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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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無秩序の、魔女。

 小野寺教諭のひと騒動から一夜明け、日付は十二月二十四日のクリスマスイヴ。

 日向達の学校以外も冬期休暇に入っているようで、街中は同年代の学生と思われる者達が多く出歩いていた。


 そんな中を歩く男女二人組の姿は、そういう状況だからこそ特に目立ちもせず。

 けれど、二人の間に横たわる距離は恋人同士のそれではなかった。


「小野寺センセ、まさかの暴露だったよなぁ」

「……そーね」

「無事に産まれてくれるといいんだがなぁ」

「…………そーねー」

「晴香さん、身体あんまり大きく無いし……難産にならなきゃいいんだが」

「……かなー」


 一歩先を歩きながら、こちらを振り返る事もせずに一方的に喋り続ける雅に対し、唯の反応もおざなりと言えばおざなりだった。


 蕾の誕生会を明後日に控えたこの日、準備の為にと買い出しに出る班を編成したものの、蕾には当日までネタを伏せたいという事で日向と留守番に。

 悠里と日和は二人で出掛けるという事で、自然と雅と唯の二人が出て歩く事になった。


「今更だけど、なんであんたと二人なんだろうね」

「そこは俺としても苦渋の決断だったんだが……」


 何せ、四人全員で行くとなれば雅の周りには女子が三人という状況になる。

 いたたまれない所の話ではないし、誰かに見られようものなら背中を刺されかねない危険がある。


「察してくれ……」

「まぁ、そこは別にいいんだけどさ。なら女子三人で行くって事も出来たのに、あんたも大概に苦労人よね」

「一人だけお客様扱いされるのが落ち着かないだけなんだよ」

「分からない訳じゃないけどね」


 クリスマス・イヴに出歩く男女二人。見ようによっては恋人同士にも見えるだろうが、やはり二人の間にそんな甘い空気は漂っていない。


 ぶらぶらと歩きつつ、とりあえず駅前かなと二人でモールに入る。

 この日を選んだのは、単純に今まで修学旅行の余韻ですっかり準備が後回しになってしまったという事と、加えてクリスマスを過ぎればショップのラインナップが全て正月商戦ものになるからだ。


「おー、あるある。普段こういうの見ないけど、改めて見ると力入ってんなぁ」


 雅が小物ショップの店頭に置かれているクリスマス用の飾り付けを手に取ると、別の場所で見繕っていた唯もその中から一つ、LEDのツリー用ライトの袋を手に取ってみせた。


「げっ、これで二千円超え……」

「光りもんなら日向ん家にあるぞ。それよか、どっちかっつーとグッズの方がいいかもな」

「飾り付けはいいの?」

「あぁ。なんかジョークグッズとか、そういうのでいいんじゃないか。ゲームをして誰かが罰ゲームやるみたいなの」


 成程、と唯が改めて店内を物色していると、すぐ隣で同い年ぐらいの男女が甘い雰囲気であれこれと店内を眺めていた。

 腕を組み、女性が顔を男性の二の腕に預けるようにしてくっついている。絵に描いたようなクリスマスのカップルに、唯は内心で『御馳走様でーす……』と食傷気味のコメントをしながらそっと傍を離れた。


