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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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修学旅行編⑦:男子の部屋では何の話?

 二日目、夕食と同じく宴会場で朝食を摂った日向達は、荷物を纏めてロビーへと集合していた。

 教師たちがチェックアウトの手続きを行う中、僅かな合間の自由時間を使い、生徒達はそれぞれが思い思いの時間を過ごしていた。


「……眠いな」

「……そうだね」

「……バス移動って何時間あるんだ?」

「確か、休憩含めて二時間半」


 ロビーで柱を中心に円形に広がったソファーに座りながら、日向は隣に座る雅の疑問に淀みなく答えた。

 蕾との電話の後、気付けば既に九時を少し回っている時間。急ぎ日向達はそれぞれの部屋に戻ると、部屋で談笑していた秀平と壮馬が居た。

 四人は準備されていた布団の上に座ると、その日の出来事や他愛ない雑談に興じた。そこまでは至って普通の流れだった。

 事態が動いたのは、時計が午後十時を回った頃。

 部屋の中にノックの音が響き、誰か来たのかと日向がドアを開けてみれば、そこには小野寺教諭が見慣れぬ私服姿で立っていた。


「消灯の時間だ。……他の宿泊客に迷惑を掛けぬようにな」


 口数の少ない担任は、日向の肩越しに部屋の中の雅達にも視線を配った後、静かにドアを閉めた。

 これは目に余る騒ぎ方でなければ黙認する、という修学旅行を楽しむ生徒達への小野寺教諭からの、目一杯の譲歩だったのだが。


「という事なので、消灯しよう」


 応対した相手が悪かったとしか言いようのない事態に、雅はおろか秀平と壮馬もポカンと口を開けて日向を見た。

 三人の視線を受けながら、日向はいそいそと布団に潜り込むと、スマートフォンのアラームを午前六時にセットし。


「じゃあ、消すね」


 本当に普段通りそのままの口調で言うと、部屋の電灯をリモコンで消してしまったのだ。

 その事態に、同室の三名は一瞬呆気に取られたものの。


「お、おいおいおい! ちょっと待て!」


 戸惑う他の二人を他所に、いち早く反応出来た雅が立ち上がり、電灯を点け直した。


「日向、まだ十時だぞ……?」

「うん、消灯時間だよね?」

「修学旅行だぞ?」


 信じられない物を見たという表情で、雅は日向の正面に座り込むと、まるで悪い子を叱る父親のような顔になると、深く溜息を吐いてから口を開く。


「いいか日向、ここは北海道だ、俺達の街じゃねぇ。そして今は修学旅行だ、部活の遠征じゃねぇ、明日は試合も無ければ蕾ちゃんの支度をする必要も無い。加えて言えば、さっきの先生の言葉は、あんまり羽目を外さなければ大目に見てやるって事だ……栁、電気を点けてくれ……」

「おう」


 雅の後ろで頷いていた秀平は、指示された通りに電灯を再度点ける。部屋の中に明るさが戻り、その拍子に四人は顔を顰めたが、それもすぐに慣れる。


「お前が真面目なのは分かっている、分かっているんだが。今日ばっかりは譲れねぇ……いや、ここから帰るまでの夜、お前は灯りに触れる事を禁ずる」

「な、何故に……」

「どこの馬鹿が修学旅行の消灯時間ぴったりに寝るんだよ……!」


 いまいち噛み合わない価値観に、雅が遂に頭を抱える。

 その光景を憐れに思ったのか、雅の両サイドに秀平と壮馬がそれぞれ陣取ると、雅の背中をすっと支えた。


「新垣、俺達がお前に、こういう時の夜の過ごし方を教えてやる」

「新垣君。お、俺もなんとか面白い話するから、もうちょっと起きてようよ……」


 三人分の残念そうな視線に晒された日向は、追い詰められた小動物のように視線をきょろきょろと動かすと、その首を恐る恐る縦に振ったのだった。



「さて……という訳で、これで準備完了だ」


 雅が満足そうに頷き、部屋の中を見渡す。綺麗に並べられた布団は四隅に追いやられ、その分に空いた中央のスペースにはスナック菓子とそれぞれの飲み物としてペットボトルが配備されていた。


