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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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修学旅行編⑭:さり気なく撮る。

 テレビ塔の観光を経て、次に向かったのは『白い恋人パーク』と呼ばれる、札幌の銘菓である例のお菓子の名前を冠したテーマパークだった。


「な、名前がめっちゃ恥ずかしいんだけど……」

「これは中々……ガチね」


 敷地内に入った途端、悠里の班で共に行動している沙希と唯が、二人揃って腕を組みながら前方に広がる建築物を眺めながら唸る。

 思春期ど真ん中の高校生相手に『白い恋人』という単語はなかなか口に出すのも恥ずかしい、流石の日向も修学旅行の行程欄にその名前があった時には一体どんな所なのかと身構えたものだった。


 しかしいざ到着してみると、そこに広がるのは西洋的な建物と広大な敷地。

 中心部ではないとはいえ、札幌という北海道東北を含めた中でも最大の大都市に、いきなりこんな場所が現れるというのは中々に壮観でもあった。


「ふふふ……しかし、このパンフレットによれば、ここはスイーツのメッカと言っても良いぐらいじゃないの。コンプリート、するわよ!」

「え、だってさっきお昼ご飯食べたばかり……」

「女子にとって甘い物は別腹でしょう! 行くわよ悠里、出陣じゃあ!」

「えー!?」


 獲物を前にした猛獣のように唯がぺろりと舌で唇を濡らし悠里達の手を引っ張って駆け出すと、群衆の中へと消え去って行った。


 そしておよそ二時間弱。遂に最終宿泊地である定山渓へと向かうバスの中には、顔を青白くした唯が必死に悠里の腰元に抱きつく光景があった。


「お、お腹……痛い……気持ち悪いぃ……」

「ソフトクリームにシャーベット、後はチョコレートのお菓子と……クリームソーダ。それだけ食べたらお腹壊すに決まってるでしょ。だから言ったのに……」


 小言を言いながらも唯がなるべく横になれるよう、悠里が肘置きに体を預けるように傾いている。

 バスが揺れる度、唯からは「うえぇ」「おうっふ」と悲鳴にもならない声が上がる。


「恵那さん平気……?」

「平気じゃない゛ぃ……あ、新垣君、お茶ちょうらい……」

「え、お茶か……どうしよう、未開封のが無いや」

「飲みかけでいいからちょうらい……ぷりーず、ぷりーずどりんく……」


 ふらふらと伸ばされる手を眺めながら、日向は当人がそう言うのならと自分のドリンクホルダーにある緑茶をヘッドレストの隙間から差し出した時。


「もう、飲み物なら自分でちゃんと買っておきなさい! はい!」

「むー! むー!」


 唯の口に、悠里が手早く自分のペットボトルを零さないように突っ込んだ。

 ラベルから察するに、ロイヤルミルクティーである。


「あ、甘い! 甘いぃ! 甘いのいやー!!」

「ゆ……悠里、今の恵那さんに糖分摂取は拷問では」


 ペットボトルから口を離した唯がじたばたと暴れるのを横目に日向が悠里に向き合うと、何故だか滅法睨まれてしまう。


「……あ、甘やかしたら駄目なの!」

「緊急事態では……?!」

「もうちょっとで旅館に着くから、それまではこれで我慢して!」

「いやぁぁぁ甘いの、甘いのいやあぁぁ!」


 頑なに日向のペットボトルに手を伸ばす唯を押さえ付けつつ、悠里はその後も唯の口にミルクティーを注ぎ続け、そんな悠里と唯をただ見守る事しか出来ない日向の隣では。


「む……惨い……」


 目の前で繰り広げられる惨状に、雅はイヤホンから流れる音楽に意識を集中する事で逃避する事にしたのだった。



 半死人のような恵那唯という犠牲を出しながらも、日向達は最後の宿泊先である定山渓の旅館へと到着した。

 しかし荷物を纏め、バスから出ようとした矢先。


「動きたくない……」


 案の定、唯が未だ青白い顔のままで座席に丸まっている光景が広がっている。


「もー……大丈夫? 先生か旅館の人に言って、病院に連れて行って貰う?」


