蕾の兄離れ?
日向達は神社までの石階段を、二列になってゆっくりと登った。
除雪はされているものの僅かに雪が残り、人に踏まれて硬くなった雪は滑る為、蕾は日向と手を繋ぎ、もう片方の手を手摺に添えている。
すれ違う人達は皆、片手に破魔矢なんかを抱えていて、友達同士で来る者や親子、もしくは祖父母と孫といった組み合わせも見られる。
小さな子供も沢山居る為に、ゆっくりと階段を昇っていても後ろから急かされる事も無く、むしろお年寄りなんかは蕾を見て顔を綻ばせている人達が多かった。
「うおー、案外まだまだ参拝客が居るもんだなぁ」
「今日でこれなら、元旦とかはどんだけ居たのよって話よね。ほらほら、行くわよ皆の衆! 迷子になっても知らないからね!」
境内に着くと、予想よりもずっと多くの人混みに向かって雅と唯が先導を始める。
その後ろに日向と蕾、最後尾に悠里と日和の三列となって一行は参道を歩いた。
「皆は去年も来てたの?」
気になって日向が訊ねてみると、悠里と唯が顔を見合わせてから頷いた。この二人は予想通りに一緒に来ていたらしい。
「一応ね、冬休みに入ってお正月って、あんまり遊びに行く機会が無いから……唯が家まで迎えに来ちゃって」
「その言い方! まるであたしが悠里を無理矢理連れ出したみたいな感じになってる!」
「日向君達は去年も来たの?」
「悠里があたしの事を無視したぁ!?」
唯を軽くあしらって悠里が日向と蕾を見る。日向が答えようとする前に、蕾が喜色満面の笑みで空いている手を挙げた。
「きたよ! おとーさんにおくってもらって、おにーちゃんとはまやをかったの!」
「ウチは恒例行事になってるからね。蕾に振袖を着させるのが楽しみで、毎年、両親と祖父母が行け行けって言ってくる」
蕾と振袖という単語に悠里の目が一瞬輝く。が、今の蕾の私服姿を見て少しだけ肩を落とした。
「そっかぁ、去年だったら蕾ちゃんの振袖を見られたんだ……惜しい事をしたなぁ……」
「ゆーりちゃん、ごめんねー。でも……あれ、うごきづらいんだもん……」
「あ、いいのいいの、私服の蕾ちゃんも十分可愛いよ!」
高校生を慰める六歳児の姿に日向は傍で噴き出しそうになり、必死で抑え込む。
幸いにもそれに気付かれる事無く、悠里はハッとした感じで日和を見た。
「あ、恒例行事って事は日和ちゃんも前には日向君達と一緒に初詣に行った事があるの?」
「えーっと……日向先輩と二人でなら、ありますよね?」
日和が『答えていいのかな?』と迷うような表情を見せつつ日向を見た。応じるように日向が頷くと、当時の事を思い出しながら答える。
「うん、あの時はまだ蕾が幼稚園にも入る前だったから、人混みは危ないだろうって事で。親父から、せめて正月行事ぐらいはしっかりやれ……って言われてたっけな」
「そうですね、日向先輩は年がら年中テニスばかりでしたから、そういう行事に無頓着でしたし」
「正月は体育館やスクールが三が日の間、ずっと休館するから暇だったんだよ」
今ではすっかり年間行事の、それも子供が絡むものは絶対に外さない日向だが、その現在とは真逆の事を語る日和の昔話に周りは苦笑いしてみせた。
「いいかね蕾ちゃん、君のお兄さんのそういう所だけは、見習っちゃいけないよ。脳筋美少女になっちゃうからね」
「ゆいちゃん、のーきんってなに?」
「脳みそまで筋肉になっちゃう事よ!」
「みやびくんのこと?!」
「あー、ちょっと違うわね。こいつは脳がスポンジだから」
「そっかー。みやびくん、あたまのなかにすぽんじはいってるのかー……」
「そうよー。だからあいつの言動だけは絶対に真似しちゃ駄目よ」
「はーい!」
邪気の無い幼児と邪気しかない女子高生の言葉の相乗効果で、一番先頭を歩いていた雅の肩がガクッと下がった。
それから各自、参拝を済ませてからお守りや御神籤を引き、初詣のイベントを一通りこなす頃には時刻も正午を迎える頃合いとなっていた。
「さて、想定よりもずっとスムーズに初詣が終わってしまった訳だが……まさか直帰するって言い出す奴は居ないよな?」
雅が一同を見渡すと、幸いな事に誰も帰ると言い出す者は居なかった。
その結果に満足したのか、雅は待ってましたとばかりに財布を取り出し、その中からカラオケボックスの割引チケットを数枚手に取り。
「あ、これから蕾が駅前モールまで買い物に行きたいって言ってたんだけど、いいかな?」
「おおいいじゃん、初売りとかもあるしね! あたしも服とか見てみたかったわ!」
真っ先に反応した唯が手を挙げて賛同し、悠里と日和も同じように頷いた。
「私も、暫く行ってなかったから見てみたいな。お邪魔じゃなければ一緒にいい?」
