ファシリテーター唯。
現在時刻は22:15を時計が指している。
悠里は自室でパジャマになり、ベッドへ仰向けへ転がっている。
その手にはスマートフォンが握られており、耳元からは唯の声が響く。
『どこの夫婦よあんた等』
一通り、今日の出来事を洗いざらい吐かされ、開口した唯が発したのはその一言だった。
「夫婦って! ちょっと、私達はまだ別にそんな――」
『まだ、ねぇ。ふーん……』
はぁ、と電話越しから溜息が漏れてくる。
『まぁ? あの新垣君だし。別に競争率自体はそんな高いもんじゃ無いからさ、確かに焦らなくてもいいとは思うけど』
どこか投げやりで、更にパリポリと音が聞こえるのはポテトチップスか何か食べているのだろうか。
だけど今の一言に悠里はちょっとだけカチンと来る。
「あのね、競争率云々言ってるけど、彼はただ平凡で特徴が無くて人付き合いが悪い、その上はっきりとしない態度が多い、一見確かに女子に人気が出るタイプじゃなさそうだけど……」
『あんた今私に少しイラッとしたんだろうけど、その三倍は自分で酷い事言ってる自覚ある?倍返しする相手間違えてない?』
悠里のよく分からない態度に、唯もいよいよ面倒そうな返事になってきた。
『結局あんたさぁ、新垣君の事、好きなの?』
いつまでも着地の見えない会話を断ち切るように、唯がばっさりと切り込んだ。
その質問に、悠里は一瞬息が詰まる。
「……わ、わかんない」
『は?』
「だから、どうなんだろうって。私、男子と付き合った事とかないし……こ、告白は何度か受けた事あるけど、でも告白されたから相手を好きになったって事も無いし。どういう状態なら、好きって言うのかな?」
逆に質問される状況になり、唯も『うっ』と呻き声を上げる。
『そ、そりゃあれよ、うん……男女が好き合うってのは、ほら』
「うん?」
『こいつの子供が産みたいって思ったらそうなんじゃないの?』
悠里がずるりとベッドから落ちる。
足だけがベッドに残り、上半身が背中から床に着いてしまった。
「……いや、私が言えた義理じゃないけどさ」
『なによぉ……』
「唯、重くない?」
『おもっ!?』
「私達高校生がさ、あーこの人の子供を産みたい!付き合って下さい!とか」
『おかしいわね』
「おかしいよね」
『もうちょっとライトに構えるべきなのかな』
「ライトって言い方も変だけどね」
うーん、と二人で揃って唸り声を上げる。
『とりあえずさ、悠里はこれからどうしたいの?』
どうしたいのか。
そう訊かれたら、不思議と答えはすぐに出た。
あの日、あの時に言えなかった言葉がある。
「日向君に、もっと楽しい学校生活を送って欲しい。勿論、蕾ちゃんの事も疎かにしないで、ね」
悠里の目から見た日向の学校生活が充実してる、とはとても思えない。
彼は、学校というものを放課後になるまでの時間潰し程度にしか使っていないのではないか……。
「日向君が唯一、間違った教育を蕾ちゃんへ行っているとしたら、学校生活の事だもん!」
『……どゆ事?』
いきなりだったので、唯は反応が一瞬遅れてしまう。
「彼のあの状態で、蕾ちゃんに『学校は楽しい所なんだよ。』っていうのが伝わると思う?蕾ちゃん、来年から小学生なんだよ? それなのに、お兄ちゃんが学校生活を満喫しない……ひいては学校がつまらない、と認識されて、そのまま蕾ちゃんが小学生になる。小学生になった蕾ちゃんがお兄ちゃんと同じ学校生活を送る、どうなると思う?」
『女子世界じゃ間違いなくハブられんね……』
「そう! そういう事よ! 私達は蕾ちゃんの今後を憂う者としても、日向君には真っ当な学校生活を送って貰わないとならないの!」
『新垣君、なんか一瞬で犯罪者みたいな扱いになったね』
冷静な唯の突っ込みにも、悠里は臆さない。
ふむ、と唯は一度内容を咀嚼してみる。
まぁつまり、なんて事は無い。日向と皆が遊べるようになればいいのだ。
遊ぶだけじゃなくて、想い出に残る学校生活を過ごすのが着地地点と結論付けた。
『よし、分かった分かった。そういう事ならこの親友たる私、恵那が出張らせて貰いましょうかね!』
「何かするの?」
『まぁ、それは明日学校行ってからのお楽しみ、って事で一つ。………あんた達が顔を合わせた時の反応も見てみたいしねぇ』
電話口からもニヤッと笑う唯の顔が浮かび、悠里は少しげんなりした。
だけど、悪い方向には行かないだろう。
とりあえずこの親友に、事の成り行きを任せてみる事にする悠里だった。
気付いたらブックマ件数もポイントも日を追う毎に増えてました、ありがとう御座います……!
皆さんの日常にほっと一息吐けるぐらいの作品にしていければと思います。
ほんと、誰かに読んで貰えるって幸せですね。
毎度毎度、余計な事を書いてしまう後書きですが、自分の作風について目標としている方が何人かおります。
先ずは大御所過ぎて名前を出すのも恥ずかしい、浅田次郎先生。
蒼穹の昴を読んだ時、難しい題材をまだまだお尻の青い私が読んでも分かる!というぐらい噛み砕いて、熱中させて貰った文章。忘れません。
そしてもう一人は紅玉いづき先生。
ミミズクと夜の王では、キャラクターが出す感情の奔流に涙だだ漏れでした。
その後、バイト先の後輩ちゃんに誕生日プレゼントと称して贈ってみたり、同級生に薦めてみたり、完全に信者のような事をしていました。
文学少女シリーズの野村美月先生が描く透明な世界観も素晴らしいし、ミステリアスな雰囲気やハードコア、SFまで描ききる高畑京一朗先生のタイムリープ~あしたはきのう~は構成力、展開の面白さに一日で三度読んだ事があります。
こうした下積みの日々を先生達も過ごしてきたのかなぁ、なんて考えながら書くのもまた、楽しみ。