夏休みキャンプ編4 記念すべき一回目の記念撮影
入場料を受付に払い、ざっと周囲を散策するとちらほらとテントが見えるが、そこまで混雑はしていなさそうだった。
程よく開けた場所を見つけたので、そこを設営地とする事に決めた。
先ずはテントを設営してしまおうという事で、女性陣は大きな石が無いかを入念に調べ、日向と雅がペグを打ち込んでいく。
「二人とも、手慣れているね。これなら大抵任せちゃっても平気そうだ」
純基が感心して二人を褒めると、日向と雅は顔を合わせて拳を突き合わせて笑い合う。
こういうアウトドアになると男子というのは単純で、野生に帰った動物のようになる。
手で何かを作る、という作業は面白く、テントは二張とも大きな問題も無くスムーズに完成し、男女共に内装を整える為に手荷物等を中に仕舞い込んだ。
「よっし、こんなもんだね。それじゃあ、僕は火を起こしておくから、皆は一時間ぐらい遊んできていいよ。戻ってきたらお昼ご飯にしよう」
軍手を嵌めて木炭を持った純基が、子供達を見渡して笑顔で告げる。
日向が時計を確認すると、時刻はまだ午前十一時。朝方に出たので、丁度これからが陽の強くなっていく時間帯だ。
「さーって、先ずはどこに行こうか! アスレチックもあるし、川辺もあるし、レンタルすればサイクリングも出来るよ!」
唯が待ってました、とばかりに満面の笑みで手を広げてくるくる回り出す。
途中で蕾も釣られたように唯の周囲をくるくると走り回る。
「一時間ぐらいなら、軽く散策して戻れば丁度いいかな。昼を摂ってから本格的に遊びだす、って事で先にどんなものがあるのか見てみない?」
日向が提案すると、唯は笑って頷く。他のメンバー達も特に異論は無いようで、興味深そうに周りを見渡している。
「そだね、先ずは現地の情報収集タイムといきますかぁ。それじゃ、ぐるーっと一周する感じでいこー!」
「おー!」
唯が右手を挙げて歩き出すと、同じく蕾も手を振り上げて唯の後ろを歩いて行く。
唯の先陣に付いて行く形で歩き始め、先ずはテント設営が可能な宿泊圏内を横切り、外周のサイクリングロードと並行する歩道に出る。
アスレチック公園、森林浴コースの道、遠くにはアクティビティ体験を申し込む為の事務所が見える、ラフティング等も予約をすれば行えるらしい。
「あ、見て下さい先輩、テニスコートも併設されてますよ。……向こうにあるのは、展望台ですかね?」
日向は服を軽く引っ張られる感触と一緒に、日和のはしゃいだ声を聞いた。
指の射す先を見ると、緩い坂の上に広い足場のようなものが見えた。
「見晴らし良さそうだなぁ、場内施設を一望するなら、あれがいいかもね、行ってみようか」
「うんうん、ここまで十五分ぐらいだし、見て戻れば丁度いいね!」
日向の提案に、唯が乗っかるとそのまま坂道を歩いて展望台を目指す事にした。
然程傾斜の強くない坂道を、およそ歩く事五分で目的の場所まで辿り着いた。
下よりも風を感じられて、ほんのりと汗ばんだ肌を冷やしてくれる。
日向は蕾が柵の外に落ちないよう、しっかりと手を繋いで外縁へと歩き出した。
「うわぁ……いい景色……」
感激の声を挙げた悠里の隣へ立ち、見渡すと大自然のパノラマが広がる。
遠くに見える山も、カラフルに彩られたテント達も、この景色を飾っている。
「……いい場所だね、凄く気持ちいい。夏休み入ってすぐこんな所に来れるなんて、贅沢だなぁ」
柵に手を着いて上半身を一杯に伸ばした悠里の顔は、晴れやかだった。
彼女の髪が、風に靡かれて一枚の絵画のような光景を生み出す。
「ね?」
見上げてくる悠里の顔は、こんな非日常的な風景の中だからだろうか、とても綺麗に見えた。
「うん、道中は相変わらずバタバタしてたけど、皆と一緒にここに来れて、良かったよ」
日向も素直な気持ちを吐露すると、悠里は目を細めて笑ってみせた。
「おにーちゃん、あっちあっち! みやびくん、たかいところにいるよー! いってみていい?」
ぐいぐいと後ろに手を引かれたので、日向は蕾の指差す方を見上げると、更に上に続く階段の先に一回り小さい足場があった。
雅と唯、日和が既にそちらで周囲の景色を堪能している。
日向が頷いて手を放すと、蕾は階段の元へ行って手足を使って器用に階段を上る。
そして頂上に付いた蕾が、雅をせっついて肩車されているのが見える。
「俺達も行こうか、悠里。あっちの景色も良さそうだよ」
「……うん!」
二人連れ立って歩き、階段を昇る。
全員が集まると、唯が鞄の中から伸縮式の棒を出して、自分のスマホをセットし始めた。
