蕾の兄離れ?②
「で……どうしようか、蕾は日和が居るから大丈夫だとは思うんだけど、俺達も店内を見て回るとして」
親指を大事そうに抱える雅を尻目に、日向はこの後の予定を考えながら悠里と唯に意見を伺う。
「んー、変にバラけちゃうと集まる時に大変だけど、それぞれが見たいショップにもよるよね?」
「そういう事なら、あたしは鞄かなー。そろそろ通学用に新しいの欲しかったし」
「あ、いいね。私もそういうの見たいかも。日向君達も一緒に行く?」
逆に質問されるが、日向としては今日のショッピングは蕾の付き添いだったので、特に欲しいものがあるかと言われたら何も思いつかなかった。ただ、折角駅前の大きなモールに来たのだから、専門店を覗くのはいいかもしれない。
「鞄もいいけど、スポーツショップにも行きたいかもしれないなぁ……」
「そっか、そういうショップも入ってるんだっけ……って、ちょっと待ってね」
悠里は会話を中断すると、スマートフォンを取り出した。誰かからメッセージが届いたのだろう、通話ではなく文字を読んでいる。
悠里の顔が一度怪訝なものになり、首を傾げたと思ったら、次には
「あぁー……うんうん、そういう……」
と、何か納得した顔で頷いた。
そしてスマートフォンを仕舞うと、日向達を見る。
「全員で鞄を見に行きましょう!」
「全員で?」
「全員でよ! むしろ日向君は鞄を見るべきなの!」
「そ、そうなの……? まぁ、それでも全然いいけれど……」
そうと決まればとばかりに、悠里は唯と二人で先導するように歩き出した。
鞄を扱う専門店は二階にあり、スポーツ用品のショップは三階にある。階層は別だが、手が空いたら後で個人的に見て回るのもいいだろう。そう思いながら悠里達を追うように歩き始めた。
◆
女子のショッピングは時間が掛かるというが、実際には悠里と唯はウィンドウショッピングでもあまり時間を掛けない方だった。
結局、鞄のショップでは十五分程の滞在で、其の後は隣のシューズショップ、そこでまた十分程の時間を使い、次には少し離れた服飾を取り扱う店と流れるように見て回る。
ありがたいのは、男性陣も退屈しないようにと完全な女性向けのショップではなく、男性物も取り扱っているショップを中心に回ってくれている事だろうか。
「……これいいな、どうだ日向。似合うか?」
「うーん、今の雅には少しイメージ違うと思う。あと五年は必要だね」
「お前、なかなかエグい指摘するね……それ、着こなし方じゃなくて雰囲気がって事だよな……」
女性陣二人が揃ってレディースの服を見ているので、今は雅と二人でメンズの服を閲覧中だった。
けれど日向はどうにも集中できておらず、どうしてもチラチラと通路やエスカレーターに目をやってしまう。その理由は明白で、蕾がこの大きなモールで傍に居ないというのが不安で仕方がないのだ。
「日向よぉ、日和ちゃんが居るから平気だって自分で言ってた割に、気にし過ぎじゃねぇか?」
「や……日和の事はちゃんと信用してるんだけどね。それでも、迷子になってないかなぁって心配になって……」
「蕾ちゃんだって春から小学生なんだろ。迷子になったとしても、自分で係員とかに言えると思うぞ」
「かなぁ。いや、そうなんだろうけど……うーん」
雅に生返事をしながら、それでも通路をキョロキョロと見渡してしまう日向の元に、悠里達が戻って来る。二人の手にはそれぞれこのショップのロゴが入った紙袋が下げられていた。
「お待たせ、いい感じのシャツがあったから買っちゃった」
「お年玉はこういう事に使わないとね。二人は何も買わなかったの?」
悠里が紙袋を翳すと、同じように唯も紙袋を持ち上げ、それから手ぶらの日向達を見てつまらなそうな顔をする。服の一つでも買っていたら、ファッションチェックを行うつもりだったのだろう。
