日和との昼食時間
日向が日和と二人、連れ立って商店街を歩きながら昼食を摂る店舗を探し、見つけたのは一件のトラットリアだった。
「日向先輩、イタリアンでいいですか? やっぱりお茶が出てくる和食屋がいいですか?」
片目を瞑って、からかうような口調で問い掛ける日和へ、日向は苦笑いしながら頷く。
「お茶と俺のイメージがどういう単語を経由して繋がるのか気になるけど……いいよ、ここにしようか」
そうして二人が入口を潜ると、女性の店員が席まで案内してくれた。
「中学の頃とかは、こういう場所へは来られませんでしたもんね。なんか大人の雰囲気で、入るとしてもファストフードばっかりで」
席に座った日和が、ラケットバッグを傍らに置きながら言った。
この商店街のトラットリアは、別にお高いお店ではないのだが、雰囲気がそうさせるのか、確かに中学生の頃などは入る機会が無かった。
「まぁ俺は今でも入る事はそんなに無いけどね。一人で入るのも味気ないし、蕾はもうちょっとファミレスっぽい場所の方が好きだからさ」
水を口に含んでから日向が言うと、日和はくすりと笑う。
「堂々と友達とは来ない宣言というか、一人で行動するのが普通みたいな言い方ですよね……」
「俺の帰宅時間と合う友達ってなかなか居なくて…雅ともこんな場所には来ないからなぁ、それこそ牛丼とか、ラーメン屋の方が多いかも。それも休日とかに数える程度だけどね」
そんな些細な事を言いながら、オーダーを決める。
日和は本日のランチにあるカルボナーラ、日向は少し迷ったが結局同じカルボナーラを注文した。
すると日和が満足そうな顔で頷く。
「日向先輩ならカルボナーラだろうな、と思ってました。次点でボンゴレロッソですね」
「なんで分かるの………」
日向が最後まで迷ってたのがその二つだ。ぴたりと当てられた事に少々驚く。
「さぁ、なんででしょう? ちなみに、私がもう一つ選ぶとしたら何にすると思います?」
ニコニコとご機嫌な様子で日和が訪ねてくる。
日向はメニュー表をもう一度開き、閲覧してから考える。
「……ジェノベーゼ?」
「ぶー違いまーす、好きですけど、ソースが口元にくっついたら目も当てられないので、今日は選びませんー」
「判断基準が味じゃないとか難易度が高過ぎない?」
日向がそう答えると、甘いとばかりに日和が首を振る。
「女の子の考え方を男性の観点で捉えようとする事がそもそも間違いです。日向先輩はもう少し女の子の気持ちを勉強して下さい。じゃないと、つっつがもうちょっと大きくなった時に苦労しますよ」
そんな事を言われてしまうので、頭の中で日向はシミュレートを開始する。
蕾が小学生になり、思春期を迎える。その時に自分がデリカシーに欠いた言動をすると、一言も口を利いてくれなくなる。
考えただけで憂鬱になった。
「表情だけで、いま何を考えたか分かりますね、これは……」
日向の顔を見て日和が溜息を吐く。
それから、あっ、と思い出したように視線を向けてくると。
「ちなみにですね、私がカルボナーラにしたもう一つの理由は……」
少し前のめりに、内緒話でもするような姿勢を取ってきたので日向も少しだけ身体を前に動かす。
「うん?」
「……日向先輩が、ボンゴレを頼んだら、ちょっと食べさせてあげようと思ったからですよ」
こっそりと言い放ち、すぐに身体を元の位置に戻したその表情は、涼しげに澄ましてはいるが顔が少しだけ熱を持っているように見える。
日和が動いた後に、ふわりとしたデオドラントスプレーか何かの爽やかな香りが漂う。
「……そっか、それは惜しい事をしたかも」
「あ、その受け答えはいいですね、好印象です。ポイント高いですよ?」
内心の動揺を押し隠すように言う日向に、日和は首を傾げて可愛らしく微笑んだ。
それから運ばれてきたパスタを二人で揃って食べると、セットに付随するドリンクを飲みながら一休みする。
「そういえば、今日は一人なんですね、つっつは夏休みに入ってるんじゃないですか?」
日和がオレンジジュースの入ったグラスの、表面についた水滴を指でなぞりながら日向に問い掛ける。
「うん。今日は爺ちゃんと婆ちゃんが連れ出してる。町内会館で子供縁日らしくて……偶には一人で羽根伸ばして来い、って俺は追い出されたよ」
頭を掻きながら答える日向に、日和は何故か細目でじっとりとした視線を送った。
「それで一人で歩いてたら、大人の女性と二人で喫茶店ですか、ふーん……」
「い、いや……あれはもう半分強制的になんだけどね……」
背中に冷たい物を感じながら弁解する。
「まぁいいです、こうしてお昼付き合ってくれたから、これ以上は何も言いません」
そう言って日和はストローを口に含み、オレンジジュースを啜った。
日向はその光景を頬杖を付いて眺めながら、ふと視線を傍らのラケットバッグに向けた。
小柄な日和の身体がほとんど隠れてしまいそうな、大きなバッグだ。
彼女がそれを背負って、コートに入る姿がありありと想像出来る。何度も見た光景で、今はもう日向には見られない光景だった。
その視線に気付いた日和は、バッグを見つめる日向の顔をじっと眺める。
「……ん、どうした?」
「いえ、随分真剣だなぁーと思いまして…」
「そんな風に見てたかな……?」
日向としては少し横目で見ていたぐらいのつもりだったが、日和からはそうでもないらしい。
「はい。でも私、日向先輩のそういう顔、好きですよ。真剣で……凛々しくて」
面と向かれてそう言われると、恥ずかしさでどういう顔をすればいいのか分からず、視線を彷徨わせてしまう。
「あ、照れましたね、今?」
「照れさせようとしたね? 今のは……」
そう言って反論すると、日和は楽しそうに笑うのだった。
何故か難産でした……もっとこういう軽快なやり取りをどんどん書きたいです…