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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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夏休みキャンプ編 終幕:キャンプからの帰還

 朝方、テントの中からでも感じられる陽光を受けて、日向は目を醒ました。

 隣でまだ寝ている雅を起こさないよう、そっと外に出る。

 微かに朝露に濡れた足元の茂みを確かめるように歩き、うっ、と一度身体を伸ばすと、慣れてない寝床での睡眠の影響か、身体の節々が音を立てた。


 女子のテントからは、声は聞こえないが誰かが動く気配がする。

 女の子は朝の準備が大変なのだろう、寝起きの顔を見られたくないと、身支度に時間が掛かるのかもしれない。そう思っていると、テントの入り口が開いて唯が顔を出した。


「………おはょ」


 半分据わっている唯の両目が日向を捉えると、辛うじて聞き取れるぐらいの低い声が聞こえて来た。

 日向の予想をしっかりと裏切り、思いっきり寝癖が付いている。


「……お早う、眠いならまだ寝てたら……?」


 思わずそう言ってしまうぐらい、寝起きの機嫌が悪そうな唯に告げると、唯は洗面道具が入っているであろう小さいバッグを持ち上げた。


「……顔洗ってくる…」

「行ってらっしゃい、シャツまで濡らさないようにね」


 のそりのそりとゾンビの様に歩いて行く唯を見送る。

 そして野菜の入ったクーラーボックスから幾つかの食材を手に取ると、昨日と同じくボウルに入れておく。

 後で洗いに行き、朝食の豚汁を作る予定だった。


 準備をしていると、再び女子テントから誰かが動く気配がする。

 暫くゴソゴソと音が聞こえていたが、そこに彼女達の声が交じり始めた。


『あ、お早う御座います、芹沢先輩。……身体痛いですね……』

『日和ちゃんおはよう……うん、首とかバキバキ……でも蕾ちゃん抱っこして寝るの気持ち良かったぁ……』

『……つっつ、まだ寝ちゃってますね…昨日、沢山遊んだから疲れてたみたい…』


 耳を澄まさないと聞き取れない程の声量なのは、蕾を起こさない為だろう。

 そこまで考えて、自分は何を女子テントの会話を盗み聞きするような真似をしてるんだと思い、日向はそっと炊事場へ向かった。


「よし、新垣君、あたしも朝食作り手伝うよ。何すればいい?!」


 洗面を終えて心持ちシャキっとした唯が手伝いを申し出るが、残念な事に既にやる事がほとんど無い。


「えーと……そうだな、灰汁を取ってくれるかな」

「分かった、他には?!」

「他には……何もありません」

「えぇ……」


 残念な事に、食材を切って置き、具材を入れて火に掛ければ豚汁は終わってしまう。

 味噌を入れる手間すらも任せると、日向のする事が何も無くなってしまうのだ。

 張り切ったものの、手伝える事がほとんど無いと知った唯が肩を落としながら灰汁取りを始める。


「…あまり手伝える事無いのが悔しいけど……こうして二人で共同作業すると…新婚さんみたいね…」

「そのネタはもうやったよ。二番煎じとは恵那さんらしくないね」


 もじもじと体を捻りながら煽情的なセリフを発しているが、口元がニヤけているのが見える。

 日向の反応が面白く無かったのか「ちぇー…つれないでやんすー…」と謎のキャラクターを演じながら、おたまで灰汁を掬う手だけは止めなかった。


 そんな馬鹿なやり取りをしていると、テントから悠里と日和、蕾も一緒に出てくる。


「おはよう、朝食はもうちょっとで出来るから、待ってね」

「悠里、日和ちゃん、蕾ちゃんもおっはよー!」


 日向達が声を掛けると、日和は日向の手元を見て頭を下げた。


「お早う御座います、あ……朝ご飯、準備手伝わなくてすみません」

