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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【二章 再会の夏、新緑の芽吹く季節に。】
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夏休みキャンプ編3 車中の出来事、そして到着。

 迎えたキャンプ当日、天気予報も今日明日の二日間は晴天マークが付いており、懸念されていた天候の悪化は見事に払拭された。

 大きめの旅行鞄に二人分の着替え等を詰め込み、日向と蕾は靴を履く。


「二人とも、気を付けてね。恵那さんには私からまたお礼を言うけど、ちゃんとお世話になります、って礼儀正しくするのよ。蕾もね、お兄ちゃんの言う事をちゃんと聞いて、絶対に危ない事をしない事」

「はーい!」

「分かってるよ、任せて」


 いつもより長めの母の注意事項に、二人とも素直に頷く。

 そして蕾に麦わら帽子を被せると、二人揃って家を出る。


「それじゃ、母さん。行ってきます」

「いってきまーす!」




 集合場所は高校の駐車場となっていたので、そこで全員の荷物を詰め込み、現地まで約二時間弱の行程を車で進む。

 今日使う食材は恵那家があらかじめ用意してくれるとの事で、この先はのんびりと移動だけになる。


「きゃんぷうううう!」


 テンションが既に天井を突き抜けた蕾を抑えつつ、日向は学校を目指す。

 ぴょんぴょん跳ねる蕾を見て、日向も少しずつ心が高揚していく。

 やがて見えてきた校門の前に、一台の白いミニバンが停まっていた。


「日向くーん、蕾ちゃーん、こっちー!」


 大きな声で悠里が手を振るのが見えた。

 その隣には唯、日和が並び、雅が恐らく唯の父と思われる人物と荷物の点検をしている。


「ゆーりちゃーん!」


 その姿を見た蕾が一気に走り出すと、悠里が膝を追って両手を差し出し、蕾のタックルを受け止めた。


「ぐっ……ふ……」


 恐らく悠里としては、よくあるドラマのように、ふわっと子供を抱き締めたかったのだろうが、現実はそこまで甘くは無い。

 ノンブレーキで全加速をそのまま威力へと繋げる地上版マスドライバーは、安全に受け止めるのにそこそこの鍛錬を必要とするのだ。


 それでも悠里は蕾を抱き締められた事が幸せらしく、苦悶の表情をすぐに綻ばせた。


「蕾ちゃん、おはよう! キャンプだねキャンプ、楽しもうね!」

「うん、いっぱいあそぼうね!」


 両手を合わせて飛び跳ねる蕾に、悠里の笑顔も釣られるかのように満開になっていく。

 後ろから遅れて到着した日向に、日和が近寄ってきた。


「先輩、お早うございます! いい天気になって良かったですね!」

「うん、おはよう。日和が居ると大概晴れだからなぁ、流石だね」


 日向がそう言うと、日和も「えへへ…」とはにかんで笑う。彼女もいつもよりテンションが高い。

 そして蕾の方へ向かい、悠里に混じって蕾とじゃれ合う。

 入れ違いに悠里が立ち上がり、日向へ笑顔を向けた。


「日向君も、お早う! 荷物、そんなに多く無いんだね、二人分がそれで収まるんだ?」

「子供の服は小さいからね、といっても数だけは用意したけど……絶対に予備が必要になるから……それより、お腹平気だった?」


 日向のバッグを覗きこむ悠里へ質問を返すと、悠里は少しお腹をさすって答える。


「子供のタックルって凄いね、毎日あれを受け止めてる日向君を少し尊敬するよ……」

「訓練の賜物です…悠里も毎日受け止めると、ちゃんと慣れてくるよ?」

「え、ま、毎日!? 毎日受け止める状況になっていいの……?」


 日向の言葉に何を感じたのか、悠里が途端に頬を染めてあたふたしていると、背後から唯の声が掛かった。


「はいそこー! 今は準備時間なんだから、こんな時間からいちゃつかない! ほら新垣君、荷物荷物!」


 背中を突かれて日向は車へ向かうと、唯のお父さんと思われる男性が居たので一度荷物を置いて挨拶をする。


「ご挨拶遅れました、新垣日向と、あっちの小さいのが妹の蕾です……すみません、早々に騒がしくて…」


 そう言って頭を下げる日向に、唯の父、純基はにこにこと笑って応える。


「初めまして、恵那純基です。わー君が仁の息子君と蕾ちゃんかぁ、仁より全然いい男だなぁ! 今日は来てくれてありがとうねー! だーれも来てくれなかったらどうしよーって感じだったからさ、やっぱ高校生はキャンプしないとねー!」


