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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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蕾のお年玉。

 初詣に行くと言っても、元旦はそれぞれ家の親戚挨拶等の行事が重なり、何よりも最も人が多い日にわざわざ赴く事も無い。幼児も一緒という事もあり、多少なりとも人の足が控え目になるであろう三日に初詣の予定は組まれた。

 新垣家も例に漏れず、大晦日から元旦に変わる瞬間は祖父母の家で過ごした。

 カウントダウンを超えると意気込んだ蕾が、十時を過ぎると船を漕ぎ始め、それでも懸命に起きていようと真剣な表情になって、家族が笑って。

 十一時になると、心配を通り越して応援したい気持ちが強くなり、大人陣も含めて「もう少しだ、頑張れ!」と声援を送るようになり、程無くして日向の膝の上で夢の世界に旅立った蕾を、カウントダウンが始まる直前に起こしてやり、無事に年越しを経験する事が出来た。


「日向、携帯。さっきからずっと鳴ってたわよ」

「え、こんな時間に?」

「友達からじゃないの? ちゃんと返信してあげなさいよ」


 零時を回って少しして、今度こそ安心して眠れると安堵した蕾を部屋へと運び終わると、日向のスマートフォンにも続々と友人達からの年越しメッセージが届いていた。

 昨年は雅ぐらいからしか届かなかったその年始のメッセージが、今年は十通以上も届いている。

 普段一緒に行動するようになったメンバーからも、クラスメイトからも。こんな些細な事からも、自分が受け入れて貰えているのだという実感は、新鮮なものだった。


 午前一時を過ぎて自身もベッドへと入ろうと自室に戻った日向のスマートフォンが再び震え、手に取ってみると二通のメッセージが届いていた。


『明けましておめでとう、日向君! 蕾ちゃんはちゃんと起きれていたのかな? そうだといいけれど、夜更かしして体調を崩してしまわないか心配です。今度の初詣、楽しみにしています』


『日向先輩、明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします。……去年は言えなかったので、今年は言えて嬉しいです』


 悠里と、日和からのメッセージ。

 自分の周りの人間関係の中でも、去年の間に最も変化のあった二人からの言葉は、丁寧で優しかった。

 返信をすぐに送ろうとして、手が迷う。


 どちらに先に返事をするべきか、そんな事を考えてしまった。


 答えは要らないと言った彼女と、答えを欲しいと言った彼女。

 向き合わなければいけない時は、すぐそこまで来ている気がした。


 ◆


 元日と二日は、祖父母の家にやってきた親戚の挨拶等であっという間に時間が過ぎてしまった。

 正月飯を大量に食べさせられ、親戚の人達と盃を交わす仁に大人の輪の中に放り込まれ、酔っ払い達から「今日ぐらいはな!」と無理矢理飲まされそうになったアルコールを必死に断り続けた。

 一方で蕾はまだ慣れぬ親戚筋の人達にたらい回しにされ撫でられ続け、小さな封筒を大量に貰っていた。


「おおー……おとしだま……こんなにあつまっちゃった……」

「沢山あるからって、無駄遣いはしないようにね。どうしても欲しい物だけ、よく考えて買おうか」

「つかってもいいの?!」

「そりゃ、母さん達にも了承得ないといけないけど、蕾が貰ったお年玉だからね。無駄遣いは俺もさせるつもりは無いけれど、全く使わないのも失礼だと思うし。それに、くれた人達だって蕾が欲しいものを買ってくれた方がきっと嬉しいよ」


 そう言うと、蕾は良い返事を貰えるとは思っていなかったのか、ポチ袋の束を両手でぎゅっと握り、そっと日向へと渡してきた。


「お、おにいちゃん……あずかって……」

「俺が? いいけど、母さん達に預けた方がよくない?」

「おにーちゃんならいつもいっしょだから!」


 休日であれば両親も在宅している事が多いのだが、蕾がそれで安心するのならいいだろうと日向は頷いた。保管場所は相談すればいいし、どの道全てを現金のままで保管する事は無いので、半分ぐらいは明吏に蕾の口座へと貯金しに行って貰わなければいけない。


「蕾、欲しいものあるの? 買い物にでも行ってみる?」

「ん……んー……ほしいもの……」

「オモチャでも本でも、何でもいいよ。一応、母さん達に買っていいか聞いてみる必要あるけど」

「……ほしいもの、ある」

「うん、何?」


 訊ねると、蕾は少しだけ目線を彷徨わせてから、親戚の対応をしている明吏へと目を向けた。


「じ、じぶんできいてきてもいい……?」

「そうしたいなら、別にいいけれど……どうして?」

「えっと、えっとー……んー……」


 段々と蕾が頭を下げて項垂れてしまう。どうやら、言い出し辛い物のようで、けれど明吏に自ら訊ねるという事は単純に自分に知られたくないものなのだろうか、と思い至る。子供ながらに恥ずかしい物なのだろうか。


