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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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修学旅行編① 大空を往く。

 北海道に向かう飛行機の機内にて、日向は隣で借りてきた猫のように丸くなる雅を横目で眺めていた。


「……そんな怖い?」


「怖ぇよぉ……これ堕ちたら絶対死ぬだろ、助からないだろ……そもそも飛ぶのかよ、ちゃんと飛ぶのかよ……」


「飛ぶし、飛行機の墜落ってニュースでは偶に見る事あるけど確率的に相当低いよ」


「なんでお前はそんなに平気なんだよ……そうか、お前は全国で飛行機乗った事あるからか……」


 裏切り者め、と恨みの籠った視線を向けられ、日向は苦笑いで溜息を零した。



 十二月初旬、日向達の修学旅行一日目。全行程が三泊四日で構成されるこの旅行は、先ず一日目に北海道の玄関、新千歳空港まで赴く所から始まる。


「一日目の予定は、新千歳空港からニセコに移動……スキー研修を夕方までやって、終わりかぁ」


「お前、ほんと余裕だな……」


「割と楽しみにしてたから。後、どこで写真を撮って送ろうかと思ってて」


 日向が手荷物として持ち込んだ鞄からパンフレットを取り出してスケジュールを確認していると、雅が呆れたような溜息を吐く。


「スキー、スキーかぁ……お前、やった事ある?」


「いや、全く。俺、テニスしかやった事無くて……」


「だよなぁ。日向がそれ以外のスポーツやる姿って、なんか想像つかねぇ。栁はボードやってるらしいから、スキーもやれるんじゃないかと思うんだが……仁科もボードだったな」


「仁科さん? 鹿島さんじゃなくて?」


 普段の振舞いから、如何にも文学少女然とした麗美よりも活発な沙希の方がスノーボードというスポーツに関しては適正がありそうだと思った日向が、驚いた声を出す。


「仁科の親父さん、アウトドア好きらしいからな。多分、その関係だろ」


「雅、随分と内情に詳しいね」


「お前が他の連中と世間話をしなさ過ぎるんだよ……っと、ランプ点いた。ランプ点いた……」


『ポーン』と機内のスピーカーから効果音が鳴り響き、アナウンスが入る。

 添乗員の流暢な日本語と英語の説明を聞くと、次第に飛行機はゆっくりと動き始め、滑走路へと移動し始めた。


「う、動いた……」


「そりゃ動かないと飛べないからね」


「飛べないのか……? って事は堕ちるのか……?」


「堕ちないよ……」


 はふ、と欠伸を噛み殺す日向とは対照的に、雅はシートベルトをしっかりと腰に密着させ、背筋を伸ばしてみせた。授業中もこんな風に真剣だったら良かったのに、などと益体も無い事を考えつつ、日向は窓の外に目を向ける。


「……四日間かぁ、蕾……大丈夫かなぁ」


「蕾ちゃんの心配より、今は俺の心配をしろよ……」


「今じゃなくてもそれは無理かもしれない。……ほら、そろそろ黙らないと、他の人達にも迷惑だよ。……御免ね、西口君。多分、慣れたら静かになるだろうから、今だけちょっと我慢して欲しい」


