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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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夏休みキャンプ編6 星空を見る前に。

 段々と夕方の空に、夜の色がグラデーションされていく時間帯。

 灯りが無ければうっすらと影法師が見える程の中で、木炭が燃える淡い赤が揺らめいていた。

 その幻想的な雰囲気に、だが一同は大自然への厳かな雰囲気を覚える事無く。残念な事にただ空腹を満たしている。


「……王手」


 雅が立っている側の網に、豚トロが一枚乗せられる。

 すぐ様その豚トロからは脂が滴り、火柱が上がった。


「………」


 雅はその豚トロを素早く箸で掴み、自分の皿に盛った白米の上に乗せる。


「うーん………次、香車成」


 次に唯の手によって、カルビが一枚、裏返されて乗せられる。

 今度もすぐ様、カルビの焼き目から脂が滴り、火柱が上がった。


「…………」


 雅はそのカルビも素早く箸で掴み、白米の上に乗せた後、鎮火用の小さな氷を網の上に乗せる。

 ジュッ、と音がして網についた炎は消え去った。


「恵那、黙って、食わせろ、頼むから………!」

「えー、バーベキューってこうして火が上がるから楽しいのに……なんで取っちゃうかなぁ」


 雅が頭痛を抑えるように頭を振るが、唯は気にせずに肉や野菜が焼けたものを自分の皿に放り込み、次々と口に放る。


「食べ物で遊ばないようにね、これは師匠命令だから」

「お、お師さん……?!」


 野外に出てから唯の奇行が増長している事を懸念し、日向は釘を刺しておく。

 日向は日向で、口では唯へ注意しながらもその目は真剣で、蕾が食べてもいい肉を選別している。


「もう皆自分の事ばっかり……これだから! もはや私に愛など要らぬ……」

「唯……いいから、ちゃんと食べなさいよ……後からお腹空いたって叫んでも、食べる物無いかもしれないよ?」


 ぶつくさ文句を言う唯を悠里が嗜める。

 バーベキューコンロの付近には唯、雅、日向、日和の四人が立ち、背後にあるテーブルでは淳基、悠里、蕾が紙皿に持ったカレーとバーベキューに舌鼓を打っている。


 カレーを食べ終わったのか、蕾が椅子から降りて日向の傍へ来て、じっと火を見つめ始めた。

 完全に熾きた時の炭火の赤い光は、何故か強く惹かれる事がある。

 不思議そうに見つめる蕾を、後ろからそっと抑えるように日向は手を添えた。


「火、熱いからな。静かに見えても、しっかり燃えてるんだ」

「うん……」

「お肉、焼いてみるか?こっちの肉用の箸を使ってな」


 生肉用に使ってる割り箸を蕾に渡し、一緒に肉を置く。

 ジュッという音が鳴り、肉が焼けてゆく様を、蕾は一瞬たりとも見逃さないとばかりに凝視する。


「……子供の頃って、何故か火に寄りたがるのよね、なんでだろ?」


 悠里がその様子を、テーブルに肘を突きながら微笑んで見守る。


「原始から火は獣を追い払うから、本能的に人間は火に安心感を覚えるって言いますよね」


 日和が箸を唇に添えながら答える。華奢だが体育会系、その皿には肉が山を作っていた。

 カレーを食べて尚、その食事量に彼女の一体どこへカロリーが消えているのか、日向には謎だった。


「できたー!」


 そんな事を話している間に、ひっくり返して両面焼けた肉を皿に乗せた蕾が、再びテーブルの椅子へ座る。

 微笑ましいその様子を、その場に居る全員が眺め、口元を綻ばせた。


「そうそう、この後は温泉に行くんだけど、入浴が終わったらどうする? ここは星がよく見えるから、空を見上げるだけでも楽しいよ」


 淳基のその言葉に、日向は頭上を見上げる。

 ここはカンテラや付近のテントから漏れる光で、多少は星が見えるけれど、より暗くなったら少し離れた場所で見るのがいいかもしれないと思った。


「ここからあっち、小高い丘があるからさ。シート持って行くといいよ、十分も掛からないから危なくも無い。僕は今度こそアルコール入りの麦発砲を呑むから、帰ってきてからコンビニ行きたいとか言わないでね」