 日向から見た純基は、外見は立派な大人だが、言葉に無邪気さを感じる辺り、唯とどこか似ている雰囲気がある人だった。握手をかわして荷物を持つ。

 車の陰から雅が出てきて、軽く手を挙げたので、日向も手を挙げて挨拶を返す。


「こっちな、いいぜ」

「うん、ありがとう」


 男同士特有の、一瞬だけの挨拶を交わして荷物を雅に預けると、彼は一気にバッグを空きスペースへと詰め込む。


「いやあ、雅君が居て助かったよ。男では数揃えた方が、野外での活動は早くなるもんね。いいなー、仁の所は子供が素直で可愛くて。うちの息子はもう大学に出ちゃったしなぁ」


 呑気に独り言を言いながら、純基は運転席へ乗り込む。

 そして日向達も一度車の傍に寄り、各自乗り込もうとした所で唯が「ちょっと待ったぁ!」と叫びだした。


「何よ……早く乗らないと、車内が暑くなっちゃうでしょ?」

「席順、席順よ! 道中の楽しみを左右する大事な要素があるじゃない!」


 唯が指差した先には、車の座席が並ぶ。

 助手席、中央席二名、後部座席三名……。身体の大きさから、蕾は後列だろうし、中央席と座席には男子が望ましい。


「後列に三人並びで座るなら蕾ちゃんが一人と、他二人がいいわよね……という事は、隣に日向君?」

「じゃあ成瀬はパパの隣ね! よし、後はじゃんけんして、最後まで負けた人が後部座席ね!」


 悠里と唯が、それぞれ席順の分析を始める。

 唯のじゃんけん提案が出た瞬間、悠里と日和がそれぞれ手を挙げた。


「あ、それなら私が」「私、後ろでもいいですよ?」


 ほぼ被った声に、いそいそと雅が振り返らずに助手席へ向かう。その足取りは非常に軽い。

 二人の顔を見て、唯が大きく両腕で×を作った。


「だーめ! こういうのはランダムに決めるからこその公平性なのよ、だからここは――」

「ゆーりちゃん、いっしょにすわろ?」

「………あたしと日和ちゃんで中央ね!」


 天からの一言に、唯は何も逆らわずにそう宣言した。

 一方で、蕾から指名を貰えなかった日和がとぼとぼと肩を落としながら座席に座る。

 そうして日向は日和の後方、中央に蕾、挟んで逆側に悠里、その前方席に唯という座席順なる。


「それじゃ、いいかい、出発するよー。途中で一旦コンビニ寄るけど、他は何も無ければそのまま行っちゃうから、止まって欲しい時は言ってねー」


 恵那父による一言を皮切りに車が発信する。

 車内は各々のカバンや、ルーフに入りきらない用具などもあり、結構なキツキツ具合だったが、逆にそれがキャンプの雰囲気を高めていた。


「それじゃ、先ずは歌だ! 歌っていこー! 成瀬ーそこのUSBメモリをオーディオに挿して、なんか適当に掛けてー」

「はいはい……はぁ、俺の立場は一体……」


 右手を大きく挙げて宣言する唯の声を受けて雅がセッティングを開始する。心なしか最後尾から見えるその背中が小さく見える。


「じゃあ先ずは一曲目! あ、これは流行りだから分かるよね、はーい日和ちゃん!」

「えぇぇぇ私ですか、私なんですか?! 今の流れだと絶対に恵那先輩ですよね?!」


 日和も唯のキラーパスに対処出来ずに動揺する。

 一方で蕾は早速自分の小さな鞄に入れて来たチョコレート菓子を開け「はい、どーぞ」と隣の悠里へ渡し、日向は蕾の手拭き用ウェットティッシュを用意し始める。

 そうしてほぼ全員が自由な気持ちで、キャンプへの道中はスタートした。



 車が発車して一時間程が経つが、車内で仮眠を取る者は一人も居なかった。

 あれからおよそ三十分ほど車内カラオケ大会が始まり、それが終わると次はお菓子の検分タイムとなった、


「おおー、きらかーどでたー」


 蕾が開けたのは、昔からあるシール入りのウェハースチョコ菓子だ。

 女の子向けではないが、パッケージが気に入ったのか手に持って離さなかったので、日向が一緒に購入したものだ。

 食べ過ぎても良くないので、蕾のおやつはおよそ五百円……ワンコイン分となっている。


 ウェハースチョコを出した辺りで、日向は素早く蕾の胸元に中身の入っていないコンビニ袋を広げて置いた。

 この手のお菓子は非常に危険で、放っておくとあちこちに破片が散らばる。

 後ろを振り返ってその様子を見ていた日和が、若干顔を引き攣らせる。


「じ、準備が良過ぎる……手慣れ過ぎてる……」

「皆も一度体験したら分かるよ、大方の問題は事前に対処する、これがどれほどに正しいのか……」


 しみじみと語る日向は、先程から逐一蕾の様子を見ている。

 その為、お菓子をほとんど食べていないのを日和は気付いていた。


「………よし」


 何かを決意したように、自分の鞄から、かの有名な細長いチョコレート菓子を出し、その中の一本を手に取る。

 そうしてもう一度後ろを振り向いた。


「……日向先輩、はい」

「……ん?」


 ウェットティッシュで蕾の口元を拭いていた日向へ差し出す。

