表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
137/172

修学旅行編② 陸路を往く。

 バスの中では基本的に席は自由で、日向と雅が座った前方に悠里と唯も共に着席すると、日向は早速先程の写真を母親へ送付しておいた。


「日向。こっちに居る間は蕾ちゃん、どうするんだ? 暫くは祖父さんの家に寝泊まりか?」


「いや、母さんが有給取ってくれているから、そのまま家で過ごすと思うよ……っと」


「ん、どうした?」


 雅の問い掛けに答えつつスマートフォンを操作していた日向が、急に眉を下げてその画面を雅へと見せてきた。一瞬の事に面食らった雅だったが、その画面を確認すると口角を上げて前方の席を顎でしゃくった。見せてやれ、という事だろう。

 日向は勿論そうするつもりで、前の席で雑談に耽る悠里の肩を後部座席から手を伸ばしてちょんちょんと突いた。


「うひゃっ! び、びっくりした! 日向君、どうしたの?」


 普通に声を掛ければ良かったものの、驚かすまいと肩を叩いたつもりだったが、それが逆に悠里を驚かせてしまったのだろう。

 一瞬響いた悠里の声に、隣の席や前の席の生徒が何事かと視線を送ってくるのを見て、日向と悠里は何でもないと首を振る。


「あ、ごめんごめん……えっと、悠里、これ」


「んんん? ……あっ!」


 日向のスマートフォンには、明吏から送られてきた蕾の写真が表示されており、写真の中の蕾は白い画用紙に『いってらっしゃい、たのしんでね!』と大きな文字を描いて胸元で掲げていた。


「ふふ……蕾ちゃん、可愛いぃぃ……」


「新垣君、蕾ちゃんが拗ねてないみたいで良かったわねぇ」


 身を乗り出して写真に見入る悠里の隣、ヘッドレストの隙間から唯がニヤニヤと笑いを浮かべている。だがそんな唯も、悠里と同じように写真を見ては頬を緩ませていた。


「これは、お土産を選ぶの頑張らないとね」


「ね、日向君、その写真私にも送って!」


「はいはい、ちょっと待ってね……」


 日向が写真を悠里へと転送すると、悠里は早速それを壁紙にした画面を向けてくる。


「私、旅行中はずっとこれにしておく!」


「実は俺も既に壁紙設定していたりする」


 画面を向けてきた悠里へ、日向もアプリを閉じた画面を悠里へと向け、二人は何か通じるものがあったように頷いた。


「「夫婦か!」」


 隣でその光景を眺めていた唯と雅が同じタイミングで突っ込むと同時、周囲から再び奇異の視線を向けられ、日向と悠里はすごすごと恥ずかしそうに着席し直すのだった。



 バスに揺られる事、およそ三時間。現地に着く頃には生徒達は移動疲れでぐったりとしており、誰もが幽鬼のような足取りでバスを降りた。


「……なぁ、俺さ。スキーを滑るだけなら、札幌とかでも良かったと思ってたわ」


「むしろ北海道の場合、どこにでもスキー場がありそうだよね」


 出発直後こそはしゃいでいた日向達ではあったものの、早朝からの長時間長距離移動は流石に堪えたようで、徐々にその表情は暗くなっていった。


「前言撤回する。これは時間を掛けてでも来る価値があるな」


「うん、これは確かに」


 だがそれも、バスを降りるまでの間の事。

 日向達はそれぞれ一歩外に出た瞬間、その光景に息を呑んだ。


「ニセコ、すげぇ……」


「……うん」


 雅の呆然とした呟きの理由。それは目の前に広がる白銀と、それに覆われながらも尚、圧倒的な存在感を放つ自然の風景だった。

 北海道倶知安郡ニセコ町。

 ウィンタースポーツを嗜む者であれば一度は耳にした事があるその場所は、海外からも大勢のスキーヤー、ボーダーは元より、アウトドアの聖地として名を馳せる雄大な土地だ。

 最高のパウダースノウが降ると言われるこの場所は、ニセコアンヌプリと呼ばれる連峰に囲まれ、その自然の多様さは同じく北海道東部にある知床と共に広く知られるようになった。

