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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【一章 遅き春、葉桜の後。】
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光が射す方へ。

 慌ただしくも気付けば週末になり、日曜日。

あれから、日和の連絡はまだ無い。今までが今までだっただけに、日向も急かしたりする事はせず、穏やかに過ごす事を心掛ける。


 昨晩に少し遅くまで復習を行っていたせいか、朝は幾分ゆっくりな時間に起床して私服に着替える。

リビングに居る母と父におはようと挨拶をすると、テーブルに置いたスマートフォンが鳴り響いた。

メッセージではなく、着信だったので、誰からだろうと画面を確認すると、日和だった。

画面をタップし、受信状態にすると耳元で日和の声が聞こえてきた。


『おはよう御座います、先輩。朝からごめんなさい。もう起きてました?』


 何気なく時計を確認すると、現在は九時半、人によってはまだ眠っている時間だろう。

雅とか、雅とか、雅とか。

そんな益体も無い事を考えて、日向は少し心を落ち着ける。

流石に以前よりは自然体になれるとは言え、こうして日和の声を間近で聞くと、まだ少し心がざわつくのは仕方ないと思えた。


「うん、大丈夫、起きてたよ。日和は休日でも寝坊しないんだな」

『九時過ぎまで寝るなんてありませんよ。毎日朝練してたぐらいですもん、どんなに遅くても七時には目が醒めちゃいます』


くすりと笑う声が、耳にくすぐったい。

日向は冷蔵庫から牛乳を出すと、コップに注いで一度廊下に出た。


「それで、今日はどうする? 俺はいつでも出られるから、日和の都合がいい時間で大丈夫だよ」

『あ、それそれ、連絡遅くなっちゃって御免なさい。あの…外に出ても平気なんですか?つっつ……」


日和の語尾が小さくなる、蕾の事を気にしているのだろう。

日向は一度リビングを確認すると、今日も庭で父と花壇に水をやる蕾の姿が目に入った。


「うん、平気だよ。今日は両親が居るから。あんまり俺ばっかりが蕾に構うなって前に怒られたばかりなんだ、今日ぐらいは外に出ないとそろそろ父さんから呪われる」


『あははは! 成程…分かりました。それじゃ今日は私が先輩を蕾ちゃんから引き離してみましょうか」


気の抜ける日向の言葉に、日和が声を上げて笑う。

そして、商店街近くにある大手チェーンの喫茶店を待ち合わせに、と二言三言相談を交わす。


『それじゃ、日向先輩。また後で……』

「うん。一応こっち出る時にメッセージ入れておく。急がなくてもいいからね」


電源を切ると、母の明吏が日向をじっと見ていた。


「デートだ」


目元がニヤけている。

相変わらずのゴシップ脳というか、変な所だけ妙に鋭い。


「残念ながら、デートかどうかは」


素知らぬ顔で日向は答える。面白い反応を返すとドツボに嵌るのだ、この母親を相手にする時は。


「悠里ちゃん?悠里ちゃんよね、どうせなら家に呼んじゃえばいいのに」

「いや………日和だよ」


思わぬ日向の返答に、明吏は一瞬面食らった顔をして、そして穏やかな顔で「そう」とだけ呟いた。


「日和ちゃんと仲直り、出来たのね」

「別に喧嘩してた訳じゃないんだけど………」


 日和はこの家に何度も来ている。

当然、日向の両親とも顔を合わせる機会は多くあり、試合の時にも親同士が顔を合わせたりと、何かと接点が多かった。明吏が手ずから作ったご飯を食べさせる事もあった。

その日和がいつからか、顔を見せなくなった。

明吏としても、どこか一抹の寂しさを抱えていたのだろう。


「今度、ちゃんと連れて来なさいよ」

「うん、分かってるよ」

「…………修羅場は作らないでね」


冗談なのか本気なのか分からない母の言葉を背に、日向は自室へと一度戻った。



 それから二時間程を自宅で潰した後、日和へメッセージを入れて家を出た。

今日も陽射しは強く、外に出るだけでうっすらと汗ばむ。

気持ちゆっくりと、景色を見ながら歩くようにする。


 小さい頃から見慣れた小道。

友達と遊んだ公園は、最近では危険だという理由で外された遊具が多く、記憶にある場所より少しだけ寂しそうに佇んでいる。


 商店街に入り、平日よりも少し人気の多い街並みを眺めながら日向は歩みを進めた。

道中、スーパー『はとや』が目に入る。

ここで悠里と出会って、まだ二ヶ月と経っていないのに、半年ぐらい前の事にも思えた。


「記憶に強く残るような出来事が重なると、時間の流れが早いか。アインシュタインかな……」


 そんな風に独り言を呟いていると、やがて商店街の端まで辿り着き、待ち合わせの喫茶店が見えてきた。


送信者:新垣日向

『こっち、今着いたよ』


入口付近で日和へメッセージを入れると、間髪入れずに返事が来る


送信者:上月日和

『あ、お疲れ様です、私もう座ってます、窓際の角です』



 そのメッセージを確認し、日向が店内を見回すと日和が手を振っているのが見える。

指をレジの方向へ向けて何かを話しているので、恐らくは先にドリンクを注文して、という事だろう。

レジは然程混雑しておらず、日向はスムーズにオーダーを入れる事が出来た。


「えっと、抹茶フラペチーノ。グランデで……」


会計を済ませて商品を受け取ると、ひんやりと冷たさが掌の温度を冷ましてくれる。

それを持って席に向かうと、日和が「こんにちは」と微かな笑顔で迎えてくれた。