「こ、こんな時間に……歯を磨いた後なんだけど……」

「お黙りなさいよ、夜更かし童貞」

「色んな方向で酷すぎる悪態!?」

「今日は腹を割る日だ。お前も腹を括れ」


 静かな雅の声には、何かの決意が宿っているのではと思うぐらいの迫力に満ち溢れており、雅はそのまま傍らにあるレジ袋の中を漁ると中身を取り出してみせた


「……サイコロ?」


 それは四角い正方形が五つ連なって包装されているもので、それぞれのカラーリングは紅白になっており、白ベースに赤の点と赤ベースに白の点、の二種類があった。


「風呂上がりに売店で見付けて買っておいた」


 堂々と宣言する雅に、では何故その時に一緒に飲み物を買わなかったのかを日向は疑問に思ったが、面白い物を見つけて頭から飛んだのだろうと推測した。

 脇から見ていた壮馬が興味深そうにそれを手に取って眺め始めると、雅は立ち上がって部屋の電話、その横に備え付けられているボールペンとメモ帳を手に取る。


「それで……こうだ」


 雅はメモ帳の行、それぞれの冒頭に一から六までの番号を振ると、一と書かれた行にペンを走らせ、書き終えたそれを三人へと見せた。


「……一、好みのタイプを答える。二、巨乳が好きか貧乳が好きか……なんだ、これは」


 秀平が記載されている内容を読み上げ、困惑した表情を雅へと向ける。

 雅はその疑問に腕を組んで、気持ち厳かな声色で答えた。


「サイコロを振って出た目のテーマを話す」

「拒否権は……?」

「あると思うか?」


 恐る恐る手を挙げて質問した壮馬の声は、爽やかな雅の声に一蹴された。

 雅を除いた三人は一度顔を見合わせると、一様に同じ事を心の中で呟くのだった。

 あのまま日向の言う通りに寝ておけばよかった、と。


 そうしてしっかりと夜更かしをした翌日、日向達は睡眠時間が僅か四時間という状況で朝食会場に向かい、今に至る。


「三時まで、ってのは……ちょっと、やり過ぎたのでは」

「……言うな」


 どっしりと重くなった身体を引き摺るようにして荷物を持ち上げ、本日の移動に使うバスに乗り込む。

 周囲を見渡せば、男子のおよそ半分は日向達のように寝不足なのか、どこか虚ろな目で窓の外を眺めていた。


 二日目の目的地は北海道の観光名所、小樽。

 先ずはガラス細工などの工芸品を扱う場所に赴く、という説明をバスガイトの女性がにこやかに説明してくれている。日向ははきはきと良く通る声に耳を傾けながら、手元の資料に目を通した。


「綺麗な所だなぁ」


 資料は赤いレンガの建物や夜景の写真など、見応えのあるものが用意されており、一日目をスキーという体育系で過ごした日向達にとっては朗報となった。


「んご……んごご……む……」


 隣では雅が盛大に鼾を鳴らしており、他にもバスガイドの説明そっちのけで夢の中へと旅立つ生徒達がちらほらと見える。

 日向も微かな眠気はあったものの、折角の説明とバスから見える景色を眺めていかないのは損だと思い、乗り込む前に購入しておいた缶コーヒーで何とか睡魔をやり過ごしている最中だった。