 流石に心配になってきたのか、悠里が唯の背中を撫でながら言うと、唯は首を横に振った。


「もうちょっと休めば大丈夫だと思う、さっきよりは全然楽だし……」

「とは言っても、バスも動いちゃうから降りないとだよ?」

「つ、連れてって……あたしを運んで……」

「えー! む、無理だよぉ、私そんなに力ないもん……」


 手荷物を担いだ日向達の前方で、そんな問答が繰り返されていた。

 他の生徒達は続々と降車し、残るは日向達のみ。小野寺教諭は最初に降りて生徒達の誘導を行う手筈なので、大人に頼る事も出来ない。

 進展しない会話に業を煮やしたのか、雅がため息を一つ零してから日向を見た。


「しゃーねぇ、日向。恵那を担いで行け、お前と恵那の荷物は俺が運ぶ。荷物ぐらいなら三人分でも楽勝だろうよ」

「それしか無さそうだね。……恵那さん、それでいい?」


 あまりゆっくりしている時間も無く、日向としても自分か雅のどちらかが唯を運ぶ方がベターだと考えていたので、頷いて応える。


「な、なんでもいい……でも担がれるなら新垣君がいい……成瀬は雑そう……」

「こいつ割と元気だな、歩けるんじゃねぇか?!」

「大きい声出さないでってばぁ……そういう所よ、成瀬……」

「ぐ……ちっくしょう……。日向、そんな訳だから、後は頼んだ。俺は降りておく」


 歯噛みしながらも、体調不良の相手に強く出られない雅は、日向の肩を叩いてから手荷物を奪い取るとさっさとバスを降りてしまった。

 残された悠里と日向が顔を見合わせると、悠里が仕方ないとばかりに息を吐いた。


「はぁ、もう。新垣君、ごめんなさい……お願いしてもいい? 私、沙希達と合流して部屋を開けてくるから、唯は大丈夫そうならロビーに放っておいてもいいから」

「分かった。こっちは雅が事情知ってるし、伝えてくれているだろうから、急がなくても平気だよ」

「うん。……唯、ちょっと待っててね。部屋にすぐ入れるようにして、横になれるようにするから」


 小さく頷く唯を見てから、悠里もバスを降りた。

 日向は一旦、座席の合間のスペースを確認すると、唯に背中を向けた状態で屈み込む。担ぐといっても、本当に担いで行く訳にもいかず、背負うのが一番だった。


「恵那さん、ほら。ゆっくりでいいから、俺の背中に乗って」

「うう……ごめんよぉ、新垣君……苦労を掛けるねぇ……」


 いいんですよお婆ちゃん、と日本昔話風のイントロが脳内を流れる中、日向の背中に唯の手が伸ばされ、やがてそれが首筋に巻き付く。

 背中一面に唯の体重を感じてから、日向はゆっくりと立ち上がった。


「お……重くない?」

「蕾よりは重いかな」

「む。NGワードだけど、比較対象が可愛いので不問とする」

「訊いてきたのはそっちなのに……っと、段差降りるよ」


 ゆっくりとバスの降車口から段差を降りると、唯が回す腕の力が強くなる。

 密着する背中の感触をあまり気にしないようにしながら、日向と唯は外に出た。


「恵那さん、寒くない?」

「……あったかい。でも、ちょっと恥ずかしい」

「半病人はそんな事を気にしないでいいから、具合悪くなったらすぐに言ってね」


 気が弱くなっているのか、いつもより弱々しい唯の言葉に笑いながら、日向は既に生徒達が入っている旅館の中へと足を進めた。


 駐車場を抜けて館内に入ると、暖房の効いた室内は密着している今の状況では少し暑いぐらいだったが、日向は気にせずに生徒達が集合している場所へ向かおうとして、一旦隅の方へと進路を変更した。

 自分は兎も角として、男子に背負われている唯は女子なりに恥ずかしいだろうとの気配りだったが、背中に感じる唯の気配が変化したところで、それも杞憂だと分かった。


「恵那さん、着いたよ?」

「…………」

「恵那さん?」


 見た目よりも疲弊していたのか、唯は体の力を抜いてすっかり寝てしまっていた。

 起こすのも忍びなく、体調が優れないのならば寝ていた方が回復するだろう。集団から離れた位置で悠里の迎えを待つ事に決め、唯をそっと近くの椅子へと座らせるべきか迷ったものの、その拍子に起きてしまうかもしれない。