 日向は三列シートの右端、雅を挟んで反対側に座るクラスメイトの西口に声を掛ける。彼は今回の旅行で日向と雅、そして秀平と同じ班になった二名の内の一人だ。

 フルネームは西口壮馬にしぐちそうま。日向と同じく帰宅部で、クラスではあまり発言をしない、どこか日向がシンパシーを感じる生徒の一人だった。


「き、気にしなくていいよ……なんか、見てて楽しいから……。あ、もちろん二人のやり取りが、って事だよ、成瀬を見て楽しいって言った訳じゃなくて!」


 慌てたように壮馬が言い直す。彼の所属するグループは、クラスの中でも少々インドアな気質が強く、アクティブで外見が少々派手な雅は近寄り難い雰囲気なのだろう。

 しかし、当の本人は全く気にしておらず、むしろ日向に窘められて肩を小さくしていた。

 まだ若干硬さの残る壮馬に、日向が更に何か世間話でも振ろうかと思った矢先、再び『ポーン』と機内に音が響く。


『間もなく離陸致します』


「ひぐっ!」


 アナウンスが流れると同時、雅の悲鳴らしきものが漏れた。

 グンッ……と加速の重圧が身体に襲い掛かって来ると思った次の瞬間、飛行機は一気に加速を強め始める。シートに身体が押し付けられる感覚を味わいながら、日向は密かにこのタイミングを楽しんでいた。


「これ……ジェットコースターみたいでさ、ちょっと好きかも」


「日向、日向……ッ、て……手を握ってくれぇ……!」


 さっと向けられた雅の左手をやんわりと除けながら、日向は離陸する瞬間の風景を眺めるように、視線を窓の外へと向けた。



 離陸後、フライトが安定した辺りで機内のシートベルト着用サインが消える。

 これからおよそ一時間半、空の旅を楽しむ事が出来るのだ。

 とはいってもそれほど広くはない機内で、しかもスマートフォンも電波を使えない状況。する事と言えば機内放送を観るか、隣人達と会話する程度の事しかない。

 日向はそんな機内でフライトモードにしたスマートフォンを携え、窓から外の景色を撮っていた。


「蕾ちゃん用か?」


「うん。今日は天気もいいし、雲の上からの景色なんて滅多に見られないし……後で送ってあげようと思って。こういう景色のいい所、割と好きみたいだからさ」


「いつでもどこでも日向は日向だなぁ……」


 感心したような雅の言葉を聞きながら、日向は窓から覗く眼前の景色にカメラモードのスマートフォンを向けた。そんな日向の様子を雅の頭越しに見ていた壮馬がおそるおそる日向へと声を掛けてきた。


「新垣って、ほんと妹さんと仲いいんだな……俺も妹居るけど、中一で……最近は全然口をきかないよ」


「あ、やっぱり年頃になると難しいものなのかな」


 壮馬の言葉を聞いて日向はカメラを仕舞い振り返った。同じ兄同士、これから年月が経って大きくなる蕾の事を考えると、壮馬のアドバイスは日向にとっても是非聴いておきたい事柄だ。


「ど、どうだろうなぁ……うちは姉貴も居るけど、妹と姉貴は仲いいし……やっぱり、男の家族には話せない事とか、そういう事があると思うから」


「西口は、妹さんの事は苦手なの?」


 口振りからすると壮馬側は妹の事を悪く思っていないようではあるが、それだけで仲良くやれる程、家族というのはシンプルではないのだろう。

 日向の疑問に、壮馬は困ったように笑う。


「そうだなぁ、苦手……かもしれない。今はもう一緒に遊んだりする事も無いし、うまく話題が見付からなくてさ。何を話せばいいのか、全然わかんないや」


「話題、話題か……確かに、中学生の女の子と話せる事って、あんまり無いかも」


 今でこそ蕾は生活の大半を日向と過ごしている為、そういう事態になる事はないが、これから先に蕾が自立していけばいくほど日向が関わる時間は短くなる。

 そうした中で、蕾が日向を邪険にするとまでは思わないが、今のように何でも相談してくれる間柄を維持する事に、日向は絶対の自信を持てない。


「はぁ……大きくなって欲しいけど、大きくなって欲しくない」


 日向がぼやくと同時、壮馬が深く頷くのを見て、間に挟まれた雅は辟易とした表情を浮かべて目を閉じた。



 それから一時間、飛行機は新千歳空港に着陸すると、日向達は荷物を持って機内からタラップへ出る。その瞬間、此処が遠い北の国であるという事を実感出来た。


「さ、さむっ……! 空気が全然違うぞ、これ!」


「うわ、本当だ……冬物のコートでもかなり寒いね」


 この時季、北海道は既に氷点下に突入する気温を記録する。雪自体は日向達の住む地域でも降る為、氷点下の気温を知らない訳ではなかった。それでもこの寒さは、日向の記憶にある中で最も強烈なものだった。