「それなら、兄ちゃんとじゃなくて母さんと行ってくるか? 兄ちゃんはどっちでもいいぞー?」

「ううん、おにいちゃんといきたい……けど、おかあさんにそうだんする……」

「んん……? ま、まぁ、蕾がそうしたいならいいけど……」


 それだと最終的に、結局日向が蕾の買う品物を知ってしまうのだがと首を捻るものの、蕾が納得したのならそれでいいだろう。


「分かった。それで、何処に行きたい?」

「もーる!」

「モールか、なら明日の初詣の後に行こうか。多分、昨日と今日は初売りで混んでいるし、誰かがモールに行きたいって言いだすかも。それとも、皆にも知られたくない?」

「う、ううん……そんなこと、ないよ。へいき。あしたがいい……あ」


 そこで、蕾が何かを思い出したかのように目を見開いた。


「あした、ひよりちゃんもくるよね!」

「うん、一緒だよ。どうかしたの?」

「なんでもなーい! おかーさんにきいてくる!」

「おおぉ……?」


 日向の困惑を取り払う事もしないまま、蕾がタタタッと明吏の元へと駆けて行った。

 六歳にもなると、やはり異性でもある兄には秘密が増えるものなのだろうか。一抹の寂しさを抱えた日向の視線の先では、蕾が明吏の耳元で何かをこそこそと囁いている。

 蕾の言葉にうんうんと頷いた明吏が、優しい表情になって、蕾の後頭部を抱いた。


(あぁ、成程。母さん達へのプレゼントかな?)


 それを自分に知られるのが恥ずかしかったのだろう、と納得する。

 いつもは両親の誕生日など、日向と一緒に贈り物をしていた蕾だが、今回は出来るだけ一人でやってみたいのだろう。


 本当に。


(誰かに気遣いの出来る、優しい子に、育ってくれたなぁ)


 だから、そんな蕾の為に捧げた今までの時間は、決して間違ってはいなかったのだ。


 ◆


 翌日、準備を整えた日向と蕾を……否、蕾だけを見て仁が大いに落胆していた。


「……蕾ぃ、振袖、着て行かないのか?」

「うごきづらいから、やー」

「そんな事を言わずにさ。父さん、毎年あれを見るのが生き甲斐なんだよ」

「みんなといっしょにいくから、やー」

「あぁぁぁぁああ……!」


 絶望したかのように廊下に手足を衝く仁に、日向は同情するような視線を向けた。


「今日はほら、初詣の後に買い物にも行くから。振袖だとエスカレーターとかで危ないでしょ。その代わり、良い事あると思うよ?」

「そんなんエスカレーターとか、日向が蕾の手足になって動けばいいじゃねぇか。ずっと抱えてろよ、役得だろ? だから着させて来いよ振袖」

「無茶言うなよ……」

「おとうさん、しつこい」


 食い下がる仁の野望を蕾が一刀両断する。その言葉に心が折れたのか、遂に仁は廊下に伏せて泣き真似のような事をし始めた。


「親父、朝っぱらから呑んだな……」

「正月だもん」


 だもんて、と呆れたように顔を片手で覆った日向の背後で、蕾がトントンと靴を履き終える音が聴こえてきた。

 新年早々、父親の呪い殺すような視線を受けつつ、日向は蕾と手を繋いで家を出た。


 心配していた天気も晴れ、空は青々とした色が広がっている。絶好の外出日和だ。

 晴れて良かったなぁ、と蕾と話しながら神社までの道を歩く。

 神社が近付くにつれて道行く人も徐々に増えてゆき、家の中ではあまり実感しなかった正月気分を味わった。


「おー、来た来た、待ってたー! あけおめ!」


 集合場所である石階段の下に辿り着くと、既にそこには他の四人が揃っており、いの一番に唯がぶんぶんと手を振ってきた。


「お待たせ。皆、明けましておめでとう、今年も宜しくお願いします」

「あけまして、おめでとうございます!」

「明けましておめでとう、蕾ちゃん、日向君も」

「おめでとう御座います、今年も宜しくお願いします」


 蕾と揃って新年の挨拶をすると、悠里と唯が微笑んで返してくれる。一名から挨拶が何も無いなと雅を向くと。


「誰も振袖を着てこないのか……」

「着る訳ねーでしょ、あんな動き辛いの……成人式の日に備えておくので十分なのよ」


 新垣家の父と似た思考回路を持つ人物が、そこに居た。

あけましておめでとう御座います(遅)

時間が過ぎるのが早いですね、前投稿からこんなに経ってた……(遅)

書ける時は一瞬で書けるのに、何故こんな遅筆に……(遅)

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