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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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幕間:天敵

 初島霧子は現在、姉夫婦の家に居候として住んでいる。

 一週間後にロンドンへ向かう為に自分の部屋や家具を全て引き払った結果、移動日を待たずに根無し草になってしまったのだ。


 姉の晴香からは後先を考えずに行動し過ぎと窘められたが、それはもう自分の性格と生き方なので諦めて貰うしかないと思っている。


「たーだいまー」


 玄関にスニーカーを放り出し、そのままドタドタと廊下を歩くと、晴香が顔を出した。


「おかえり霧ちゃん、遅かったね?」


 ぴょこん、とドアから覗く顔の位置は大人にしては随分と低い。

 姉は昔から背丈が小さく、高身長の霧子とは正反対の容姿になってしまった。

 といっても、その童顔な顔は可愛らしく、小柄な体系と相まって中学ぐらいまでは男子生徒にからかわれたりと悩みも多かったらしい。


「うん、ちょーっとね、面白い子を見つけて遊んでた」


 帽子の鍔を取ってフリスビーの様に洋服掛けに投げると、くるりと一回転して上手く収まってくれる。

 それを見た晴香は顔を顰めた。


「お行儀悪い……」

「いいんだよ、お行儀良くすると私じゃなくなっちまうでしょ」


 けらけらと笑う霧子に、晴香は何も言わずにキッチンへ戻った。


「そろそろ修ちゃん帰ってくるから、晩御飯はもうちょっと待ってね」

「あーい」


 ドサッとソファーに腰掛けて、長い足を放り出す。


「で、その面白い子って何?」


 台所のカウンターから晴香が顔を覗かせて霧子に問い掛ける。

 この家のキッチンカウンターは少し高い作りになっており、あの裏では一生懸命背伸びをしていると思うと、霧子は少し面白くなる。


「姉さん、足攣るよ?」

「うっさいなー! ちゃんと踏み台使ってるもん!」


 思った事をそのまま口にしたら案の定怒られてしまう。

 姉は怒った顔も可愛いなぁ、と思いながら、霧子は「んー」と一呼吸置いた。


「あたしが前に、駅前の広い場所で弾き語りしてた時にさ、子守りしてる子供が居たんだよ」

「子守りしてる子供? どういう事?」

「うん」


 霧子は一度、ソファーに置いてあるクッションを手に取り、それを胸で抱き締めて左右に揺れ始めた。彼女の考え事をする時の癖の一つだ。


「なんかさ、雰囲気違う奴がいるな、と思って。最初は親子かな、と思ったんだけど、ちょっと違ってね。目が違った。兄妹だった、妹が凄い可愛いの、欲しい。でも兄貴はダメだな、私の好みじゃない。あんなの子供のする目じゃねーよな。そんで、私は子供みたいなもんなのになぁ、って目が合った時にこっそり笑ったらバレてたみたいで」