「成瀬君、全然起きないね……」


 こそっ、とした声が日向と雅のヘッドレストの隙間から聴こえて日向が振り返る。

 前日とは逆に日向達の後ろへと陣取った悠里が、ポッキーを片手に覗き込んでいた。


「昨日、あれから遅かったの?」

「うん、布団に入ったのが三時だから、」

「さ、三時……それは凄いね……」

「悠里達は、すぐに寝られたの?」

「うん、私達も少しお話はしていたけれど、それでも十二時過ぎるぐらいには、皆ちゃんと寝てたよ……一人を除いて、だけど」


 くすっ、と笑った悠里が視線を移すと、そこには窓に寄り掛かって眠る唯の姿があった。大方、部屋の中で最後まで騒いでいたのだろう。


「恵那さん、寝てる時は静かだね」

「そりゃそうでしょ、その分、昨日の夜は大変だったんだけどね……はい」


 悠里が手元の箱からポッキーを一本取り出して日向に渡す。


「ありがとう……なんかこれ、キャンプを思い出すね」

「うん、あの時とは座席の位置が違うけど……外の景色も、かな」


 二人で外を見ると、バスの外に広がる雪景色を眺める事が出来る。この雪が溶ける頃も、同じようにこうして皆で一緒に出掛ける事があるのだろうか。

 この修学旅行が終われば、二年生の行事は終業式を残して何も無くなる。

 そして、高校三年生という受験に向かう日々が始まるのだ。


「……蕾ちゃんのお土産、小樽で買う?」

「うん、ガラス工芸品とかで良いものありそうだから、それにしようかなって。後は帰りの……このノーザンホースパーク? で、馬のぬいぐるみとかいいかなぁ、って」

「そっか、じゃあ……さ、自由時間……一緒に回る?」

「そうだね、そうしようか。喜んでくれそうな物を探さないといけないから、頼りにしてるよ」

「蕾ちゃんなら、日向君の選んだものだったら何でも喜んでくれると思うけどなぁ」


 ガタガタと微かに揺れるバスの中は、いつの間にかバスガイドの説明も終わっていて。

 クラスメイト達の雑談が周囲から聴こえてくる中、悠里の声だけが耳元ではっきりと聴こえてくる。


「皆で来られたら、良かったね」

「……うん」


 その皆とは誰なのか、今更に聞き返すような真似はしない。

 きっとこの時間が楽しくて穏やかで、新鮮だからこそ、日向も悠里も同じ事を思っていた。お土産を買って帰るのではなくて、一緒に選ぶ事が出来たら良かったのに、と。


「そういえば、日向君達は部屋でどんな事を話して過ごしたの?」

「おっと、それを訊きますか」

「おや、その反応……あまり聞かれたくない話をしていたとみたよ」

「だ、大分プライベートな話ですので……」

「ふぅん……」


 悠里の目が細められ、物言いたげな視線に日向が捉えられる。

 これは絶対、何かやらしい事を話していたと思われている表情だと、日向が必死に弁解する道を模索していた時だった。


「……日向ぁ、水……水をくれ……」


 隣から雅の呻き声が聞こえてくる。どうやら、寝不足とバスの揺れで少しだけ酔っているらしい。悠里と顔を見合わせてお互いに苦笑いを零すと、日向は前方にある雅用のドリンクホルダーから彼のペットボトルを取り、キャップを開けて渡した。


「甘ぁい……」

「そりゃね、雅が自分で買ったジュースだからね」

「冷たい水が飲みたかったな……」


 虚ろな瞳でペットボトルの中身を一口だけ飲んだ雅は、寝惚けている表情ですぐ横にある悠里の顔を確認した。


「……お邪魔した?」

「おはよ、成瀬君。何がお邪魔よ、そういうんじゃないもん……今ね、日向君達の部屋は何の話をしていたのかなぁ、って訊いてた所」

「俺達の部屋で? あー……」


 朦朧としている雅が日向を見ると、日向は『余計な事は言わないように』と笑顔で釘を刺した。その真意を汲み取ったのか、雅は日向へと『任せておけ』の合図として右手でサムズアップした後。


「良かったな芹沢、日向は別に巨乳が好きって訳じゃなかったぞ」


 と言い残して、再び両目を閉じた。


「…………で?」

「はい」

「詳しく訊かせて貰えるのかな?」

「お戯れを……」


 その後、唯と雅が本格的に目を醒ますまでの三十分間、日向は悠里からの質問攻めを受け続けるのだった。

どんどん続きを書かねば、と思いつつ

書き上がった後「これだけしか(作中の)時計が進んでない!」と打ちひしがれる日々ですが

元々、物語の進行速度はこのぐらいだったので、今更だなぁと開き直った感があります。


子守り男子二巻、bookwalkerでの配信予約が始まりました。

編集さんから『素敵でした……』との一言を貰えたのが、ちょっと自信になっております。

その内、公式から口絵の公開もあると思いますので、お楽しみにー!!

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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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