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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【一章 遅き春、葉桜の後。】
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歯ブラシ教官日向。

 帰宅した日向と蕾は、入浴を済ませて二人で揃って扇風機の前に居る。

本格的な夏場に突入しようというこの時期は、陽が沈んでからも気温が高く、冷房が欠かせない。

揃って麦茶を煽り、息を吐くとようやく身体が涼み始めた。


「いー」


「いー!」


 蕾の歯を仕上げとばかりに歯ブラシでゴシゴシ擦る。

綺麗な並びの白い歯が見えた。

甘いものを食べた日は、特に入念に磨いておかないと虫歯が怖い。

例え日和との思いがけない再会があったとしても、日向の行動にブレは無い。


「ぐちゅぐちゅぺーおわったー!」


 洗面台から戻ってきた蕾が、手を挙げる。

声は元気だが、目がとろんとしているのを見ると、今日はもう眠いのだろう。


「母さん達、まだ帰ってこないだろうから、先に寝るか」


「……うん、ねむい……」


 そう言って目を擦る蕾をおぶり、部屋に向かう。

ベッドへ寝かせると、タオルケットだけを掛けて傍に座った。


「おにーちゃん」

「うん?」

「きょうあったひと、みたことあるよ」

「うん、そうだよ。蕾がもっと小さかった頃に、何度か遊んで貰った事があるからね」


寝ている蕾の前髪を少し梳いてやり、頬に手の甲を当てる。

蕾がすり寄せるように顔を近付けてくると、ひんやりとした感触が伝わってくる。

程なくして、すうすう、と規則正しい寝息が聞こえてくる。その様子を確認して、日向はそっと立ち上がった。


 部屋を出ると、ポケットのスマートフォンが震えたので、画面を開いてみる。

新しく追加された名前が、そこに出ていた。



送信者:上月日和

『日向先輩、こんばんは。日和です」


送信者:新垣日向

『こんばんは、連絡ありがとう、こっちから出来れば良かったんだけど…』


送信者:上月日和

『いえ、私が連絡するって言ったので。特に用って訳じゃ無かったんですけど……連絡、してみたくて』


『あの、勢い余って言っちゃいましたけど……日曜日、ほんとに大丈夫ですか?』



文面から、日和も手探りで日向との空白の時間を埋めようとしているのが分かる。



送信者:新垣日向

『うん、その日は何も予定入れてなかったから。どこか落ち着いて話せる所がいいかな?』


送信者:上月日和

『そうですね……。今はまだ、なんか実感が無くて……もう少し考えてから、改めて連絡してもいいですか?」


送信者:新垣日向

『構わないよ。俺も似たようなもんだからね、驚いたもん」


送信者:上月日和

『ですよね……でも、安心しました。不安だったのは、私だけじゃないって。御免なさい、お風呂呼ばれちゃいました、行ってきますね。……おやすみなさい!』



 そんな少しのやり取りだったけれど、日向は充足感を感じる事が出来た。

精神的に疲れたのだろうか、今日は酷く眠くなるのが早くなり、そのまま自室のベッドへと潜り込むと意識は間もなく途切れた。




 そうして一見しただけでは平穏な日々が過ぎて行く。

教室の雰囲気は段々と期末試験へ向けて、休み時間にノートを開く生徒が増え始め、授業も普段よりは張り詰めた空気になっていた。

日向の表情は以前より晴れ晴れとして、相変わらず放課後には直帰して蕾と過ごす時間を作る。



 そんな日向の様子を、悠里は物憂げな表情で眺めていた。


「今日も直帰しちゃったか、新垣君」


教室のドアを見つめる悠里へ、唯が声を掛ける。

悠里は振り返ると、自分の机から鞄を取って立ち上がる。


「うん、いつも通りだよね。でも私達が気付いてなかっただけで、きっと今までもそうだったんだよ」


 クラスの中でも特に目立つ事のない、普通の優等生。

友人は決して少なくはないけど、いつも誰かと一緒に居る程多くも無い。

家族と、そして幼い妹をとても大切にする、優しい男の子。

彼が早く帰って、蕾と一緒に過ごす時間が出来れば蕾は笑顔になる。

それは悠里にとっても嬉しくて、喜ばしい事だ。



「………帰ろうか、私達も」

「や、あたし部活あるよ」


困った顔で唯が笑う。

寂しそうな顔をする親友に付き合ってあげたいのはやまやまだが、おいそれと部活動を休む事は出来ない。


「連れないなぁ……サボってよ、今日ぐらい」

「無茶言うな。大丈夫だって、そんな寂しがらなくても。来週勉強会じゃん。折角セッティングしてあげたんだから、ちゃんと距離詰めておきなさいよ?」