「ん、どうしたよ。何かいいのあったか?」

「無いけど、比較的速やかに退散したくなったわ」

「真面目に探せ真面目に」


 真面目にジョークグッズを探すというのは一体どういう気持ちでやればいいのだろうか。

 思ったものの、八つ当たりに近いのは自分でも分かっているので、口にはしない。


「あんたさぁ」

「うん?」

「クリスマスに一緒に出掛ける女の子とか、居ない訳?」

「そういう、急に人のナイーブなメンタルにナイフを刺すの止めてくれる??」


 唐突な唯の質問に、雅は眉尻を下げて死にそうな顔で答える。

 別に唯としてもただの場繋ぎ的な質問だったので、そこまで答えたくないなら別に良かったのだが。


「まぁ、いねぇし、居た事もねぇな」

「ふーん」


 雅は外見こそ遊んでいそうな風体だが、内面は真逆だ。面倒見の良さも温厚さも思慮深さも持ち合わせている。

 けれどまぁ、よくよく見れば顔立ちは悪いという程でもないし、背丈も高い。


「あんた、黙ってればモテそうな感じするのにねー」

「なんだよ、さっきまで不貞腐れてたのに今は随分と持ち上げるな……」

「偶にはあたしも良い事言うでしょ」

「裏がありそうで怖ぇよ……」


 雅と口をきけばすぐに軽口の応酬になるのだが、きっとそれぐらいの距離が丁度いいのかもしれない。

 日向の前では素直になれず、悠里の前ではお節介になるし、日和とでは先輩として何となく見栄を張ってしまう。

 唯にとって、雅と居る時間が一番自分らしく振舞えているような、そんな気がするのだ。


「あぁ、そうだ。俺ちょっと母ちゃんに買い物頼まれてんだ。先に買ってきていいか?」

「いいわよ別に。あたしもちょっと喉渇いたし、そこら辺で休んでていい?」

「分かった。すぐ戻るわ」


 はいよ、と唯が手を振ると雅は併設されている食品売り場側へと走っていく。

 今でこそ髪の毛は黒くなったが、前までは立派な金髪だった見た目だけはヤンキーみたいな青年が、休日の女子とのショッピングで母親の為に買い物をする。

 なんとも微笑ましいというかちぐはぐな行動に、唯は内心で笑いを堪えるのに必死だった。


「あたしも大概だけど、あんたも大概、お人好しよねぇ」


 雅の姿を見送った後、唯はモール内にあるコーヒーショップでテイクアウトのカフェモカを注文した。

 中で待っていると姿が見えなくなりそうなので、それを手にぶらぶらと近場のテナントを覗き時間を潰す。

 何処の店もクリスマス商戦の真っ只中、プレゼントに合いそうなバッグ等が所狭しと並べられている。


「君達も明日になれば、売れ残りになって更なるセール商品としての値下げが待っているのかねぇ」


 それはまるでバレンタインにショップに並べられたチョコレートのように、それまでは主役だったものが一瞬にして時間に置き去りにされてしまう。なんだかそれが、唯には酷く寂しく思える。


 未だ戻って来ない雅を待つのにも段々と飽きて、中央にある開かれた空間へと足を運んだ。

 吹き抜けになった天井は天窓が付いており、高い建物だというのに日中の日差しが光源を運び、ロビー中央に鎮座する大きなクリスマスツリーに輝きを与えている。

 イルミネーションに彩られたそれは確かに今日この日と明日の二日間、主役に相応しい雰囲気を放っており、その周囲では記念撮影をする人々の姿が多く見られた。


「はぁ、すっごい。これ用意するのにどのぐらいお金掛かったんだろ」


 即物的な疑問しか浮かばない自分の想像力に愛想を尽かしそうになるが、こういうものを見てロマンチックな気分に浸れる程には乙女でもない。

 父親の血を強く継いだのか、唯は思考が理系寄りだった。

 感情で動くよりも計算で動き、なのに自分の損得よりも友人の為に動いてしまう。何が誰の為に最も良い結果をもたらすのか、考える事は常にそれだった。

 その計算の結果が本心から掛け離れているものだとしても、それを選べる。

 きっとそれは、唯にとっては弱点であり、武器でもあった。


「別に、未練って訳じゃないんだけどね」


 このツリーを見上げる時に、もしも誰かが隣に立って居たのなら。その人物が誰か、など。もう今更過ぎて、夢物語でしかない。

 割り切れる頭と、割り切れない心。恵那唯という少女は、知性がずば抜けて高い反面、まだ十七歳の少女なのだった。


「……ん?」


 気が付くと、唯が見上げているツリーの真下に設置された『自由に演奏して下さい』と書かれたピアノに、一人の女性が歩み寄るのが見えた。


(お、ピアノ弾くのかな。生演奏か、ちょっと楽しみかも)