 日向は一瞬きょとんとして、受け取ろうと手を伸ばし……ウェットティッシュをどこに置くか迷った。


「あーん、でいいですよ」


 耳が少し赤くなった日和から、そんな発言が出る。

 その様子を、ペットボトルのお茶を呑みながら悠里が、スマートフォンを触っていた唯が、助手席のヘッドレストの隙間から雅が覗いていた。


「……先輩、手が疲れちゃうので、早く……べ、別に…小さい頃はよくやったんだから、いいじゃないですか……」


 語尾が消えそうな声で、日和が呟く。


「あ、あぁ、ごめん、ありがとう……」


 そうして日和の手に握られたチョコレートを軽く咥えて受け取る。

 器用にパリポリと手を使わずに全て食べきり、いそいそと蕾の手と口を拭く作業に戻った。


「………つ、強い……何が強いって、メンタルが強い……」

「おにーちゃん、こどもみたい」


 唯が呆然と呟き、蕾はお菓子を食べさせられてる兄を見て、ケタケタと笑った。

 日向は何も言わずに、ペットボトルのキャップを開けてお茶で喉を潤した。視線が不自然に窓の外を見ている。


「……………」


 何を思ったのか、いそいそと自分のお菓子を漁り始めた悠里だったが、次の瞬間には。


「はーいコンビニ着いたよー、この先は何もないから、必要なものあったら買っておいてねー。必要ならその時は車出すけど、なるべく今の内に買っておいた方がいいよー」


 のんびりとした唯の父の声が響き、全員車から降りてしまった。



 コンビニで各自が買ったのはアイスだった。

 車内にクーラーが効いてるとは言え暑いものは暑いので、誰か一人が買うと連鎖的に全員が買うという状況だ。

 それぞれが再び車に乗りこみ、一度開いたドアから入り込む熱気から逃げるようにアイスを食べ始める。


「つめたーい、おいしーい! きゃんぷたのしーね!」


 カップのチョコレートアイスを掬って食べる蕾はご機嫌で身体を左右に振る。

 もう既に気分はキャンプなのだが、確かに道中もキャンプの行程の一つではあるので、そこを指摘する野暮な事は日向はしなかった。


「この時期のアイスって、放っておくといつまでも食べられますよね……ほんと太っちゃう…」


 そう言いながら、手に取った抹茶のソフトを齧るのは日和だ。

 一方で悠里と唯は、ストロベリーとバニラのミックスソフトを手に持っている。


「何故かこういう時って、抹茶以外を選び辛いんだよな……抹茶をアイスにしようって考えた人は天才だと思う」


 日向も日和と同じく、いつも通りの抹茶味のカップアイスをスプーンで突いている。

 蕾が興味深そうに覗き込むので、少し掬って口に運んでやると、眉を潜めて微妙な顔をした。僅かな抹茶の青臭さがまだ気に入らない年頃なのだ。


「蕾ちゃん、ちょっと苦かった? こっちのストロベリー食べてみる?」

「いいの? んふふ、ゆーりちゃんありがとー!」


 お口直しに、と悠里のアイスを小さい口で齧った蕾はご機嫌になり、自分のアイスを引き続き突っつく。

 そんな蕾を満足気に眺めてにこにこと笑っていた悠里が、少しだけ目線を泳がせてから、そっと日向へアイスを差し出した。


「……日向君も、どう? 抹茶以外も……」


 ぐいっと押し出された悠里のアイスを見て、日向は一瞬動きが止まる。

 悠里のアイスは半分程が本人に齧られ、反対側はまだ蕾の歯型しか付いていない。

 流石にこれは断る方がいいのかと考えるが、それはそれで意識し過ぎている感じもするのだ。

 押しても引いても恥ずかしいのなら、と日向は心を落ち着けた。


「じゃ、じゃあ一口だけ……うん、美味しい、ありがとう」


 すっと、なるべく反対側を食べないように一口を口に運んだ。

 いそいそと腕を引っ込める悠里と、少しの間だけ目を合わせる事が出来ずに日向は再び外を見る。


 その光景を見ていた日和が、口をぽかーんと開きながら、自分の持っている抹茶味のソフトを見つめてぐったりと項垂れた。



 そして車が目的のオートキャンプ場に着き、それぞれ下車した後に大きく身体を伸ばした。


「つーいーたー!」

「着いたー!」


 蕾と唯が、大きな声で両手を挙げる。

 こうして、ようやく本来のキャンプが開始された。

この回は、頭空っぽにして書いてみました。いつも空っぽなんですけど、ここは特に空っぽです。

結果どうなったかと言うと、それぞれ勝手に暴れてくれました、つまりいつも通りですね…。

でもこういう楽しい場面を楽しく書くのは面白いです。


ようやくキャンプが開始、って本当にようやくですね……


※見直したら、恵那家の長男(実は居た)が存在末梢されてましたので、訂正致しました。

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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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