 やれやれ、と肩を竦めながら言う唯に、悠里は慌てて首を振った。


「だから! そんなんじゃないんだよ! ただ最近、何かと話す機会が多かっただけだから。私も早く蕾ちゃんに会いたいなーって、それだけだよ?!」

「はいはい分かってる分かってる。あんたが分かってない事をあたしが一番よく分かってるから」


悠里を宥める唯の表情には、あからさまに『こいつ面倒臭いな』の言葉が浮かんでいた。

むー、と反論したくても言葉が出てこない悠里は、そのまま視線をドアに向けた。


「帰るっ」

「はーいお疲れさん、あたしも部活行ってくるよー」


気が抜けそうな親友の言葉を背に、悠里は廊下へ歩み出た。



 階段を下って生徒玄関まで向かい、靴を履き替える。

競技場に向かう方面とは別の道、通学路方面へと足を運ぶ直前に、見知った顔を見つけた。

向こうも悠里を見つけたのか、軽く会釈してくる。


「あ、えっと。芹沢先輩、こんにちは」

「こんにちは、えっと……確か牧瀬さん、だよね。これから部活なんだ?」


悠里の傍で歩み寄ってきたひかりへ、挨拶をする。

上着に半袖のシャツと、ハーフパンツの姿は同年代の男子には目に毒だろう。

同性の悠里から見ても、すらっと伸びる脚には目が奪われそうになる。

その瑞々しい足を追っていくと、足首には無骨な黒いサポーターが巻かれていた。


「牧瀬さん……足、治ったの?」


以前出会った時は松葉杖を衝き、少々痛々しい装いだったのが印象強い。

先程、悠里の元へ歩み寄ってきた時は違和感が無かったので、完治したのだろうかと思い尋ねてみる。


「はい、お蔭様で……結構掛かっちゃいましたけど、ようやくギプスが取れました。なので今はリハビリ中ですね」


そう言って笑う顔には、運動が出来る事の嬉しさが滲み出ている。

釣られて悠里も笑顔になる。

そしてふと気になった事があった。


 以前、日向が話していた中学校以来の後輩……恐らく、女子の。

もしかしてそれは、ひかりの事だろうか? でも、確かあの時は昼休みに初めて会った、と言っていた。

自分の聞き間違えだったのか、と考えたところで自然と口から質問が出ていた。


「あの……変な事を訊いてしまうんだけど、牧瀬さんって日向君とは中学校からの知り合いだったりするの?」


その問い掛けに、ひかりはきょとんとして「いいえ?」と答える。

やはり違うのか、と悠里が納得する。


「御免なさい、特に深い意味は無いんだけど、なんかそういう話を以前に日向君がしていたなーって。……あ、ごめんなさい部活前に、あんまり引き止めちゃ悪いよね。私も帰るから、またね!」


予想外に立ち止まって会話してしまった事に気付き、悠里が慌てて頭を下げる。


「いえいえ!私なんかとわざわざ話して貰えて、嬉しかったです! 先輩の知り合いとか少ないので……。あ、でも、中学の頃の日向先輩の知り合い……って、もしかして」


悠里と別れの挨拶をした後、ひかりがぼそりと呟くのが聞こえた。

既に振り返ってしまった悠里は、もう一度聞き直すべきか悩んだが……。


「ひかり、お待たせ、行こっか」


離れた所からひかりに声を掛ける女生徒が来たので、邪魔するのも悪いと思ってそのままにした。

一瞬だけ見えた顔は、恐らくは一年生だろうと思われる女の子で、悠里から見てもかなり可愛い子だ。


(へー! あんな可愛い子が一年生に居るんだ、あれは間違いなく学年アイドルになれる子だね……うん)


そんな感想を抱きつつ、悠里は帰路へついた。


 悠里の後姿を見送るひかりへ、近付いてきた日和が声を掛ける。


「今の、知り合いの先輩?」

「うん、そうだよ。私が日向先輩と会った日に、先輩と一緒に居たひと」

「……日向先輩と、一緒に」


 ひかりの言葉を反芻しながら、日和はその背中をもう一度見た。

背中に流れる長い髪はとても綺麗で、自分とは違う女性らしさを兼ね備えた人だった。


「綺麗な人だね」

「うん。気さくで、いい先輩だよ。この学校はいい先輩が多くて楽しいね」


ひかりの能天気な言葉に、日和は相槌を打つものの頭の中には少しだけざわついた感情の後が残った。

書いてて「あ、なんか少しラブコメのオーラが出てきた」と自己満足してました。


※指摘頂いた文法など、色々参考にしながら書いております。行間の使い方などが今までとは違いますが、とりあえずこの感じで固定しつつ攻めてみようと思います。

以前のものも、これに準じて随時改稿して参ります。


手探り執筆感が半端ないです、見苦しい所をお見せ致します……。

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