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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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小野寺クラス、崩壊寸前。

 十二月に入り、ようやく修学旅行の余韻も抜けてきた頃。

 日向達が集まる体育館では校長がやや脱線気味の長話を披露している中、それでも学生達の目にはそれ程までには疲れが見えない。

 それもその筈、今日が二学期最後の登校日。つまりは終業式で、明日からは冬季休暇という夏休み以来の大型連休に入るのだ。


 日向が周囲にこっそりと視線を向ければ、あちこちで生徒達が小声で何か言葉を交わし合っている。おおよそ、冬休み中の行動計画について話し合っているのだろう。


「……はふ」

「恵那さん、もうちょっとだよ」

「あはは、ごめんごめん……こう、暖房が効いてくるとね」


 五十音順で並ぶと先頭集団になる日向の、その隣に立つ唯が欠伸を堪えて涙目になった目元を指先で拭う。

 新垣と恵那の名字は場所が近いが、成瀬や芹沢は少々離れる。

 唯も本来は日向の隣という訳では無かったのだが、いつの間にかこっそり前後が入れ替わったようで、気付けば当たり前のように日向の隣で終業式を迎えていた。

 唯の後ろに立つ女子生徒が出席番号の際、日向の隣になる筈なのだが、その女子生徒も今は隣のクラスの男子生徒と楽しそうに会話に興じている。


 という事は、つまり、そういう事なのだろう。偶発的にクラスメイトの恋愛事情を目にしてしまったようで何とも気まずいが、こういった場で思い切った行動をするものだと変に感心してしまう所もある。


(思い切った行動……)


 その部分だけを切り取れば、日向の周りに居る女性陣もなかなかのものである。

 片や突然の告白と共に唇を合わせてきた幼馴染みと、冬の街で想いを打ち明けてきた同級生。

 どちらも不意打ちで、思い切りでいえば列の順番を入れ替わるよりも余程に勇気が要る行為だろう。


「やー、頑張るよねぇ。そりゃ二年が終わればもう三年、受験シーズンに突入だもんね」

「え……や、な、何が……?」


 僅かに顔を寄せてこっそりと日向に囁く唯の言葉に、もしかして声に出してしまったのかと日向が焦る。


「何がって、後ろ見てたからさ、新垣君が」

「あー……うん、そうだね。上手くいくといいよね」

「わー棒読み。そういう所、ちょっと前の他人には塩対応の新垣君を思い出すよ」

「いやいや本心だよ……」


 うりうり、と軽い肘鉄を脇腹に貰いながら日向が苦笑いすると、唯はにんまりと八重歯を出すように笑った。この流れはあれか、いつものあれか、と日向が身構えると同時。


「でも……あたしも、新垣君の隣に居られて幸せだよ……?」


 と、妙にしなを作った態度で迫ってくる。


「はいはい、そうだね。俺も恵那さんの隣に居て幸せだよ。恵那さんが居眠りして倒れないかと冷や冷やして自分の眠気が飛ぶから」

「ひ、ひどい……本心なのに……」

「大丈夫、俺も本心だから……。痛っ!」


 言い切ると同時、唯に軽く足を踏まれて声が出る。

 周囲の生徒が何事かと一瞬視線を向けてくるのに対してバツの悪そうな顔をした日向は、横でくつくつと笑う唯を横目で見る。


「今のは結構本気で踏まれた気がする」

「へへへ、ごめん。でもあんまり大きい声出すと、小野寺先生に睨まれちゃうよん」

「それは本当に勘弁して欲しいんだけど……」


 言われて、つい担任教師が居るであろう体育館の壁際に目を向ける。

 そこでは腕を組んで静かに生徒達を見守る鉄仮面の姿があった、が。


「…………?」

「ん、どったの?」


 佇まいはいつもと殆ど変わらない筈なのに、日向の目に映る小野寺教諭の姿はどこか妙だった。

 変……という訳ではないのだが、いつもよりも動作が忙しなく感じるのだ。

 普通の人ならば気にならない程度だが、相手はあの小野寺教諭である。こういう場面であれば、監視カメラ付きマネキンの如く、不動の姿勢を保つその人だ。


「小野寺先生、なんかそわそわしてない?」

「ん、小野寺センセが……? そうかなぁ、あんまり変わらないと思うけど」

「かな……気のせいかも」


 それっきり話題は打ち切られ、日向と唯は今度こそ終わりそうな校長の話に耳を再度傾ける。

 だが、その時に感じた日向の疑念が確信に変わるまで、大して時間は掛からなかった。


 ◆


 終業式後、教室にてホームルームが始まって直後の事だった。


「それでは次にこのプリントを配る」


 冒頭に軽く冬季の説明を終え、小野寺教諭が各列の先頭に人数分のプリントを配り終えた時に、おや……と何処からともなく声が上がった。


「小野寺せんせー、こっち一枚足りません!」

「先生ー! こっち二枚多いです」


 最初に配り終えた廊下側の二列、その最後尾の生徒が次々と手を挙げてプリントの過不足を伝えた。


「む……すまん、それでは、多い方から隣に一枚を移動させ、一枚はこちらへ返してくれ。……申し訳ない、これで全員に行き終えたかな」

「先生、先生! こっちまだ配られてすらいません!」


 途中で小野寺教諭が訂正に戻った為、最後の列が頭からすっぽ抜けてしまったのか、今度は窓際の生徒が慌てて挙手する。


「……すまん」

「どうしたんですか先生、めっちゃらしくないっスね……」


 途中、別の男子生徒が心配半分と好奇心半分といった感じで声を掛けるものの、小野寺教諭は「いや……」とだけ首を振るだけに留まった。


 冒頭からそんな感じで始まったホームルームだったが、異常事態は尚も続いた。


「プリントにもあるように、冬の間は川遊び等には気をつけるように。キャンプに行く者も居ると思うが、くれぐれも生徒だけで赴かないよう、保護者に必ず帯同して貰いなさい」

