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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【一章 遅き春、葉桜の後。】
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ミッション・イン・ポッシブル

 両親共に夜は遅い新垣家も朝方は一般の家庭と同じく平和なもので、母親が作った朝食を食べながら父の仁は新聞を片手にニュースとコーヒーを楽しむ。


 日向はケチャップのついた蕾の口元を拭き、それが終わると幼稚園の制服に着替えさせておき、自分は先に家を出る。


 蕾は母が仕事に行く前に幼稚園へ連れて行き、帰りはバスで祖父母の家に降ろして貰う。

 そして帰宅する日向が祖父母の家まで迎えに行って、両親が帰って来るまでの間を蕾と二人で過ごす。

 新垣家ルーチンワークは、大方このサイクルで回り続ける。




「おにいちゃん、いってらっしゃい!」


 玄関まで見送りに来る蕾と、両手を使ってハイタッチ。

「んっ。」と顔を突き出す蕾に顔を寄せると、頬に軽くキスをしてくれる。


「えへへ。ばいばい」


「うん、行ってきます」


 手を振る蕾の笑顔に、朝から活力を得た日向は靴を履いて外に出る。

 ドアを閉める時、父の恨めしそうな顔が視界に入った。



「ホラーかよ……」


 苦笑いと共に吐き出した溜息。

 少しばかり気合を入れて歩みを進める。


 思い出すのは、昨日の帰り際、頬に触れた悠里の掌の感触だった。

 軽く頭を振って雑念を取り払う。


「昨日は蕾に付き合ってくれたんだから、そうじゃないって……」


 少しだけ胸の隙間に入ってくる、新しい感情を押し込める。

 もし、仮に……仮に、自分なんかに好意を寄せてくれる事があったとして、だ。

 自分に応える事は出来るのだろうか。


 振り払った雑念が思考に再び混じり出す。

 追い出そうとすればする程、頭に入るノイズが大きくなってしまう。


(少しばかり女の子に優しくされて、それで期待しちゃうってのは男の性だよなぁ)


 ふっ、と力の無い笑いが出た。

 それでもどうしたって、家にまで遊びに来て、買い物も一緒に行って……この短い間に、距離を縮めた相手を意識しない方がおかしいのかもしれない。


 そこまで考えて、一瞬だけ、頭の中に別の光景が写った。



(先輩は……日向先輩は、私の事は、何も考えてくれてないんですね)



 涙が伝う頬に、諦めたみたいに笑う顔。

 競技の邪魔にならないよう、少し短めに整えられた髪の毛。

 先輩、と自分を呼ぶ声はどこか優しくて。

 ポイントを上手く決められた時にハイタッチする手の痺れは、今も思い出せる。



 ちゃんと、あの時に何かしらの答えを返せていたら、誰かを傷つける事は無かったのだろうか?

 今は、前よりも落ち着いて周りを見る事が出来ているだろうか?


「そんな事も、自分で分かってないのにな」



 誰ともなく呟いて、再び足を前に出した。



 学校に着くと、周りでは自分が一番早かったらしく、悠里も唯も、雅もまだ来ていなかった。

 遠くの席には望が居る。

 彼が所属するサッカー部は朝練だろうか、ちらほらとサッカー道具を持った生徒が教室に居るのは確認できた。


 授業の準備を整え、一時限目の数学を予習しておく。

 日向が志望するのは国立大学で、理由は二つ。

 一つは学費で優遇されている事、もう一つは就職が時間を優遇し易い、公務員か外資系の企業を狙っているというのがある。

 とは言え、どちらも必ずしも理想通りの場所に行けるとは限らない。

 だが、出来る限り準備は必要だった。


 中学三年から、今に至るまでの毎日の学習を積み重ね、成績は学年でかなり上位へ食い込む。

 このまま受験まで続ければ、希望の大学にもB判定は堅く貰える見込みだ。



 そうして時間を潰していると、肩をポンと叩かれた。

 振り返ると、雅が自分の机にドサッと鞄を投げ出す所だった。


「おはよう、雅。遅いね」


「おう、日向が早過ぎるんだよ。相変わらず気配がねーし、忍者かよ」


 白い歯を出して笑う雅に、日向も釣られて笑ってしまう。

 ふと教室後方のドアが開く音が聞こえて、視線を向ける。

 悠里と唯が教室へと入ってくる。


 一瞬、悠里と目が合う。

 悠里は日向を見つけると、腰より高い所へちょっとだけ手を挙げて振る。

 口元で「おはよう」と呟くのが見えた。


 何となく気恥ずかしくなった日向は、二人が近付いてくる頃にようやく。


「おはよう二人とも、今日はギリギリだったんだね」


 と声を掛ける事が出来た。



 唯が日向の後ろ、自分の席へ荷物を置くと、ふはーっと息を吐いた。



「昨日ねー、ちょっと遅くまで悠里と電話してて。お蔭で寝不足ったらないのよ。」


 椅子に座り、そのまま机に突っ伏してしまう。

 悠里も自分の机に荷物を置いて、傍に寄ってきた。


「気が付いたら日付超えてたもんね、あーやばい!と思っても止まらないんだもん。こればっかりは仕方ないわね」


 見ると悠里も少しだけ顔が疲れている。


「……芹沢さんも、寝不足なんだ」


 一瞬、悠里と言いかけて、言い直してしまった。

 悠里はその発言にピクンと眉を(ひそ)める。



「……えぇ、私達は()()()と違って不良ですからねー、ひんこうほうせーな()()()みたいな生活を心掛けないとねー!」



 そうしてツンとした態度で自分の席へ戻ってしまう。

 唯が悠里のそんな態度を見て、そして日向へ視線を戻す。


「……どったの?」


 と、日向へ今のやり取りの詳細を求める。


「い、いや……なんか変な事言ったのかな、寝不足でちょっとイライラしてたのかな?」


 日向は何と答えればいいのか分からず、お茶を濁す。

 このタイミングで『名前を呼べと言われてたけど、皆の前だから苗字を呼びました』とは答え辛い。

 大問題である。

 とは言え、このままでは悠里と会話をする事すら覚束ない。


(せめて条件付きで、周囲に人が居ない時とか、そういうのを呑んで貰うべきだったなぁ……)


 そんな事を考えていると始業のベルが鳴ったので居住まいを正して前を向く。




 其の時、その後ろの席では唯がニヤニヤしながら


「いやー大変だねぇ……あたしが笑い堪えるのが」


 と呟いていたのを聞いた者は誰も居なかった。

昼前に一度投稿して、先程、手が空いた際にちらちらと書いて。

誤字を見つけて訂正だーってやってたら、評価とブックマ数が跳ね上がってました。

何が起こったのかと思ったらランキングに掲載されておりました。心臓も跳ね上がって死ぬかと思いました……。


沢山の御評価、本当にありがとう御座います。

拙い文や、じれったい展開、分かり辛い表現が目白押しになっておりますが、皆さんの秘められた力で脳内保管して読んで頂ければ幸いです。


あ、展開的には、ここから第二章ぐらいの気持ちでいいと思います、たぶん。

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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