「駅前モールならお昼も食べられますし、丁度いいんじゃないでしょうか?」
女性陣三名全員が笑顔で頷くのを見て、日向は「ありがとう」とお礼を言って蕾の頭に手を乗せた。
「それじゃ、向こうで軽くお昼にして、それから店舗を見て回ろうか。……あ、雅もそれでよかった?」
「イイヨ……なんでもいいよ……」
「……あ、もしかしてなんかやりたい事とか……あった?」
「ううん、なんでもないよ……?」
財布にチケットをそっと戻す雅に気付いた日向が問い掛けるも、雅は今日一番の爽やかな笑顔でそう答えるだけだった。
◆
駅前のモールに移動すると、こちらも平日の倍近くは居るであろう人混みで、纏まって歩くのすら困難な中を六人はレストラン街を目指して歩く。
「どうする? こんなんじゃ昼飯食うだけで軽く一時間は掛かりそうだぞ……」
目の前に広がる光景に、雅がげっそりとした顔をする。それもその筈で、昼食時のレストラン街は既に他の専門店街よりもずっと人が多く、どの店にも長蛇の列が出来ていた。
「俺は先に買い物とかでもいいよ、昼の時間帯を抜ければ落ち着きそうだし」
「その方が良さそうだよな……うっし、女子陣もそれでいいか?」
日向が出した提案を雅が確認すると、女子達も頷く。ただその中で、蕾だけが少しそわそわと辺りを見渡していた。
「蕾、お腹空いてる? 先に買い物だけしちゃおうって事だけど、どうする?」
「だ……だいじょうぶ、おなかはすいてない、よ」
「そっか。……具合悪いの?」
「ううん、ちがう! だいじょうぶ! へーきだけど……えっと、もうかいものするの……?」
「うん、そうしよっかなって。先にご飯がいい?」
「かいものでも、いい……けど、えっと」
心配そうな日向に首を横に振ると、蕾は何を思ったのか、日和の元へと駆け寄った。
「ひ、ひよりちゃん……いっしょに、きて」
「え? 私……? いいけど、どこに行くの?」
「ないしょ……でもほかのひとは、だめー! おにーちゃんもこないで!」
「えぇぇ!? ちょ、ちょっとつっつ……! あー! 先輩方! とりあえず私、つっつと一緒に行きますから! 後で連絡しますね!」
日和の声が段々とフェードアウトしつつ人混みに消えていく。その光景を見ながら、日向達は今起こった事を上手く理解出来ずにお互いに顔を見合わせた。
「……ねぇ、今のって、ひょっとして」
唯が信じられないものを見たとばかりに日向と、そして蕾達の消えた人混みにもう一度目をやった。
「遂に新垣君が蕾ちゃんにハブられた!?」
「こ、こら……唯。そういう言い方よくない」
唯が面白いものを見たとばかりに囃し立てるのを、悠里が困惑したまま窘める。
そしてその出来事を一番後方から見ていた雅はそっと日向の傍に寄ると、その肩をポンと叩いた。
「遂に来たな。蕾ちゃんの『お兄ちゃん離れ』が……」
「え!? 今のってやっぱりそういう事なの?!」
「そりゃそうだろ、蕾ちゃんだって女の子だ。女の子としての買い物をしたい時だってある。そういう時に男ってのはな、例えお兄ちゃんであっても邪魔なんだろうよ……」
容赦の無い雅の言葉が無駄にグサグサと刺さり、何の根拠もない筈なのにそれが真実のように聞こえてしまう。
「そ、それなら別に悠里とか皆と一緒に行けばよくない……?」
「芹沢は恵那と行動するイメージがあるからな、ペアで買い物ってのをしてみたいんだとしたら、一番歳が近くて昔馴染みの日和ちゃんを連れて行くのは道理だろ? 諦めろよ、いつかはこうなる運命だったんだ……」
慈しむような雅の視線が日向に向けられる。肩に置かれた手がポンポンと何度か日向の肩を叩き、それがまるで『お疲れ様でした』と言っているようで、妙に切なさがあった。
唖然とする日向の顔の前に、雅はサムズアップした右手を掲げ。
「ウェルカム、男の世界へ。俺達男子生徒一同は、お前の帰還を心からお待ちしておりましたアァァガッ!」
反射的に、日向はその親指をあまり曲げてはいけない方向へ曲げてみたのだった。
御無沙汰しておりました(恒例)
暫く書き方を忘れたというか、そういう状況だったのですが、新連載を書いてリハビリをするとなんだかまた書くのが楽しくなってきました。
色々と考え過ぎると書けなくなりますが、テーマは忘れずに書きたいシーンも沢山あるので、再開していこうと思います。
コメント等で、色々と御心配をお掛けしてしまったなぁと反省しきりでした。
現状、一日に五千文字は余裕だぞ! という連載初期のブースターが掛かっております、たーのしー!
余談ですが、雅のカラオケ割引チケットは新学期までに全てヒトカラで消えます。