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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【一章 遅き春、葉桜の後。】
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邂逅

 日向を呼ぶ、声がした。

 日向にとっては二年振りに聞く、懐かしさすら感じる声。

 声の元へ視線を向けると、そこには確かに、上月日和(こうづき ひより)が居た。


 ショートヘアの整った小さな顔と、標準よりもやや低い背丈。

 しなやかな手足は猫のようで、半袖の制服とスカートから瑞々しい手足が伸びている。

 華奢に見えるが、あの両手と全身を使ったダブルハンドで打つバックハンドは強烈で、見た目よりもずっと強いエネルギーに満ちている事を日向は知っている。


 日向の記憶にある姿よりも、少し大人びているのは、あれから時間が経った事の証明でもあった。

 その日和が今、思いがけず遭遇した日向を見て、呆然と立ち尽くしている。


 瞳は複雑な色に彩られ、人形のように精巧な顔が泣き出しそうに崩れている。

 その表情は悲しみが溢れているようでもあり、小さな子供が親を見つけた時のようでもあった。



「………日和」



 声を振り絞る。

 思ったより、ずっと動揺が少ない。

 父の仁と会話したあの夜に、既に覚悟を決められたからだろう。

 情けない反応しか出来なくならなくて、本当に良かったと日向は思う。


 不安に揺れる彼女の瞳を見ながら、日向は穏やかに笑いかけた。



「日和ちゃん? どうしたの?」



 日和の背後から、もう一人女生徒が顔を出す。

 思い掛けない遭遇は続くもので、女生徒の顔を確認するとそこには牧瀬ひかりが居た。



「あれ?! 日向先輩! こんにちは、偶然ですね!」



 日向の顔を見たひかりが目を丸くして驚いてみせる。

 そして隣に立ち尽くす日和へと視線を戻す。



「日和ちゃん、日向先輩と知り合いだったの?」


 ひかりの声に、ハッと我に返った日和が、小さく頷く。


「中学の先輩……一緒の部活だったの。それだけ」



 素っ気ない声だが、目線はしっかりと日向をロックしている。

 ともあれ、このままにしても埒が明かないと思った日向はひかりへと水を向ける。



「二人は、ご飯を食べに?」


「あ、いえ、部活のミーティングで……私達、女子硬式テニスなんですけど。来週から部活動が試験終わるまで休止になるので。私と日和ちゃんが一年の統括で、二年生の先輩と一緒に来ています。」



 日向達から少し離れた窓際の席に座る、同じ制服の女子を日向は遠目に確認して、あぁと頷く。



「そっか、続けてるんだ。日和は」


「………日向先輩は」



 日向の呟きに返される言葉には、しかし後が続かない。

 ――先輩はもう、ラケットは置いたんですね。

 その類の言葉が、聞かずとも分かってしまう。


 何を話していいか二人で探っていると、間に挟まれるようにしていた蕾が顔を上げている。

 じーっと日和の顔を見て、首を傾げる。

 目をパチクリさせて、興味深そうな視線を向け続けた。


「あぁ。蕾は、日和と最後に会ったの三歳になる前だから、覚えてないか」



 今が五歳で、前回蕾が日和に会ったのが二歳と大体十ヶ月ぐらいだとして、およそ人生の半分を日和と会ってない事になる。

 二年会ってない程度の日向など些事に思えるスケールだ。



「えっ!?」



 何故か日和がショックを受けた顔になっていた。



「つ、つっつ、覚えてないの……? わ、私だよ、日和お姉ちゃんだよ……?」



 つっつ、というのは日和が蕾に付けたあだ名で、偶に家に来る事があった日和は、よく蕾をあやして遊んでいた。

 そんな蕾が、自分の事を思い出せないというのはショックなのだろう。


 蕾が「んーーー」と首を左右に振って考え込んでいる。

 恐らく、どこか見覚えや遊んで貰った記憶はあるのだろう。


 だけどそれが、今の状況と結びついていないのだ。


 日向でさえ、日和は少し大人びたと思う。……綺麗になった。

 その変化が、蕾にはとても大きいのだろう。



 打ちひしがれたように項垂れる日和を見て、ひかりはおろおろと狼狽えるばかりだ。

 そしてここはファミレスのど真ん中、いつまでもこの状況ではマズい。

 日向はそう判断した。



「と、とりあえず、今日はもう俺達帰るからさ。……日和、また、今度話そう」


 しっかりと、目の前に立つ日和と目を合わせるようにして、言い切る。

 急な邂逅ではあったが、悪い事ではない。

 止まった時間を、もう一度動かすには、前を向いて行くしかないのだ。



 日向の真っ直ぐな視線を受け止めた日和は、こくりと頷いた。



「うん、絶対、絶対です。……具体的には日曜、空けておいて下さい」


「まさかの日付指定。はは、分かった。連絡先はどうする?日和、スマホ持ってるか?」


「あります。高校生ですから」



 少し得意気に話す日和は、先程までの少し尖った気配が無くなっている。

 二人でスマートフォンを向い合せ、連絡先を交換し終えると。



「それじゃ、私達はこれで。日向先輩、またー。」



 ひかりがドリンクバーの方へ歩いて行き、日和もまた、そちらへと踵を返す。

 後ろを振り返り、日向をもう一度見た。



「日向先輩、また。連絡、します」



 不安気に揺れる瞳は、何を思っているのだろうか。

 少しでもその不安が晴れるといいなと思って、日向は笑って頷く。



 二人を見送ると、日向は伝票を持って立ち上がった。



「さ、蕾。俺達も帰ってお風呂入ろう」


「はーい! おふろはいるまで、ろくがみてていい?」


「一本だけな」



 会計を済ませて、連れ立ってファミレスを後にする。

 外は夕焼け空が少し暗くなり、まだオレンジが残る空にもほんのりと星が瞬いているのが見えた。

多分、作中ではほんの5~8分程度の出来事。

凄い書いた気がするけど、二千文字少々でした…。

込めた労力と文字数は比例しない。



※一夜明けたらブックマと評価が凄い事に……嬉しいやら恐縮やら、面目無いです。

とりわけ、初期の頃から読んでくださっていた方達には特別な感謝を。

ほんの数人の、顔の見えない読者さんに向かって書いていたら、こんなにも沢山の方に見て頂けるようになりました。

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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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