俗に言う自撮り棒という物だろう。
「それじゃ、皆寄って寄ってー! はーい、どーん!」
微妙な掛け声での撮影に、それぞれタイミングを計りかねてしまう。
唯のスマートフォンで今の写真を全員で確認すると、視線が揃っていなかったり半目になっていたりと散々だった。
「あっはははは! なにこれ、ひどい! でもいい!」
「私、目を閉じ掛けましたよ! 恵那先輩、どーんってなんですかどーんって!」
「俺の顔、蕾ちゃんの脚で隠れてるんだけど」
それぞれの不平不満を唯は笑い飛ばし、キャンプ地での一発目の写真は散々な結果になった。
景色を堪能してテントの場所へ戻ると、炭火のいい匂いが漂ってくる。
見るとバーベキューコンロには赤く燃える火が灯っており、周囲には椅子がセットされているのが見えた、純基が用意してくれたのだろう。
「おかえり、みんなお腹すいたろー、お待ちかねのお昼ご飯だよー」
間延びした純基の声に、期待を膨らませて何が出てくるのかを見ると、純基は「じゃーん!」と言いながら包装された正方形の物体を複数差し出した。
「……インスタントラーメン?」
雅が手に取ってしげしげとそれを見るが、どう見てもそれはインスタントラーメンだ。
組み上げられたテーブルの上には、紙のお椀と鍋が用意されている。
「ちょっとパパぁ、こんな所まで来てインスタントラーメンだなんて……」
腰に手を当てて抗議する唯に、純基は困ったように笑う。
「そうは言ってもね、お昼の食材まで詰める程のキャパシティが無かったんだよ。それに、自然の中で食べるラーメンは美味しいんだよ。登山者でもラーメン食べる人居るでしょ? それと同じ同じ……大丈夫、自然は最高のスパイスだから!」
親指を立てて一気に話す姿は唯のゴリ押しモードにそっくりだった。
「とりあえず作ってみようよ、腹が減っては何とやら、だろ? それに夕飯はバーベキューとカレーの豪華二本立てなんだ、お昼ぐらい軽くいこうよ」
そうして、バーベキューコンロではなく、別に置いてあったガスコンロに鍋を置いて湯を沸かし始める。
「あれ、炭火は使わないんですか?」
日和が疑問の声を挙げるが、純基は頷きながら説明する。
「うん、鍋を炭火に掛けちゃうと、黒くなっちゃって洗うの大変だし、何より時間が掛かるからね。カレーを作る時も、鍋はこっちのガスコンロを使うといい、ボンベの予備はあるから、足りなくなる事は無いと思うよ」
へー、と感心する日和の声に、横に居る悠里と唯も納得したように頷いた。
そうしてお湯が沸き、インスタントラーメンを大きめの鍋で人数分一気に作る。
各々のお椀にラーメンが行き渡ると、今度は弁当箱を取り出した。
「それで、こっちは我が家のママさんから、おにぎりだよー」
蓋を開けると、そこには三角と丸型、俵型のおにぎりが幾つも並べられていた。
「梅じゃこ、鮭いくら、牛肉しぐれ煮……あとなんだったっけな、うーんと、草」
草ってなんだろう……と日向が眉を顰めて観察していると、唯が補足した。
「草ってパパ、もう……野沢菜漬ね。好き嫌い激しくて、嫌いな食べ物の名前覚えようとすらしないんだから……好きなの食べてねー、ママのおにぎり超美味しいんだよ!」
呆れた口調で唯が純基を窘める。そして雅が一つおにぎりを手に取り、口に運ぶと目を見開いて固まる。
「……雅、どうしたの? 詰まった?」
「…………美味すぎる…炊き加減と塩加減と、何より具材の味付けが絶妙過ぎる……」
日向の問い掛けに、雅が震えながら答える。
試しにと一つ、日向も手に取って食べてみると、梅じゃこの爽やかな風味と塩気が口の中に広がる。
掛け値なしに美味しいと言えるおにぎりだった。
「ほんとだ、おにぎり一つでここまでって恵那さんのお母さん凄まじいね……父さんの言ってた事の片鱗を見た気がする……」
家で父の仁は、純基の奥さんを才媛と言う一言で表していたが、それは学業方面だけではなく、家事全般にも言える事なのだろう。
「らーめんもおいしー! そとでたべるのはたのしいねー」
「あーつっつ、ほら……ほっぺた出して、んーって」
麺を啜った拍子にだろうか、頬にスープを付けた蕾がにこにこと笑う隣で、今度は日和が蕾の顔を拭き取っている。
夏場の炎天下の下、爽やかな風に晒されながらの食事は心もお腹も一杯に満たしてくれるのだった。
書きたい事が多過ぎて、どこまでキャンプ編が続くのか自分でも不安になってきました。
恐らく後2~3部で終わると思います、きっと……