(まぁ、長時間じゃなければ……このぐらいなら平気かな)


 唯の身体は軽く、最近はトレーニングで鍛え直している日向にとっては苦にならない。

 むしろ背中にから通して伝わる柔らかさが、普段の態度からあまり意識する事のない唯の女性らしさを伝えてくるので、それが少々気まずい、という程度だろうか。


 それから、時間にしては十分と少しだろうか。時計を見ると思ったより時間は進んでいなく、けれど体感的には長い時間が経過してから、唯は目を醒ました。


「……はひ」

「ん、恵那さん起きた? もう着いているから、少し待ってね。悠里がそろそろ来ると思う。体調は?」

「あー、んー……そっかぁ、あたし寝ちゃったんだ……」

「うん。寝付きがいいんだね、こんな短時間ですぐに寝るなんて」


 そういえば、初日に真っ先に寝たのも唯だったと悠里が言っていなかったか。つい先日の事を思い出し、日向は微かに笑った。

 唯は一瞬だけ何か言い返そうとしたの、口を開きかけ。


「……新垣君の背中がずるい」


 と口を尖らせて再び日向の肩口に頭を乗せ、顔が見えないようにそっぽ向いてしまった。


「具合はどう? もう立てそうなら降りる?」

「ん、具合は……んー、んー……まだダメだから降りない」

「うん。降りたくなったら降りていいからね」


 唯の言葉は先程よりも随分とはっきりしており、そこから回復している事が窺えたものの日向は無理に唯を降ろそうとはしなかった。


「……この光景、端から見るとどんな風に見えるんだろね?」


 ロビーにまだ散在している同級生達の姿を遠目に眺めながら、唯がぼそりと呟く。

 日向が何か答えようと考えを模索していると、続けて唯が口を開いた。


「ね、新垣君。……もう、修学旅行終わっちゃうね」

「うん。明日……ノーザンホースパークだっけ。そこに行ってお昼食べたら、もう飛行機だね」

「馬に乗る事って出来るのかな、あたし乗ってみたいなぁ」

「どうだろう、公式サイトで見たら冬季もやっているみたいだから、空いていれば乗れるかも?」


 人数が人数だけに、恐らく団体としての体験は馬車やショーの見学になるだろう。

 ただ、そこで割り当てられる僅かな自由見学の時間で、もしかしたら乗馬体験も可能かもしれない。


「そっか、まぁ乗れなかったら乗れなかったで、馬じゃなくても新垣号に乗れたから良しとしちゃおう」

「俺は馬扱いなんだ……」


 元気になってきた唯の言葉に日向が笑いながら答えると、脇から唯の右手が伸びてくる。

 何事かと思えば、その手にはスマートフォンが握られており、インカメラが起動されていた。


「ひっひ、新垣号乗馬記念に、一枚撮るね!」

「あ、危なっ……恵那さん、あんまり乗り出さないで、落ちる落ちる!」

「大丈夫だって、あたし運動だけは得意だから、よいしょー!」


 ずりずりと日向の背中をよじ登る唯が体勢を安定させる。

 腕と足でしっかりと日向に捕まっている為、確かに落ちる事は無さそうだったのだが、日向としては大きな問題に直面していた。

 唯の胸元が、丁度頭上にあるのである。


「恵那さん早く、撮るなら早く撮って!!」

「ちょ、ちょっと新垣君暴れないでよー! ブレて上手く撮れないじゃん!」

「いいから早く……!」

「なんだよ、もー。もうちょっと良い雰囲気作ってくれたって……」


 そこまで言った唯は日向の顔を見て抗議しようとして、日向が何故焦っているのかを確信した。


「はっはぁん……そういう事か、新垣君も男の子だねぇ……でも大丈夫、あたしは気にしないよ!」

「気にして!! お願いだから気にして下さい……っ!」


 悪戯心を刺激された唯が日向をからかう事、数分。

 写真を撮る事には成功したが、その後にやってきた悠里に盛大に頭を叩かれて引き摺り降ろされた。

え、前回投稿からもう四日……!?(気分的には隔日投稿)


(唯ちゃんのセンチメンタルシーンになる予定でしたが、好きにやらせてみたらただのコメディ回になった)

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