 女性は身長が高く、まるでモデルのようなすらりとしたスタイルにも関わらず、着ているものが何故かスタジャンと鍔付きの帽子だ。

 何か大きな荷物……恐らくはギターケースを右肩に、左手にはスーツケースを引き摺っている。旅行か何かでやって来たのか、見るからに旅行者の風体をしていた。


 流れの演奏家など、なかなか珍しいものに出会えたな、と唯が興味津々でその女性を眺めていると、女性はピアノの傍にギターケースとスーツケースを置いて、指をパキパキと鳴らした後にピアノへと腰を掛けた。

 ピアノ弾きが指を鳴らしても問題無いのだろうか、ピアニストは指を傷めないように細心の注意を払うと聞いていたが、ひょっとしたら彼女はピアニストではなくギターが本職なのかもしれない。


(いやいや、ギタリストも指が命でしょう、って……)


 唯が内心で女性の行動に突っ込んでいると、女性はおもむろにピアノのキーを一つ一つ確認して音程を確かめているようだった。

 手入れはしっかりとされているようで、調律にも問題が無かったのか、女性は満足そうに頷いた。

 周囲に居た人間達も、これから何か演奏が始まるのかと期待に胸を膨らませたように女性へと注目し始め。


(クリスマスだから、キャロルかな。もろびぞこぞりて、赤鼻のトナカイもいいわねー)


 等と、唯が頭の中で幾つかの曲のメロディーをなぞっていると、女性の指がやがて動き始める。

 そして聴こえてきた曲は、唯が想像したそのどれにも当て嵌まらなかった。


(……これ、なんか聞き覚えあるけ……ど……?)


 静かな立ち上がりのイントロ。確かに覚えがある、何処で? すぐに思い出した、父親の部屋で偶に掛かる曲だ、かなり古い。

 静かだけれどどこか寂しく、まるで地上からどこかへ誘われるような……。


(…………て、天国への階段!? レッド・ツェッペリンの代表曲じゃないの!)


 すぐに思い至らなかったのは、耳に覚えがある旋律はギターストリングスによるもので、ピアノの音よりも幾分か荒々しいイメージがあったからだ。


(く、クリスマスにツェッペリンを弾くピアニストが何処に居るっていうのよ……)


 そういえば彼女はギターケースを脇に置いている、という事はやはり音楽の本職はギターなのだろう。

 ギタリストにとってツェッペリンのジミー・ペイジは成程、目指すべき頂点の一つだろう。だからと言って、こんなショッピングモールのど真ん中、しかもクリスマスの真っ最中に弾くべき曲なのかと思わず言いたくなる。


(でも、なんだろう……これ)


 イントロが終わり、主旋律に入る。天国への階段は、序盤から中盤、そして終盤にかけてそれぞれ全く違う表情を見せる曲だ

 全体的にやや重い為、果たして盛り上がるのかどうかと心配していた唯の心境を他所に、女性の指先が跳ねる。

 中央ホールから響き渡るピアノの音に、遠くの買い物客が一人、また一人と足を止めた。

 中には往年のロックバンド好きも居るのだろうが、恐らく半数以上の人はその曲をあまり知らないだろう。明らかに場違いな音楽を鳴らすピアニストに、一体何事かと興味を抱いている人達ばかりだった。

 演奏が続く、序盤から中盤へ、そして中盤から原曲ではギターソロがある最も盛り上がる部分へ。


 打鍵する音が更に強くなる。ベース音が空気を震わせ、唯の身体にも届く。


(……や、やば)


 音が加速し、重なり、リズミカルに奏でられる。原曲の魂を再現しようとしているのか、ピアノの扱いは繊細とは程遠い。


(何これ、カッコいい……)


