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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【一章 遅き春、葉桜の後。】
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芹沢さん、子守り男子の家庭科成績に脱帽する。

 新垣邸のダイニングテーブルに並べられた料理を見て、悠里がフリーズを起こしていた。

 赤海老で作られたフリッター。

 アボカドやトマトなど、彩りの良いサラダに手製ドレッシング。

 カレイの煮付け。

 豚肉のアスパラ巻き

 減塩しているが出汁でしっかり味わえる味噌汁。

 そして玄米入りのご飯が並ぶ。


 家庭的な料理が並ぶ様は、悠里の中にある女性のアイデンティティを突き崩すのに十分なものだった。

 先程の『見届ける義務がある』云々の台詞が悠里の頭の中でリフレインして悠里は頭を抱えた。


「新垣君……貴方はもう高校生じゃない、オカンよ。今日から新垣オカンと名乗りなさい」


 呆然と呟き、光彩から光を喪った瞳になりながら悠里は食事に箸を運ぶ。

 隣にはニコニコ顔の蕾が上手に箸をお皿に伸ばしている。


「これと、これと、これたべてー! はいどうぞー!」


 悠里と一緒に食卓を囲むのが嬉しいのか、時折悠里の皿におかずを乗っけたり、あーんと悠里に向けておかずを挟んだ箸を伸ばす。

 悠里はそれを勿論邪険になどせず「食べさせてくれるのー? じゃあ、あーん!」と笑顔で応えていく。

 これはこれで非常に心温まるのだが、内心は複雑だった。


「おにいちゃんのごはん、おいしい? これもたべていいよー!」

「う、うん。美味しいよー! 本当美味しいわ……心の涙が出る程にね…」

「芹沢さん、麦茶淹れるよ。ご飯もおかわり欲しかったら遠慮なくね、いつも余して冷凍になってるから」

「え、えぇ……ありがとう。あ、新垣君……料理上手いのね。………………私が軽く女子として自信を無くすぐらいね……」


 コップに注がれる麦茶を見ながら悠里が呟く。

 最後の方は完全に独り言で、怨念と共に出た言葉が日向に聞かれる事は無かった。

 そうして悠里を交えた食事の席は会話が弾み、蕾と悠里はお互いに食べさせ合いをしながら和やかに過ぎていった。



 その後、食事を終えた三人は、満腹感を感じながら席でそれぞれに一息を吐く。

 そうしていると日向が食器を持ってシンクへ向かった。


「あ……新垣君! 洗い物するなら私やるよ! 食べさせて貰ってばっかりで、何もしないって悪いもの……」

「んー、それなら……食器洗っちゃう間だけでも蕾と遊んでて貰えるかな? そんなに掛からない筈だから、こっちは気にしないでもいいよ、ほんと」

「そ、そう……分かった、そうするね。何か手伝いあったら、ちゃんと言ってね?」


 そうして、悠里はリビングで蕾と録画のテレビアニメを見ながら仲睦まじく会話している。

 日向は食器を洗い、ダイニングテーブルを拭くと両親用の食事にサランラップをしてエプロンを外す。

 畳んだエプロンを仕舞い、リビングへと移ると悠里の膝に頭を乗せて眠る蕾の姿があった。

 近寄ってきた日向を見上げながら、悠里は蕾の頭をゆっくりと撫でている。


「ごめんね、蕾ちゃん疲れて寝ちゃったみたい。起こした方がいいのかな?」

「いや、この時間なら後でまた起きるだろうからさ、とりあえず和室に寝かせておくよ」


 日向が身を屈めて蕾をゆっくりと抱えようとする。

 頭を持ち上げようとした際に、右手の甲が悠里の太腿をなぞってしまい、悠里が「ひゃっ!」と声を上げる。

 無作法だったかと、日向も慌てて動きを止めるが、しかしここで手を引っ込めては蕾の頭が落ちて起こしてしまう。

 止むを得ず、視線だけ悠里へ向けて小さく「ごめんっ!」と謝ると、悠里も少しだけ顔を赤くして「気にしないで。起こさないように、ゆっくりでいいよ」と呟く。


 そうして蕾を和室に敷いた布団へとりあえず寝かせると、二人の間に微妙に居た堪れない空気が漂う。

 蕾が起きている間は意識していなかったが、こうなると同級生と二人で自宅に居るという状況は、なかなかどうして緊張してしまうものだという事を思い出した。


「さっきはごめん、ちょっと気が回らな過ぎたね……」


 はぁ、と溜息をついて悠里へ頭を下げる。


「いいよいいよ! 仕方ないっていうか、気にし過ぎると却って困る!」


 悠里も慌てて応えるが、やがてフッと笑い出し。


「なんか、私と新垣君、昨日と今日でお互いに謝ってばかりじゃない?」

「そうかな。そうかも、俺も昨日は芹沢さんに謝られてばかりだな、って思ってた」

「だよね! もーお互いにあんまり気にしないでいこ! ほら、一緒の食卓も囲んだし。同じ釜の飯を食った仲ってやつよ!」


 やや乱暴だが、気風のいい悠里の言葉に日向も釣られて笑い出す。


「あははは! 分かった、俺も気にしないようにするから、芹沢さんも気にしないようにしてね」

「おっけーおっけー、私は割と神経太いから、繊細に扱わなくても平気よ!」


 そうして二人で笑い合ってると、寝ている蕾が身動ぎし出したので、二人でハッと口を塞いで身を潜める。

 蕾が起きてしまっていない事を確認すると、また二人で顔を見合わせて声を殺して笑い合った。



 それから日向と悠里は食後のお茶を飲みながら談話し、やがて悠里の帰る時間となったが。


「あー、どうしよう……夜遅いから、送って行った方がいいんだろうけど……」


 流石に夜道を女子生徒一人で帰らせるのも据わりが悪く、かと言って蕾を置いて行く訳にもいかない。

 爺ちゃんか婆ちゃんに着て貰って、その間に送って行こうか、と日向が考えていると。


「あ、大丈夫。さっきお母さんに連絡してね、友達の家に遊びに来てるから、迎えに来てってお願いしたの。もう近くに居ると思うから、大丈夫だよ」


 というので、日向も安心して頷いた。

 そして玄関まで悠里を見送る為に一緒に向かう。


「今日は本当にありがとう、芹沢さん。なんか急に家まで来て貰っちゃったり、蕾の面倒見てくれたり、凄く助かったよ」


「ううん、っていうか私こそありがとう、夕飯まで御馳走になっちゃってさ。……ふふ、なんか不思議、昨日までほとんど会話もした事無かったのに、今日は新垣君の家まで来て、手料理まで食べてるとか。絶対予想出来なかったよ」


 言いながら笑う悠里に、日向も「確かにね」と一緒に笑う。

 そして、二人でひときしり笑いあった後、僅かな沈黙が訪れる。

 嫌な沈黙ではない、どこか心地良い沈黙。


 一昨日まではただの同級生、昨日は蕾を通じて約束を交わした同級生、今日は一緒に食卓を囲んだ同級生。

 この距離感を何と表せばいいのか分からないが、今は言葉にしなくても構わない気がした。

 靴を履き替えた悠里が玄関を開ける。

 日向も一緒に玄関に出る。


「それじゃ、また明日学校で」

「うん、気を付けてね。また明日」


 悠里が門を出ていくのを見届けて、日向は家に戻る。

 明日からの学校は、今までとは少しだけ違う学校になりそうな気がした。

これで書き溜めていた導入部分は終わりです。

四苦八苦しながら書いていましたが、書いてると続きを書くのが楽しくなります。

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