「あんたらの壊滅的なセンスを笑ってやろうと思ったのに」
「なんでだろうな、女子と買物に来ているのに、ちっとも嬉しい気分にならねぇ……」
「こんなに可愛い女子を二人も連れて歩いて何を言ってるんだか。……そっちの男子は、別の意味で全然集中出来てないわね」
唯は通路に視線を向ける日向を見て、見慣れたと言わんばかりに肩を竦めた。
「まぁさっきの蕾ちゃんの衝撃発言を考えれば無理もないだろうけど。どうする? そろそろ向こうも呼んでお昼にする? さすがにお腹空いたわぁ」
「そうだね、ちょっと連絡してみる」
唯の言葉に悠里はスマートフォンを取り出すと、メッセージではなく直接電話を掛け始めた。
「日和ちゃん? うん、こっちはそろそろ……そっちはどう? うん、わかったよ。それじゃ、一階で集合ね」
そんなやり取りをした後、スマートフォンを仕舞いながら歩き始める。日向の傍までやって来ると、ぽんぽんと肩を二度叩いた。
「日和ちゃん達も買い物終わったみたい。レストラン街で集合しようってなったから、行きましょう?」
「ん、あぁ。分かった、行こうか。……日和、なんか言ってた?」
「別に何も言ってなかったよ? 蕾ちゃんと楽しく買い物出来たみたい」
「そうか、そうかあ……うん」
安堵したような、けれど、どこかガッカリしたような曖昧な返事をして日向がショップの外へと出て行く。その、普段よりもずっと覇気が無い背中を見送りながら、残された三人は困ったように笑って顔を見合わせた。
◆
一階のレストラン街は先程よりも随分と人が減り、入場を待つ行列がある店も少なくなっていた。
日和と蕾のペアに合流した日向達は、とりあえず座れて価格もリーズナブルな場所を探し、レストラン街の中にあるお好み焼きのチェーン店へと足を運んだ。
こちらへどうぞ、と中へ案内してくれる店員に従って付いて行くと、コの字形に座席が用意されている席へと連れて来られた。
左右に分かれて座る時、蕾が日向の隣ではなく日和の隣へと移動したので、ここでもまた日向のテンションが少し下がった。
「つ、蕾ちゃん……日向の隣じゃなくていいのかい……?」
「きょうはいーの!」
「そ、そうかぁ……まぁ、そういう日もあるかぁ……」
さすがに可哀想になってきたのか、雅が日向をチラチラチラチラッと不自然な程に横目で見る。
むしろ何も聞かずにいた方が日向のダメージは少ないのだが、そういう所に気を回して失敗するのが雅という人間だった。
「とりあえず、食べようか。えーっと……」
内心の動揺を隠しながら日向はメニューを取り、隣に座る雅と一緒に注文する品を選び始める。
向かい側では日和と蕾が一緒にメニューを開き、逆側では悠里と唯が向かい合って相談している。
「……日向よ、そんなこっちに寄せなくても、十分見えるぞ」
「あ、ごめん。癖で……つい」
結局、日向は雅が注文するものと同じものを頼む事にした。
食事を終えると会計を済ませ、店外へ出る。
一息吐く為にモールのオープンスペースにあるベンチに女子が座り、日向と雅が寄り添うように立ち並んだ。
「で、この後どうするよ。腹も膨れたし買い物もしたし……まだちょっと時間はあるけど、どっか行くか?」
「んー、四時前かぁ。遊べるっちゃ遊べる時間だよねぇ」
「だろだろ。ところでな、ここに良い物があるんだが……」
雅が待ってましたとばかりに財布を取り出す、その直前。珍しく日和がシュッと挙手した。
「あ、それなんですが、ちょっと寄りたい場所があるんです。いいですか?」
「ですよね」
分かってました、という笑顔で雅は財布をそっと仕舞う。誰もそれに気付かぬまま、日和の言葉の続きを待った。
「えっと、どこか静かな場所があれば、そこに行きたいなぁって……すみません、具体的ではなくて……」