 女性の長い髪が身体でリズムを刻む度に細かく揺れる。唯には何故か、その女性の背中しか見えなかったが、きっと顔は笑っているのだろうと想像出来た。

 観客も一人、また一人とつま先や掌で腕を叩いて曲に身を委ね始めている。


 ショッピングモールにクリスマス、綺麗なイルミネーションのツリーの下で奏でられるのはクリスマス・ソングじゃなくジミー・ペイジ。

 全く以て滅茶苦茶で、けれど不思議と調和する。


 店内にはポップな電子音で、邦楽の有名なクリスマス・ソングが流れているにも関わらず、彼女の弾くピアノが全てをぶち壊している。


「ぷっ……あはは」


 それが酷く痛快で、唯は遂に笑いを堪え切れなくなった。

 その間も彼女の演奏は続き、荘厳かと思えばロックに、そしてジャズ調へと曲の表情が変わってゆく。

 技巧的な事は分からない、専門家が聞けば未熟だと揶揄するかもしれない。

 けれどきっと、そんな事はどうでも良かった。今、この場を支配しているのは彼女で、彼女のピアノだ。


 唯は先程までの若干アンニュイな気持ちなど忘れ、ただそのピアノの音が出す波に身を委ねる事にした。



 最後のキーが叩かれ、当初の荒々しさとは違って静かにその演奏は幕を閉じる。

 終わってみれば観客は最初の数倍に膨れ上がり、彼女が立ち上がると同時に拍手が起きた。

 その拍手に軽く片手を挙げて応えると、傍に置いてあったスーツケースとギターケースを担いでさっさと退場するように出口へと歩き出す。

 女性が自動ドアを潜る姿を見た途端、唯はハッとなって駆け出した。


 何か、何か一言でもいい、彼女と言葉を交わしたい。

 どうしてそんな気持ちになったのか分からない。けれど、興味があった。

 誰にも望まれていないであろう行動を起こし、自分のやりたい事をやり、去る。

 恰好良かった。ああなりたいと、どこかで憧れてしまった。


「あ、あの……あのっ!」


 追い縋り、その背中に声を掛ける。


「うん?」


 届いた声に、女性が振り返る。その顔を見て、唯は既視感に襲われる。デジャブだろうか、何処かで彼女の顔を見た気がする。

 考えるのは後回しにした、今は彼女に質問をぶつけるのが先だ。


「演奏、凄かったです! で、でもなんで天国への階段なんですか……?」


 不躾な質問だろうと発言してから後悔する。これでは、まるで曲目にクレームを入れているようだ。

 弁解しようとした唯だったが、女性は気にした様子もなく、一瞬だけ呆気に取られたような顔をしてから、口角を上げてニヤっと笑った。


「あぁ、だってほら、クリスマスだからって男女でイチャついている奴等を見ると、なんか腹立つだろう?」

「は、腹立つって……いやまぁ、分からなくもない、ですけど……」

「だから、分からせてやったのさ」

「何をですか……?」


 挑戦的に吐き捨てる女性に唯が問い返すと、女性は帽子の鍔を持ち上げるようにして、海のある方向へと視線を向けた。


「私達の神様の前でも、そうやってイチャイチャと甘ったるい雰囲気を出してみれるものなら、出してみろ……ってね」

「そ、そんな理由で……」

「まぁ、これも」


 唖然とする唯に背を向けて、今度こそ女性は歩みを進めた。


「八つ当たり、みたいなもんなんだけどね」


 振り返る瞬間に見た女性の横顔は、言葉とは裏腹に爽快な笑みを浮かべていて。

 その自由さに、唯は雅が戻って来るまで心を奪われたままだった。



「あ、いっけね。姉さん達に土産買って来るの忘れた……まぁいいや、いきなりあんな連絡する方が悪いんだし。あぁでもなんだ、ベビーグッズみたいのも買って行った方がいいのかな、いやそれは気が早いのか……うわぁぁ産まれる日っていつなんだろ、ヤバい足が震えて来た……」


 一人になった女性はかつての自宅へと足を踏み出す。

 こうして、遠い空の下へと旅立っていた筈の魔女は、ただ家庭の事情というよくある理由で一時帰国したのだった。

新作書いてて遅れました……新しい話を書くのも楽しい。

公開できるぐらいストックしたら、ちょっとずつ投稿しようと思います。


あんまり隠す気が無い例の女性。

本当はちゃんとクリスマスソングを弾かせてあげる予定でしたが、本人の意向により強制的にツェッペリンになりました。イギリス繋がりだから、まぁいいのか。

曲を知らない方は、是非一度聴いてみて下さい。とお薦めしておきます。

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