「抹茶ですよね」


唐突に笑って言われたので、日向が「ん?ん?」と何事かと瞠目していると。


「いえ、先輩なら多分、抹茶とかをオーダーするんだろうなって思ってました」

「あー、成程。抹茶のイメージが強いのか、それは俺が年寄臭いって意味かな?」


席に座りながら、横目でちらりと睨むと日和は手をわたわたと振って否定した。


「ち、違います違います。なんとなく、甘さ一辺倒のものは敬遠しそうだなって思ってただけです!あーでも、先輩から若さはあまり感じないですね。えぇ……」


ふふっ、と軽口を叩いて笑う日和に、日向も相貌を崩して席に座り直す。

少しの間、お互いに無言になった。


 日向は改めて日和の姿を見る。

白いカットソーのシャツに、デニムのハーフパンツとサンダル。

動き易いけどカジュアルで、活動的な印象の彼女には良く似合っている。

そんな風に勝手に日和のファッションを評価していると、ふいに日和が口を開いた。



「……日向先輩、今まで、ごめんなさい」


唐突な謝罪に、日向は面食らってしまう。

それは、自分こそが言うべき言葉だったのだけど機先を制されてしまった。


「日和が謝る事は何も無いじゃない。悪かったって事なら、圧倒的に俺だよ。俺が、その……」


そこまで言って、口ごもってしまう。

この問題に何か解決を見つけようとすると、必ず行き当たる問題がある。



『私、好きです。先輩の事』



 夕陽と変わらない程に赤く染められた顔で、潤んだ瞳で、精一杯に日向へ向かってきたあの言葉。

それにまだ答えを出せていない。

だけど、かなりナイーブな問題でもあるし、何より当人を前にしてこの話題をどう切り出せばいいのか分からず悩んでいると、日和がガッと持っていたドリンクをテーブルに置いて、前にのめり出してきた。


「先輩!」

「はいっ!」


ほぼ条件反射で返事をしてしまう。何故か最近はこういう展開が多い気がするが、自分が弱いのではない、女性陣が強いのだと自己肯定する。


「とりあえずですね! あ、あのっ! あの告白の事は、一旦、忘れて頂けると、助かります………」

「わ、忘れて……って、それでいいの?」


思わぬ日和の一言に、日向は頷いて返すしか出来ない。


「はい、私もあれからずっと考えてました。この二年、ずっと、考えなかった日はありません……」


強い決意を込めた眼差しに、日向は押し黙って続きを待つ。


「私は、私の都合しか考えていませんでした。私が先輩の傍に居たくて、それで勝手に告白して、相手にして貰えなかったから、勝手に拗ねて。………私、結局は、つっつに嫉妬したんだと思います」


日和は一度ドリンクを持ち直し、口をつけて喉を潤した。


「最初はずっと、なんで私の事を考えてくれないんだろう、どうしてつっつばかり構うんだろう、とか。ほんと、嫌な事ばかり考えてました。だって、好きだったから。……そして、先輩と会えない時間が続いて、もっと辛くなりました。辛くなったけど、ちゃんと色々考える時間も出来ました」


言葉を紡ぎ出しながら、日和は窓の外を見ていた。

外には、子連れの親子や、兄弟姉妹、友人同士、カップルで歩く人達の姿がちらほら見える。



「私は先輩に、自分の事を考えて欲しいって言ったけど、自分は先輩の事をちゃんと考えたのか、って。全然、ダメでした。当時の私は、そんな事全く考えてませんでした。呆れて自分で笑っちゃいます……。なんで今になって、こんな事に気付くのかって。先輩が抱えてるものとか、考えてる事をちゃんと理解して、少なくともそうしようとしていたら、こんなに疎遠になる事は無かったのに、って」



 一息で言い切った日和の言葉には、後悔と哀愁が滲んでいた。

どれほどに、心細い二年間を彼女は過ごして来たのだろう。

彼女にとって自分がどれ程の価値を持っていたのだろう。

相手にとっての都合を考えなかったのは、日向と日和のどちらも同じで。

相手とっての、自分の価値を考えなかったのも、また二人とも一緒だった。



「だから、やり直します。また初めから、先輩と後輩の、ただのそれだけの関係で。……凄く、都合がいい事は分かってます、けど、お願いします……それだけで、いいんです」


「いいよ」


言葉を紡ぐ日和の瞳から、涙が溢れそうになった瞬間に日向は返答していた。

考える必要なんて、最初から無い。


「いいよ、最初から始めよう」


十分に二人とも、後悔も悩みもした。

これ以上の言葉は不要だろうし、もう振り返る事もしなくていいだろう。


「……はいっ」


涙を零さないように、精一杯笑顔で日和は答えた。

窓から射し込む陽射しが強い。

そうだ、ここからが一番、太陽の強くなる季節。


日向と日和、太陽を名前に刻む二人は、こうしてスタートラインに戻る事が出来た。

シリアスパートが続いてますが、日和関係はどうしたってここまでは重くなっちゃうので

ここからはコミカルに進めようと思います……私の精神力が、もたないです……。


※日に日に感想やブックマークして下さる方、評価をして下さる方が増える一方で、何度目かになるか分かりませんが、感謝を欠かせない毎日です。本当に、ありがとうございます。

予想外過ぎる反響に、ただいま大急ぎで投稿済の駄文を改稿工事しております。

文法、用法が変な所多々ありますが、近々修正して参りますのでご容赦下さい……

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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