 荷物の受け取りを済ませ、各クラス毎に用意された大型バスが停車している場所へと移動する傍ら、先程の画像を母親のスマートフォンへと送信する。これで少しだけでも、蕾が一緒に旅行気分を味わって貰えたらいいと思ったのだ。

 しかし、景色だけでは物足りないと思った日向は周囲を見渡し、目的の人間を見付けると隣を歩く雅へと声を掛けた。


「雅、ちょっと」


「ん、どうした?」


 雅を手招きで呼ぶと、やや前方を歩く二人組の背中へと追い付く。その相手、悠里と唯の周りには別の女子も数名おり、日向は声を掛けるのを一瞬躊躇した。

 どうしたものかと考え込む日向の前で、タイミング良く悠里が振り返る。


「あ、日向君。良かった、探してたんだぁ」


 日向とは対照的に、悠里は日向を見付けるや、すぐに顔を輝かせて「ごめん、ちょっと!」と他の女子に断りを入れて唯と共に近寄ってくる。


「悠里、良かったの?」


 女子達の団欒を邪魔してしまったかのようで申し訳ない気持ちの日向が悠里に確認すると、悠里は頷いてから隣の唯へと視線を向けた。


「うん、さっきね、唯と二人で……この空港で、記念撮影しようって話してて。二人を探してたの」


「折角だしねぇ、先ずは一発目の写真……蕾ちゃんと日和ちゃんに送ってあげないと寂しがっちゃうでしょ。それにしても成瀬、あんたが機内で出してた情けない声、こっちまで聞こえてたんだけど」


 悠里と笑い合った唯が一転、呆れた表情を雅へ向ける。


「仕方ねぇだろ、怖いもんは怖いんだ。お前は煙と同じで高い所が得意なんだろうけどゴファ!」


「あたし、ずっと飛行機の中で大人しくしてたから、身体動かしたくて仕方ないんだよね!」


「そ、そのでかい鞄で殴る奴があるか……」


 売り言葉に買い言葉の応酬の最中、唯のボストンバッグが雅の身体に命中する。くの字に身体を折り曲げながら、雅は涙目で唯を弱々しく睨んだ。

 場所が変わっても普段と変わらぬ空気に、日向と悠里が顔を見合わせて笑った。


 それから空港の外に出ると、辺りは雪化粧に覆われていた。遠目には大型バスが数台並んでいる駐車スペースがあり、空港の入り口傍では各クラスの担任が生徒達を呼んで集合させている最中だった。


「はぁ、やっぱりこっちは雪が降るのが早いね、すっごく寒い……でも、いい景色。ね、ここで撮ろうよ! 新千歳空港をバックにして!」


 はぁっ、と白い息を吐き出した悠里が、頭上に伸びる大きな空港を見上げて言った。

 その言葉を合図に、日向と雅、唯の三名が頷いて一か所に集まる。


「あ、沙希が居る! 沙希! 写真、写真撮ってー!」


 四人の中央に居た悠里が声を上げると、同じく友人達と写真を撮っていたのであろう沙希が振り返り、手を振ってくる。


「悠里! 後で私達とも一緒に撮ってね!」


「ふふ、いいよー! 皆で沢山写真撮ろう!」


 悠里が沙希へとスマートフォンを手渡すと、沙希は正面へと周り日向達へと構えた。

 悠里、唯の女子二人を中心に、その傍らにそれぞれが寄り添うと沙希の合図の声が聴こえてくる。


「はい、じゃあ撮るよー。皆、ちゃんと笑ってね、さん、にー、いち……」


 周りの喧噪に巻き込まれ、カメラモードのシャッター音が掻き消される。

 北の大地、その入り口に降り立った日向達は、湧き上がる高揚感と共にこの旅、最初の写真撮影を終えた。



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また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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