 そう言って霧子は自嘲する様に呟いた。


 霧子は、半分だけ日向に嘘を吐いた。

 霧子は日向を見て嘲笑ったのではない、彼女は全く正反対に、()()を自嘲したのだ。

 嘲笑った事は真実だが、日向を嘲笑ったのは真実ではない。

 だから、単純に観客に向ける笑顔だと咄嗟に嘘を吐いた。


「それは失礼でしょー、初対面の相手に変な笑い方するなんて……」

「そうそう、それでさ、今日本屋に行ったら、そいつとばったり会って」


 くっくっく、とお腹を抱えるようにクッションへ蹲る。


「そしたらさ、私の事すげー苦手そうに会話すんの。その癖、こっちの無茶もちゃんと聞いてくれて、あぁこいついい奴だな、って思ってさ」


 キッチンからフライパンで何かを焼く音が聞こえてくる。

 料理をしながら、晴香の目は霧子を向いているので、しっかり聞いてはいるらしい。


「それでさ、そいつが言うんだよ。『なんで俺の事を見て嘲笑ったのか』って。あぁそうか、こいつは私の笑い方が自分を嗤った様に思えたのか……って」


 興が乗ってきたのか、次々と言葉を話す霧子に、晴香は黙って料理に勤しみながらチラチラと目線を向けている。


「あいつは子供なのに大人で、私は大人なのに子供なんだ。正反対だけど似てる存在って居るんだな、って思って。でもさ、すげー腹が立ったんだよ」


 日向と話している時の様に、霧子の話す内容はかなり色んな所に飛ぶが、長年連れ添っている晴香にはしっかりと理解出来ているのか、聞き返す事はせずに黙って頷いている。


「私は自分が子供なのを理解してる、それで大人になる必要があるって分かってる。でもあいつは違う。あいつは子供になる事を忘れてる。子供が子供の癖に大人のフリして、何でもかんでも諦めた様な目をしてる。私はそれが凄く気に入らない」


 話すにつれ、霧子の言葉は段々と荒々しく、内心の苛立ちを吐き出す様になっていく。


「あんなの……子供がしていい()じゃない。大人になるつっても……もっとやり様があるだろ……」


 その言葉は酷く弱々しく、見ていられないとばかりに首を振る。


「それで、霧ちゃんはその子をどうしたいの?」


 カチャカチャと皿を戸棚から出していた晴香が、霧子を見ずに言った。

 その問い掛けに、霧子は一瞬だけ言葉に詰まり、カレンダーに目をやる。

『出発!』と書かれた日付を見ながら、霧子は面倒臭そうに呟いた。


「……んー、とりあえず一週間付き纏って、嫌がらせする」

「えー! それはダメでしょー! だめだめ、私は霧ちゃんを人様に迷惑掛けるような子に育てた覚えはありません!」


 そうして手を大きくバッテンにして全身で抗議する姉を見て、霧子は思わず笑ってしまう。


「姉さん可愛い」

「うっさい! もー、どうしてそういう事ばっかりするかなぁ……」


 頬を膨らませる姿は、霧子よりも年上とは思えない程に愛らしく、霧子はいつも姉を嫁に貰えた修二は幸せ者だなと思う。


「嫌がらせは冗談だよ。でもそうだなぁ、どうしたい、か……」


 そしてどっかりとソファーに背中を預けて天井を仰いだ。


「皮肉なもんだよなぁ、一番……遠い場所に居る私しか、多分あいつを見つけてやれない。……まぁ、こうして会ったのも何かの縁だ、日本に居る間の最後の置き土産って事にしておくか」


 霧子がそう言った直後、玄関のドアがガチャリと響く音がした。


「あ、修ちゃん帰ってきたね」


 晴香がパタパタと玄関へ出迎えに行くと「おかえりなさーい!」という声が上がり、そうして鞄とスーツの上着を持って戻ってくる。

 次に入ってきたのは霧子と同じぐらいの背丈の、スマートなシルエットの男だった。


「おかえり、しゅーにぃ。あーそうだ、この前も頼んだけど、しゅーにぃ私に英語教えてくれよ、英語の教師だろう?」

「断る。お前に教えても端から全て聞き逃すだけだ。それに、お前の性格なら言葉など伝わらなくても何とかするだろう、必要無い」


 すっぱりと願いを一刀両断されて、霧子は「うえぇ……やっぱ本買うしかないかぁ」と嘆いた。


「俺は日中は仕事がある。学校が例え夏休みでも、それは学生に限った話だ。俺にはそんな時間は無い」


 そう言いながら、小野寺修二は自分が担任を持つクラスの生徒達が、ちゃんと夏休みを安全に過ごしているのか……心の中で、それだけを思った。

霧子の内心は、最後まで伏せるべきか迷いました。

でも何となく、個人的には霧子がもう一人の主人公の様な気がして来たので、気が付けば書いてました。

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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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