 淳基が笑いながら言うが、その言葉は真剣さを帯びていた。真剣にアルコールを飲みたいのだろう。


「はいはい……隙あらばお酒呑むんだから。潰れるまでは呑まないでよ? ここには新垣君のお父さんいないんだから……」


 唯が溜息を吐きながら父の言葉に頷いた。夜ぐらいはゆっくり休ませてあげたいのだろう、憎まれ口も今は少し抑え気味になっている。



 そうして一時間程食事を楽しみ、一度全員で車に乗り込む。

 ここから車で十分程の場所に温泉宿があり、キャンパーにはお風呂だけの開放もしている所だ。

 車内は荷物を降ろしている事もあり、行きの時よりも広々と使えた。


「あれかな、結構立派だねぇ……」


 唯の声に窓の外を見ると、暗闇の中に爛々と輝く優しい光が見えていた。

 近付いて来るにつれて、その大きさが見えてくる、唯が言う通り想像よりも大きい建物だった。

 車が駐車場に停まり、一同が社外へ出ると、むわっとした夏場特有の空気が押し寄せてくる。


「ひーあっついね、早くお風呂入りたい!」

「うん、今日は一日…汗凄いもんね、ほんと早く入ってさっぱりしたい……」


 お風呂用の着替え等を入れたバッグを携えた唯と悠里が、顔を合わせて頷き合う。

 その後ろから日和もやってきて、シャツの襟元を嗅いでいた。


「私も……普段の汗と違って、炭火の近くだと匂い付いちゃいますからねー……」


 キャンプの醍醐味とは言え、女子はやはり気になるのだろう

 逸る気持ちを抑えるように旅館へ歩いて行った。


 入口から入り、受付を済ませると大浴場までの通路を歩き、脱衣所前の休憩所に一度集まる。


「それじゃ、三十分でいいかな? およそ七時半頃にここ集合で、まぁ厳密に三十分じゃなくてもいいけど、目安にね」

「はーい。それじゃ、また後でねー」


 淳基と唯が時間の確認をし、それぞれが脱衣所に入って行く……所で一つ問題が発生した。


「つ、蕾、蕾! 蕾はこっち、兄ちゃんが着替え持ってるからさ」


 悠里達へ付いて行こうとする蕾の手を引くと、蕾はいやいやするように首を振る。

 そして悠里の鞄をぎゅっと握ってしまうので、日向は手出しが出来なくなる。


「ゆーりちゃんたちといっしょがいい……」


 そう懇願されては強く断れないが、母が居る時とは違い、今は日向だけだ。

 どうしようと思っていると、日和と目が合った。

 日和も日向の目を見て、うんと頷く。


「平気ですよ、つっつの着替えとかなら、私おばさんがやるのを見てた事ありますし。お湯の中だけ注意すれば大丈夫ですよね?」

「……うん、子供って身体が小さいから、少しのぼせ易いんだ。顔が赤くなってきたら、足だけ浸からせててもいいから……お願い出来るかな」

「はい、芹沢先輩もいますし、全然平気ですから。日向先輩はゆっくり入って来て下さい」


 微笑んで頷く日和に、日向はバッグから蕾のタオルと着替えを渡す。

 渡された日和は、それを自分のバッグに仕舞い直した。


「私も居るからね」


 ボリュームだけは感じられる胸を張って唯が主張するが、その言葉を聴くと同時に日向達は各々の脱衣所へ入って行った。



 およそ四十分ほど経過した頃だろうか、休憩所でペットボトル飲料を飲んでいた日向達の元へ女性陣が戻ってくる。


「はぁー気持ち良かったぁ……キャンプの後のお風呂って最高だね……」


 悠里がタオルを首に巻きながら恍惚とした笑みを浮かべる。


「本当、いいお湯でしたね。恵那先輩が日焼け跡に絶叫して大変でしたけど……」


 日和が呟くと、唯はどこ吹く風で自販機へ向かった。

 悠里もその背中を見て溜息を吐いたが、蕾の頭に手を載せると、髪の毛を撫でるように擦る。


「蕾ちゃん、すっごい肌がすべすべなの……もちもちで、お腹とか太腿とか、もうね……凄い、子供の体って凄い……ずっと触っていたいぐらい……もちもち……」


 どうやら気に入ったのはお風呂だけでは無かったようで、口元がだらしなく開いている。


「でしょ。あれはもう麻薬のようなものだよね。五歳になってから少し肉質がしっかりしちゃったけど、三歳の頃とかは更にもちもちだったんだよ……」


 悠里と二人、揃って物思いに耽る日向を見て、日和は「つっつ、あっちで飲み物でも飲もう?」と危険物から蕾を護るようにそそくさと退散して行った。

夕飯から入浴、星天観測まで書こうと思いましたが、キャラ達が遊び始めて時間が掛かりましたので区切ります…(言い訳)


相変わらずのだらだらキャンプ編ですが、多分、次かその次で終わると思います。終わるといいな…?

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