「いいよ、こういうのは任せてくれて。それより、蕾を寝かせてくれててありがとう、大丈夫だった?」

「はい、全然平気でしたよ。寝相もいいし、途中で起きる事もありませんでした」


 日和から昨夜の様子を聞いていると、悠里も背伸びした後に日向と唯へ向き直る。


「二人ともおはようー、いい匂い……任せっぱなしでごめんね」

「いいのいいの……あたしが悠里に恩を売れる数少ない機会なんだから……灰汁取りしてるだけなんだけどね!」


 唯がおたまを軽く持ち上げて切なそうに呟く。


 蕾が辺りを見回して「みやびくんはー?」と声を上げる。一人だけ居ないのが気になるのだろう。


「まだ寝てるんじゃないかな。蕾……兄ちゃん起こす時のあれ、やってきていいよ」

「わかったー、おこしてくる!」


 日向が男子用テントを見据えて蕾に指示を出すと、蕾がテントに駆け寄って中へ入って行く。

 数秒後に「おうっふ!」と肺から息を吐きだす雅の声が聞こえて来た。


「……あんな起こし方されてるの? 毎日……」


 悠里が恐る恐る日向に尋ねる。


「まさか。たまに寝坊した時だけだよ。お陰様で最近はしっかり起きれるようになったけど……」


 手元に持った味噌を鍋に入れながら日向は苦笑いを浮かべた。



 そうして純基も起きて全員揃った所で朝食を摂る。

 メニューは豚汁だけでも、鍋一杯に作ったお陰で十分な満足感が得られた。


「今日はこの後、お昼前には出るんだけど、まだ時間はあるから最後に何処かで遊んできても大丈夫だよ」


 純基が空になったお椀をテーブルに置き、時計を見ながらそう言った。

 日向達は昨日散策した際の事を思い出しながら、何処に行こうかと相談を始める。


「サイクリング……アスレチック、釣り…後は何かありましたっけ」


 日和が指折り数えていくと、悠里も「うーん」と場内を見渡しながら考え始める。


「一応ラフティングとかもあったけど、今からすぐ遊べるものではないわね」


 それぞれどうしようか考えていると、蕾が手を挙げた。


「あすれちっく! みんなとあそこであそびたいよ!」


 発せられた声に、一同は顔を見合わせて頷く。


「うん、そうしよっか! 時間まであそこで遊んできましょ!」


 悠里が手を合わせて微笑んだ。その言葉に蕾が顔を綻ばせて喜ぶ。

 そうして朝食の後片付けをした後、テントを畳んで荷物をあらかた車に積んだ後にアスレチック広場へ移動する。



 アスレチックパークに着くと、あちこちに家族連れや子供達の姿が見える。少数ではあるが、大学生と思われる人達の姿もある。


「それじゃ、ここからは……もう各自好きに遊べー!」


 唯の一言を皮切りに、蕾が先頭切って走り出す。

 その姿を追うように、日和と悠里、唯が後に続く。


「俺達も行こうか、朝飯をたらふく食ったから、腹ごなししなきゃな」

「動き過ぎて胃から出ないようにね、もう蕾ほど若くはないんだから」


 日向が雅に笑って答えると、雅が肘で日向の脇腹を軽く小突いた。



「おにーちゃん、こっちこっちー!」


 頭上から声を掛けられ、見上げると大きな船の形をした遊具の甲板を模した場所に蕾が見える。

 その傍らには悠里と日和が付き添い、船の先端では唯が片足を柵の一部に預けて謎の決めポーズを取っている。


 蕾へ手を振り返すと、日向はスマートフォンを構えて、皆の姿を撮影した。

 距離がある為、やや遠目だけれど皆の笑顔を写真越しに確認出来る。


 それから、太い縄で出来た網目の足場……二人乗りのブランコ、ロープを使い登る坂道……目についたものを片っ端から踏破していく。

 全員、息を切らせて、それでも笑顔で子供の頃のように、時間一杯になるまで遊んで遊んで……遊び尽くした。




「それじゃ、そろそろ出ようか」


 最後まで出していた椅子やテーブルを片付け、テントを張っていた場所は最初の時と同じく何も無い草原へと姿を戻している。