「先生! 冬に川とか僕等は死にます!」

「スノーキャンプとか上級者過ぎて話題にすらなりませんよ……!」


 注意事項が書かれたプリントを眺めながら、しかし小野寺教諭からは全く季節外れの話題が飛び出す。

 指摘を受けた小野寺教諭は一瞬固まった後。


「……そうか、今は冬か。そうだな、冬は禁漁期間だから河口は釣りも禁じられている場合が多いか」

「そういう意味じゃありません……!」


 普段は冷静沈着、かつミス等は滅多に起こさない方面で信頼性抜群の担任である。

 それがこの様なあさっての方向に向いた発言ばかりしている状況に、生徒達はいよいよ只事ではない雰囲気を感じ取っていた。


「こ、これは……さっきの新垣君の洞察、的中していたみたいね……」

「うん……なんというか、物凄い珍しいものを目の当たりにしているというか……」


 こういった状況を率先として楽しむ筈の唯までもが、戦慄した表情で教壇へ視線を向けている。

 唯を通して後方に目を向ければ、悠里も困ったような表情で日向達を見ていた。何が起こっているのか、流石の悠里も動揺しているらしい。

 教室中の生徒達が誰ともなくアイコンタクトで『どうする……?』と解決策を模索しあい、やがてその視線は教室の一点へと集中する。

 クラスメイト達の視線を一点に受けた生徒は柳秀平。クラスを長く纏めてきた委員でありブレインの一人である。


「俺か……まぁ、俺になるよな」


 諦めたような、どこか腹を括ったような独り言を呟いた後、秀平はざわめく教室の中で一人、右手を高く挙げた。

 その動作を見て生徒達は静まりかえり、代わりに秀平の声が教室に響いた。


「先生」

「どうした、柳。質問か」

「先生、失礼ながら……。もしや先生には、何か悩み事があるのではないでしょうか」


 秀平の一言に、教室内が無駄に厳かな雰囲気になる。

 言葉を返された小野寺教諭は、一度僅かに目を見開くものの、射るような視線で秀平を見た。


「……あったとして、お前達が与り知る事ではない。ともあれ、心配を掛けてしまった事はすまない」


 静かに紡がれる小野寺教諭の言葉は、教師としての意地と……心配してくれる生徒に対しての愛情に応えるものではあったが。


「先生! 先生には俺達が信用出来ませんか!」

「そうだよ小野寺先生! あの鉄仮面が取り乱すなんて面白……いや緊急事態だ、俺達にも心配ぐらいさせて下さいよ!」

「何があったんですか先生! このままじゃ私達、冬休みを迎えたくても気になって迎えられません!」


 思わずと言った風に、他の生徒達から援護射撃が入る。

 それは純粋に担任の心配をしたもの、後は好奇心と野次馬感満載の本音がだだ漏れのもの等、様々ではあったものの、おおよそクラスの意見を代弁したものだった。


「……止めた方がいいのかな?」

「新垣君止めたいの? あたし、ぶっちゃけ気になる」

「正直な所、俺も気になる」


 僅かに姿勢を傾けて背後の唯とそれとなく言葉を交わす。

 あまりにも度が過ぎているようなら止める側に回るつもりではあったものの、その場合は日向がどうこうするよりも担任から雷が落ちる方が早いだろう。であるなら、ここは静観の一択が正解に近い。


 次々と挙がる生徒達の声を聴き、今回ばかりは分が悪いと思ったのか、小野寺教諭は軽く溜息を吐いて片手を挙げた。静まれ、という無言の圧に次第に教室は静寂を取り戻していく。


「すまない。私とした事が、このような節目に軽率なミスを連発してしまったのは素直に申し訳ないと思う。だがまぁ、本当に大した事では無いんだ。酷く個人的な問題でな……」


 そこまで言って、小野寺教諭は珍しく何かを躊躇うような素振りを見せた。

 それは心配してくれた生徒達に対して誠意を見せたいという気持ちの表れで、反面は教師と生徒という間柄に線引きをしっかりと行うが故の逡巡ではあったのだが。

 一度、クラスの中を見渡すように視線を動かす。

 何を言われても引かぬとばかりに目を見張る生徒達に、いよいよ根負けしたのか、小野寺教諭はもう一度深く溜息を吐いた後。


「……終業式前にな。妻から……子供が、出来たかもしれないと、連絡があってな。まあそれだけの事なのだ。もう一度連絡事項をやり直そう、すまないな」


 あっさりとそう呟き、連絡事項が書かれたプリントを手に持ち直した。


 その直後、教室中が怒号のような歓声に包まれ、他クラスの教師が目を逆三角形にして乗り込んでくるという、小野寺クラス史上最初で最後の一大事件となったのだった。

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