戻る日常、彼女の提案。
冬休みが終わり、私達の日常は学校に戻った。
二月の寒さは冷え性な私にはちょっと辛くて、女子のスカートは可愛いけど、寒い。
ストッキングを履いているけれど、それだけで何とかなる寒さじゃないのが困りものだった。
「悠里ぃ……寒ぃ、寒ぃよぉ……あっためてよぉ」
「うーん、暖房上げて欲しいけど、そうすると男子の中には暑がる人も居るもんね」
授業の合間に唯の席へ行くと、これでもかと引っ付いてくる。唯を宥めながら、私は唯の足元を見た。
部活動がある唯は、着替えに面倒だからという理由でストッキングを履いていない。せめてもの抵抗なのか、ハイソックスで少しでも足元を温かくしようと努力はしていた。
「まぁ二月はね、仕方ないよ。でも唯はまだいいよ? 運動してるから代謝が良さそうだし、私なんて全然運動していないから」
「え、なんでよ。あたしだって女子だよ、女子は足が冷えるのよ、だからあたしも寒いのよ。あたしを運動部の男子ゴリラ共と一緒にしないでよ!」
「あー、うー……ごめん、ごめんて……」
純粋に羨ましがっただけなのだが、あまりお気に召さない言葉だったらしい。
「新垣君、上着貸してぇ」
「えっ」
あろう事か、唯は目の前に座って前を向いていた日向君のブレザーを後ろから引っ張り始めた。驚いた彼が後ろを振り向く。
「いや、これ脱いだら俺、ワイシャツ一枚になるでしょ……この状況でそれはおかしいでしょ」
「おかしくないよ、むしろワイルドだよ。女子が自分の上着を着るっていうの、男子の夢でしょうが。夢を叶えてやろうって言ってんの、これは優しさなのよ優しさ」
「うーん……じゃあほら、これをあげる」
唯の滅茶苦茶な理論に納得を拒んだ日向君は、自分の鞄をごそごそと漁り始めた。私も気になって、ついそちらを凝視してしまう。
「やっぱりあった、ほら。丁度二枚あるから、二人で使うといいよ」
「なにこれ……って、ホッカイロ?! なんでこんなもん持ってんの!」
「いや、冬場はあると便利だから、常備してるだけなんだけど……」
目が泳いだ。間違いない、これは自分用じゃなくて、いつどこでも蕾ちゃんが寒がったら懐に忍ばせる為に持ち歩いている物だ。
「久し振りに出たわねオカン属性……ま、これは貰っておくとして、でもこれだと足元の寒さがカバー出来ないんだよなー」
唯がひょいっと日向君の手からホッカイロを二つ奪い取り、片方を私に渡す。そして足元の寒さをアピールするように、膝を伸ばして日向君の前に素足を晒した。
反射的に視線をそちらに向けた日向君が、しまったという風に咄嗟に顔を逸らした。
「あ、照れた。見ました奥さん、この人ったらあたしの美脚を見て眩しさに目を逸らしましたわ」
「唯……はしたないから止めて、止めなさい」
「あっはい……すみません、すみませんでした」
思った以上にドスの利いた声になってしまった。いや、断じて唯の足に照れる日向君に苛ついた訳ではない。明日から私も素足にしてやろうか、などと一瞬も考えてはいない。
あと、さっきからチラチラこっちを見ている成瀬君にもそろそろ誰か触れてあげてほしい。あんなに話題を振って欲しそうにしているのに、自分からは決して無理矢理に入ってこない感じは小動物みたいで、そういえば成瀬君に対する印象もこの一年で大分変わったなと思う。
「お、そういえばさ、二月といえばなんだけど……」
「うん?」
「なぁに?」
唯が何かを思い付いたような声を出した。
「分かるでしょぉ、二月といえば、はい新垣君! 二月、イベント、どうぞ!」
「フェブラリーステークス」
「なんでよぉ!?」
「いや、二月になると親父が毎年、小遣いを注ぎ込んで死人のようになるので」
新垣家のおじさん、お願いだからそのお小遣いを少しだけお宅のお子さん達に使ってあげて下さい。
「そうじゃなくてさ、ほら……分かるでしょ? 新垣君も男子なら、少しぐらいそわそわするでしょ? んー?」
ほれほれ、と唯が足先で日向君の足をつついた。私も当然、二月のイベントと言われればすぐに気が付く。でも男子にとっては口に出すのは少し恥ずかしいのだろう、日向君が必死に抵抗しているのが正直可愛いけれど、ここは私が助け舟を出してあげるべきだろう。
「バレンタインね、何かするつもりなの?」
「あー! 言っちゃったよ!」
「いいから続けて、早くしないと先生来ちゃうよ」
「うー……まぁ、そうね。っていや、何しようかって事はこれから考えるんだけど」
本当に思い付いたまま口に出しただけらしい。けれど、一度口にした以上は何かをやる事になるのだろう。
バレンタイン。去年は確か、女子達の間だけで交換して終わった。きっと、中には意中の男の子が居た女子も居たんだろうと思う。想いを秘めて、友人達との時間にする事に決めたのだろう。
以前の私であれば、もしもそういう事を事前に相談されていたら、ちゃんと伝えた方がいいよ……なんて言ったかもしれない。
どんな想いでも、言葉にしなきゃ伝わらない。自分が誰かの特別になりたいのなら、勇気を出して踏み出そう、なんて言うのだろう。
私は言葉にしてしまった、伝えてしまった。そうする事で、彼の特別になりたかった訳じゃない。
ただ、伝えたくて伝えた。貴方を好きな人が、少なくとも此処に一人は居る……それを知っていて欲しくて、伝えたのだ。
「バレンタイン……かぁ」
だから、もし私と日向君の間に、そのイベントで何かしらのやり取りがある場合。もうそれは、以前のような気軽にやり取りをするラインを越えてしまっている。
例えば私が日向君にチョコレートの類を渡したとして、少なくとも私はそこに『ただの男友達』に渡す物とは全く違う意味を籠めるだろう。そして彼は、それをどういう気分で受け取るのだろう。
「何をどうするか、っていうのはまだ決めていないんだけどさ、こういう事したいなぁっていうのはあるんだなー」
「手段は決めていないけど、目的は決めてる……って事でいいのかな」
唯のふわふわした言葉を、新垣君がきっちりと言語化してくれる。この二人、なんだかんだで馬が合うというか、微妙に足りない所を補い合っている感じがあるのがちょっと微笑ましい。
「そうそう、新垣君にも悪い話じゃないと思うから、期待して待っててくれていいよん」
「分かった、最大限警戒しておくね」
「なんでだよ! 女子からバレンタインで期待しててねって言われたら喜ぶのが普通でしょうが!」
悪いけど、こればかりは日向君に完全同意だ。唯が何かやり始めた時は、結果としては良い感じに纏まるのだけど、その過程で色々とトラブルが起きるから手放しで安心はできない。
でもそのお蔭で去年も一つ一つの出来事がとても印象深くなったので、トラブルが結束を強くしてくれた感じもある。
良い感じに会話が進んだ所で、科目の先生がやって来た気配をドアの向こうに感じて、私は慌てて席に戻った。
(バレンタイン……)
本当なら、今年はそのイベントからは距離を置くつもりだったのだけど、どうやらそうもいかないらしい。幸いなのは発案者が唯なので、普通のバレンタインにはならない事だ。それだけは断言できる。
そして後日、私の読みを更に斜め上にして、予想は的中するのだった。
※一人称&視点変わってるやんけ状態ですが、お宅のPC及びスマートフォンは正常です。