 バスから降りた瞬間、カメラのシャッターを切る生徒が後を絶たず、教師達が注意を促しながら誘導を試みる。ここで時間を使ってはただでさえ窮屈なタイムスケジュールが、更に圧迫されてしまう事になるのだ。

 クラス毎に纏められるとホテルの前で整列し、学年主任の教師が前に出て各種注意事項を呼び掛ける。

 教師陣もこの寒さだけは堪えるのだろう、いつもは長い学年主任のスピーチは、今日だけはものの五分も経たずに終わった。

 屋内に入ると再びそれぞれのクラスに別れ、担任が各班のリーダーに部屋の鍵を渡す。

 日向達の班は秀平をリーダーに据えており、その秀平が小野寺教諭から預かった鍵を掲げて日向達の元へとやって来る。


「栁がリーダーだと、なんか安心感あるよね。何かあっても、とりあえず柳に言えば何とかしてくれそうな感じ」


「あ、それ分かるかも。ヤナさん、同い年とは思えないぐらいにどっしりと構えてる感じするよね」


 日向が秀平に声を掛けると同時、壮馬がうんうんと頷く。二人の反応を見て、秀平は少々うんざりとした表情を見せた。


「流れでそうなってるだけで、俺は別に責任を持つ立場が好きな訳じゃないんだぞ……むしろ前の学校祭、あの仕切りを見て新垣の方が適任だと思ったんだが」


「いやぁ、俺は無理だよ。基本的に自分の事で精一杯の人間だから、変な所で抜けちゃう事が多いんだ。そういう訳で、ヤナさん……頼みます」


 壮馬の真似をして秀平の呼び方を変えてみた日向に、秀平は更に疲れた顔をしてみせた・


「そうだぜヤナさん。西口は俺達が引き込んだみたいなもんだから押し付けるのもアレだし、日向はしっかりしてるのは蕾ちゃん方面の事だけだ。俺は責任感が無いし、そうなると他薦でも消去法でもヤナさんしかいねぇ。俺達の鍵はヤナさんに任せた」


 ぐっ、と親指を立てる雅を見て、秀平は諦めたように鍵をポケットに仕舞う。

 そして他の生徒達が移動するのと同時、日向達も部屋に向かおうとした時、こちらに近付いてくる一人の女子生徒が居た。唯である。


「ね、ね、新垣君達の部屋って何番? 部屋番教えてくれたら後で女子達が遊びに行くかもよぉ……?」


「出たよイベントお化け。やめとけやめとけ、そんな一昔前の青春ドラマ展開、今の御時世は先生達も一番警戒するポイントだからな。見付かって襟首掴まれるのがオチだぞ」


「誰がイベントお化けよ! なんだよー、折角あたし達が男臭い部屋に華を添えてやろうと思ったのにさー!」


 唇を尖らせる唯に雅はおざなりに対応すると、ちょいちょいっと手で唯に何かしら合図を送った。


「ん、何よそれ?」


「いいからいいから、ちょっとこっちゃ来い」


「むー……」


 怪訝に思いつつも気勢を削がれた唯が雅の傍に寄っていく。


「……でな……で、そこで少し時間を作ってやるから……それで……」


「え、ちょ……ま、まっ……んな事されて、あたしは……」


 一言二言、雅と唯が密談を交わすと、唯は何やら視線をきょろきょろと動かした後、そろりそろりと自分の班へと戻って行った。

 日向がその背中を視線で追っていると、やがて唯を探していたであろう悠里や沙希に唯が捕獲されている光景を見る事が出来た。

 悠里達と共に部屋に向かって歩く唯は、先程よりも随分と静かに歩いているようだ。一緒に居る悠里も不思議に思ったようで、ちらりと日向に視線を向けて首を傾げる。

 無論、日向も何がなんだか分からないので『よく分からない』と首を振って答えた。


 女子達の姿が見えなくなった後、日向は感心したように隣に立つ雅を見る。


「雅、凄いね……恵那さんを一発で大人しくさせてしまった……」


「あぁ、うん、まぁな……。そして、日向。スマン」


「え、何が?」


「この功績は、お前の犠牲の上に成り立っているんだ……」


 そっと視線を外して目頭を抑える雅に、日向は益々首を傾げるだけだった。

サブタイトルに『人身御供』みたいなものを付けようとしました事を、此処に反省と共に記しておきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

i353686/ i353686/
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