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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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修学旅行編⑮:二つの空。

 班員同士で過ごす最後の夜という事もあり、その日は夕食以降から学生達の動きが活発になった。


『くれぐれも一般の宿泊客に迷惑を掛けないように』


 静かな声で発せられた小野寺教諭の声だったが、空気が震えているのではないかと言う程のただならぬ気配に、彼が受け持つ日向達のクラスメイト一同はおろか、離れた所で自分達の担任から同じような事を言い含められていた生徒達も、同じく肝に銘じる事となった。

 しかし、だからと言って大人しく朝まで寝るのかと思えば、年頃の生徒達が素直に応じる筈も無く。

 何時が一番廊下の警備が空き易いだの、やれ教師達は夜になれば酒盛りを始めるので、実際には見回りは然程問題ではない等、一見無駄とも思える情報戦が始まったのが夕食の後。


 そんな彼等を横目に、日向は一人旅館内の静かな場所でスマートフォンを片手に時刻を確認している。

 夕飯後の午後七時半、新垣家では夕食が終わって入浴前の一時。

 自宅の番号か、それとも両親どちらかの電話にするか悩んだ結果、誰でも出られるであろう自宅の番号へとコールする。


 耳元で自宅電話の呼び出し音が鳴る事、十数秒。やや長めのコールに、ひょっとしたらタイミングが悪かっただろうかと日向が首を傾げていると、プツッとした接続の音の後に耳元で声が響いた。



 ☆☆☆



「日和ちゃん、多分……日向だと思うから、電話に出て貰ってもいいかしら?」


 新垣家のリビングで据え置き電話のコール音が響くと、明吏がリビングに居る日和へと声を掛けた。


「あ、はーい! つっつ、日向君から電話だって。い……」

「おにーちゃんのでんわ!!」

「ひゃっ!?」


 日和が明吏の声に頷いて蕾に振り返ると同時、床に撒いたトランプを凝視していた蕾が突如頭を上げる。

 鼻先数センチメートルの所を蕾の後頭部が高速で持ち上がるのを咄嗟に躱した日和は、冷や汗を掻きながら蕾に少々非難めいた声を出した。


「もう! つっつ、勢い良すぎ! もうちょっとで私が鼻血出して倒れる所だったじゃない!」

「ご、ごめんなさいー! で、でもおにーちゃんのでんわ!」

「ふふ……うん、早く出てあげようね」


 日和が手を差し出すと、蕾は一目散にその手を掴んで立ち上がる。

 二人で手を繋いだまま電話の元へと歩き、日和が受話器を持ち上げて頬に当てると、少し恥ずかしい気持ちを抑えながら応答した。


「はい……新垣です」

『もしもし、日向だけど……あれ、日和?』

「こんばんは、日和です。今日もお邪魔させて頂いています」

『そうなんだ……ありがとう。蕾の相手で疲れてない? 部活もあるのに』

「大丈夫ですよ。今の時期はそこまで詰める事も無いので、平気です」


 本音を言えば、部活の後に蕾の相手をするというのは体力的になかなか辛いものがあった。

 冬場の負荷トレーニング重視のメニューは小柄な日和の体力を存分に奪っていき、蕾と遊びながらもうたた寝してしまいそうになった事も一度ではない。

 けれど同時に、蕾と一緒に遊んでいると、部活が終わってそのまま家に帰った時のように毎日が同じ事の繰り返しという意識が薄れ、新鮮な気持ちで明日を迎える事も出来るのだ。


「ひよりちゃん、つぼみもー! おーはーなーしー!」

「あ、うん。ちょっと待ってね……という事なので、日向先輩……代わりますね」


 ぴょんぴょんと日和の腰元で跳ねる蕾に笑いながら、通話の向こうに居る日向に一声添え、日和が受話器を蕾へと渡す。

 両手で落とさないようにそれを握った蕾は、口を半開きにしながら耳元へと当てた。


「おにーちゃん……? うん、こんばんは! うん、げんきよー!」


 日向との通話を開始した蕾の顔は、だらしない程に緩みきっている。

 たった数日とはいえ、最も信頼のおける日向という存在の不在が蕾に果たしてどこまでのストレスを与えているのか。そして自分はどれだけ彼女の存在を支えられているのか、日和には推し量る事は出来ない。