「静かな場所かぁ。どこだろーね。悠里、心当たりある?」
「うー……ん、外は寒いし、商店街の喫茶店……とか?」
話を振られた悠里が顎に人差し指を当てながら呟くと、日和は大きく頷いた。
「あの喫茶店ですか、いいかもしれません! コーヒーも美味しいですし、行きましょう!」
「でも、お正月だし開いてるか分からないよ?」
「大丈夫です、あの商店街は三日目になれば大体開いてますから!」
「そ、そうなの……じゃあ、行こっか?」
珍しく乗り気な日和に、悠里が気圧されるように仰け反りながらも賛同する。
周囲もそれに乗っかるように頷くと、それで次の目的地が決まった。
◆
商店街は日和の言った通り、ほぼ全ての店舗が営業をしており、日向達が目指した喫茶店もOPENの札が掲げられて中には若干名の客がコーヒーと軽食を楽しんでいる姿があった。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
「あ、奥のテーブルって使っていいですか?」
「はいどうぞー、後程ご注文を伺いに参りますね」
日和が率先して店員へと確認して了承を得て来ると、日向達は奥にあるソファータイプの座席へと移動した。ここでも蕾は日向の隣には座らず、日和の隣で日向の向かい側という席を選択する。
店内を物珍しそうに眺めていた雅が感心したように唸る。
「へぇ、いい店だな。あるのは知ってたけど入った事無かったや。日和ちゃん、よく知ってたね」
「ここ、夜はイタリアンになるんです。だからお昼もランチでイタリアンが食べられるので、前に何度か……」
「そうかぁ。イタリアン、イタリアンなぁ。……ピザとかパスタとかか」
「あんたの頭の中にあるイタリアンはピザとパスタ以外無さそうよね」
二人の会話を聞いていた唯が「フッ」と小馬鹿にした声で雅に言う。
「んな訳あるか! もっとこう、あるっての。イタリアンだろ? ……あれだ、ハムだ」
「生ハムね。あと、生ハムって言ってもそのまま食べるパターンだけじゃなくて、あれもちゃんと料理名あるからね。サルティンボッカとか」
「……はい」
言い負かされる雅に、予想外の聡明さを見せる唯。それを不憫に思いながらも笑って見守る日向達。
そこにあるのはいつもの風景で、今一番日向にとって大事なものの一つだ。
やがて店員が注文を取りに来ると、高校生はコーヒーや紅茶を、蕾にはココアを注文して運ばれてきたそれを飲み、一息吐く。
歩き回っている間は話せなかった、それぞれの正月の事や去年の出来事の振り返り、他愛も無い会話はすぐに時間を消し飛ばしてしまう。
三十分は経っただろうか、という時になると、蕾が段々とそわそわし始めてきた。
「……蕾、トイレ行く?」
日向が訊ねても、蕾は顔を横に振るだけで何も答えてくれない。
本当に、一体どうしたのだろう。朝にはちゃんと手を繋いで家を出てきたというのに。内心、本気で嫌われたのかと心配し始めた日向を見兼ねてか、日和が「つっつ」と隣の蕾を促した。
「それじゃ、今日のメインイベントをやっちゃいましょうか」
「……メインイベント? 初詣は終わったろ?」
急にそんな事を言い始めた日和に、雅が疑問で一杯の顔を向ける。それに答えたのは日和ではなく悠里だった。
「そっちも、だけど。もう一つね、大事な大事なメインイベントがあるのよ」
「だと思ったわぁ……」
私は気付いてたけどねぇ、と唯がしたり顔でコーヒーを啜る。
それぞれの反応を受ける中、日和はモールで合流してから持っていた、大きめの紙袋を足元の荷物籠から取り出すと、それを蕾へと渡した。
「はい、それじゃあここから先は自分で頑張ろう、つっつ」
「うん……」
紙袋を受け取った蕾が、それを大事そうに抱える。それから、十数秒ほど不安そうに顔をあちこちへと向けて、最後に日向を見た。