「……楽しかったけど、こうして全部片づけちゃうと、ちょっと寂しいね」


 悠里が辺りを見回して、感傷的に呟く。


「昨日此処に来て、一日しか経ってないのに随分と馴染んだ気がするからなぁ」


 雅が、片付けの際に少しだけ出た汗を濡れたタオルで拭きながら同意する。


「………」


 日向の服を掴んでいた蕾が、ぼーっとその場所を見つめると、傍らの日向を見上げた。


「おにーちゃん、また、ここ…こようね」


 いつものように満開の笑顔ではなく、寂しさと満足感を感じられる表情で蕾が言う。


「そうだな、受験勉強の合間にでも、また来れたらいいな」


 蕾に笑顔を返しながら、現実的な事を言う日向に唯が食って掛かる。


「ちょーっと新垣君、こんな時は受験の話なんてしなくていいよ! 真面目かよぉ!」


 唯の言葉に悠里と日和が笑い、釣られて日向と雅も、蕾も笑った。



 そして車に全員が乗り込む。席順は来た時と一緒だ。

 発車する際に、もう一度さっきまで居た場所を窓から覗く。

 日向だけじゃなく、他の皆も同じように窓の外に目を向けている。けれど、誰も何も言わない。


 やがて駐車場を横切り、元来た道を戻り、国道に出た辺りで唯の声が上がる。


「さーって、それじゃ、帰り道も歌うぞー! 成瀬ぇ、USBセットー!」

「はいはい……」


 手慣れた様子で、雅がオーディオを触り始める。


「準備おっけー? それじゃ、日和ちゃんからどうぞー!」

「え?! やっぱりこの流れが鉄板になってるんですか?! なんで言い出しっぺからじゃないんですか!!」


 来た時と同じ道を、日向達は進む。

 また、ここからキャンプが始まるんじゃないかと思う程に、帰り道も散々騒ぎながら。




「それじゃ、おじさん…お世話になりました。連れて行って貰えて本当良かったです」


 集合場所と同じ校舎前で降りた日向達は、純基へ頭を下げて一例をする。


「いいのいいの。っていうか、ここで良かったの? 一人ずつ送ってってもいいのに」


 純基の言葉に、皆で視線を合わせて頷く。

 何となく、集まった場所で解散したかったと思ってしまったのだ。


「はい、そんなに遠い訳じゃ無いので、平気です。ここで大丈夫です」

「そっか、分かった。皆気を付けて帰ってね、寄り道しないで帰るんだよ」

「皆、またねー! 夏休みはまだまだこれからなんだから、また遊ぶよー!」


 車の座席に乗ったままの唯が、一同に手を振る。

 皆で手を振ると、ドアを閉めた車が動き出す。


 リア側の窓から手を振り続ける唯を見送ると、日向は荷物を担ぎ上げる。

 それに応じて、悠里、日和、雅も同じように荷物を持った。


「それじゃ……帰ろうか、皆」

「はい、芹沢先輩、成瀬先輩、日向先輩、蕾ちゃん、また!」

「うん。皆、気を付けてね!」


 日向の言葉に、日和と悠里が。


「明日からまた部活か……帰ってもう一度寝ておこう……またな」


 大きくため息を吐いた雅が歩き出す。


「みんな、またねー! またあそんでねー!」


 日向も蕾の手を引いて、家の方向に足を進める。

 蕾が振り返って手を振る。

 交差点を過ぎて、姿が見えなくなるまで、蕾は手を振り続けた。




 そして、日向と蕾は自宅の門まで辿り着き、ゆっくりとドアを開いた。



「「ただいまー!」」

これでようやく、キャンプ編は終了となります。

日向達にとっては一泊二日だけど、私にとっては三泊四日ぐらいな感じだと思います。はい。


あと、先輩先生達の作品を見ながら、やはり地文は全て一文字空けるんだなぁ、と再確認したので、今回はそのような文体になっております。

これまでのものも、全てちゃんとした文体に直していかないと……

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