「あした、かえってくる? ……うん! おみやげ、たのしみ!」


 ただ、数日過ごしただけでも、日向が何故これ程までに蕾へと愛情を注ぐ事が出来るのか、その一端を理解する事は出来た。

 蕾という少女は、自分が与えた愛情と同じか、それ以上に自分にも愛情や信頼を寄せてくれるのだ。

 与える事によって生まれる感情や、心の豊かさ。今よりも幼い時、自分達が確かに持っていた、なんのしがらみも無い真っ直ぐな感情。

 段々と大人になるにつれ、自由に表現出来なくなったその感情を、日和は蕾と一緒に過ごす事で思い出す事が出来る気がした。


「うん、へいきだよ。さみしくないよ!」


 不意に、受話器を握っていた蕾が片手を離して日和の服を掴む。

 ぎゅっと握られたそれは、言葉の裏に隠された蕾の心境を物語っているようだった。

 けれども、平気だよというその声は、決して蕾に我慢を強いているだけのものではない。それも、この数日で分かった事の一つだ。


「だから、はやくかえってきてほしいけど、たくさんたのしくなってきて!」


 これは、蕾の主張でもあるのだ。

 もう自分は、いつまでも護られてばかりでいる存在ではないのだと。

 蕾自身もまた、兄の事を考えて行動する。時には勇気と意地を張って、我を通す。


「ばんごはんね、ひよりちゃんがいっしょにたべてくれるし! おかあさんのごはんもおいしい!」

「……つっつ」

「だからね、つぼみのことはだいじょうぶだから……で、でもね、おわったら、はやくかえってきてほしい……」


 段々と蕾の声がつっかえるようになり、横顔を見ると目頭にちょっとだけ水滴が溜まっている。

 精一杯の言葉は、きっと日向に正しく届いただろう。

 思わず日和は、膝を折って屈むと受話器に向かう蕾を後ろから抱きしめるように包み込んだ。

 蕾がこんなにも真っ直ぐに育ってくれたのは、間違いなく日向の尽力の賜物なのだ。


 日和に抱かれた事で逆に感情が振り切れてしまったのか、蕾の目からじわじわと涙が溢れそうになり、手の中の受話器を日和へ押しつけるようにして渡す。


「つっつ、もういいの?」


 日和の問い掛けにこくりと頷くと、蕾は屈む日和の肩口に顔を押し付け始めた。

 その頭を片手で撫でつけながら、日和は再び受話器を逆側の耳元に当てた。


『蕾? おーい、蕾ー? 電波悪くなったかな……』

「大丈夫、聞こえてますよ。えーと……つっつ、ちょっと今は喋れなくて。段々と実感沸いてきたみたいで……」

『あー……そっか。あれ、もしかして電話しない方が良かった?』

「いえいえ、そんな事は無いです。声が聞けて嬉しかったと思いますよ……だから、帰ってきたら頑張った事を褒めてあげて下さいね」


 片耳で日向の声を聴き、もう片方では蕾が鼻水を啜る音を聴き、そのどちらへもお互いの気持ちが届くように、日和はかささぎの役割を果たす。


『そっか、うん。日和も、本当にありがとう。日和にもお土産買ってるから、期待してて』

「あ、本当ですか!? 日向君が自分から期待してて、って言うのは本当に期待出来そうだから、楽しみかも」

『え、いや……変な物では無いと思うけれど、あんまりハードルは上げない方がいいかも……』

「ダメですよ、もう言質は頂きましたからね。でも何よりも……怪我とかはしないで、元気で帰ってきて下さいね」


 お土産も楽しみだが、自分も蕾も一番には日向達全員がただ無事で帰ってきてくれる事が、何よりなのだと、そう言外に伝える。

 その後は日向と簡単な明日の予定を明吏へと言伝する為に相談し、日和は受話器を置いたのだった。



 通話を終えた日和は、自分に身体を預けたまま、まだぐしぐしと目元を擦る蕾を抱き上げると背中を摩った。

 日和の身体では既に六歳児を目前とした蕾は少々大きいものの、抱き上げられない程のやわな鍛え方はしていないのが幸いだった。

 随分と大きくなった蕾の体重を身体で感じながら、日和は穏やかな声で蕾を宥める。


「つっつ、ほら……明日にはすぐ帰ってくるから、大丈夫だから」

「うんー……」


 日和自身、日向に会えないのは寂しい気持ちがあったものの、蕾を見ていると不思議と自分の事はあまり気にならない。


(日向君も、きっとこうやって……つっつを見守る事で、強くなっていったのかな)


 恐らくは日向だけではなく、その日向を傍に居る人達までもが自分よりも誰かの事を大切にしようと行動するように。


 きっと、その連鎖はこの小さな少女から始まった。


「つっつは……本当に天使だね」


 その存在が他の誰かに幸せを運ぶ、小さな天使。


「……でも、私は」


 まだ、自分が何をすれば誰を幸せに出来るのか、自分が行うべき行動とは一体なんなのか。

 考えれば考える程に、日和は自身が何の役にも立っていないのではないかという諦観に捉えられつつある。


(日向先輩は……日向君は、全部一人でやっていたんだ。ご飯からお風呂から……つっつに関係する事は、ほとんど全部……)


 知る程に、その困難さが日和にも身に沁みるように分かる。今は明吏が居てくれるお陰で、日和は蕾の遊び相手になる程度で済んでいるが、当時の日向はもっと忙しない毎日だった事だろう。


(なんで……なんで私は、そんな日向君に寄り添って……一緒に支えてあげる事が出来なかったんだろう)


 例えばあの時。日和が日向の想いを汲み取り、二人で共に蕾の事を見守る事だって出来た筈なのだ。

 他人では出来なくても、新垣家に受け入れられていた日和ならば可能だった。

 日向と恋人同士で居る事も、三人で家族のように過ごす事も、どちらも存在したかもしれない未来として確かにあったのだ。


 過去の選択があったからこそ、現在の時間があり、その選択が間違いだったとは絶対に言えない。

 悠里も、唯も、雅も、そして今もまだ広がる日向の世界は、その選択の上にこそ成立している。


 ならば、何度も間違えてしまった自分だから……今度こそは、間違えない選択をしなければいけない。


「…………」


 泣き止んで、赤らんだ目で眠たそうに日和の肩へともたれる蕾の、温かく柔らかな背中を撫でながら。

 日和は、自分に出来る最善を必死に考え続けた。

ぐいぐいいきます……。

感想返し滞っており、申し訳ありません!ちゃんと全部目を通させて頂いており、温かい言葉に励まされております。


タイミング逃してしまうと、返信するのが何となく恥ずかしくなりまして。

折を見て一気に……()

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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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