠里は名残惜しそうな蕾から浴衣を脱がせ、持ってきた紙袋に浴衣を入れ直した。


「そうだね、明日が楽しみだね」


 日向はそんな二人の会話を聞きながら、今年はキャンプに花火と、蕾を色んな所へ連れて行ってくれる友人達へ心の中で感謝をした。

花火大会の事を書こう!→花火大会前日の話で手が一杯になりました。

何故かいつもこういう合間のシーンを事細かに書いて時間が終わります……この花火大会が私にとって何泊になるか……

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